選抜編 第六話「これが今日のスタメンとフォーメーションだ」
日付変わってしまいましたが、更新。
「ここか……」
俺は自分の名前が書かれているロッカーに荷物を置き、着替えを始めた。隣りには『別府』と書かれているプレートがついている。春瀬の別府さんか。反対側は黒須だ。
決勝で守備的な選手交代をした時「ガッカリだ」と面と向かって言われて以来、ちょっと苦手意識がある。あんまり会いたくないなあ。
しかし当面の問題はそこではない。
……なぜ久里浜がこんなに早く来てる?何だ?何が目的だ?
「ずいぶん早いな、気合入ってるねえ」
瀬良がサラリと久里浜に話しかける。二人は今日初対面のはずだけど、得な性格だ。
「別にそんなんじゃねえよ」
久里浜が素っ気なく答える。別に不機嫌とかそういうんじゃないけど、以前と雰囲気が違う。
文化祭の時夏希にわざわざ会いに来て、「ヨメーッ!」と叫びながら迫ってきた暑苦しい男であり、俺の顔を見るたびにケンカを売って来た好戦的な自信家。
今日はその顔が見えない。
振り返った瀬良が右手をスッと差し出す。
「桜律の久里浜だよな?川添西の瀬良藤司だ」
……よく恥ずかしげもなくそんなマネができるな。準決勝で会った時もそうだったけど。
しかし先に着替え終わった久里浜は瀬良の方を見ようともせず、
「知ってる。早く来いよ。サブにいる」
そう言ってさっさと出て行ってしまった。
瀬良は宙に浮いた右手を引っ込めて、黙って着替えを再開する。
……最悪だ。
久里浜のヤツ、何てことをしてくれたんだ。握手をスルーされた相手と二人で取り残されるって、気まずいにもほどがあるじゃないか!
「なあ、藤谷」
「な、何だ?」
どうしよう。
ああいうヤツだから気にすんなって、なぐさめるべきか?いや、瀬良のプライドを考えると触れない方がいいのか。
「久里浜って、潔癖症なのか?」
……あ、そういう解釈する人?
「た、多分そうじゃないかな。普段から神経質だし」
適当なことを言いながら、俺は思った。瀬良みたいな考え方をする人は、あまり敵を作らないんだろうなと。こういうのをキャプテンの器というのだろうか。
別に望んでサッカー部のキャプテンになったわけじゃないけど、何となく自信無くすなあ。
「たった二か月前なのに、すでに懐かしいな」
「確かに」
瀬良の問いかけに俺はうなずいた。
県営サッカー場のサブグラウンド。県大会準決勝で俺たちが戦った場所だ。メイングラウンドから少し離れた場所にある。ここは緑地公園というだけあって木がたくさん植えてあるから目立たないといえば目立たない。
準決勝当時は人工芝100%だったけど、今は人工芝と天然芝のハイブリッドになっている。
仕組みはともかく、プレーする側からすれば、下が固すぎず踏ん張った時に滑らなければ何でもいいと思う。
メイングラウンドの方はまだ整備している人が何人かいる。サブなら使ってもいいだろうと来たわけだけど、勝手に入って本当に大丈夫だろうか。ある程度体が温まったら、見つかる前にうまく撤収したいところだ。
センターサークルでリフティングしている久里浜も、俺たち二人ともとりあえず普段の練習着を着ている。そういえば選抜チームのユニフォームはどういうものなのか、まだ知らない。
ダサい色じゃなきゃいいけど。とりあえず赤だけは勘弁してくれ。
瀬良がフィールドを眺めながらため息をついた。
「お前が引っ込んだ後半は、絶対追いつけると思ったんだけどなあ」
「ヌハハハハ。俺がいなくても、うちには黒須という優秀な後輩がいるのだよ」
「そうそう、黒須。今日もしっかり選ばれてるしなあ。大したヤツだぜ。うちに欲しい」
「絶対ダメ」
ストレッチしながらおしゃべりしていると、久里浜が「早くしろよ!」とずいぶんイラついていた。
何をピリピリしてるんだか。さっきは神経質なところがある、と適当に言ってみたけど案外当たっていたかもしれない。
とりあえずセンターサークル付近に三人で集まる。
久里浜が両手を腰に当てて言った。
「藤谷。今日の監督はお前のとこの広瀬春海さんだ。何か今日の試合について聞いてないのか?戦術とかフォーメーションとか」
「うーん……特には」
「使えねえな」
ちっ、と舌打ちしながら久里浜が言った。
カッチーン。
「悪いな。俺はお前の役に立つことを目標にしたことがないんだ」
精一杯おさえて皮肉を返す。
「ああん?」
無言でにらみあう俺たちの間に、瀬良が入ってきた。
「まあまあ、今日は同じチームなんだから、仲良くやろうぜ。久里浜だって、内輪でいがみあってユース相手に惨敗するのは望んでないだろ?」
久里浜はチラリと瀬良を見て、プイと横を向いた。
「フン……まあな」
……そうか。
久里浜は沖縄のユースから桜律に編入した。今日対戦するチームに知り合いがいるかどうかはわからないけど、ユースから高校のサッカー部に途中で移籍する選手は決して多くない。
せまい世界だし、ほとんどの選手が久里浜を知ってると見ていい。
その選手たちから見て久里浜のようなヤツはどう映るか。口の悪い輩は「部活に逃げた」「落ちこぼれ」くらい平気で言うだろう。口に出さなくても、軽んじている気持ちが態度に出るかもしれない。
もしも俺だったら、そんな相手にだけは絶対に負けたくない。自分で選んだ道を正しいと証明するには、やはり勝つしかないのだ。特に勝負の世界は。
久里浜もその辺を意識して、いつもと雰囲気がちがっていたのかもしれない。どうせ本人に聞いたって、不仲な俺に本音なんて言わないだろうから憶測でしかないけれど。
それに、今日の俺には絶対に負けられない理由があるんだ。
夏希が他の男に笑顔でカップを渡すことを阻止するという、重要なミッションが。
「久里浜」
俺は言った。
「お前が俺を好いてないのはわかるし、俺だって今さら親友になれるとはこれっぽっちも思ってない。でも今日はどっかの時間帯で多分一緒にプレーすることになる。
だから和解とは言わないけど、一時休戦しようぜ」
「休戦って何だよ」
「だから、相手を小馬鹿にした口の利き方を控えるとか、皮肉を言わないとか、その程度のことだ。今日一日くらい我慢できんか?」
「……」
瀬良が俺と久里浜の顔を交互に見る。こういう時に余計な口をはさまないでいてくれるのはありがたい。
「いいぜ、わかった」
意外にも、久里浜はあっさり乗ってきた。何だ、話せばわかるやつじゃないか。
「ただし」
「た、ただし?」
久里浜は濃い顔をさらに険しくして言った。
「俺の目の前で広瀬ちゃんとイチャつきやがったら、その時点で協定は無効だ」
「……わかった」
何て器の小さい男だ。
しかし、だがしかし。
その約束は守れる自信が無い!
改めて久里浜が今からのミニ練習の内容を説明しだした。
ヤツが言うには、急造チームは最低限の約束事しか決めないはずだから、変則的なフォーメーションは使わないはずだ、と。
だからオーソドックスな4-4-2か4-3-3のどちらかだろうと。俺もその考えには賛成だ。
「お前らは今日のメンバーの中でも技術はまだマシな方だから、いい役をやる」
「ほー」
俺は思いっきり目を細めて棒読みのあいずちを打った。
「いい役って?」
瀬良が素直に聞き返す。
「まず藤谷が俺にパスして、左サイドを上がってく。もらった俺が瀬良に戻して、瀬良が藤谷にロングパスだ」
「ふむふむ」
「わかった。それで?」
「藤谷が折り返して、走りこんだ俺がシュートだ」
そう言って、久里浜は親指を自分に向けた。
「それ、お前が楽しいだけの練習じゃないの?大体俺は左サイドはめったに行かないぞ。やるなら右だ」
俺が抗議すると、
「左からのボールの方が、右で合わせやすい」
と自信満々な顔で答えた。
「全部お前中心じゃないか」
「まあまあ、軽い練習なんだからいいだろ。とにかくやろうぜ」
瀬良が特にこだわりなく言った。
「う……わかった」
ここでゴネたら俺一人ガキみたいじゃないか、まったく。
そもそも俺は、邪魔するDFがいない状況でのシュート練習には何の意味も無いと考えている。コーンドリブルと同じ。試合でそんな状況は絶対来ないんだから。まったく気がすすまない練習だ。
「じゃ、行くぞー」
俺は久里浜にパスを出して、左サイドのライン際を走る。
「藤谷!」
瀬良がボールを蹴る音がする。
結構速いか?
ゆるめたスピードを再加速して、かなり奥までボールを追いかけて、ダイレクトで折り返す。
「フンッ!」
俺が高めに上げたボールを、走りこんだ久里浜がボレーで合わせる。
弾けるような音で放たれたシュートは、ネットの形を大きく変化させてゴールに突き刺さった。
「おー、ナイッシュー」
瀬良が手を叩く。
「瀬良のパスも良かったぞー」
俺も声をかける。
そして久里浜は俺の方を向いて、
「あんな山なり、実戦で使えるか。もっと低くて速いのよこせ。もう一回だ」
と言い残し、センターサークルに戻って行った。
ムカつくけど、シュートは確かにすごい。ケツも太モモも、県大会の時よりさらにボリュームアップしたように見える。そしてそこから生まれるパワーがすべてシュートに注がれている。
悔しいけど、俺にはどうあがいても勝てない部分だ。
その後もずっと、ほぼ同じ練習を何度もやらされた。自分の得意なパターンなのかどうだか知らないが、とにかく注文が細かい。
強さ、高さ、タイミング。そんなの全く同じ状況が試合で訪れるわけないだろって思うんだけど。そもそも左サイドは主戦場じゃないし。
「君たち。何をやっているんだ」
「え」
練習を始めて三十分くらいたった頃、フェンスの向こう側から声をかけられた。
年は四十前後のおじさん。若干白いものが見え始めている髪を七三に分けており、頭が長くておでこも広い。気難しそうな眉に鋭い眼光。気のせいか、知り合いの誰かに似てる気がする。
百八十はゆうに超える長身で、紺のベンチコートの胸元から白いシャツと赤いネクタイが見える。
「あー……えっと……」
どうしよう。場所は俺が一番近い。何て言ってごまかそう。
すると瀬良がダッシュでやってきた。ナイス!
「すみません!あの、サンティユースの安治監督ですよね?」
「へ?」
俺は瀬良の顔を見て、もう一度おじさんの顔を見た。
つまりこの人は、今日戦うユースチームの監督……?
安治監督はピクリとも表情を変えることなく、
「確かに私は河津サンティの監督、安治竜児だ。しかし今質問したのは私で、質問した相手は君じゃない。まだ答えをもらっていないが」
と俺に視線を戻して言い返してきた。もう今の会話だけで絶対気難しい人ってわかる。
「あー、ええと、すみません。今日の試合に備えたくて、つい練習を始めてしまいました。勝手に入っちゃダメでしたか?」
「当然だ、無許可ならな」
言うと、安治監督は手に持っていたノートをパラパラとめくり、俺たち三人の顔とノートを見比べた。何が書いてあるんだろう。
「なるほど。本河津の藤谷君、川添西の瀬良君、それに桜律の……久里浜君だね」
「は、はい。藤谷です」
「はい、瀬良藤司です」
「……どうも、ご無沙汰してます」
久里浜がペコリと頭を下げる。
……久里浜が、頭を、下げるだと!?しかも敬語で!
「あの……二人は知り合いなんですか?」
瀬良がちょうどいいあいづちを打ってくれた。グッジョブ!
「ふむ。私が沖縄のジュニアユースを指導していた時に、所属していた選手だ。ユースに上がって辞めたと聞いていたが、高校でも続けていたのか」
「ええ、まあ」
久里浜が目を合わさずに答える。
安治監督の言葉を聞いて、俺の頭にふと疑問が浮かんだ。
「あの、安治監督」
「何だね」
「元教え子が辞めたって聞いたら、普通はその後も気に掛けると思うんですけど。久里浜が桜律にいるって知らなかったんですか?」
久里浜が驚いたように俺を見ている。
安治監督は言った。
「何が普通か、という基準は私自身が決めることだ。少なくとも私が高校サッカー部を認識するのは、県大会決勝の二校からだ」
「そういうものなんですか」
「他の人は知らない。だからね、藤谷君」
「は、はいっ」
「無名高を率いてインターハイ優勝の春瀬を破って選手権へ行き、フリーキックを三度も決めてMFながら得点王になった君を、私たちは大いに警戒している。それだけは言っておく」
「できれば泳がせてほしいんですが……」
「それはできない。さ、そろそろ戻りたまえ。早出で練習する姿勢は買うが、汗をかいて体を冷やしては元も子もない」
背筋をまっすぐに伸ばして、安治監督は歩いて行った。
ロッカールームに帰る途中、俺も瀬良も、久里浜に話しかけることはできなかった。
「藤谷ー、お前一人だけ先に来てどこ行ってたんだよ」
ロッカールームに戻ると、銀次にさっそく苦情を浴びた。冬馬、島、直登、黒須もみんな来ている。他の学校のメンバーも大部分揃ってきているようだ。
まだ倉石の姿は見えない。
「いや、ちょっとね。色々あって」
適当にごまかそうとしつつ、それぞれのロッカーに配布されていた今日のユニフォームを見つける。
「……オレンジ?」
「そうみたいですね」
黒須が言った。
選抜チームのユニフォームは、それはそれは鮮やかなオレンジだった。同じ暖色系だけど、赤よりはマシ、と言えるだろうか。どっちにしろ俺は似合わないタイプだ。広げてみると、当たり前のように背番号は『10』だった。曲がりなりにも県大会優勝チームの10番なのだ。今回押し付けられることに是非もない。
黒須が俺を見てポツリと言った。
「藤谷先輩、先に来て練習してたんですか?」」
背中を一筋の汗がつたう。
入室前に汗をふき、芝がくっついてないかチェックし合った。入る順番も時間差でバラバラにした。
何でわかった。いや、まだいける。
「公園内をね、軽く走ってた。いやあ、俺心配症で早く来すぎちゃってさ」
「本当ですか?僕、ここに着くまでに迷って公園一周しちゃったんですけど、走ってる人おじいさんだけでしたよ」
こいつが目ざといのを忘れていた!
「おい、マジかよ。だったら誘ってくれよ。薄情なヤツだな」
銀次が口をとがらせる。
「当日バタバタしたって大して変わんねえだろ。普段の練習は何のためにやってんだよ」
冬馬も続く。
「だからちがうって」
横で黙っていた直登が口を開いた。
「未散は単独行動が好きだけど、僕らを出し抜いて得しようとか、そういうタイプじゃない」
「おお、さすが我が幼なじみ。わかってるじゃないか」
「でも偶然同じ時間に来てた誰かに強引に誘われたら、流されるタイプでもある。この中なら……」
言って、ロッカールームを見渡す。
おい、やめろ。
「人見知りの未散に気にせず話しかけるタイプと言ったら、川添西の瀬良かな。強引さなら久里浜」
「直登、もういい。やめてくれ。言うから」
俺は駅の改札で瀬良に偶然会ったところから、サブグラウンドで安治監督に会ったところまでをかいつまんで話した。
久里浜の過去のことは省いて。
「藤谷先輩が、僕をだました……」
黒須の顔から生命力が失われていく。
「だからごめんって!そんなことでいちいち落ち込むな!お前らもそんな目で見るな!」
最悪だ。これも全部、久里浜のせいだ!
しばらくして、うちの広瀬監督と桜律の壁口監督が入って来た。選手はみんな揃ったようだ。
倉石洋介を除いた二十二人が。
大学教授のような風貌で、紺のスーツに青いシャツ、赤いネクタイ。意外とファッションにもこだわるタイプだ。
対してうちの監督は、黒のスーツに黒のシャツ、黒のネクタイ。一体どこへ向かっているのか。
それでも元プロ選手ということで、入室時には選手たちからどよめきが起きた。選手としては玄人受けするタイプだったから、ファンよりもプレーする選手たちの評価が高いのだ。
会うだけで緊張する、俺にもそんな時があったな。
今はもう、いろいろダメなところを見過ぎて俺の中ではすっかり幻想は崩れ去っている。
一度広瀬家で監督と夏希を交えて晩飯をご馳走になった時なんて、ぐでんぐでんに酔っぱらって「お前がいい結果出し過ぎたせいで、新監督の俺はすごいプレッシャーなんだぞ!」と
謎の八つ当たりをされてしまった。理不尽にもほどがある。
広瀬監督がみんなを集めた。
「本日、選抜チームの監督を任ぜられた広瀬春海だ。年明けから本河津高校の監督をやっている。あまり威張れることではないが、実は今日が監督としての初采配になる」
『おおー』
誰からとはなしに拍手が起こる。広瀬監督は手で制して、
「しかし!今日はこちらに経験豊富な壁口監督がコーチとしてベンチ入りしてくださる。そこで、前半は壁口監督に任せて勉強させていただき、
後半から私が担当する、というプランを話し合ったんだが……どうだろうか」
そこで聞いてしまうところが弱いと思います。
特に反対意見も無く、前後半で監督交代というプランが採用された。これは俺たち選手にとっても悪くない案だ。監督が代われば使う選手も変わる。ちょっとでも出られるチャンスが
増えるかもしれないのだ。
でも俺にはわかる。
一見、年長者で監督としても先輩の壁口監督を立てているようだけど、何となく広瀬監督の見栄と保身のにおいがする。
熟練しているチームと急造選抜チームの対戦である。しかもユース対高校。守備の連携だけ考えても後半の方がいいに決まってる。
でも広瀬監督のそういうせこいところ、俺は嫌いじゃない。むしろ価値観が合ってありがたいくらいだ。
だから当面の問題は、壁口監督が俺をどう評価しているか。そもそも使ってくれるのか。このクソ寒いのに、ベンチで白々しくアップし続けて試合終了なんていやだぞ。
広瀬監督に代わり、壁口監督が俺たちの前に立つ。
「桜律の壁口だ。よろしく」
『よろしくお願いしまーす』
「返事はしなくていい。先に今日の大会要項を説明する」
言って、ホワイトボードにマジックで書きだした。
「四十分ハーフ、延長PKは無し。選手交代は三回プラスハーフタイムの計四回まで。交代人数は七人までだ」
歓声があがる。これで少なくとも十八人は出られるわけだ。監督が忘れてなければ。
「まだ続きがある。当初はこの予定だったが、やはり片方だけが急造チームということで、ハンデをもらった」
皆が注目する。
「選手交代がもうひと枠もらえて八人までできるようになった。そして今いる全員がベンチ入りできる」
俄然ロッカールームの雰囲気がよくなってきた。みんなに出られるチャンスがある。希望はただそれだけで美しいのだ。
壁口監督が続ける。
「もう一つ。今回の試合は基本的に二年生と一年生を主軸にして、三年生はあくまでもバックアップメンバーとして緊急時のサポートという位置づけにする。
これは三年生全員に了承済みだ」
……なるほど。ということは、元から倉石は来る予定なかったんだな。対戦相手への礼儀としてインターハイ王者のエースをとりあえず書いておいただけかもしれない。
スポーツ選手は誰だってどこかに痛いところを抱えてる。欠場の理由なんて何とでもなるし。
監督がホワイトボードをひっくり返す。
「そして、これが今日のスタメンと基本フォーメーションだ」
そこに書かれていたのは、4-3-3のフォーメーション。
GK小倉。
DF右から谷、日下、直登、銀次。
MF右から家下、瀬良、黒須。
FWは、右に飯嶋、CFに久里浜。
そして……左ウイングのところに、藤谷の二文字があった。
つづく
多分しなくてもいい名前の由来解説
安治竜児……ルイス・ファン・ハール