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選抜編 第三話「友情は熱すぎる」

銀次、リフティングのコツをつかむ。

『エリックス』の二階に昇ると。早速銀次がリフティングを開始していた。選抜メンバーの話は終わってからにしよう。


「よっ、ほっ、あーっ!」

「わー!危ない危ない!」


スパイクの陳列棚に突っ込みそうになり、嘉藤さんが慌てて銀次を捕まえた。ボールが俺のところへ跳ねてくる。

俺は右足でポンと跳ね上げ、キャッチした。


……三回か。こりゃ思ったより大変そうだ。


二階に作られたスペースは、本来スパイクのフィッティングを確かめるためのもので、広さは四畳半くらい。バタバタと暴れることは想定されてはいない。

しかしこの狭いスペースからはみ出ないように続けば成功、と考えれば意外といい練習場所かもしれない。


「いや、本当にリフティング苦手なんだねえ」


嘉藤さんが困ったような顔で言った。銀次は口をとがらせ、


「そんなこと言ったって、しょうがないっすよ。サッカー部入ってからリフティングの練習なんてしたことないんすから」

「わかったわかった。別に悪い意味で言ったんじゃないよ。とりあえず僕がサッカー教室で聞いたのはねえ、あ、藤谷君、ボールちょうだい」

「はい」


俺は嘉藤さんにボールを渡し、近くにあった試着用の丸イスに腰を下ろした。

銀次が自分の胸の前に両手でボールを持って、嘉藤さんの話を真剣に聞いている。


「まず胸の位置からボールを落とす。それを地面にワンバウンドさせて、スネのあたりに落ちてきたところを蹴り上げる。最初の胸の高さに戻る強さでね」


黙ってうなずき、銀次が言われた通りにボールを落とす。

バウンドしたボールがスネの高さに降りてきたところで、ちょんと蹴り上げる。

ボールはやや高めに浮いたものの、無事銀次の手の中に戻ってきた。


「そうそう、そんな感じ。まずはそれで十回連続同じ高さに戻せるようにして。それが第一段階」

「……何かすげーガキっぽいんすけど、これで本当にリフティングできるようになるんすか?」

「少なくとも、参加した小学生はすぐに回数が増えたよ。やっぱり子供は素直だから、上達が早いんだろうねえ」

「ぬ……わかりました。十回っすね」


何か言いたげな顔をしつつも、銀次はワンバウンドリターンの練習を始めた。




嘉藤さんがもう一つの丸イスを引きずってきて、俺の隣に腰を下ろした。

「別に責めてるわけじゃないよ?藤谷君は彼にどういう練習させてきたの?」

「あー、えーと、彼には正確なインサイドキックのみですね。主に短いパスをしっかりつないで、左サイドから中央に正確に折り返せるようにって」

「また絞り込んだねえ」

「何せ五か月しか時間が無かったもので」

「いやいや、それでも大したものだよ。でもね、藤谷君」

「はい」

「僕はただのサッカーファンで大した目は持ってないんだけど。彼の身体能力と運動センスはズバ抜けてる。もし質の高い練習でこのままどんどん伸びていけば」

「はあ」

「軽部君がプロからスカウトされるくらい大化けしても驚かないね」

「……マジですか?」

二人で銀次の練習風景を見つめる。


ワンバウンドで手元に戻すだけの練習だけど、正確に続けるとなると結構難しいみたいだ。特に後半は高さや前後にバラつきが出て、それを修正しようとする動きが次の動作を不安定にしてどんどん場所を移動してしまう。悪循環だ。


「あーっ!もう、全然ダメだ!藤谷、見本見せてくれ」

イラついた銀次が俺にボールを投げてよこす。


「別にいいけど、俺は何も教えられんぞ。どうやってできるようになったか全然覚えてないんだし」

本当に小さい頃、何歳だったかな。リフティングができるようになりたくて、朝から日が暮れるまで練習し続けてた記憶がかすかにある。


「とりあえず、普通に十回でいいか?」

「おお、頼む」

俺はボールを一度バウンドさせ、少しだけ足首を上に曲げてリフティングを開始する。

そういえば、英語ではリフティングと言わずにjuggleっていうんだっけ。大道芸人のジャグラーと同じ意味。つまりは試合に役立つ技じゃなくて芸に近いんだろうな。

試合中にリフティング始めたりしたら、単なる挑発になるし。


「……七、八、九、十。ほいっ」

最後に高く上げて、落ちてきたところをヘディングで銀次に返す。

受け取った銀次は露骨に顔をしかめ、

「練習中の人間に見せつけんじゃねえよ。やる気なくすだろうが」

と言った。

「あ、ごめん」

「別にいいけどよ。今の見て、ちょっとわかった気がするぜ」

言うと、銀次はボールをバウンドさせた。





それからしばらくして。

「……七、八、九、十!よっしゃ!」

「おお、やったな!」

銀次とハイタッチしてワンバウンドリフティングの成功を喜ぶ。嘉藤さんも立ち上がって拍手してくれている。

「何かつかんだのか?」

「バックスピンだ!ただ漫然と落とさないように蹴ってるだけじゃ、毎回ボールがどこに行くかわからねえ。だから同じバックスピンをボールにかけ続ければ、自然と同じ位置に戻ってくるってことだ」

「なるほど」

そこまで考えてリフティングやったことはなかった。しかし気づいたからって誰でもすぐに実践できるわけじゃない。

やはり銀次のセンスは大したものだ。嘉藤さんの予言もあながち夢物語じゃないかもしれない。




「軽部君、じゃあ今度はバウンドさせないで、足に直接落としてまっすぐ胸の高さに戻すんだ。さらにそれも安定したら、普通のリフティングに移行って感じかな」

「はっはー、なるほどね。急がず段階を踏めってことすか」

「そう、何事も順序があるからね……さ、今日はもうおしまい。閉店準備しなきゃ」

「えっ!せっかくわかりかけてきたのに!そりゃないっすよ、店長」

「ボールくらい持ってるでしょ?続きは家でやってよ」

銀次が黙り込む。

「……ひょっとして、ボール持ってないの?」

「……急きょ陸上部からサッカー部に移籍したんで。スパイク一足で精一杯だったんすよ」

嘉藤さんがなぜか責めるような目で俺を見た。

「そんな目で見ないでくださいよ。ボールだって最近高いじゃないですか」

「しょうがないなあ」

言うと、嘉藤さんは陳列棚の裏手に回り、しばらくして色のくすんだボールを持って戻ってきた。

「これ、しばらく貸してあげる」

ボールを受け取った銀次がまじまじと嘉藤さんを見つめる。

「いいんすか?店の備品勝手に人に貸したら横領になるんじゃ」

「子供はそんなこと気にしなくていいの。サッカー教室用に使ってたボールだけど、近々型落ちの新品と入れ替えがあるから、もう使わないんだ」

「そうなんすか。じゃ百円で売ってくれませんか?」

「備品を勝手に売ったらそれこそ横領だよ」



帰り道。空気入れもレンタルして、ボールをネットに入れてもらって上機嫌の銀次と歩く。もう夜八時だ。

二人で選抜メンバーを見て、ああだこうだと言い合う。DFには予想通り春瀬の谷も選ばれている。銀次はそれについては何も言わなかった。


「二十三人も選ばれてるけどよ、全員試合に出れるわけはねえよな」

「最終的な試合登録は十八人になるってさ」

「お前と冬馬はまず当確だな。茂谷と黒須が当落線上で、島は第三キーパーっぽいから俺とスタンド観戦ってとこか」

「何だよその弱音は。メンバー見てみろ。サイドバックがお前と谷しかいないんだから、多分出ずっぱりだ」

「そんなことはねえだろ。3バックやるかもしれねえし」

3バック。一人退場になった決勝戦でやった急造フォーメーションだけど、案外うまくいった。うちの広瀬監督が指揮するなら、もしかしてやるかもしれない。


「でもよー、倉石は本当に来るのか?あいつスペインに行ったっきりで学校にも来てないんだろ」

「どうかな。俺は来ないと思う」


決勝戦。

倉石は三蔵監督と激し言い合いをした。細かい内容はわからないけど、試合終盤の消極的な逃げ切り策に対しての抗議だったと思う。

興奮した三蔵監督は心臓発作で倒れ、救急車で運ばれた。そんなことをして海外へ行ってしまった選手が、わざわざエキシビジョンマッチのために旅費を使って日本に戻ってくるだろうか。


「だとしたら、誰がわざわざ倉石を選んだんだろうな」

銀次が言った。

「誰かがねじこんだんだろ。ほら、この一覧表」

俺はスマホの画面を銀次に見せた。

「ポジションごとに出席番号順に並んでるのに、カ行の倉石だけなぜか一番最後に書いてある。明らかに最後の最後に追加されたんだ」

「……相変わらずよく見てんな」

銀次が画面をのぞきこんで笑った。


倉石をねじこんだのは、一体誰なんだろう。




そろそろ会話も途切れてきた頃、


「じゃ、俺こっちだから」


と銀次が言った。


「おお、じゃあ明日」


俺は手をあげて、銀次に背を向ける。


「藤谷」

「ん?」


立ち止まって振り返る。


「お前、毎日一人で晩飯どうしてんだ?」


また唐突だな。


「んー、冷凍食品が半分と、一応自炊。つっても大したもん作れないけど」

「うちで食ってくか?」

「えっ」


一瞬言葉に詰まる。と同時に胸の辺りがギュッとつかまれるような感覚になる。


「……いや、もう遅いし、いきなり悪いよ。それに俺……よその家で飯食うの、苦手で」


銀次は笑った。


「そうだな。お前の性格ならそうか」

「すまん、遊びに行くならいつでも」

「おお、来いよ。弟がお前のファンになっちまってさ、連れて来いってうるせえんだ」

「マジでか。サインの練習しなきゃ」

「ちなみに中三の妹は茂谷のファンだ」

「その情報は聞きたくなかった」


再び手をあげて別れる。


「藤谷ー」


またか。


「今度は何だよ」


少々億劫に感じながら振り返ると、すでに銀次はさっきよりも遠くに立っていた。街灯もないので顔がよく見えない。


「今日付き合ってくれたのは、キャプテンとしてか?それとも友達としてか?」

「……」


何だよ、立て続けに。

普段そんなにペラペラしゃべるヤツじゃないのに。


俺は答えた。


「そんなの決まってる」

「どっちだよ」

「むろん両方だ」

「なんだそりゃ、ずりいやつだな」


二人で笑って別れ、今度こそ歩き出す。

一月の夜は寒いはずなのに、顔にもみぞおちにも熱がある。


俺に友情は熱すぎる。だから口実で冷まさなきゃいけない。

あんなストレートに放り込んでくるなんて反則だ。


つづく

これからは一回を短めにして、更新を増やしていく計画です。

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