105.エミリア先生の魔法講座①
ゴトゴトゴト……。
乗り合い馬車はいつものリズムで街道を走る。
慣れ親しんだこの揺れと暖かな陽気が相まって、徐々に眠気が襲ってくるのだが――
「――さて、アイナさんとルークさん。そろそろお勉強を始めましょう!」
「え? お勉強、ですか?」
不意を衝かれ、エミリアさんの言葉に何も考えず返してしまう。
お勉強って一体……?
「ま、魔法のお勉強ですよ! 馬車の移動中にやるっていったじゃないですかっ!!」
――あ、そうだった。
アドルフさんからもらった属性石のナイフを使うために、私は水属性の、ルークは土属性の魔法を勉強する……という話だったよね。
私も当初はやる気があったんだけど、アーティファクト錬金で使えるようになった魔法――バニッシュフェイトやクローズスタンを使ったせいか、何となくそれで満足してしまっていたのかもしれない。
「す、すいません。それではエミリア先生、よろしくお願いします!」
「先生……?
むふー、分かりました♪ ささ、ルークさんも良いですか?」
「は、はい。よろしくお願いします」
鼻息を荒くする(?)エミリアさんに促され、私とルークはエミリアさんの方に向き直った。
「それでは始めますよ!
先日に本屋で魔法の本を買いましたが、その前に魔法の元――マナを感じるところから始めましょう。
ちなみにお二人は、マナを感じたことはありますか?」
「いえ、まったく」
「同じく、です」
「魔法の勉強をしようとしなければ、そういうことには縁がありませんからね。
それではアイナさん、私の掌にアイナさんの掌をかざして頂けますか?」
そう言いながら、エミリアさんは掌を私の方に向けた。
えぇっと、同じ感じでかざせば良いのかな? そう思いながら、エミリアさんの掌に自分の掌を向ける。お互いに掌をかざし合っているような状態だ。
「――はい、いかがですか?」
「え?」
いかがですか――と言われても、何も起きないけど……?
でも話の流れからして、ここは何かを感じ取れるところなのかな? そう言われてみると、そういえば――
「エミリアさん! 何か温かいものが伝わってきます!」
「はい! それは私の体温です!」
「――ッ!!」
……言われてみればその通りだね……。これは今までに感じたことがあるよ……。
「えっと、今は本当に手をかざし合わせただけなので……特に何も感じないと思います。
上級者になってくると、これだけでも微細なマナを感じ取ることができるそうなんですが」
「へぇ……。ちなみにエミリアさんは――」
「いえ、私はさっぱりです」
なるほど……。エミリアさんくらい魔法が使えても、それはできないのね。
それじゃ私とルークはひとまずその高みは目指さないで大丈夫かな。
「さて、アイナさん。もう一回かざして頂けますか?」
「はーい」
エミリアさんの言葉に従って、再び掌をかざし合わせる。
先ほどと同じく、エミリアさんの体温が伝わってくるのだが――
――ピリッ。
「うわっ?」
「何か感じましたか?」
「えっと……何かピリッとしたものが。静電気の弱いような感じの――」
静電気――とはまた少し違うんだけど、大体そんな感じ?
何ていうのかな、静電気を温かくしたような……というか、静電気と空気を混ぜた……というか。
ああ、確かにこれは言葉では伝えにくい!
「はい、それがマナです。今、私の身体のマナを掌に集めて、分かりやすいようにしたんですよ。
ささ、それじゃ次はルークさん!」
「はい、お願いします」
そう言いながら、エミリアさんとルークが掌をかざし合った。
さてさて、ルークはどんな反応になるかな? 私は新しい感覚を感じることができて、内心とてもドキドキしているんだけど――
「――はい、どうですか?」
「えっと……。すいません、特に何も……」
……あれ?
「むむ、ルークさんはそこからですね」
「そこから……? 私と何か違うんですか?」
「マナの感じ方は人によって違うんです。
先ほどアイナさんはピリッとしたものが――と仰っていましたが、そう感じない人もいるんです」
「へぇ……感じ方は人それぞれ、ということですか」
「はい。これはその人の魔法の適性だとか、他のスキルとの相性だとかがあるそうです。
ルークさんは今まで肉体を使う方に特化してきましたから、恐らくはその辺りが原因でしょう」
「――とすると、私はマナを感じ取れない……というわけですか?」
エミリアさんの言葉にルークが不安そうに尋ねる。
このまま感じ取れないなら、早々に魔法のお勉強が終わっちゃうからね。
「いえ、大丈夫です! そこら辺は魔法使いの先人たちが、解決方法をしっかりと遺してくれていますので!」
「へぇ……、そういうのもあるんですね」
「エミリアさん、ぜひ教えてください!」
安心するような、懇願するような声でエミリアさんにお願いするルークだったが――
「ルークさん……? エミリア――何ですって?」
「……!! え、エミリア先生! 私にその方法を教えてください!!」
「よろしい! 教えて差し上げましょう!」
察しの良いルークとノリノリのエミリアさん。
何だかこの二人も、端から見てるとなかなか面白いコンビかもしれない。
それにしても、先人たちが遺した解決方法とは一体……?
「それじゃルークさん。右手と左手を擦り合わせてください」
「え? こうですか?」
そう言いながら、ルークは自身の手をごしごしと擦り合わせ始めた。
「もっと速く!」
「はい!」
ルークはさらに速く手を擦り合わせる。
しばらく経つと、ようやくエミリアさんが言葉を続けた。
「そろそろ良いでしょうか。それでは掌をこちらに向けてください!」
エミリアさんがそう言いながらルークに掌をかざすと、ルークも掌をかざして向かい合わせた。
「さぁ、どうですか?」
「む……。エミリア先生、何だか温かいものが伝わってきます!」
「はい、それは私の体温です!」
――既視感っ!!
「そうしたら――、その上でこれは分かりますか?」
「…………」
「…………」
「……えっと、何がですか?」
エミリアさんのドヤ顔に対して、ルークのきょとんとした顔。
今の流れからして、多分ここでマナを感じ取って欲しかったんだろうな……。
「……ルークさんは補習ですっ!」
「えぇっ!?」
ルークから驚きの声が挙がる。
確かにここを乗り越えないと先に進めないからね……。っていうのは良いとして――
「――エミリア先生、私はどうすれば?」
「アイナさんは、今日の授業はおしまいです!」
「えぇっ!?」
授業が始まってから、時間にするとまだ10分くらい。
そのタイミングでルークは補習、私は終業となってしまった。……でも、ここが基礎のところだから仕方ないのかな。
その後、ルークはエミリアさんの指導のもと、ひたすら手をごしごしと擦り合わせていた。
端から見てるといまいち効果は無さそうなんだけど――本当にこれで上手くいくのかなぁ?




