104.メルタテオスの思い出
次の日の昼過ぎ、私たちは冒険者ギルドを訪れていた。
ガルーナ村の村長――ランドンさんと、セシリアちゃんに宛てた手紙の送付依頼を出しに来たのだ。
手紙にはメルタテオスであったこと――ガルルン教、育毛剤、例の教祖さんの話を適当に網羅しておいた。
もしも宗教の一団がガルーナ村を訪れても、悪い人たちじゃないから村の復興を手伝ってもらってください――ってね。
ちなみに私のことは、世界を旅しているガルルン教の信者っていう設定にしてもらうように書いておいた。
教祖さんたちが私と会う機会なんてほぼ無いだろうから、ここら辺は適当にやってもらって良いかな。
それと、そこら辺で手間を掛けさせてしまうかもしれないお詫びに、以前作った『野菜用の栄養剤』も手紙と一緒に送ることにした。
できればで良いんだけど、それもガルルン教の奇跡っていうことにしておいて――っていう一言も忘れなかったけど。
「――はい、確かに受領いたしました」
依頼の受付窓口の職員さんは、私の出した依頼内容を確認すると事務的にそう言った。
手数料と報酬も先払いしたし、あとは届くのを待つだけだ。
「それではよろしくお願いします。
――ということで、依頼の手続きは完了!」
「「お疲れ様でした」」
「教祖さんへの神託? の手紙も例の施設の職員さんにお願いしてきたし、この件はこれでおしまいかな?」
「職員さんも嬉しそうにしてましたよね。
『そんな大切な手紙を託して頂けるなんて光栄です』――って」
「あの方のアイナ様を見る目も少し変わっていましたよね。何だか敬っているというか……」
「……展示スペースを見て、何かを感じてしまったんでしょうかね? 宗教って怖い……」
「思うところがあったのでしょうか? でもガルルン教はどちらかといえば自分を見つめ直すような感じの宗教なので、それはそれで良いのでは」
「あはは、特に教義はありませんからね。伝えているメッセージなんて、『我を信じよ』くらいですし」
「考えようによってはとても力強い言葉ですよ、文章に無駄な装飾が無いだけに。
……ちなみに神託の手紙も『ガルーナ村で野菜』だけでしたし」
「アイナ様、それで伝わるんですか……?」
「十の言葉を伝えるよりも、一を伝えてそのあとは自身の頭で考えるのです」
「何だかそれっぽく聞こえますけど、要は体のいい丸投げですよね」
「人間には知恵と無限の可能性があるのです。自らの意思を持って歩まなければ」
「……うーん、本当にそれっぽく聞こえます……」
「それっぽく言うのは得意ですから!」
「その調子であの教祖さんとお話したら、絶対に崇められちゃいますよ。
ただでさえ育毛剤の効果がばっちりだったんですし」
「あはは。まぁ会うことも無いでしょうし、そんなご縁は生まれませんよ」
懸念としては、クレントスに戻る際にガルーナ村にも寄ってみようと思っているんだけど……そのときくらいかな?
でもそれがいつになるかは分からないし、そのときに教祖さんたちがまだいるとは限らないしね。そもそもあの手紙を見るかも分からないわけだし。
「――さて、それじゃミスリル関連とガルルン教はこれでおしまいということで。
ところで出発は明日ですけど、他にやり残したことは無いですか?」
「あ、今回は魔法関連のお店は寄らないで大丈夫なんですか?」
「そうですね……。ミラエルツで買った分も含めて、素材はまだまだあるから大丈夫です。
あと本を押し付けられたこともあって、何か行きにくいっていうのもありますけどね……」
「確かに……」
「二人は何か無いですか? 行きたいところとか、何か買いたいものとか」
「「無いですね」」
おおう。
最初から滞在するのは短期を予定していたとはいえ、二人ともこの街にはあまり思い入れが無さそうだ。
そういう私もそんな感じではあるんだけど。
「ところでジェラードさんは、今日はどうしたんですか?」
「あー……。私のお願いした仕事が終わったので、今日はデートに行ってるみたいですよ」
「この短期間で、もうそんな方ができたんですか!?」
「アーチボルドさんのお屋敷のメイドさんらしいんですけど……ほら、散乱した髪を見て失神したっていう。
そのときに介抱してあげたら、それをきっかけに――だそうです」
「ええ……? でもそのときって、ジェラードさんは女装……もとい、メイドさんに変装していたんですよね?」
「禁断の愛を覚悟して告白したら、普通の愛だと分かって安心したそうです」
「ははぁ……。出会いってどこに転がってるか分からないものですね……」
「まったくですね……。
というわけで、ジェラードさんと次に会えるのは王都です」
「あれ、出発のタイミングもズレるんですね」
「まぁいろいろあるんでしょう。細かくは詮索しませんけど」
「そうですね……。それにしてもなんというか、やっぱり自由な方ですよね」
「さて、それじゃ私たちは――妥当に観光でもして最後を締めますか」
「そうですね、そうしましょう」
「分かりました」
――というわけでこのあとは普通に観光をした。
昼過ぎに始めたから、聖堂にようなところを少し覘いただけで終わっちゃったけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴトゴトゴト……。
次の日の朝。
私たち三人は乗り合い馬車に乗って、メルタテオスをあとにしていた。
「……。エミリアさん、今回は叫ばないんですか?」
「え?」
「ほら、ミラエルツを離れるときは、馬車の中から叫んでいたじゃないですか」
「あー、やりましたね……。そういうアイナさんは、やらないんですか?」
「私はエミリアさんに釣られてやっただけですから……」
「わ、私だって他のお客さんに釣られてやっただけですから!」
その割にはノリノリで叫んでいた気もするけどなぁ……?
「――それに、ミラエルツではいろいろありましたからね。
あのときはそこら辺の感情が爆発したかと思うんです」
確かにミラエルツは滞在期間も長かったし、冒険者ギルドでの何回も依頼をこなしたし。
他にもジェラードとアドルフさんが仲間に加わったし、いろいろな出来事もあったから――
「……うん、分かります。それに比べるとメルタテオスはあまり思い出が無いんですよね」
「あ、はっきりと言っちゃいましたね」
「否定はできませんよね。ほぼジェラードさんの大活躍で終わりましたし。
印象的なところといえば、あとはアイナ様のアーティファクト錬金でしょうか」
うん、確かにメルタテオスっぽい要素が無いね……!
「――次は王都だけど……そっちではたくさん思い出を作りたいですよね」
何せエミリアさんとはそこでお別れなのだ。
どれだけ滞在するかはまだ決めていないけど、いろいろなことをできるだけやろう。
主だった目的は錬金術の情報収集――具体的にいえば、王都を中心にして神器作成を目指すのだ。
それ以外にも冒険者ランクのアップを狙ったり、王都北部にあるというダンジョンを探検したり……。
装飾魔法を覚えたり、そういえばガルーナ村の疫病騒ぎのご褒美をもらえる可能性もあるんだっけ?
ああ、疫病といえば王様が『ダンジョン・コア<疫病の迷宮>』の存在を知っているのかも気になるところだったね。
あとはその王様がオリハルコンを持っているかも……っていう情報もあったかな。
「王都では、心配しなくてもいろいろありそうですね」
今までの情報を整理していると、思わずそんな言葉が出てきた。
何にせよ要素が盛りだくさんだ。全部こなしていたらどれだけの時間が掛かることか。
「そうですね! 私も知ってる場所はできるだけご案内したいです!」
エミリアさんも力を込めて微笑んでくれる。
それじゃ、物語の舞台は新たなる街、王都――……
王都……?
「――えぇっと、王都の名前ってなんでしたっけ?」
「ヴェセルブルクですよ! 王都ヴェセルブルク!!」
ああ、そういえばそんなような気がする!
いまいち行ったことのない場所の名前って覚えられないんだよなぁ……。
「それでは参りましょう! 新しい街、王都ヴェセルブルクへ――!」
「アイナさん、もう向かってますよ!」
「そうでしたぁ!」
物語の舞台は新たなる街、王都ヴェセルブルクへ!
さーて、そこでは何が待ち受けているのかな?