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選抜編 第二話「来るのか?」

未散と銀次。

「藤谷、藤谷。ちょっと」

「え?あ、監督」


県選抜チームにうちから参加するメンバーが発表された次の日。昼の弁当を食べ終わった頃に、広瀬監督が突然教室にやってきた。

ちなみに他校から誰が選ばれたかは、まだ選手たちには内緒らしい。さっさと発表すればいいのに、何を焦らすことがあるのか。


俺は弁当箱をしまい、手招きする監督のもとへ向かう。


「何かあったんですか?」


廊下に出て、俺は聞いた。

「ん?何かとは?」


逆に聞き返されてしまった。


「いえ、この後練習で会うのに何でわざわざ教室までと思って」

「うん。いや、別に急なトラブルとかではないんだ。とりあえず、ちょっと来てくれ」


監督はまた手招きして、さらに人気のないところへ歩いていく。


後をついていきながら、何となく用事の予想がついてきた。多分現在の俺の懸案事項と同じだろう。


しばらく世間話をしなから歩いて、あまり人が来ない校舎の裏にやって来た。

あ、ここ俺が夏希をマネージャーに誘った場所だ。

監督と二人で壁によせかかる。


「話というのは、わかってるとは思うけど、銀次のことだ」

「ああ、はい」


やっぱり。


「本人とは話したんですか?」

「少しね。でも他の連中に迷惑がかかるとか何とか、何を今更ってことを繰り返すばっかりで、妙に歯切れが悪くてね。彼らしくもない」

「確かに」


サッパリした気性のあいつらしくない。


「協会に辞退の連絡はしたんですか?」

どこが主催かは知らないけど、選抜メンバーを辞退するならケガとか体調不良とかそれなりの理由はいるだろう。


「いや、まだだ」


監督は首を振った。


「というかむしろ、全員喜んで出場しますと返事をしてしまった」

「えっ」


何だと。


「なぜそんな見切り発車みたいなことを」

「実はだな」


監督は渋い顔で一つ息をついた。


「県選抜チームの監督が、僕になった」

「ええっ」


監督としての初の試合が地元ユース戦。なかなかインパクトのあるデビューだ。


「俺はてっきり、春瀬の三蔵監督かと思ってました」

「僕もだよ。実績からすればそれが妥当だ。でも三蔵監督は心臓の手術をしてから間もないということで辞退された。そこで秋の県大会優勝チームの新監督である僕にお鉢がまわってきたわけだ」

「名誉なことじゃないですか」

「それはそうなんだけど」


言って、広瀬監督は下を向いて首を振った。


「桜律の壁口監督がコーチの名目でベンチ入りするんだとさ」


想像してみる。

新人監督としてのデビュー戦。自分よりキャリアも年齢も上の人が、自分の采配を後ろから見ている。


「……すごいプレッシャーですね」

「ああ、たまったもんじゃない。でもだからこそ」


監督は俺を見すえて言った。


「僕の監督デビュー戦だ。選ばれたからには、きちんと

メンバーを揃えて出たい。君からも銀次を説得してくれ」


え。


「俺がやるんですか?」

「キャプテンだろう?それに、最初は断っていた銀次を粘り強く陸上部から引き抜いたのも君だ。頼むよ」


言うと、さわやかな笑顔で監督は俺の肩を叩いたのだった。



午後の練習後、俺は銀次に駅前のサッカーショップに行こうと誘った。別に何か買うわけじゃない。向かう道中に話したいだけだ。ショップに行く気もない。


銀次も銀次で何か察したような顔だったけど、意外にもあっさり「いいぜ」と言った。


監督はデビュー戦だからきちんとメンバーを揃えたいと言っていたけど、本音はどうだろうか。

妹の夏希が「あの人は外面魔王」とシビアに言い切っていたくらいだ。自分だけ選手を一人出さないなんてカッコ悪いとか考えていそうだ。

プロ時代は俺にとってあこがれの選手の一人だったけど、近づくとアラが見えるのは複雑である。


ちゃんとした監督が来てくれたらキャプテンとしての仕事も減るかなと思っていたけど、実際は便利な中間管理職に格下げになった気分だ。まったく、こんなはずじゃなかった。


しばらく歩いて、とりとめもない話も尽きてきた頃。

銀次がおもむろに口を開いた。


「藤谷。何か話したいことがあるんだろ?」

「へ?あ、ああ、えーと」

「選抜辞退のことか」


前を向いたまま、銀次は言った。横顔からは何を考えているかわからない。それでも、思いつめたような、と言ったら言い過ぎかもしれないけど、結構な悲壮感が漂っている。

単なるエキシビジョンマッチに何をそこまで拒絶させるものがあるのだろう。


「うん。白々しい誘い方して悪かった。どうしても、出たくないのか?」

「……いや、別にその試合に出るのがイヤってわけじゃねえんだ」


ん?どういうこと?


「じゃ、何が問題なんだ?」

「……」


答えない。

俺は息を吸い込み、一気にまくしたてた。


「理由があるなら言ってくれよ。お前は春瀬相手にも、全国の強豪にもちゃんと通用した。それだけじゃなくて、毎日どんどんうまくなってる。ユースの中には、高校のサッカー部を下に見てるやつらもきっといる。そんなやつらにお前のスピードを見せつけて、度肝を抜いてやりたい。それに」


言葉を切る、久々に勇気を要する言葉だ。でも嘘じゃない。


「俺は……お前を、サッカーだけの友達じゃない、と思ってる」


銀次の足が止まる。

赤くなった俺の頬を、北風が厳しくこすっていく。心地よいなんて思ってたまるか。恥ずかしい。


「……グが、できねえんだ」

「ん?何て?」


こちらを見ることなく、銀次は言った。


「俺はリフティングが、全然できねえんだ」


この人は一体何を言っているんだろう。

頭が働くまでに数秒を要した。


「えっと……その、銀次君?もう少し具体的に頼む」


銀次は大きくため息をつき、頭をかきながら言った。


「試合前のアップで、お前らよくリフティングしながら、落とさずにボール回したりしてるだろ?」

「してるけど、それが?」

「あれに俺は参加したことねえんだ」


記憶をたどる。


「確かに、お前のアップはダッシュの繰り返しとか、そういうのだったけど。そんなの、アップなんてそれぞれだろうに」

「うちのチームではな。誰も気にしねえ。でも今度の選抜にはきっと谷も選ばれる」

「谷……ああ、あいつか」


春瀬の右サイドバック、谷。中学時代、銀次が陸上でどうしても勝てなかったライバル。春瀬に進学後、サッカーに転向してこないだの県大会では不動のレギュラーになっていた。

決勝戦で春瀬に勝ったとはいえ、銀次がその谷にマッチアップでほぼ完敗していたのも事実だ。


「確かに谷もメンバーに入りそう……おい、ちょっと待て。お前まさか、谷にリフティングできないのがバレたくないとか、そんな理由じゃないだろうな?」


銀次はそっと目をそらした。


「マジでか!?何だそりゃ!心配して損した!しょーもないわー」

「しょーもないって言うな!お前がサッカーだけの友達じゃないって言うから信用して話したんだぞ!」

「そんなもん、リフティングの輪から遠ざかって走ってりゃいいだけじゃないか。何の問題があるんだよ」

「お前は谷を知らねえからそう言えるんだ。あいつは人の嫌がることを敏感に察知してネチネチ攻めるタイプなんだぞ。絶対に、リフティングができないだろうと思ってアップに誘ってくるに決まってる」


そこまで言うと、銀次は今日一番深刻そうな顔をした。


「……谷との勝ち負けなんぞどうでもい。でも小林の前でだけは、恥をかきたくねえんだ」

「……」


答えはそれか。

さっきはしょーもない見栄やメンツだと思ったけど、彼女が関われば話は別だ。俺だって夏希の前で軽く扱われたり恥をかかされるのはイヤだ。

もっとも、夏希の場合は俺が何て言い返そうか考えているうちに、先に怒ってくれる頼もしい人なんだけど。


俺はしばらく腕組みして考えて、ふと顔を上げて周りを見回した。

何だ、あるじゃないか。ちょうどいい場所が。


「銀次、すぐそこに教えてくれそうな人がいる。行こう」

言って、俺は駅の方向を指さした。

「すぐそこってお前……ああ、あそこか。でもあのオッサン、サッカーできるのか?」

「それは知らん。でも俺の読みが正しければ」

指さした先には、サッカーショップ『エリックス』の看板が控えめな光を夜空に主張していた。



「こんばんはー」

「ちわっす」


「いらっしゃいま……おー、藤谷君!軽部君も」


長身にヒゲ面の店長、嘉藤さんが嬉しそうに手を挙げてレジから歩いてきた。


「いやあ、スーパースターがわざわざお出ましとは、申し訳ないね」


俺は顔をしかめ、


「やめてくださいよ。あと何ですかこれ」


と聞いた。

店内に入ってすぐのスペースには、


『全国高校サッカー選手権大会ベスト4、本河津高校サッカー部ご用達の店!』


と書かれたパネルが大きく張り出されていた。うちのユニフォームと同じデザインの赤いシャツがハンガーにかかってたくさん並んでいる。

周りには部員全員の集合写真。なぜか嘉藤さんと夏希のツーショット写真まで飾ってある。

いつのまに撮りやがった、このオッサン。


「本社がね、どんどん宣伝して売り出せって言うもんだから。おかげで売り上げも好調だよ」


ホクホク顔である。


「高校の部活を商売の宣伝に使うと、教育委員会から怒られますよ」

「別に宣伝じゃないよ。事実を書いただけだし」


ひどい大人だ。

でもユニフォームを作るとき、厚意でかなり代金を割り引いてもらって助かったこともあるし、これもお返しになるのかな。


「それで、今日は二人で何か探しに来たの?スパイク新調する?」

「いえ、今日はその、こっちの銀次が」


銀次は「うす」と小さく頭を下げた。


「ほうほう、快速サイドバック君がどうしたの?」


俺は嘉藤さんに、銀次がリフティングがかっこよくできるようになりたがっている、とだけ話した。ライバルがどうとか、彼女がどうとかはとりあえず伏せて。

嘉藤さんは特に理由も聞かず、


「何で僕に言うの?指導者でもなんでもないのに」


と不思議そうに言った。

俺は壁に貼ってあるポスターを指さして、答えた。


「その少年サッカー教室、この会社が協力してるでしょ?てことは、この辺で開催するときは嘉藤さんもスタッフとして参加してますよね?」

「ああ、それか。確かに毎回参加してるけど、それが?」

「嘉藤さん自身は指導者じゃなくても、ゲストの指導者の教え方を間近で見てきたわけだから、リフティングのコツみたいなものを見聞きしてるんじゃないかなあと思って」


嘉藤さんは一瞬驚いた顔になり、


「……その年で恐ろしいね、君は。やっぱり無名高を全国まで連れてっただけのことはあるよ」


手をアゴに当てて一人で何度もうなずいた。


「それで、どうなんですか?」

答えをせっつくと、嘉藤さんはため息をつきながら入り口の『OPEN』の札を『CLOSE』にひっくり返した。


「もう今日はお客も来ないだろうし、閉めるよ。二階にちょっとスペースがあるからおいで」

人差し指をチョイチョイと曲げて、嘉藤さんは階段を上がって行った。銀次が俺の顔を一度見て、後に続く。


どうやら教えてくれそうだ。もし謝礼を求められたら「うちの名前で儲けたんでしょ?」って言って乗り切ろう。

俺も後に続いて行こうとした時、スマホが鳴った。メールの音だ。


「あ、監督」


広瀬監督からのメールだ。珍しく添付ファイルがある。まさかウイルスじゃないだろうな。

件名は「全メンバーが出たぞ」。

俺は恐る恐るファイルを開いた。


「おっ」


ファイルの中身は、今時ファックスされてきた県選抜メンバーの一覧表を写真で撮ったものだった。


 GK:小倉 拓哉(阿東工業)

    島 薫(本河津)

    千賀 わたる(国際大付)

 DF:軽部 銀次(本河津)

    日下 陣(春瀬)

    後藤 大樹(阿東工業)

    茂谷 直登(本河津)

    谷 あきら(春瀬)

    村本 誠司(桜律)

 MF:家下 大輔(春瀬)

    入辺 圭(桜律)

    神威 英智(桜律)

    黒須 秀太(本河津)

    瀬良 藤司とうじ(川添西)

    藤谷 未散(本河津)

    別府 賢人(春瀬)

 FW:飯嶋 礼央(春瀬)

    大江 雅紀(川添西)

    国枝 永遠とわ(阿東工業)

    久里浜 尚之(桜律)

    外木場 有二郎(国際大付)

    冬馬 理生(本河津)

   

「えっ」

そしてメンバーの最後の名前を見て、俺は思わず声を上げた。そして全メンバーの選手たちへの正式発表が少々遅れた理由も何となく理解した。微調整が必要なヤツが、一人いたのだ。

でもあの男、来るのか?今スペインじゃなかったっけ。

俺の脳裏に、死神のようなやせた顔が浮かぶ。

会いたいような、会いたいくないような。


 

    倉石 洋介(春瀬)



つづく

早めに試合に入りたい、とは思っています。思っています。

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