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横浜編第五話「てめーのため」

目の前をチーム一のチビが歩いてる。


冬馬理生とうま りお


ポジションは俺と同じFW。いや、俺はもうFWじゃねえか。

試合では何度もコンビを組んだけど、部活以外でつるんだことは今日が初めてだ。別に俺に限ったことじゃなくて、チームの誰ともつるまないヤツだ。ちょっと古いけど一匹狼って表現がぴったりだな。


それがどういう風の吹き回しか(この言い回しも古いな)、「芦尾、ラーメン博物館行かねえか?」と今日に限って向こうから誘ってきやがった。


一瞬返事に詰まったけど、俺は一年どもには好かれてねえし、菊地とも特別仲がいいわけでもねえ。

というか子安先輩っていう美人の彼女ができやがった時点で仲良くする気はねえ。


島と梶野のGKコンビは何が楽しいのか、せっかくの自由時間にサッカーショップに行くとか言ってたし。信じられねえ。意味わかんねえぞ。


だから一人で夕方までどうやって時間つぶそうか考えてたんで、丁度いいっちゃいいんだけどな。

結局何となく「別にいいけど」と返事しちまった。


けどその後気づいた問題がある。


冬馬と二人で何話せって言うんだ?


ラー博の開館時間は十一時だったので、とりあえずそれまで荷物の整理をしつつ二度寝した。

冬馬は一体どういうつもりで俺を誘ったのか。

今さら俺と友達になりてえのか?

まさかな。


十時半過ぎに二人でホテルを出て(この言い回し、やらしいな)、ラー博に十一時丁度に着いた。冬馬の奴は変なところに几帳面だ。


「おお」


中に入ると、夕暮れ時の古い町並みが俺たちを迎え入れた。懐かしい、と言っても俺は平成生まれだから直接は知らねえが、多分昭和三十年代の風景を再現したセットだ。流れてるBGMも当時のラジオで聞いていたであろう女の歌声だ。妙に耳につく声。ブギウギとかいうやつか。よく知らんけど。


知らないのに懐かしいと思えるってことは、俺らのDNAの中には共通した懐かしさポイントみたいなものが登録されてるんだろうか。


それはともかく、ラーメン自体は好物だし、冬馬がツレってことは置いといてもちょっと楽しみになってきた。

「どこから行くかもう決めてんのか?」

聞くと、冬馬は一言、

「支那そばや」

と答えた。しなそばや?

「何か聞いたことあるな」

「有名な店だ」

「何味?」

「醤油と塩」

「おお、いいじゃねえか」

言うと、冬馬はぴたりと立ち止まり、振り返った。

「本当か?とんこつじゃなくていいのか」

「俺はラーメンはあっさり醤油派だ。ていうか誰がブタだ!」

「誰も言ってねえよ」

うそつけ。絶対そのつもりで言ったくせに。

冬馬にそこまではっきり言えないのは、まだ親しくないせいだ。

別にびびってるわけじゃねえし。


店内は、有名店の割には客はそこそこだった。多分パンフレットを見る限り、他店に比べて割高だからだろう。

俺は普通のどんぶりで、冬馬はミニどんぶりを頼んでいた。

「背がちっこいとラーメンもミニなんですなー」

くらい言っても良かったが、俺は大人だからそんなしょーもないこと言って悪い雰囲気にはしない。

びびってねえし。


俺としてはせいぜい二軒くらいが限度かと思って普通サイズにしたんだけど、冬馬はミニサイズで四軒まわるつもりだと言った。いくらミニでも四軒はきついだろう。

俺は少々ぽっちゃりしてるが、別に大食いじゃない。ただ間食をダラダラするクセがあるだけだ。


結論から言うと、支那そばやの醤油ラーメンはうまかった。地元のラーメン屋も悪くはねえけど、これはちょっとかけた時間と労力が違う。

ラーメンにここまでこだわる人間がいるんだな、と感心する味だ。でもそれがプロってことか。

俺にそんな情熱はねえな。


冬馬は「ふくれる前にもう一軒行ってくる」と言って、一人でどこかの店に消えて行った。俺は中央の休憩スペースで少々食休みすることにした。


こうやって一人でいると、どうしてもあのことを考えちまう。

誰にも言ってないこと。

言えるわけがないこと。


俺がもっとうまかったら、決勝に行けてたんじゃねえかって。


もちろん考えても仕方ないのはわかってる。ずっと今のメンバーでやってきたんだ。

でも俺は県予選で、自分からスタメンを伊崎に譲った。そのことについて後悔はしてねえけどさ。

冬馬と俺がトップで組んだのは、春のインハイ予選後に三年が辞めて、FWが急にいなくなったからってだけの理由だ。

俺は大した選手じゃないし、冬馬が俺らモト高に似つかわしくないほどうまいってのは、プレーを見りゃ誰でもわかる。

だから必死に食らいついたよ、マジで。広瀬にセクハラしたりアホなこと言ってはいたけど、俺はいつだって不安だった。


冬馬だけじゃない。藤谷が急に覚醒しはじめて、黒須が、伊崎が、サッカー未経験だったはずの銀次や金原たちも藤谷に引っ張られてどんどんうまくなって。


そこで不安だけが先行して焦りに変わらなかったあたり、俺はそこまでの選手なんだろう。


結局県大会の途中から、俺はサブに引っ込んだ。FWにもこだわらなくなった。中盤の汚れ役なんていうFWと正反対の役回りも率先してこなした。


そしてどこかホッとしてた。


春瀬に勝って全国に出られれば、俺にも彼女ができるかと期待した時期もあったけど、自分から目立つポジションから降りてりゃ世話ないよな。


「おい」

「ん?」

早くも冬馬が戻ってきた。

「行くぞ」

「早いな。どこ行ってきたんだよ」

「すみれ。味噌ラーメンだ」

「ほー」

数さえこなせば何味でもいいのか。割り切った考えだ。


俺は黙って冬馬の後ろを歩きながら、考える。

でもだとしたら、今回は冬馬にとっては面白くない大会だったんじゃないか。


優勝できなかったことじゃなくて、得点王になれなかったこと。

まだ決勝が残ってるけど、残った二チームに得点ランキング上位はいない。


得点王に暫定かつほぼ確定なのは、何と藤谷だ。フリーキック三発、PK一発(蹴る前すげーいやがったけど)、ヘディング一発、黒須のスルーパスから抜け出して一発、

そして準決勝の会場が沸いた派手なボレーで計七点だ。あのパスだけで決定力の無い男がどう化けたのか。自信満々にシュート打ってたし。


まさかもう広瀬と!


いや、ないな。ボール蹴ってない藤谷だぞ。そんな度胸ナイナイ。


「ん?」

何も考えずに冬馬の後ろをついていくと、そこは古い駄菓子屋だった。言っても駄菓子屋なんて映像でしか見たことないけど。


品を見ると、とにかく種類が多いし、安い。いくらでも買ってしまいそうだ。

お腹いっぱいじゃなければな。

「ん」

冬馬がいつのまにか買い物を終え、俺の方に水色のビンを差し出した。知ってる、ラムネだ。

受け取って、

「何だ、おごりか?」

と聞くと、

「炭酸飲めるならな」

と言い放った。

「バカにするな。炭酸くらい」

実は苦手だ。飲めないことはないけど、後でゲップした時に鼻がツンとするのが小学生の時から苦手なんだ。

冬馬と二人、少し間を空けて中央広場のベンチに座る。俺はスポンとビンの口を開け、ラムネを一気にのどに流し込んだ。


一体どういうことだ?ロクにつるんだこともないくせに、一緒にラーメン食ってラムネおごるなんて。絶対何かある。

当の本人は、相変わらず不愛想なキツい顔でまっすぐ前を向いている。


「冬馬」

「あ?」

「何か俺に言いたいことあるのか?」

「何でそう思うんだよ」

「だってどう考えても変だろ。俺の知ってる冬馬は、ムダを楽しむようなヤツじゃねえよ。お前はプロを目指してるんだろ?控えの俺とラーメン食って、ラムネおごって、それが何の役に立つんだよ」

冬馬は前を向いたまま何も答えない。

……傷つけちゃったかな?俺、人をおちょくるのは好きだけど、想定外の形で人を傷つけるのって好きじゃないんだ。

「芦尾は」

「お、おう」

何だ、何を言う気だ?ちょっと緊張してきた。

冬馬は変わらぬ調子で続けた。

「FWに復帰する気はねえのか?」

「はあ?」

何言ってるんだ、こいつ。

「今更何言ってんだよ。もうお前と伊崎の2トップで不動だろ。実際結果も出たし」

「チームとしてはな。でも俺はちがう」

「何が」

「ゴールが減った」

冬馬がラムネをあおる。

「そりゃまあ……こっち来てから藤谷絶好調だったしな。たまたまじゃないのか?」

「たまたまなんかじゃねえよ。伊崎とお前じゃ全然タイプがちがう。お前は前でボールを止められるけど、伊崎はヘタだ」

確かに。

「俺だって別にうまかねえよ。実際通用したのは県大会の三回戦くらいまでだろ」

「そりゃお前が藤谷のスピードについていこうとしたからだろ」

「そ」

そんなこと言ったって。


藤谷は、速い。足が速いだけじゃねえ。ドリブルも、パスも、判断力も。そして何より、あっと言う間にすげえ選手に成長していった。速すぎる。


「冬馬にゃわかんねえよ。俺はモト高だから試合に出られただけだ。春瀬や桜律でもやれたお前とはちがう」

「ちがって当然だろ。合わせる必要がどこにあるんだよ」

「……」

俺はもう一度、冬馬の横顔を見た。

何だ、こいつ。もしかして。


励ましてくれてるのか?


冬馬は言った。今度は俺の方を見て、はっきりと。


「もう一回FWに戻れ。あと一年、俺と2トップを組め」


その時、俺は気づいてしまった。気づかされてしまった。

別に中盤の汚れ役を下に見てるわけじゃない。でも一度でもFWを経験した選手なら、あの感覚は忘れられるものじゃない。

ゴールの感覚。


点を取ればモテると思ってFWになったことは置いといて。


「戻れるもんなら、戻りてえよ。でも藤谷、何て言うかな?」

「気にするな。藤谷のためにサッカーやってんじゃねえだろ。てめーのためだ」

「そりゃまあそうだけど」

「それに、新監督は帰ったらすぐに新体制で始動するって言ってただろ。自分からアピールしねえと使ってもらえねえぞ」


どうして。

どうしてそこまで。


「……冬馬」

「何だ」

「お前さっき、伊崎と組むようになってゴールが減ったって言ってたよな」

「ああ。事実だ」

「それってつまり、伊崎がトップだとボールを止められるFWが冬馬だけになるから、自然と藤谷の飛び出しを引き出すことになって、自分のゴールが減ったと」

「そうだ」

「で、俺が伊崎の代わりにトップに入れば、俺がアシスト役で冬馬にゴールチャンスが増えると」

「そういうことだ」

「全部お前のためじゃねえか!」

危ない危ない。うっかりほだされるところだった。こいつはそういうやつだ。

しかし冬馬は悪びれた様子もなく、

「当たり前だろ。みんなてめーのためにサッカーやってんだ。チームのためなんて綺麗ごと、俺は信じねえ。自分が一番いい成績残すために、一番いい相手を選んでるだけだ」

と言った。


一番いい相手。


「冬馬」

「あ?」

「お前、彼女作りたかったら今のセリフ応用しろよ。多分うまくいくぞ」

「何の話だよ」

「やってやるよ」

俺は立ち上がった。

藤谷も、冬馬も、チーマネも、かなりひねくれたヤツらだけど、俺も大概だな。


もう一度、もう一度FWやってみるか。

上がってきたラムネのゲップが、俺の鼻をつっついた。



「芦尾せんぱーい、冬馬せんぱーい」

聞いた声がする。誰だっけ。

「うわ」

一年だ。全員そろってやがる。冬馬とツーショットなんて、マズいとこ見られたな。

案の定、照井と皆藤が俺と冬馬を何度も見比べている。


「芦尾先輩、ひょっとして冬馬先輩とデートですか?!」

「ちげえよ」

「ナイスカップル!」

「だからちがうって、めんどくせえなあ。お前ら藤谷とチーマネの邪魔しに行ったんじゃなかったのか?」

言うと、黒須と狩井が顔を見合わせた。なぜか赤面している。

「しばらく一緒にいたんですけど……その……」

「なあ?」

野郎二人でモジモジするな。気持ち悪い。

「何だよ」

「思いっきり見せつけられて、退散しました」

「だっていきなりチューするんですよ!しかも広瀬先輩の方から」

「何だとっ!」

いや、あいつらがラブラブなことは先刻承知だし、今更嫉妬する必要もねえ。しかし、だがしかし。


何か腹立つ。


俺は一年集団の後ろにいる伊崎を指さして、言った。

「おい伊崎!俺はお前に挑戦するぞ!月末の新人戦で、もう一度FWのスタメンを取りに行く!」

どよめきと共に視線が伊崎に集まる。


当の相手は……なぜかゾンビのような顔をしていた。


「え、何?伊崎どした?」

「実はちょっと」

黒須が言うには、何でも桜女の岸野ちゃんをうっかり怒らせてしまったらしい。しかも原因はチーマネとの胸の大きさを比べたとか何とか。

アホだな。それだけは一番やっちゃいけないミスだ。モテない俺でもわかる。


それでも、そうやってケンカできる相手がいるだけマシってもんだろ。


なあ、藤谷?



「ん?」

未散がまた話を聞いてない。今日で何度目だろう。まったく、せっかくまた二人きりになったのに。

「一緒にいてボーッとされると、すごく失礼な感じ」

私が抗議すると、未散は「すまん」と短く謝った。全然謝ってないよ?その態度。


中華街を出てから、私たちはみなとみらい線に乗り込んだ。未散が「とりあえず新横浜に戻ろう」と行ったからだ。

私としてはカップヌードルミュージアムにも未練があったんだけど、時間が結構ギリギリになりそうだし、未散が乗り気じゃなかったからあきらめた。

でも戻るのちょっと早すぎない?私とデートするの飽きたとか?みんなの前でキスまでしてやったのに。


乗り換えのために横浜駅で一旦降りる。新横浜って、駅とラーメン博物館くらいしか無いじゃない。他に何か。

「あ」

忘れてた。

すごく大事な場所があった。

「夏希」

「ん?」

乗り換えのホームで未散が言った。

「Nスタジアム、もう一度行っていいか?」


つづく

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