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選抜編 第九話「執念」

ジャンルを現代・恋愛に変更した途端、サッカー多めに。

10番が自陣に戻っていく。

その背中を見ながら、私は念じた。


こっち向け!


ちゃんと見てるからって、言ったのに。この場所がわからなくても、せめてキョロキョロ探すくらいはしてほしい。


「あ」


ピタリと立ち止まった10番がくるりと振り返り、バルコニー席の私と目が合った。


そして右腕を高く突き上げ、親指を立てた。

私も右腕を前に突き出し、親指を立てる。


わざと?このタイミング。キザなヤツめ。


「ん?」

未散の視線が私から横にスライドしていく。しばらく目を細めた後、今度は大きく見開いて自陣にダッシュで戻って行った。そして飯嶋君の背中をバシバシ叩いてこちらを指さし、何か話しだした。


「監督がいるの、バレちゃったみたいですよ」


横をチラリとみて言うと、


「誰にも言わなかっただけで秘密ではないからね。構わんよ」


とシレッと三蔵監督は答えた。


「試合前に、飯嶋君たちに激励とかは?」

「いや、特には。退院したことも知らないだろう」

「サプライズですか?」


監督は笑った。


「私はサプライズは好きじゃない。文字通り心臓に悪いからね」

「笑えませんけど」


そして真剣な目に戻って、


「彼らも上のレベルを目指すのなら、誰が見ているかくらいでプレーに波があってはいけないよ。常に自分の力を安定して出せる選手にならねば」


と言った。


「でもそれじゃあ、応援の意味なんて無いってことになりません?」


私が少々の不満を込めて抗議すると、監督は私の顔を見て、少し笑った。


「そうは言っていないよ。応援してくれる人の存在はとても重要だ。その日のプレーだけではなく、日々の練習に取り組む姿勢にも関わってくる」

「それは……何となくわかります」

「日頃ちゃんとやってないことを、評価者が見ている時だけうまくやろうとしてもね、そんなに勝負の世界は甘くないってことだよ」


言って、また私の顔を見てニヤッと笑った。


「もっとも、藤谷君は君が見ている前だと普段以上の力を出すようだが」

「……ノーコメントでお願いします」


私は再び双眼鏡をのぞいた。

……私たちって、そんなにバレバレなくらいイチャイチャしてる?何か急に恥ずかしくなってきた。




サンティユースのキックオフで試合が再開して、大体10分が過ぎたくらい。


三蔵監督はああ言ったけど、再開後の春瀬の選手たちは格段に動きが良くなってきた。飯嶋君と家下君の右サイドから鋭いパスやドリブル突破が見られるようになり、先制点を決めた城田がなかなか前に出てこない。


自然とユースの攻撃は逆サイドに振られるようになる。


「銀次君、がんばれ!」


左SBの銀次君がユースの右サイドに狙われ始めている。

スピードと身体能力は一級品だけど、やっぱり細かいボールさばきとか体の入れ方とか、サッカー歴が関わってくる場面は厳しい。今のところは黒須君と茂谷君が懸命にカバーして何とか押さえているけど、ずっとこの状況が続くとつらいなあ。


「監督。やっぱり経験の差って、センスや運動神経では埋まらないものですか?」

「それは軽部君のことかな」


……あ、そうだ。どさくさまぎれに聞いちゃおう。


「それもありますけど、あとは昔やってたけど長いブランクがある場合とか、そういうケースも含めてです」

「ふむ」


私の顔をちらりと見て、監督はフィールドに向き直った。


「確かに経験という要素は大きい。特にメンタルにおいてだが」

「技術面じゃなくてですか?」

「そうそう。似た場面を過去に経験しているとか、練習で何度もやってるとか。そこで初めて、積み重ねた技術を発揮できる」

「じゃあやっぱり、差を埋めるのは難しいってことですよね」

「ところがそう単純じゃない」

「というと?」

「まず仲間のサポートがあれば、それだけでもかなり違う」


ユースの6番、大河内が選抜陣地の右サイドからスローインを入れる。

サイドに移動した羽生田が受けて、中央の韮井に戻す。正面を向いた韮井が瀬良君と対峙して、もう一度右へボールを流す。


大河内がボールを受けに行き、銀次君が詰めに行く。足を出すより前に、大河内がノールックで真後ろにヒールパスを流す。

そこに走りこんできたのは、2番の安室。


「あっ」


連れて走ってきたのは、オレンジの10番。

未散がカバーに下がってきて、距離を取りながら安室の視界に入る。


安室はチラッと未散を見て、ドリブルを開始した。


「茂谷君!」


CBの茂谷君がサイドに移動して、安室の前に立ちはだかる。

安室は一度右足で切り返して、客席を背にボールをキープする。


今度は未散が安室の足元のボールめがけて足を伸ばす。

開いた両足の間に、今度は安室がボールを通そうとした。


「おおっ!」


その瞬間、未散は素早く足を閉じた。


「おお、うまい」


監督がつぶやく。


弾かれてバウンドしたボールが、中央寄りにいた銀次君の足元にこぼれる。


銀次君が茂谷君にボールを戻す。

それを見た未散が一気に左サイドを駆け上がって行く。


「行けえっ!」


詰めてくる安室をかわして、茂谷君が黒須君にボールをあずける。そして自分も上がって行く。黒須君がチラッと前方を見ると、久里浜がCBを連れてゴール前に走る。

黒須君が左サイドにグラウンダーの長いパス出した。

上がって行く未散が走りながらボールを受ける。少し遅れて安室がすごい勢いで背後から迫ってくる。


退場覚悟でラフプレーされるかも!


「未散、気を付けて!」


少しスピードダウンした未散が安室を見て、右のアウトサイドでボールを触る。

安室は足を閉じたまま一瞬棒立ちになる。


三蔵監督は言った。


「加えて想像力あふれる選手に導かれて、最大の武器を最高のタイミングで出せれば、経験の差など吹き飛ばせるんだよ」


未散はインサイドキックでライン際にスルーパスを流した。


「銀次君!」


サイドライン上をものすごいスピードで、銀次君が未散を追い越していく。前はガラ空き、完全にフリーだ。未散もゴール前へひた走る。


ボールを前に蹴り出して、銀次君がペナルティエリアに近づく。中には久里浜と飯嶋君が向かっている。


「危ないっ!」


下がって来た14番の辺見が、一切ボールに行かずに銀次君に体当たりをした。銀次君がよろけて、こらえきれずに引っくり返る。


主審のホイッスル。


私はバルコニー席の手すりをバシバシ叩いた。


「何あれ、もーっ!レッドでしょ!」


私の思いは届かず、主審がイエロカードを辺見に掲げた。


「真後ろから行ったわけじゃないし、イエローが妥当な線だろうね」


三蔵監督が冷静に言った。


「それはわかりますけどー」

「そうふくれないで。ほら、君の未散君がフリーキックを蹴るよ」

「君の、とか言わないでくださいよ、もう」


抗議しつつも、私はすでにワクワクしながら双眼鏡を構えた。


距離はペナルティエリアから少し下がったくらい。これが正面なら絶好のポジションなんだけど、残念ながら大きく左に寄ったところ。ペナルティエリア前には久里浜と茂谷君、日下君とヘディングの強い長身選手が上がってきている。多分右足で巻くように、誰かに合わせる形になると思うけど。


「さて、どう来るかな」


三蔵監督が少し身を乗り出した。


「あの、監督」

「何だね?」

「私の思い過ごしかもしれませんけど、何か春瀬の選手よりうちの選手たちを注目しているように見えますよ」


監督は答えた。


「そこはノーコメントだな」

「こんなところでやり返さないでください」


主審のホイッスルが鳴った。


ペナルティエリア前のポジション取りが激しくなる。キーパーが声を張り上げる。


ボールの前には、10番が一人だけ。


未散が一歩下がったところから、短めの助走をしてボールを蹴り上げた。

ボールがググッとカーブしながら逆サイドへ飛んでいく。両チームの選手たちがゴール前に殺到する。


「えっ」


未散のフリーキックは誰の頭にも合わなかった。


ボールは途中から急激に角度を変え、反対側のサイドネットに直接飛び込んだ。未散が両腕を天に突き上げる。

主審のホイッスル。


「すごい、すごい、すごい!やった!やった!」


私は思わず三蔵監督に抱き着いて、体をグラグラと揺らしていた。


「こらこら、広瀬さん」

「はっ!……ごめんなさい」

我に返って腕を離す。えらいことしちゃった。

監督は服装を直しながら、

「素晴らしいフリーキックだったから気持ちはわかるけども、私は一応病み上がりだからね」

と優しく微笑んだ。

「すみません。嬉しくて、つい」

「いやいや、抱きつくだけならいつでも大歓迎だよ」

言い方は紳士的だけど、芦尾みたいなこと言ってる。


フィールドに目を向ける。

未散の周りにオレンジのユニフォームが集まっている。

茂谷君が未散の頭をくしゃくしゃに撫でて、久里浜がヘッドロックをかけている。


私は手すりに精一杯身を乗り出して叫んだ。


「未散ーっ!」


声が届いたのかどうかはわからない。

でも私が叫んだタイミングで、再び未散はVIP席に目を止めた。


そしてめったに見せることのない満面の笑顔で、私に高々とVサインを送ったのだ。



前半31分

サンティユース 1-2 県選抜 得点 藤谷




選抜チームが逆転して、それぞれが自陣へ戻る。ああ、何とかリードしたままハーフタイムに入りたい。


「三蔵監督がもしユースの監督だったら、残り10分攻めますか?」


聞くと、


「むろんだ。一点リードされたままハーフタイムに入りたい監督などいないよ」


と答えた。


「ん?」


監督が急に眉間にしわを寄せ、ちょっとだけ身を乗り出した。


「どうかしたんですか?」


監督はサンティユースベンチを指さした。


「交代だ」

「え、もうですか?」


まだ前半が終わっていないのに、副審が交代のボードを掲げている。


OUT 2

IN  17


伸びた丸坊主にもみあげの長い選手がライン際に立っている。

2番の選手……つまり右SBの安室は、ボードを見た後フィールドの外へまっすぐ歩いていった。


「あの……私、戦術的なことはよくわからないんですけど」

「うむ」

「このタイミングであの右SBを下げるのって、ちょっときつい采配だと思います」

「私もそう思うよ」


監督は深くため息をついた。


「勝利のために非情になることと、単に冷淡なこととは全く別物なんだが。困ったヤツだ」

「私もそう思います」

「だが若い頃の私もああだった」

「……そうなんですか」


双眼鏡でユースの安治監督を見る。厳しい表情のまま、微動だにしていない。

安室がライン際まで歩いてきて、近くにあったボトルを蹴り上げた。


「あっ!」


アウトサイドにかかったボトルが、サンティベンチに飛んでいく。

ボトルは安治監督の顔に命中した。


「うわ……」


場内がどよめく。見てる私も緊張してきた。

安治監督は一度顔を手でぬぐい、戻ってきた安室をちらりと見て、再びフィールドに向き直った。

17番の選手、FWの友利ゆうりがダッシュで入ってくる。


「何も言いませんでしたね、安治監督」

「それだけの元気があるなら外を走ってこい、とでも後で言うつもりかな。まったくヒヤヒヤするよ」


あ、今ちょっと父親の顔になった気がする。


「三蔵監督なら、今みたいな状況になったら怒りますか?」

「倒れる前ならね。今はそんな元気は無いよ」

「丸くなったんですね」

「いや、ただ二度と試合に使わないだけだ」

「余計キツいじゃないですか」


まったく、どこまで本気でどこまで冗談かわかったもんじゃない。未散が「あのオヤジはタヌキだ」と言ってた理由を今実感している。


ユースのキックオフで試合が再開する。


「ところで広瀬さん。つかぬことを聞きますが」

「はい、何でしょう」

「広瀬さんは、どういうサッカーが好きかな?」

「えっ」


思わず監督の顔を見る。いたってにこやかだ。


「どういうって……私、本当に戦術とかフォーメーションとかうとくて」

「構わないよ。大まかなイメージでもいい」

「うーん」


どういうサッカーが好きか?小学生の頃は、パスを出すとか周りを生かすとか、全然考えたことなかった。

モト高でマネージャーになって、未散と紗良ちゃんのカウンター戦術に触れたけど、正直よくわかってない。


でも。


「そうですね……本当にイメージですけど」

「どうぞ」

「やっぱり、常に点を取るチャンスは伺っていたいです。守備をしてても、どうやってボールを奪って攻撃に転じるかを狙い続けるような……こんな感じでいいですか?」

「続けて」

「それで攻撃に移ったら、人をめがけてパスを出すんじゃなくて、パスを出したところに仲間が走りこんできて、パスを出した側はまた前に向かって走って。その繰り返しで、ずっと人とボールの流れがスムーズに連動して」

「うんうん」

「でも最後はやっぱり、あいつに回せば何かが起きるっていう、頼りになるエースに決めてほしいです……って、うちのサッカー部の理想形になっちゃいますけど」

「いや、いいと思うよ」


それだけ言うと、監督はフィールドに視線を戻した。


……今のは何だったんだろう。





選手交代後、サンティユースはフォーメーションを変えてきた。右SBに代えてサイドに開くタイプのFW、友利を右に入れたことで、3-4-3の形になった。

左SBの迫下が三人目のCBに入って、すでに堅実なプレーを見せている。もともとのレベルが高いと、複数のポジションでも無難にこなせるみたい。

それともオプションで普段からやってる形なのかな。


「なるほど。そう来たか」


監督があごに手をあててうなずく。


「解説お願いします」

「何、特別なことじゃない。速攻をあきらめ、ボールを支配する方にシフトして崩していく気だろう」

「サイドでやられてるのに、さらにサイドが空きましたけど」

「一見そう見えるが、サイドハーフが下がって実質5バックになると、攻める側としては厄介だ。攻撃は前の三人と10番に任せて割り切るのかもしれない」


再開からの10分間、選抜チームは防戦一方になってしまった。人数をかけずにボールを運んで前線だけに攻撃を任せると、攻めは薄くなるけど反撃も食らいにくい。

特にカウンターでやってきたモト高のサイドは沈黙した。


後半四十分過ぎ。すでにアディショナルタイムに入っている。

ユースの右からのコーナーキック。これが前半最後のプレーになりそう。


ゴール前で日下君と茂谷君が激しくポジションを主張している。私は両手を組んで額につけた。

お願いだから、ここだけこらえて!


城田が左足でボールを入れた。


高めにゆっくりとアーチを描いて、ゴール前に曲がってくる。鋭く回転のかかったボールはヘディングの競り合いで中途半端に当たり、足元にこぼれる。

ゴール前にいた日下君が、腕で相手を押さえながらクリアする。


「わっ!」


そのクリアボールに体ごと突っ込んできた選手がいた。


緑のユニフォーム、10番。


サンティユースのキャプテン韮井が、お腹にボールを当ててクリアをはばんだ。


「あーっ!」


バウンドしたボールが韮井の目の前に浮かぶ。そして落ちかけたボールを太ももで浮かせ、体ごとゴールに転がり込んで行った。


主審のホイッスルが鳴る。直後、前半終了のホイッスルも追加された。


……追いつかれちゃった。



「……執念だな」

三蔵監督がつぶやく。



前半四十分

サンティユース 2-2 県選抜 得点 韮井



「私、やっぱり激励に行ってきます!」




言って、私はバルコニー席から立ち上がった。




つづく

多分しなくてもいい名前の由来解説


友利……ユーリ・ジョルカエフ

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