107.王都ヴェセルブルク
夕方。陽がもう少し落ちた頃、王都ヴェセルブルクの街門を抜けてようやく街に入ることができた。
今回も今までと同様、プラチナカードは提示せずに普通の冒険者カードで通してもらった。
ちなみにエミリアさんは住民カードを見せていた。冒険者カードよりも早く通れるらしい。
……とはいっても、私とルークと一緒に並んでいたから、結局は同じ時間が掛かったのだけれど。
「住民カードの方が早く通れるんですね」
「はい、何しろその街に住んでいるってことですからね。
アイナさんとルークさんも、ヴェセルブルクに住めば取得できますよ!」
街の中の様子を眺めると――メルタテオスよりは道は狭いが、そこにはたくさんの人々が往来していた。
建物も多く、お店も多い。そしてどこか、今までの街よりも洗練されている。
ここに住めるのだというなら、それもまた面白いだろう。
「そうですねぇ……。私のやりたいことがここでできるなら、それも良いかもしれませんね」
「……そういえば、アイナさんのやりたいことって何ですか?」
「え?」
「いえ、錬金術の情報収集――とまでは聞いていますけど、そもそもアイナさんって勉強するようなことが無さそうじゃないですか。
勉強とかではなく、何か作りたいものがあるのかなって」
突然の話の展開に私は少し驚いた。私の『やりたいこと』とは『神器を作ること』だ。
そのために、その情報を得るために王都にやってきたのだが――
「そうですね……。そろそろお話しないといけないかもしれませんね……」
「あ、そんな無理して教えてくれなくても大丈夫ですよ。ちょっと気になっただけなので」
「いえ、またご迷惑を掛けてしまうかもしれないので……そろそろお話しますね。
でもしっかり伝えるために、ちょっと時間を頂けますか」
「あうぅ、言い難いことだったら全然――」
「ああ、つらい過去があったりとかそういう話ではないので安心してください!
いつもの、『まぁアイナさんですし……』みたいな流れには絶対になると思うので」
「あ、そっちならもう免疫ありますからね、大丈夫ですよ!」
私の返事を聞いて、エミリアさんは幾分か安心したようだった。
「それと、ジェラードさんにも活躍してもらうことになると思いますので……みんな揃ったときにお話しますね。
ルークにもまだ言っていないことだから、そのときはよろしく」
「はい。私は何があっても大丈夫です。ご安心ください」
「ああ、だからそういう話じゃ――」
とは言いつつも、少し不安な部分もあるのだ。
さすがに作りたいものが『神器』であり、実際にそれを作るスキルも私は持ち合わせている。
人智を超えた力を持ってしまっているわけで、もしもそれを理由に怖がられたりしたら――正直嫌だな、とは思う。
でも今まで一緒にいた時間を考えると、案外そんなことも無いんじゃないかな、とも楽観的に思ってしまう。
これが信頼というのであれば、私はそう呼びたかった。
「――まぁ、どちらにしてもおふたりには聞いておいて欲しい話ですね」
「分かりました! それではそのときに、お話を伺います!
突然に不躾な質問をしてすいませんでした」
「いえいえ。こちらこそ何か隠しているようで、すいません」
真面目な顔のエミリアさんに私は愛想良く返す。実際エミリアさんには悪いところは無かったわけだし。
「――さて、それではアイナさん。今日はこれからどうしますか?
もう夕方なので、何かするにも難しそうですけど」
「うーん、とりあえず今日はもう休んで、いろいろやるのは明日からにしましょう。
……となると、宿屋探しでしょうか」
「そうですね。それでは私の知っている宿屋にご案内します!」
「おお! さすが王都住民、頼りになります!
……そういえばエミリアさんってこの街に住んでいるんですよね。エミリアさんはお家に帰ります?」
「えっと……。私は聖堂にお部屋を割り当てて頂いてるので、戻るとすれば聖堂なんですよね……。
ひとまず今日は、アイナさんたちと一緒に宿屋に泊まらせてください!」
「分かりました、それではご案内をお願いします」
「かしこまりました! ちょっと歩きますが、参りましょう!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――おお、エミリア様ではないですか! お久し振りです!」
エミリアさんの案内してくれた宿屋に着くと、受付の男性が畏まりながら話し掛けてきた。
王都の中心からは離れているものの、ここはかなり大きい宿屋のようだった。
「お久し振りです。少し旅に出ておりまして……何かお変わりはありませんか?」
「おかげ様で問題無く! ところで、そちらの方は――」
受付の男性は私とルークの方をちらっと見た。
「こちらの2人は私の大切な友人です。旅先で知り合いまして、とてもお世話になっているんです」
「なるほど! そんな大切な方々を我が宿屋にご案内頂けるとは……。今日はお泊りということでよろしいですか?」
「はい。それと、私の部屋もお願いできますか?」
「おお、エミリア様もお泊り頂けるのですか……! 分かりました、一番良い部屋を用意させて頂きます!」
「いえ、普通の部屋で大丈夫――」
「そんなことできるわけ無いじゃないですか! ここは私にお任せを!」
「分かりました、それではよろしくお願いします」
エミリアさんは微笑みながらも、少し小さく溜息をついた。
良い部屋を準備してくれるのは良いとして、一番良い部屋までは必要なかったんだろう。
クレントスの宿屋でも、良い部屋の宿泊費は1日で金貨1枚もしていたし。
「あ、それと――食事はお部屋にお願いできますか?
私の部屋に3人分持って頂けると助かるのですが」
「はい、承りました!」
「あと、できたらで良いのですが……こちらのルークさんは体格の良い方ですので――」
「ははっ! 当然そのように手配させて頂きます!」
そのように? どういうことだろう?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部屋は3人分取ってもらったものの、まずはエミリアさんの部屋の集合することにした。
この宿屋を拠点にするかもまだ分からないし、今日のところはただ一泊するという感じにしたのだ。
荷物を置いたりとか、そういうこともしないで良いから楽なものだ。
「――それにしても凄いお部屋ですよね。クレントスでも良い部屋に泊まってましたけど、それ以上と言いますか」
まさに元の世界でいうところのスイートルームである。
無駄に豪勢! 無駄に広い! いくら掛かるんだろう、この部屋の宿泊代。
「あ、宿屋のご厚意ですので、宿泊費は普通の金額で大丈夫ですよ。銀貨7枚だったと思います」
私の考えを察したのか、エミリアさんが具体的なことを教えてくれた。
まぁ確かにあの流れで正規の金額を要求されたら洒落にならないのだが、普通の部屋の宿泊費と同じというのであれば逆に申し訳なくなってくる。
「うーん、それはありがたいですね……。
ところでエミリアさん、さっきの方とはお知り合いなんですか?」
「はい、さきほどの方はルーンセラフィス教の信徒の方でして。私も面識があるんです」
「ただ面識があるにしては、とても畏まっていたというか……」
「あはは、私も一応プリーストですからね。そこそこの立場にはいるんですよ」
「なるほど……。ついでに、何でお部屋で食べることにしたんですか?
食堂の方がいろいろ追加注文とかしやすそうですけど」
「アイナさん……。あの、ここは私の地元なんです……」
私の言葉に、エミリアさんは改まる感じで言った。
「え? ……そうですね、それが何か?」
「アイナさんたちはどうやら慣れてしまっていてお忘れのようですが――」
エミリアさんはそのまま、私たちの反応を待つようにじっと私の目を見つめてきた。
「えーっと……?」
ルークを見ても、何が言いたいのかよく分からない状態だった。
「はぁ……。私、あまり食べないように言われているんです……」
「――っ!!」
そういえばそうだった!
『エミリアさん = 大食い』っていう式が成り立ちすぎてて、おかしいとすら思わなくなってしまっていた!
「ああ、だから部屋で……」
「はい、ルークさんの分を大盛りにするように頼んでおいたので、ルークさんは私のと交換してくださいね……」
「え? あ、分かりました……」
そういえばエミリアさん、受付で何か注文していたね。
それはこういうことだったのか……。
王都は楽しみにしていたけど、エミリアさんの食事事情にまでは意識がまわらなかったな。
……え、でもそうすると、エミリアさんはもう小食に? う、うーん、それは何というか……えーっ? 本当にーっ?