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選抜編 第五話「静かに開けろよ」

短めです。

今日はエキシビジョンマッチ当日。現在の時間は朝九時十五分。


あと五分ほどで緑地公園駅に着く。会場になる県営サッカー場の最寄り駅だ。


ちなみにキックオフは午後二時であり、メンバーの集合時間は十一時。このままだとかなり早く着いてしまうことになる。

あえて、俺は一人だけ早く出発した。


理由は大したものじゃない。


人がいる部屋に後から入った時の、ジロリという冷たい視線。俺はあれが大嫌いなのだ。

つまり誰よりも早く会場入りすれば、そんな目にはあわないということで。

直登にも話して誘ったが、「理由がバカバカしいし、朝ジムに行ってから会場に入りたい」と言って断られてしまった。薄情なヤツ。

米良野の藤田に「線が細い」と言われたことをきっかけにバカみたいにジムに通っている。

俺も人のことは言えないけれど、直登もたいがい極端だ。


それはそれとして。


「はあ……」

俺は電車の窓に頭をもたせかけ、今日何度目かのため息をついた。


何であんなこと言ったかなあ……。


数日前、夏希と公園で逢引きした夜。



「絶対勝ってよね!」

「おう、任せとけ!」



どの口が言ったんだ、どの口がって……キスした口が調子に乗ったとしか思えない。夜の魔力だ。明るかったらあんな恥ずかしいことはとてもできやしない。


次の日教室で会った彼女は、なぜか朝から機嫌が良かった。にらまれるかと構えていただけに、かなり意外であった。やっぱり女はわからない。


大会プレゼンターになった夏希は、昨日の夕方、ローカルのスポーツ番組に生出演した。

テレビ用のメイクをほどこされていた彼女はいつにも増してキラキラして見えて、こんな綺麗な子と付き合っているというのは全て俺の妄想ではないかと心配になったほどだ。DRモードで録画しといてよかった。


出番は番組後半の短い時間だったけれど、今回の試合の告知はもちろん、俺たち本河津高校サッカー部の県大会と選手権の映像が、キレのいい編集とクイーンの『Don't Stop Me Now』のBGM付きで放送された。俺たち選手が「誰?」っていうくらいかっこよく映っており、少々赤面してしまった。


出番の最後には、夏希が来年度から女子サッカー部を創設する話をモリエリちゃんに振られ、しっかりPRをしていた。今の時期から新設サッカー部のために進路を変える中学選手がいるとは思えないが、うちに進学予定の女子の中に、すごく運動神経がいい未経験の子がいて、サッカーに興味を持つ可能性もゼロではない。


そこまではよかった。俺が衝撃を受けたのは番組の途中に流れたユース選手の映像。

試合に出場する注目選手の紹介コーナーだった。


うまい。速い。強い。


体格自体は俺たちとそう変わらないんだけど、中身が詰まっているというか。キックの強さ一つとっても違う。一番質が近いのは久里浜かもしれない。そういやあいつもユース出身か。

特に10番を背負っている色黒のMF、韮井にらいと、9番のやせたFW、羽生田はにゅうだ。この二人は相当上手い。すでに羽生田は他クラブへの移籍が内定済みと言っていた。


……何で「任せとけ」なんて言っちゃったかなあ。そもそも俺が長時間プレーできる保証なんてっどこにもないし、それでどうやって勝たせるっていうんだよ。

でも夏希が笑顔で「おめでとうございます」って言いながら他の男にカップを渡すところなんて見たくない。だからと言って、俺に何ができるっていうんだ?



「……緑地公園前、緑地公園前です。お出口左側のドアが開きます」


車掌のアナウンスが車内に流れる。俺はまた一つため息をつきながら、隣の席に置いていたバッグを肩にかついで立ち上がった。





自動改札でICカードをタッチしようとした時、別の乗客の手が重なりそうになった。

反射的に顔を見る。


「あっ」

「おっ」


スポーツ刈りの頭に、太い下がり眉。大きな目。赤いジャージの上に黒いダウンジャケットを羽織って肩にスポーツバッグをかついでいる。


「よう、久しぶり」


その男は、川添西高のキャプテン、瀬良藤司せら とうじだった。






譲り合いながら何とか改札を出て、自然と並んでサッカー場まで歩くことになった。いや、なってしまった。


どうしよう。話すことがない。


せっかく一人早く来て気楽に会場入りしようとしてたのに、とんだ誤算だ。集合時間は十一時なのに、早すぎるぞ瀬良。


俺はこういう、特別仲が良いわけじゃないけど顔だけは知っててしゃべったこともある、っていう中途半端な距離感の相手が一番緊張するんだ!


「やっぱ抜け目ないな、藤谷は」

そんな俺の心中などおかまいなく、意外にも瀬良は人懐っこく話しかけてきた。準決勝で会った時はもっと厳しいイメージだったけど、あれは部員たちの前だったからか?


「抜け目ない、とは?」

「来たからには誰だって試合に出たいだろ?スタメンは大体決まってるにしても、交代枠は多分コンディションのいいヤツが優先される。だから早めに来て動いておこうと思ったんだけど」

言って、俺の顔を見て笑った。

「考えることは同じってことだよな」


……すまん、瀬良。俺が早く来た動機はもっとくだらないんだ。


「そ、そうだね。一応、県代表で選手権行ったわけだから、もし出られるんならみっともないプレーは見せられないっていうか」

この気持ちはウソじゃない。今日の一位じゃないだけだ。


「選手権っていえばさ」


瀬良が話題を変えてくれた。


「うん」

「準決勝、惜しかったな。部員みんなで集まって応援してたんだぜ」

「そうなのか……すまんね、負けちゃって」

「相手が結果的に優勝チームだったからな、仕方ないよ。特にあの二年生三人はすごかった。高校レベルじゃないな」

「ああ、益戸と藤田と狩土ね」

「よくスラスラ出てくるな」

「あの後、駅に見送りに来てくれて」


俺は新横浜駅での三人の来襲について話した。


「へえ……相当見込まれたんだな」

「さあ?夏希目当てかもしれないし」

「夏希って、マネージャーの広瀬さん?一度うちに乗り込んで来た」


そういやそんなこともあった。


「う、うん。その節は大変なご迷惑を」

「いいっていいって。それはお互い様だし」

瀬良が手をぶんぶん振って笑う。



俺は何となく……この瀬良という男はいいヤツかもしれないと思い始めていた。

もちろん、月末に行われる新人戦に向けてのワナかもしれないから油断はできないが。



そこから数秒、謎の沈黙が訪れた。

ふと瀬良の顔を見る。

何か言いたそうな、迷っているような、そんな顔。


「うちの元マネージャーが、何か?」

「え?あ、ああ、いや、彼女がどうってわけじゃないんだけど」

瀬良がポリポリと鼻の頭をかいている。若干顔が赤い。


……まさかこいつ、夏希に横恋慕してるんじゃ。


意を決したように、瀬良が口を開いた。

「あ、あのさ」

「ん?お、おう」

「あんまり個人的なこと聞くのあれだけど」

「……どうぞ」

「その……藤谷と広瀬さんは、付き合ってるのか?」


来た!やはり油断しなくて良かった!

俺は少々よそよそしい態度になって答えた。


「……なぜそんなことを?君はそういう話題で盛り上がるタイプじゃないと思ってたが」

「いやあ、まあ、ちょっと」

瀬良が気まずそうに頭をかく。

まったく、ちょっといいヤツかと思ったらすぐこれだ。やはり新しい友達なんて、そうそうできるもんじゃない。人間なんて一皮むけばみんなエゴイストだ。


一つため息をついて、瀬良が言った。


「誰にも言わないでくれよ」

「俺は口は堅い方だ」

「ならいいや。……うちのマネージャーの野呂、覚えてる?」

「え?」

意外な名が出てきた。野呂真純のろ ますみ

過去に夏希に大けがさせてサッカーを奪った女だ。


「もちろん覚えてる」

「……ちょっと前から、付き合いだしてさ」

「へ?」


何だと。


「だからもし君らが付き合ってるんなら、部員にどう打ち明けたかとか、練習中はどういう距離間かとか参考に聞きたかったんだけど」

「瀬良」

「ん?」


こちらを見る彼に俺は言った。


「ごめん」

「は?何でいきなり謝るんだよ」

「穴があったら入りたいと、人生で初めてマジで思った」

「言ってる意味がわからんぞ」

「うん、それはもういいんだ。ところでさっきの質問だけど……確かに付き合ってる」

「おお、本当か!やっぱり!」


瀬良がなぜか嬉しそうに言った。


「決勝戦スタンドで見ててさあ、二人の雰囲気がいいから、あれ?ってみんなで言ってたんだよ。そうかー、やっぱりかー」


一人で納得してうなずいている。


そんな風に映ってたのか。

春瀬との決勝戦といえば、額をパックリ割って血まみれになって、傷口をホッチキスで止めた痛い記憶がダントツの一位なんだけど。




それからしばらくは、スタジアムまで男二人で恋バナに花を咲かせて歩いた。

どっちから告白したとか、デートにどこへ行ったという話から、女の行動の謎まで。


直登は自分の話はめったにしない男だし、銀次はすぐ照れてしまってこばっちとの話はしたがらない。夏希と付き合い始めてから、こういう話題で盛り上がれる相手は初めてかもしれない。


正直、県大会準決勝で戦った両チームのキャプテンがする話じゃない気もするけど、別にいいのだ。俺たちは十七歳のガキだ。それ以上でも以下でもないんだ。




そうこうしているうちにスタジアムに着いて、恋バナはひとまず中断。

二人で広いフィールドを見渡す。

「……誰もいないな」

瀬良がポツリと言った。

「うん、いない」

「よし、さっさと着替えて出ようぜ。芝使い放題だ」

「おう、行くか」



二人でダッシュして、指定されたロッカールームにたどりついた。二か月ぶりに見る綺麗なドア。初めて中に入る瀬良は、珍しそうにキョロキョロしている。

俺はドアノブに手をかけ、勢いよく開けた。


「いっちばー……ん?」


結論から言うと、俺たちは一番乗りではなかった。


「……もっと静かに開けろよ」


そう言ってジロリとこちらをにらんできた先客。


久里浜尚之が立っていた。



つづく

多分しなくてもいい名前の由来解説


韮井……ライー

羽生田……パウレタ(苦しい)

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