109.大聖堂にて①
次の日、私たちはエミリアさんの案内でルーンセラフィス教の大聖堂に向かった。
「はー、朝から賑やかですねぇ……」
朝10時くらいなのに、辺りのお店にはそこそこの人が入っている。
元の世界だったらこの時間、特に平日なんてガラガラのものだけどね。
クレントスもミラエルツも、メルタテオスだって同じ感じだったし。
「王都に暮らす方も多いですし、周辺の街や村から来る方も多いですからね。
夕方は夕方で混みますし、今はそれを避けての人もいらっしゃいますよ」
ふぅん……? たくさんの人が訪れるけど、上手く時間で分散されているってことかな?
もう少し詳しく聞いてみると、郊外にお屋敷を構える貴族やお金持ちも多いらしく、王都に暮らしている人口以上の需要がここにはあるらしい。
往来の時間も掛かることから、朝は朝で、夕方は夕方でいつも賑わっているそうだ。
そういえば王都までの道中に小さな村や集落はたくさんあったけど、その辺りもすべて含めて1つの経済圏を作っているのだろう。
王都自体はかなり広い街ではあるのだけど、王都の近場だけじゃ野菜なんて十分に作れないしね。
「――それにしても、大きい建物も多いですし……なんだかくらくらしてしまいますね」
「そうは言っても、アイナさんの国ではこれ以上の建物がありますでしょう?」
エミリアさんも手慣れたもので、そんな先手を打ってくる。
「確かにもっと大きい建物はありますけど――いや、大きいというか縦に長いっていうのかな」
「縦に、ですか?」
「地価が高いので、上へ上へと伸びてるんですよね。なので、1フロア辺りの面積では負けていると思います」
「広さで勝って、高さで負けて……ですか。ならばここは、引き分けということで!」
「勝負なんてしてませんでしたよ!?」
「アイナ様の国では、細長い建物があるんですね……。それはそれで驚きです。
上り下りするのも大変そうですが……」
「建築技術も優れている上に、みなさん体力があるんですね……。やっぱり負けでしょうか」
あ、エレベーターという便利なものがあるんだけど――まぁ説明が面倒だからいいか。
そして勝敗なんてどっちでも良いから――
「いえ、引き分けでお願いします。別に私が何をしたってわけでもありませんし」
「そ、そうですか? では引き分けで! ふふふ、ヴェセルブルクはそうそう簡単には負けませんからね!」
エミリアさんは可愛く不敵に笑った。ああ、この負けず嫌いは地元愛というやつか……。
――だとすると、クレントスが王都に勝てるところも考えてあげないと。ルークが少し不憫になっちゃうよね!
うーん……。野菜が美味しいところ! ……とか?
いや、それはちょっと違うな……。
……まぁいいや。ルーク、ごめんね。
「――それにしても活気があって賑やかな街ですよね。治安は良いんですか?」
「それはもちろんです! たまに困った方はいますけど、どこにでもいるレベルくらいですし。
騎士団の方々がしっかり治安を守ってくださっていますよ」
「へー」
騎士団! いかにもファンタジーな響きである。
「地方都市の騎士団とは違って、ここの騎士団は国王からしっかりと叙任されていますからね。
周辺の騎士からは憧れを抱かれているんですよ」
「そういえばルークって、元々は叙任されてたの?」
「まぁ……、はい。アルデンヌ家の当主様から簡易的には……」
アルデンヌ家――っていうのは、辺境都市クレントスを治める貴族様。
ヴィクトリアもそこの一員だったんだよね。
「はぁ……そうなるよね、やっぱり」
「でも今はもう、ルークさんはアイナさんの騎士様なんですよね?」
「はい。ちゃんと辞めてからアイナ様のところに来ましたので、何も問題は無いですよ」
「ははは……。あのときは驚いたけどね……。
それにしてもそんな立派な騎士団があるんじゃ、治安も良くなるわけだ」
「冒険者もたくさんいて、中にはおかしな方もいますけど、それでもまともな方が多いですからね。
自浄作用もしっかり働いているといいますか」
「なるほど、いろいろと上手く回っているということですね。
それもしっかりとした政治があってこそなんでしょうけど――」
「あとはルーンセラフィス教の大聖堂がありますから! 信仰の力も侮ってはいけません!」
「そ、そうですね。国教のような感じだって言ってましたし……。うーん、隙が無いですね」
そしたら私が国を作ることになったら、巨大なガルルンの銅像でもドドーンと建ててみようかな?
皆の者、あの銅像を崇めるのじゃ! なんてね。
「――あ! お2人とも、そろそろ大聖堂に近付いてきましたよ! あとはこの道をまっすぐ進むだけです!」
「おー……」
立派な広い道の遥か先には、荘厳な感じの大きな石造りの建物が建っていた。
入口自体が大きく、そこに至るまでの階段も見事なものだった。
元の世界だったら、絶対に世界遺産に登録されてしまう――それくらいの存在感はあるだろう。
「ルークもルーンセラフィス教の信徒ではあるんだよね? 大聖堂に来た感想はいかが?」
「話には聞いていましたが、ここまで立派なものとは思っていませんでしたね……。
大聖堂には死ぬまでに一回でも行ってみたいというご老人はたくさんいましたが、その意味が今分かりました」
ああ、確かに年を取るとこういう場所に行きたくなるみたいだもんね。
それはこっちの世界も同じなのか。
よーし。せっかくの機会だし、私も厳かな気持ちで歩いていってみよう!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
疲れた。もう帰りたい。――そんな弱音が頭をもたげる。
私曰く『見事な階段』を上りながら、私の体力は尽きかけていた。
「――結構この階段、疲れますね……」
「何回も上っていれば慣れますよ!」
確かに周りのご老人たちは割とすいすい上っている。
ただの健脚なのか、もしくは信仰心の賜物なのか……。
「――はぁ、はぁ……。何とか上りましたけど……うわ、奥も広いですね!」
階段を上った先、建物の中を見ると――そこには大きな空間が広がっていた。
中には壁画が描かれていたり、ステンドグラスで装飾されていたりと実に美しい。
「おぉ……宗教っぽい……!」
「いえ、宗教ですから」
エミリアさんのツッコミも健在だ。
「さて、それでは向こうの通路から奥に進みましょう。
一般信徒は通れない通路ですので、私にちゃんと付いてきてくださいね」
「はい! ……私は一般信徒ですらありませんけど」
「入るなら直ちに手続きを――」
「ご遠慮します」
「ぐぬっ……。そ、それでは参りましょう」
ここら辺の掛け合いも慣れたもので、エミリアさんもすぐに諦めてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
通路の要所要所の警備員と挨拶を交わしながら奥に進んでいく。
全員がエミリアさんを『エミリア様』って呼ぶけど……そういうルールなのかな。
もしくは、私たちが考えている以上に立場が上の人だったりして?
そんなことを考えていると、突然女の子の声が廊下に響き渡った。
「――エミリア様! ようやく帰ってきたわね!!」
「ひっ!?」
小さな声で最初に反応したのはエミリアさん。
女の子の声の方向――私たちの後ろ振り向くと、そこにはエミリアさんと同じような法衣を纏った女の子が立っていた。
しかもこっちに向けて指を差している。漫画だったら絶対、後ろに集中線が入っている感じだ。
「え、えーっと……。レオノーラ様……お久し振りです……」
「まったくね! 大司祭様と旅に出たと思ったらそのまま戻って来ないし!
――あら? その後ろの2人はどなたかしら?」
「あ、こちらは旅の途中で知り合ったアイナさんとルークさんです。
これから大司祭様にご挨拶に伺うところなのですが――」
「そ、それは早く言いなさいよ! 私が足止めしちゃってるみたいじゃない!」
実際、してるけどね? ――というツッコミは控えておこう。初対面だし、下手にに刺激したら面倒そうだし。
「で、では失礼します……」
エミリアさんはそう言いながらお辞儀をしたあと、さっさと立ち去ろうとしたのだが――
「大司祭様への挨拶が終わったら、私のところに来なさいよ! 絶対だからね!」
そんなことを大声で残すと、そのまま違う通路に入っていってしまった。
「あの、エミリアさん……。今の方は?」
「えぇっと……私の同期の司祭様です。まぁその、今見て聞いた通りの方なんですけど……」
ツンデレかな?
私はあっさりとレオノーラさんのキャラ付けを済ませることに成功した。