100.実践してみましょう
「――あ、無い」
「ありませんね……」
「ここに置いたんですか? っていうことは――」
次の日の朝、例の自作宗教の展示施設を訪れると――ガルルンの置物の前に置いておいた育毛剤が無くなっていた。
開館から1時間ほどしか経っていないのに、もう無くなっているとは。
「――あ!」
「え?」
不意に後ろから声がして振り返ってみれば、そこには昨日の夜に袖の下を渡した職員さんがいた。
「あ、おはようございます」
「おはようございます! あなたが仰った通り、朝一番で訪れた方がいまして――その方が瓶を持っていってしまいましたよ」
「そうでしたか。どんな表情をされていましたか?」
「はい、ここに来たときは絶望に満ちた顔をしていたのですが……例の瓶を見た瞬間、とても顔を輝かせて。
――あの、ガルルン教というのはどういった宗教なのでしょうか? 私もとても興味を覚えてしまいました」
「はい。あの展示スペースにあるものが全てで、そして真理です」
「あの展示スペースが……? 確かにあの広々とした空間、何かを訴えかけてくるような――」
「あまり難しく考えないことです。ありのままを受け止めてください」
「ふむふむ……分かりました、ありがとうございます!
たまにあの前に立って、心を無にしてみますね!」
そう言うと、職員さんは一礼をして仕事に戻っていった。
「……アイナさん、よくもまぁあんなことを自然に言えますね……」
「あはは、才能ありますか?」
「アイナさんは錬金術で奇跡みたいなことを起こしますからね……。それを裏付けに使われれば、言葉にも重みが増すというか……」
「最終的に、信じた人が救われれば良いと思いますよ。まぁそれがガルルンにしても、そうじゃなくても」
「ああもう、また良さげなことを言うんですから!」
「あはは、それっぽく言うのは得意です!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
育毛剤が無くなっていることを確認したあと、私たちは外に出た。
今日も今日とて良い天気。っていうか、そういえば悪天候に見舞われたことはまだ無いなぁ。
「――さて、アイナさん。今日はこれからどうするんですか?」
「えぇっと……ジェラードさんからミスリルの話があるのは夜ですから――今日はそれまで、特にやることはありませんね」
「ああ、平和って素晴らしいですねー」
「そうですねー」
まったりとした空気が流れる。まったりというかだらだらというか。
まさに中だるみの時間――……そんな感じだ。
「ちなみにミスリルが手に入ったら、メルタテオスにはもう用は無いんですよね?」
「はい、本来の目的がそれだけでしたから。買い物とかも一通り済ませていますしね」
「特にやることが無ければ、冒険者ギルドでひとつくらい依頼を受けてみませんか?」
ここでルークから思わぬ提案が出てきた。
依頼かぁ……。最近は依頼を受けてなかったし、それも良いかな?
「エミリアさんはどうですか?」
「はい、良いと思います! たまには戦わないと、勘が鈍りますからね!」
「……あ、はい。魔物討伐が前提なんですね……」
「アイナさんのアーティファクト錬金でいろいろと補正が付きましたからね! ぜひ試してみたいっていうのもあります」
「そういえば確かに、作ったあとは依頼受けていませんでしたもんね……。
分かりました、それじゃ魔物討伐の依頼を受けてみましょうか」
「はぁい」
「はい、ありがとうございます!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――というわけで、私たちは昼過ぎにメルタテオス北部の山の麓、小さな村を訪れていた。
数は少ないけど羊が飼われていて、メェメェと鳴いている。うん、可愛い。
「わぁ、のどかで良いところですね」
「牧歌的な感じが良いですね。……えっと、ここに暴れ猪がいるんだっけ?」
「はい、何でも村人が数人やられたとか。
働き手が少ない村なので、これ以上の怪我人は増やしたくない――という理由で冒険者ギルドに依頼がいったようです」
「なるほど、それじゃ早く倒しちゃわないとね」
「はい。では目撃情報があったところに移動を――」
ルークがそこまで言ったところで、遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。
「きゃーっ! た、助けてーっ!!」
「ルーク!」
「はい、先に向かいます!」
私がルークに声を掛けると、ルークは声のした方に向かって走り始めた。
悲しいことに私の足の速さはルークの足元にも及ばないからね……。ひとまず先に行ってもらうのだ。
ちなみに私は、エミリアさんよりも遅い。
「アイナさーん、私はどうしましょう!?」
「あ、はい! 私に構わず先に行ってください……!」
「分かりました! それではまた後ほど!」
そう言うとエミリアさんはスピードを上げて走って行った。
法衣の裾、長いのになぁ……。よくあんな速さで走れるなぁ……。
よし、私も頑張って走ろう。
――とはいうものの、悲鳴が聞こえる程度の距離なので早々に辿り着くことはできた。
でもこういうときは時間勝負だからね……速く走れるように鍛えないとダメかな。
さて状況は……と確認してみると、しゃがみこんだ女性を守るように暴れ猪と対峙するルークがいた。
その傍らでエミリアさんが魔法を使っているところだった。あれは支援魔法だね。
「ルークさん、支援おっけーです!」
「ありがとうございます! それでは――いきます!」
ルークが暴れ猪に強襲を掛けると、意外に素早い暴れ猪はそれを避けた。
とはいえスピードはルークの方が速いので、徐々に暴れ猪を追い詰めていく。
「牽制を掛けます! ルークさん、避けてくださいね!
――シルバー・ブレッド!!」
エミリアさんが攻撃魔法、シルバー・ブレッドを撃ち放った。
これで怯んだ敵をルークの剣が襲う――というのが私たちの必勝パターンなのだが――
――ズゴオオオンッ!!!!
「……へ?」
「……あれ?」
「……おおぅ……」
大きな音と共に、暴れ猪は大きく吹き飛んだ。
当たったのはエミリアさんのいつもの魔法、シルバー・ブレッドではあるのだが――
「エミリアさん……? 今の、凄かったですね……」
「あれぇ……?
――あ、そうだ! 私、例のイヤリングを付けてました!」
忘れていたかのように、エミリアさんが耳に付けたイヤリングをアピールする。
「あ、ああ……、『エコー』の効果で威力が倍になっていたんですね……」
「確かに支援魔法もいつもより強力でしたね……。
それにしても、今回はエミリアさん一人で倒してしまったようなものでしょうか」
ジェラード曰く、『エコー』は『国にひとつでもあればすごいレベル』の効果だからね……。
暴れ猪なんて余裕で倒しちゃうか。
そんなことを考えていると、暴れ猪の荒い息遣いが小さく聞こえてきた。
「……グルルル、ガフゥ……」
「あ、まだ息はあるみたいです! みなさん、気を付けて!」
「ルーク、私ちょっと暴れ猪に近寄ってみたいんだけど……護衛をお願いできる?」
「え? あ、はい。危険ですので背中側から向かいましょう」
そう言いながら、私とルークは暴れ猪に近付いた。
私はそのまま、右手で暴れ猪に触れて――
「アイナ様、何を……?」
「ふふふ、私も使ってみたかったのだ。
いくよー、クローズスタン!!」
――バチバチバチィッ!!
そう、アーティファクト錬金で指輪に付いた魔法、クローズスタン!!
私が魔法の名前を口にすると、激しい雷が発生して暴れ猪を襲った。
「おお、すごい……」
「うわぁ、痛そう……」
「素晴らしい、アイナ様が魔法を――」
「……グルル……グフゥ……」
暴れ猪はまだ生きているようではあるものの、気を失った。
それにしてもてっきりスタンガンくらいの小さな雷をイメージしていたんだけど、ずいぶんと大きな雷のようで……。
「うわぁ……これ、凄い魔法だねぇ……」
「護身用を超えてますね……」
エミリアさんとそんなことを話したあと、ぼーっとしているルークに気付いた。
「あれ? ルーク、どうしたの?」
「……いえ、アイナ様の『クローズスタン』にしろ、エミリアさんの『エコー』にしろ凄いなと思いまして……。
私も何とか、『属性統合』を使えるようにしないと……!」
確かに凄い効果が目白押しだからね。
でもルークの『属性統合』は使えるようになるまでは先が長そうだからなぁ……。
あまり無理しないで、焦らないでやってもらいたいかな。




