101.猪の肉
「――大丈夫でしたか?」
「あ、あの……助けて頂きまして、ありがとうございます……」
気絶した暴れ猪にとどめを刺したあと、襲われていた女性に声を掛けると力が抜けた感じでお礼を言われた。
怪我は無いようだし、それは不幸中の幸いかな。
そのまま少し言葉を交わしていると、村人が少しずつ集まり始めた。
女性の悲鳴と戦いの音を聞いてやってきたのだろう。
「おお、リゼ……大丈夫だったかい……?」
「村長様……! はい、こちらの方々に助けて頂きました」
「それはそれは……。ところであなた方は一体……?」
「はい、メルタテオスの冒険者ギルドで暴れ猪の討伐依頼を受けて来た者です。
来た早々にこの方の悲鳴が聞こえてきたので、そのまま討伐してしまいました」
「おお、依頼を受けてくださったのですか。
本当にこの暴れ猪には困っておりましてな……いや、本当に助かりました」
「それは何よりです。
えーっと、暴れ猪の牙は証拠品として持ち帰らないといけないのですが、それ以外はどうしましょう?」
「他に必要な部分が無ければ、このまま置いていって頂いて構いませんぞ。
ほっほっほ、今日は皆で猪パーティですな」
「あ、食べるんですね……」
「この猪にはせめてそれくらいの償いはしてもらいませんと。あなた方も今晩、ご一緒にいかがですか?」
今晩かー。ちょっとお呼ばれしたい気もするけど、ジェラードからミスリルの報告を聞かなきゃいけないんだよね。
「すいません。今晩は用事がありまして……」
「そうですか……それは残念です」
「はい、残念です……」
――村長さんに即座に同意するエミリアさん。
さすが食べ物ネタ、見逃してくれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――エミリアさんの目が何かを物語っていたので、とりあえず暴れ猪のお肉を分けて頂いてしまいました」
村長さんは何かを察したあと、手際よく暴れ猪を解体して私たちに肉の一部を譲ってくれた。
『美味しく食べてください、特にあのプリーストさんに』――という言葉まで頂いてしまった。
「え……? わ、私のせいだったんですか?」
「はい、十中八九……というか十、エミリアさんのおかげです」
「それでは今晩は猪パーティですね!」
「切り替え早っ!」
私の驚きをよそに、エミリアさんは嬉しそうに微笑んでいる。くそう、その笑顔はズルい!
「アイナさん! ジェラードさんもご招待して、今日は打ち上げパーティにしましょうね!」
「え、打ち上げ? エミリアさん、何の打ち上げですか」
「もちろん、ミスリルのですよ!」
「あ、なるほど。ジェラードさんが上手くやってくれれば、確かに打ち上げにできますね」
「はい! 猪なんて久し振りなので、とっても楽しみです♪ みんなで美味しく頂きましょー♪」
「ところで猪のお肉ってどうやって食べるものですか? 私はあんまり食べたことが無くて……」
元の世界では何回か食べたことはあるんだけど……何だか固かった気がする。
そのときはあまり美味しいとは思わなかったんだよなぁ。豚肉や牛肉よりもクセが強かったし。
「そうですね。焼いたり煮込んだり――っていうのがやっぱり一般的でしょうか」
「宿屋の食堂に戻る頃にはもう夜でしょうし、煮込み料理は難しそうですね……」
「では焼いたお肉をみんなで頬張りましょう! 私は焼いたのも大好きですよ!」
「あはは……。ところでお肉を持ち込んだら、食堂で調理してくれるものなんですか?」
元の世界だと基本的にそういうのは無いからね。
馴染みのお寿司屋さんとかだったら、魚持ち込みでやってくれるみたいなことは聞いたことがあるけど。
「お金を払えばやってくれますよー。忙しいときは当然断られるとは思いますけど」
「それじゃ、まずはお願いしてみましょう。――といったところで、そろそろ帰りますか!」
「「はい!」」
村での休憩を終え、村長さんを始め何人かと挨拶を交わしたあと、私たちはメルタテオスへの帰路に着いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メルタテオスの冒険者ギルドに戻ったときには、辺りはすでに暗くなっていた。
帰り道、それなりに急ぎはしたんだけど――何せ歩きだからね、それも仕方のないことだろう。
「――それじゃ、依頼の報告をしてきます」
「はーい、よろしくお願いします。その間に私、依頼の掲示板を見てきますね」
「あ、そうですか? それじゃルークも何か気になるものが無いか、見てきてくれない?」
「分かりました。ではエミリアさん、参りましょう」
「いってきまーす♪」
メルタテオスでは積極的に依頼を受ける気は無いけど、どうしても受けないというわけでも無いのだ。
何か良い依頼があれば検討しよう――くらいの感じではあるけどね。
少し脇道に逸れると急にレアっぽいものが見つかる場合もあるから、日々しっかりアンテナを張り巡らせておかないと。
――さてと、それじゃ私は報告をしちゃいますか。
報告の窓口は……あそこかな。
「すいません、依頼の報告にきました」
「ありがとうございます。冒険者カードと証拠品のご提示をお願いします」
「これが冒険者カードと……、それと証拠品は暴れ猪の牙を2本持ってきました」
「お預かりします。そちらで少々お待ちください」
「はい、よろしくお願いします」
近くの椅子に座って一休み。
メルタテオスで依頼の報告をするのは今回が初めてだけど、やっぱり事務的な対応だなぁ。
はぁ、クレントスのケアリーさんが懐かしい……。
そういえば、ケアリーさんは元気でやっているかな? ヴィクトリアから変なちょっかいを受けていないかな?
ぼーっとしていると、そんな感じでクレントスの出来事がいろいろと思い出されてきた。
離れてしばらく経つけど、何だかとても懐かしい……。クレントスも(ヴィクトリアがいなければ)居心地は良かったからなぁ。
神器を作ったら一回クレントスに戻ろうとは思っていたけど、今この時点で無性に戻りたい気持ちが生まれてきた。
もしかして、これがホームシックってやつ……?
「ホームシック……ねぇ?」
よくよく考えてみればこの世界に転生して以降、元の世界に帰りたい――みたいな気持ちが生まれたことがまるで無いんだよね。
元の世界に帰りたいっていうのが本来のホームシックだろうし。
でも元の世界では仕事はアレだったし、寂しい独り暮らしだったし……。ついでに言えば、恋人とかもいなかったしね。ふふふ……。
「――アイナ・バートランド・クリスティア様。大変お待たせいたしました」
「あ、はい!」
「依頼の達成を確認いたしました。こちらが今回の報酬、金貨3枚になります。
それではまた、他の依頼もどうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとうございました!」
報酬の金貨3枚をお財布に入れて報告の窓口を離れる。
うーん、それにしてもやっぱり最後まで事務的。何だかこう、感動の共有が無いというか、達成感が無いというか……!
でも報酬的な意味では、稼いだ実感はあるんだよね。
錬金術で凄いものを作った方がお金はたくさん手に入るんだけど、そっちはむしろ実感が湧かないというか。
実際のところ、私の行動とその対価が釣り合ってないせいなんだけどね。
凄いアイテムも一瞬で作れちゃうし、錬金術を修得するために長い時間を掛けたというわけでもないし。
「――……まぁ、難しいことはいいか。今の生活、私は好きだもん」
今、私は自由に異世界の冒険を楽しんでいる。
基本的には上手くいっているし、素敵な仲間もたくさんいる。なんと4人もいるんだよ!
それだけで十二分に充実している証拠になるだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、戻ってきたエミリアさんとルークに合流した。
「アイナさーん、掲示板を見てきましたー♪」
「お帰りなさい! 良いものはありましたか?」
「ありませんでしたー♪」
なかったんかーい! ――というツッコミは心の中にしまっておいてっと。
「ルークも特に無かった?」
「条件が良いのはそれなりにはありましたが、内容としては特段変わったものはありませんでした」
「ふむふむ、それじゃ今日は素直に帰ることにしましょうか」
「はい! アイナさん、戻ったら猪パーティですよ!」
「そうですね、食堂の人にお願いしないと!」
「そして今日はアイナ様の本命、ミスリルの報告がありますからね。上手くいっていると良いですが……」
「私も期待半分、心配半分かな。失敗するとは思ってないけど……。
でも、どうなってるかはやっぱり心配だなー?」
「では急いで宿屋に戻りましょう! ジェラードさんが待っているかもしれませんし!」
「そうですね! でも走らないでくださいよ、私遅いんですから!」
「分かりました! ゆっくり急ぎましょう!」
えっと、それはどういう……?
まぁいいや、気持ちだけ急いで帰ることにしようかな!