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選抜編 第12話「バカな子だ」

間空いてすみません。

また複数視点でややこしくてすみません。

もうすぐ後半が始まる。俺の左腕には黄色いキャプテンマークが巻かれている。久里浜が後半頭から冬馬と交代したからだ。


控室では、久里浜は特に不満げな顔も見せず、あっさりとキャプテンマークを俺に渡した。試合前にわざわざ志願したくせに、あの執着の無さは何なんだ一体。

でもこれで、表彰式で夏希からカップを受け取る可能性が高まった。


勝てれば、の話だけど。


自陣ゴールを振り返る。

GKにはうちの島が代わって入っている。前半ゴールを守った阿東工業の小倉も安定感のあるいいGKだった。島はそれほど実績は無いけど、同じくらいいいGKだと

思うんだ。

……試合では梶野ばっかり使っていた俺が言えることじゃないか。


島の前には、なぜか3バックの左に配置された銀次が居心地悪そうにウロウロしている。

監督はどういうつもりなんだろう。俺も色々と奇策は考える方だけど、銀次のセンターバックは考えたことがない。

経験か体格か、そのどちらかが無いと務まらないポジションだ。銀次にはその両方が無い。


広瀬監督は、


「見てればわかる」


とニヤリと笑っていた。俺にくらい教えてくれたっていいのに。まさか何も考えてないなんてことは無いだろうけど。毛利先生じゃあるまいし。


「なあ、藤谷」

「ん?」


阿東工業の二年、国枝が話しかけてきた。春瀬の飯嶋に代わっての出場だ。今日の飯嶋はイマイチ精彩を欠いていたし、交代は妥当だろう。


前半、飯嶋に「おい、三蔵監督が見に来てるぞ」とせっかく教えてやったのに、「ふーん」という気の無い返事しか返ってこなかった。この試合に対するそもそもの

やる気が欠けていたとも言える。


国枝は会うのは初めてだけど、動画でプレーを見たことはある。俺と同じくらいの体格で、ドリブル、パス、シュートのどれもレベルが高い。

そして足が速い。阿東は秋の県大会では春瀬相手にボロ負けして一時評価を下げたけど、うちと同じカウンター戦術で、しかも徹底的に特化しているチームだ。

正直当たらなくて良かったと今でも思っている。


「あの軽部ってやつ、大丈夫か?左のサイドバックだろ」


親指で後ろを指して言った。


「俺もくわしくは知らないけど、何かしらの指示は受けてると思うから、多分大丈夫だ」


答えると国枝は、


「ふーん……藤谷がそういうなら」


と、身に覚えのない謎の信用で引き下がってくれた。


もうすぐ主審が笛を吹く。俺はセンターサークルに駆け寄った。


「冬馬」

「あん?」


相変わらず愛想の無い顔で、うちのエースが振り向いた。腰に両手を当てて偉そうに立っている。


「調子は?」

「別に。いつも通りだ。何でそんなこと聞くんだよ」

「スタメンじゃなかったことで、広瀬監督とケンカしてないかと思って」

「はっ」


冬馬が珍しく笑った。


「バカだな、お前。こういうイベントマッチは後半から出た方が得なんだぞ」

「そうなのか?何で」

「小林じゃねえからきちんと統計取ったわけじゃないけどな。大抵こういう試合は後半守備の集中が切れてザルになる。FWの見せ場だ」

「なるほど」


人のことは言えないが、こいつも大概セコいな。


「そういやさ、冬馬は今日倉石見たか?」

「は?いや、見てねえぞ。そもそも日本にいるのか?あいつ。スペイン行ったんだろ」

「別府さんが、日本に帰ってきて連絡取れてるって言ってた。まだ着かないのかな」


別に来なきゃ来ないで構わない……いや、そりゃ嘘だ。

こんなこと言ったらうぬぼれてるって言われそうだから黙ってるけど。



倉石は、俺に会いに来るんじゃないかって、そんな気がしてならないんだ。



「藤谷」


冬馬が言った。


「ん?」

「いない人間の心配より、目の前の敵を気にしろよ」

「誰?」


冬馬が無言であごをしゃくった。


サンティユースのFWの姉川がいない。代わりに立っているのは、背が高くて肩幅の広い丸坊主の選手。背番号13の上に"UEMURA"の文字が見える。

「うえむら?知らん名だ」

「最近出てきた一年のFWだ。サンティユース解散が決まった時、すぐに強豪校に編入が決まったらしいぜ。どこかは知らんが」

「お前くわしいな」

「全部菊地の受け売りだ」

「なら納得だ」


そういえばハーフタイムを終えてフィールドに出る時、スタンドに菊地を見つけた。隣には子安先輩がいて、なぜかずっと背中を撫でられていたが、バスにでも酔ったのか。


「で、どんな選手なんだよ」


俺が聞くと、冬馬は面白くもなさそうに「フン」と鼻から息を抜いた。


「あのガタイで足がめちゃくちゃ速いんだとよ、クソッタレ」












後半開始のホイッスルが鳴った。私は電光掲示板を見てユースのメンバーを確認する。



サンティユース

 1GK浜

 4DF永瀬

 5DF星野

12DF迫下

 6MF大河内

14MF辺見

 7MF城田

10MF韮井

17FW友利

13FW上村

11FW羽生田



GKが変わった。あの松って人は引っ込んだんだ。また私のせいにされなきゃいいけど。


「もう上村を出してきたか」


三蔵監督がつぶやく。

私はユースの13番を目で追った。

見たからに大きくてゴツい。


「どんな選手なんですか?」

「とにかく速くて強い。カウンターに最適なFWだ」

「そんな選手ならモト高に欲しいくらいですね」

「残念ながら、米良野高校に編入が決まっている。あれでまだ一年生なんだから、困ったもんだ」

「米良野!?あれだけ強いのにまだ補強するんですか?」

「強豪なら当然だよ。選手権優勝は何だかんだで二年生トリオの個人能力に依るところが大きい。三人まとめて卒業したら勝てなくなった、ではダメだからね」

「……なるほど」

「君たちのチームも、藤谷君や冬馬君はいずれまとめて卒業する。次のアテはあるのかな?」


監督に痛いところを突かれて、私は口ごもってしまった。

次、未散の後継者。


「……監督は、紫台中の馬上光仁まがみこうじって子知ってますか?」


聞くと、三蔵監督は目を大きく見開いた。


「よく知っているね。県内で一番注目されていた上手い子だ。桜律に受かったと聞いたが」

「ええ、そうなんですけど。もしかしたら、その子が未散の後継者になるかもしれませんよ」

「まさか。君の学校をおとしめる気はないけどね。せっかく受かった桜律を蹴って、一般入試で本河津に入る選択肢は無いだろう」

「はい、私もそう思います。でも、最後まで何が起こるかわからないのがサッカーの面白いところじゃないですか?」


監督は不思議そうな顔で私を見て、笑いながら首を振った。


「広瀬さんの自信満々な顔を見ているとね、本当に何でも起きそうな気がしてくるよ」


後半開始のホイッスルが鳴った。





代わって入った上村という選手は、確かに速くて強かった。

韮井からの速いスルーパスを、黒須君や日下君を弾き飛ばしながらゴール前に進出する。


それでも後半開始から十分経ってまだ同点なのは、兄さんが打った奇手が意外にもはまっているからかもしれない。


センターバックに入った銀次君が、茂谷君や入辺君のフォローを受けながらも上村と同じスピードで常に並走しているのだ。私も経験者だからわかるけど、ボールを持ちながら攻めこんで行きたい

選手は、相手の技術レベルに関係なく視界に入られたり行く手に先回りされることをかなり嫌う。

兄さんは上村が出てくるところまで読んで銀次君のセンターバックという手を打ったの?だとしたら意外と名監督の素質があるのかも。












おいおい、勘弁してくれよ。誰だあの上村ってヤツ。存在自体が反則だろ。

もう大したFW出ないと思って、安心して銀次をセンターバックに置いたのに。話が違うじゃないか。

だいたいこの選抜チーム、守備の選手が極端に少ないんだよ。その数少ないDFたちも「新人戦前にケガしたくないので」ってやる気無いし。

あとはもう、茂谷と日下のがんばりにかけるしかないじゃないか……って思ってたんだけど。


銀次が結構ハマってる!


「広瀬監督も、なかなかの策士じゃないですか」


壁口監督が声をかけてきた。健闘を祈るとか言いながら、やけにからむなこの人。


「いやあ、何のことやら」

「軽部君をセンターバックに置いた時は勝負を捨てたかと思いましたが。敵の次の手まで読んでピンポイントにつぶしに行くとは、やりますな」


……そこまで考えてるわけないだろ。壁口監督って、やっぱり賢すぎてアホなところがあるな。


「ええ、その、全てが読み通りになるってこともないんですが。まだ伸びしろがある選手からは色んな可能性を引き出してみたいと思いまして」

「同感です。早い段階の決めつけは指導者の敵です」


何とか話がうまくおさまりそうだ。


「ん?」


ボールの流れが変わった。上村が下がってボールを取りに来た。


「あ、バカ」


銀次がバカ正直に一緒に付いて行こうとしている。やばい。


「銀次戻れ!つられるな!」


こちらの声が届いたかはともかく、さすがに気づいたのか、慌てて銀次が自陣に戻る。

しかしMF大河内からFW羽生田にすでに長いパスが入っている。羽生田が茂谷を背負い、ボールを止めて短く戻す。


「ちっ」


上村がものすごい勢いで上がってきて、ボールをかっさらって行った。日下が体を合わせるが、勢いは止まらない。追いついてきた銀次と茂谷をなぎ倒し、ペナルティエリアのすぐ外で

右足を一閃する。


島が精一杯手を伸ばしたが、勢いそのままのシュートにはとても届かない。


ボールがネットに触れるところなど見たくない。

僕は振り返り、ベンチの屋根を支えるポールを蹴っ飛ばそうと足を振りかぶった。


「広瀬監督」

「ん?」


僕は足をゆっくりと地面に戻した。背後で主審のホイッスルと歓声が聞こえる。



目の前に、春瀬の倉石洋介がオレンジのユニフォームを着て立っていた。



「遅れてすみません。僕は試合に出られるでしょうか?」


夏希いわく、「死神みたいな顔」をした男が、やけに丁寧に聞いてきた。ベンチにいる他の選手たちもざわついて、壁口監督はベンチの端に座って静観している。


「……登録はされているから出られるが」


僕はチラリと倉石の左ヒザを見た。

ガッチリと肌色のテープが何重にも巻かれている。どんなケガをしたらこれだけ巻くのだろうか。

いや、そもそもこれだけ巻いている時点でプレーすべきじゃない。


「君は、大丈夫なのか?」

「ええ。ですが、少しわがままをお願いできますか?」

「今さらだけど、聞くよ」

「10分だけ出させてください。すぐに引っ込みます」

「……」


実はこの試合に臨む前、春瀬の三蔵監督から極秘で電話があった。


倉石はケガをしていて、試合には病院に寄ってから向かうということ。

本人が出たいと言ったら出してやってほしいということ。


そして最後に、監督は奇妙なことを言った。


「倉石が出ている間は、藤谷君を引っ込めないでくれ」


と。














「身体能力は素晴らしいが、経験不足がモロに出たね」


三蔵監督がなぜか楽しげに言った。

銀次君が上村にあっさりつり出されて、勝ち越しゴールを許してしまった。経験もあるけど、一本気な銀次君にセンターでバランスを取るというミッションはそもそも困難だと思う。


「勝ち越されちゃったのがそんなに嬉しいんですか?」


私は口をとがらせて抗議した。


「いやいや。ただね、センスのいい選手というのは、指導者の予想を超えて経験をモノにしていくからね。ここからどう変わっていくのかを見られるのが嬉しいんだよ」

「ほー」


心の無い返事をして、私はフィールドに目を向ける。未散と黒須君が銀次君の背中を叩いて何か言っている。冬馬は我関せずといった顔ですでにセンターサークルに陣取っている。

同じチームなんだからフォローくらいしなさいよね、もう。



「……そろそろか」

「え?」



監督の視線を追う。


いつのまにか選抜ベンチ前に、オレンジのユニフォームを着た選手が二人立っていた。片方のヒザにはテーピングが見える。どんだけ巻いてるの?あれ。



OUT 8

IN 16


OUT 18

IN 14



8番の瀬良君に変わって、16番の別府。春瀬では4番を付けているけど、この試合では黒須君に譲ってくれてる。

そして18番の家下に代わって、14番。


「……倉石さん、本当に出るんですね」


三蔵監督は大きく息を吐いた。


「そうだね。我が教え子ながら、バカな子だ」

「ケガがさらに悪化したら、絶対後悔すると思います」


ケガをした経験者だからわかる。絶対やめた方がいい。プレーできなくなることが、どれほどつらいか。


「その通りだ。私も止めた」

「じゃあ、何で。こう言っちゃなんですけど、選手生命を賭ける試合じゃないですよね?」

「藤谷君と」

「え?」


未散と?


「手術でボールを蹴れなくなる前に、藤谷君と同じチームでプレーしてみたい、と言ったんだ」

「……」

「バカな子だ」


私はもう一度倉石を見た。家下が何か話しながら倉石とタッチしてベンチへ引っ込んでいく。同じく瀬良君も別府と代わってベンチコートを着て座る。


未散は左手を腰に当てて、歩いてくる倉石をセンターサークルの外で待っている。


二人の距離が近づいて、倉石が立ち止まる。

未散はちらっと倉石の左ヒザを見て、何か一言いった。

倉石も一言返す。


二人のやりとりはそれだけで、未散は左サイドに、倉石は右サイドの中盤に入った。





後半十二分

サンティユース 3-2 県選抜 得点 上村




主審が試合再開のホイッスルを吹いた。







つづく

多分しなくていい名前の由来解説


上村……ジョージ・ウェア

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