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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第4章 宗教都市メルタテオス
100/911

100.実践してみましょう

「――あ、無い」


「ありませんね……」


「ここに置いたんですか? っていうことは――」


 次の日の朝、例の自作宗教の展示施設を訪れると――ガルルンの置物の前に置いておいた育毛剤が無くなっていた。

 開館から1時間ほどしか経っていないのに、もう無くなっているとは。


「――あ!」


「え?」


 不意に後ろから声がして振り返ってみれば、そこには昨日の夜に袖の下を渡した職員さんがいた。


「あ、おはようございます」


「おはようございます! あなたが仰った通り、朝一番で訪れた方がいまして――その方が瓶を持っていってしまいましたよ」


「そうでしたか。どんな表情をされていましたか?」


「はい、ここに来たときは絶望に満ちた顔をしていたのですが……例の瓶を見た瞬間、とても顔を輝かせて。

 ――あの、ガルルン教というのはどういった宗教なのでしょうか? 私もとても興味を覚えてしまいました」


「はい。あの展示スペースにあるものが全てで、そして真理です」


「あの展示スペースが……? 確かにあの広々とした空間、何かを訴えかけてくるような――」


「あまり難しく考えないことです。ありのままを受け止めてください」


「ふむふむ……分かりました、ありがとうございます!

 たまにあの前に立って、心を無にしてみますね!」


 そう言うと、職員さんは一礼をして仕事に戻っていった。


「……アイナさん、よくもまぁあんなことを自然に言えますね……」


「あはは、才能ありますか?」


「アイナさんは錬金術で奇跡みたいなことを起こしますからね……。それを裏付けに使われれば、言葉にも重みが増すというか……」


「最終的に、信じた人が救われれば良いと思いますよ。まぁそれがガルルンにしても、そうじゃなくても」


「ああもう、また良さげなことを言うんですから!」


「あはは、それっぽく言うのは得意です!」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 育毛剤が無くなっていることを確認したあと、私たちは外に出た。

 今日も今日とて良い天気。っていうか、そういえば悪天候に見舞われたことはまだ無いなぁ。


「――さて、アイナさん。今日はこれからどうするんですか?」


「えぇっと……ジェラードさんからミスリルの話があるのは夜ですから――今日はそれまで、特にやることはありませんね」


「ああ、平和って素晴らしいですねー」


「そうですねー」


 まったりとした空気が流れる。まったりというかだらだらというか。

 まさに中だるみの時間――……そんな感じだ。


「ちなみにミスリルが手に入ったら、メルタテオスにはもう用は無いんですよね?」


「はい、本来の目的がそれだけでしたから。買い物とかも一通り済ませていますしね」


「特にやることが無ければ、冒険者ギルドでひとつくらい依頼を受けてみませんか?」


 ここでルークから思わぬ提案が出てきた。

 依頼かぁ……。最近は依頼を受けてなかったし、それも良いかな?


「エミリアさんはどうですか?」


「はい、良いと思います! たまには戦わないと、勘が鈍りますからね!」


「……あ、はい。魔物討伐が前提なんですね……」


「アイナさんのアーティファクト錬金でいろいろと補正が付きましたからね! ぜひ試してみたいっていうのもあります」


「そういえば確かに、作ったあとは依頼受けていませんでしたもんね……。

 分かりました、それじゃ魔物討伐の依頼を受けてみましょうか」


「はぁい」

「はい、ありがとうございます!」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ――というわけで、私たちは昼過ぎにメルタテオス北部の山の麓、小さな村を訪れていた。

 数は少ないけど羊が飼われていて、メェメェと鳴いている。うん、可愛い。


「わぁ、のどかで良いところですね」


「牧歌的な感じが良いですね。……えっと、ここに暴れ猪がいるんだっけ?」


「はい、何でも村人が数人やられたとか。

 働き手が少ない村なので、これ以上の怪我人は増やしたくない――という理由で冒険者ギルドに依頼がいったようです」


「なるほど、それじゃ早く倒しちゃわないとね」


「はい。では目撃情報があったところに移動を――」


 ルークがそこまで言ったところで、遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。


「きゃーっ! た、助けてーっ!!」


「ルーク!」


「はい、先に向かいます!」


 私がルークに声を掛けると、ルークは声のした方に向かって走り始めた。

 悲しいことに私の足の速さはルークの足元にも及ばないからね……。ひとまず先に行ってもらうのだ。


 ちなみに私は、エミリアさんよりも遅い。


「アイナさーん、私はどうしましょう!?」


「あ、はい! 私に構わず先に行ってください……!」


「分かりました! それではまた後ほど!」


 そう言うとエミリアさんはスピードを上げて走って行った。

 法衣の裾、長いのになぁ……。よくあんな速さで走れるなぁ……。

 よし、私も頑張って走ろう。




 ――とはいうものの、悲鳴が聞こえる程度の距離なので早々に辿り着くことはできた。

 でもこういうときは時間勝負だからね……速く走れるように鍛えないとダメかな。


 さて状況は……と確認してみると、しゃがみこんだ女性を守るように暴れ猪と対峙するルークがいた。

 その傍らでエミリアさんが魔法を使っているところだった。あれは支援魔法だね。


「ルークさん、支援おっけーです!」


「ありがとうございます! それでは――いきます!」


 ルークが暴れ猪に強襲を掛けると、意外に素早い暴れ猪はそれを避けた。

 とはいえスピードはルークの方が速いので、徐々に暴れ猪を追い詰めていく。


「牽制を掛けます! ルークさん、避けてくださいね!

 ――シルバー・ブレッド!!」


 エミリアさんが攻撃魔法、シルバー・ブレッドを撃ち放った。

 これで怯んだ敵をルークの剣が襲う――というのが私たちの必勝パターンなのだが――


 ――ズゴオオオンッ!!!!


「……へ?」

「……あれ?」

「……おおぅ……」


 大きな音と共に、暴れ猪は大きく吹き飛んだ。

 当たったのはエミリアさんのいつもの魔法、シルバー・ブレッドではあるのだが――


「エミリアさん……? 今の、凄かったですね……」


「あれぇ……?

 ――あ、そうだ! 私、例のイヤリングを付けてました!」


 忘れていたかのように、エミリアさんが耳に付けたイヤリングをアピールする。


「あ、ああ……、『エコー』の効果で威力が倍になっていたんですね……」


「確かに支援魔法もいつもより強力でしたね……。

 それにしても、今回はエミリアさん一人で倒してしまったようなものでしょうか」


 ジェラード曰く、『エコー』は『国にひとつでもあればすごいレベル』の効果だからね……。

 暴れ猪なんて余裕で倒しちゃうか。


 そんなことを考えていると、暴れ猪の荒い息遣いが小さく聞こえてきた。


「……グルルル、ガフゥ……」


「あ、まだ息はあるみたいです! みなさん、気を付けて!」


「ルーク、私ちょっと暴れ猪に近寄ってみたいんだけど……護衛をお願いできる?」


「え? あ、はい。危険ですので背中側から向かいましょう」


 そう言いながら、私とルークは暴れ猪に近付いた。

 私はそのまま、右手で暴れ猪に触れて――


「アイナ様、何を……?」


「ふふふ、私も使ってみたかったのだ。

 いくよー、クローズスタン!!」


 ――バチバチバチィッ!!


 そう、アーティファクト錬金で指輪に付いた魔法、クローズスタン!!

 私が魔法の名前を口にすると、激しい雷が発生して暴れ猪を襲った。


「おお、すごい……」

「うわぁ、痛そう……」

「素晴らしい、アイナ様が魔法を――」


「……グルル……グフゥ……」


 暴れ猪はまだ生きているようではあるものの、気を失った。

 それにしてもてっきりスタンガンくらいの小さな雷をイメージしていたんだけど、ずいぶんと大きな雷のようで……。


「うわぁ……これ、凄い魔法だねぇ……」


「護身用を超えてますね……」


 エミリアさんとそんなことを話したあと、ぼーっとしているルークに気付いた。


「あれ? ルーク、どうしたの?」


「……いえ、アイナ様の『クローズスタン』にしろ、エミリアさんの『エコー』にしろ凄いなと思いまして……。

 私も何とか、『属性統合』を使えるようにしないと……!」


 確かに凄い効果が目白押しだからね。

 でもルークの『属性統合』は使えるようになるまでは先が長そうだからなぁ……。

 あまり無理しないで、焦らないでやってもらいたいかな。

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