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選抜編 第一話「男子三日会わざれば」

お久しぶりです。岸野有璃栖きしのありす視点で始まります。

『男子三日会わざれば刮目して見よ』


有名な言葉。

男子は三日もすれば大きく成長するものなので、よく目をこすって見なさい、とか何とか。


でも私の彼氏である伊崎君には、まったく当てはまらない言葉。

三日どころか、一か月たってもあいつは何も変わらない。

彼氏……と本当に言えるのかどうかも怪しい。確かに好きと言われて、「付き合ってあげてもいいよ」と答えて交際が始まったけど。


たまにデートしても、ロクに手も握ってこないし、もちろんキスなんて想像もつかない。あいつは私の顔色ばかりうかがっている。


夏希さんには、もっとストレートに甘えに行くクセに。

多分、それが一番腹立たしい。


別に今さら胸が薄いとか、足が短いとか、腰がくびれてないとかそんなことは気にしてない。


いや……ちょっとは気にしてる。

でもよりによって、夏希さんと比べなくたっていいじゃない。まったく、余計に腹が立つ。

でも、本当にもっともっと腹が立っているのは。


伊崎君が、あの横浜での電話以来連絡をよこさないことだ。


「ねえ、有璃栖。着替えないの?」


更衣室にいるもう一人が声をかけてきた。


広瀬夏希さん。


今日は日曜日。男子の全国大会決勝からちょうど一週間後。

ちなみに決勝は、藤谷さんたち本河津高校を準決勝で破った米良野高校が、3-0の圧勝で順当に優勝を決めた。

そして大会得点王はなんと藤谷さんが単独で獲得した。

全国の代表相手に、フリーキック、ヘディング、ボレーと、自信に満ちた顔でゴールを決めまくる姿を見て、つい半年前はうちとの合同練習でバテバテになってた人と同一人物とは思えなかった。


男子三日会わざれば、っていうのはああいうことを言うのだ。



「そういう夏希さんは、今まで何してたんですか?」

練習後の更衣室には、私と夏希さんしかいない。他のみんなはとっくに帰ってしまっている。夏希さんはモト高の赤いユニフォームをやっと脱ぎ始めたところ。

私は練習着を上下脱いだ状態で固まってしまっていた。更衣室に暖房が入ってなければ即風邪を引いている。


「んー、ちょっとね。残って練習させてもらってた」

「居残りとは熱心ですね。シュート練習ですか?」

「ううん。フリーキック」

「……やれやれ。彼氏さんの影響ですか」

「そういう言い方しないでよ。好きでやってるの。有璃栖だってフリーキッカーでしょ?」

「私は藤谷さんと会う前から蹴ってましたから」

「ぬ……まったく、ああ言えばこう言う」

ブツブツ言いながら着替える彼女を、私は横目で盗み見る。


芸能界からスカウトが来ても驚かないルックス。

百六十五センチのスレンダーなスタイルにしっかり胸があり、細い腰にくびれまである。藤谷さんじゃなくても夢中になって当たり前だ。比べるのがむなしい。


それに……ここ最近、急に大人っぽくなったというか、色っぽくなったような気もする。加えて中身もお姉さんぽくなったような。

私がキツ……率直な物言いをしても、いちいち怒らず受け流してくれるし。

あまり認めたくはないけれど、伊崎君が甘えたくなる気持ちも最近はわかる気がする。



モト高が県大会で優勝した直後、一条さんから話を聞いた時は正直驚いた。


夏希さんが、モト高に女子サッカー部を作りたいから、勘を取り戻すために練習に参加したいと。

あなたは正気なんですかと。来年は高校三年生なのに。


そう思ったのは私だけじゃなく、うちの部のみんなも同じだったようで。

最初は週一のお客さんということで「かわいー」とか「細ーい」とか言ってチヤホヤしていたけど、真剣なチャレンジだと受け止めていた人はいなかったと思う。実際アップの段階でスタミナ切れを起こして、ゲーゲー吐いていたし。

すぐに来なくなるだろうと思っていた。多分他のみんなも。


でも、そこからが広瀬夏希という人の恐ろしいところで。


二週目。どんな鍛え方をしてきたのか知らないけれど、アップに最後まできっちりついてきて、終盤はボールに触る練習にも参加してきた。


七年のブランクがあるにしては、ボールタッチは錆びついていないし、足も速い。百六十五の身長と長い手足はそれだけで懐の深さという武器になるし、何より勝気だし、ラインを割るギリギリまでボールに食らいつく根性もある。


もちろん、桜女のレベルに入ると現状では控え組の練習相手かな、くらいだけど。

それでも汗まみれで走り回る夏希さんを見て、私は思った。

もしも小学生の時の大ケガが無かったら、私と夏希さんはここ桜女サッカー部で一緒にプレーしていたのかなって。



「ねえ、有璃栖」

ようやく着替え終わった後、夏希さんが言った。

「何ですか」

「駅まで行ったら、ちょっとお茶しようよ。電車ちょっと遅らせて」

「珍しいですね。夏希さんがお茶に誘うなんて」

「そう?」

「……何か企んでるんですか?伊崎君が来るなら行きませんよ」

「もう、疑り深いなあ。いやなら無理には誘わないよ。せっかく紗良ちゃんも来るのに」

紗良さん?

「それを先に言ってください。紗良さんが来るなら私も行きます」


モト高のマネージャー兼情報分析係の小林紗良さん。藤谷さんからは「こばっち」と呼ばれていて、年上だけどとても可愛い人。

同じサッカー部の軽部さんという彼氏がいる。藤谷さんが陸上部から無理やり引っ張ってきた、ものすごく足の速い左サイドバック。合宿の時に少し話したくらいだけど、ちょっと無骨な中にも不器用な優しさが垣間見えるような、結構かっこいい人だった。

ほんわかした雰囲気の紗良さんとはとてもお似合いだと思う。


「ちょっとそれどういうこと?私と二人だったら断ってたっていうの?」

「そんなことは言ってません。考え過ぎです。ほら、行きますよ」

夏希さんが釈然としない顔で何かブツブツ言っている。


別に夏希さんが嫌いなわけじゃない。むしろ他校の人で、しかも年上でこんなに仲良くなれた人は珍しいくらい。

なのについ突っかかってしまうのは。


私やっぱり、まだ藤谷さんに未練があるのかな。



「有璃栖ちゃーん、久しぶりー」


駅のバス停に降りると、紗良さんが先に私たちを待ってくれていた。嬉しそうに両手を振っている。本当に可愛い。


「お久しぶりです。会うのは一か月ぶりくらいですか?」


紗良さんのされるがままに、私は両手を取られて上下に振られる。こういういかにも女子な仕草は本当言うと苦手なんだけど、振りほどくわけにもいかない。


「君たちは本当に仲良しだねー」


そんな私の内心を知ってか知らずか、夏希さんはニヤニヤと私たちを眺めている。まったく、根性の悪い。

ちょっと前まで「私だけ仲間外れにしてる」ってすぐスネてた人が、今は余裕の態度。


これが好きな人に愛されてる自信っていうもの?ああもう、腹立たしい。



駅ナカのカフェに三人で入る。夏希さんはキャラメルマキアート。紗良さんはホットの紅茶。私はオレンジジュース。

別にコーヒーが苦手なわけじゃなくて、練習の後にカフェインを取ると眠れなくなるから。


「紗良さんは、どうでした?全国大会」

聞くと、彼女は目を輝かせて言った。

「すごかったよー、もう。スタジアムはどこも大きいし、ベンチは綺麗だし」

「そこですか?でも確かに地方のスタジアムよりは新しくて綺麗ですね」

「有璃栖も神戸の全国大会行ってきたんでしょ?女子のスタジムアはどうなの」

夏希さんが聞いた。

「うーん……別に設備に不満はないですけど、正直男子がうらやましいですね。私、サッカー専用で客席が広いスタジアムが好きなんですけど」

「うんうん」

「でも女子の会場は、客席が広いところは陸上トラックがあって、逆にサッカー専用のところは客席がほぼ無い運動公園なんです」

「それは……ちょっと寂しいかも」

「客席が広くたって、お客さんが入るわけじゃないんですけどね」

紗良さんもうなずく。

「男子の大会だって、一般のお客さんはそこまででもなかったよ。でもよく考えればアマチュアの大会なんだから、それが普通なんだよね。高校野球の甲子園がちょっと異常なんだと思う」

「そう考えると、県大会決勝の真っ赤な観客席は奇跡ですね」

「うん、あれはすごかった。よくあれだけ集まったよね」

夏希さんがわざとらしくうなずく。

「夏希さん、さりげなく自分の手柄をアピールしないでくれますか?」

「あ、ごめーん。そう聞こえちゃった?」

「開き直らないでください」


私たちがやいやいとやり合って、それを紗良さんがニコニコ眺めている。

この三人で集まるといつもこんな感じ。


でも今日は、他に話すことがあるはずなのに。二人は何も言わない。気を使ってる?それとも私から話せってこと?そんなの、乗せられたみたいで絶対イヤ。



おしゃべりが続いて何分かした後、夏希さんのスマホが鳴った。


「あ、ごめん。ちょっと電話してくる」

夏希さんがなぜかバッグを持って席を立った。そのまま入り口付近に行って、スマホで誰かと話している。


何あれ。


「夏希さん、バッグ置いていけばいいのに。そんなに私たちが信用できないんですか?」

聞くと、紗良さんが首をぶんぶんと振って言った。

「ちがうよー!夏希ちゃん、東京の試合の時、ファンの男の人にバッグ盗まれかけたんだよ。それ以来、絶対置いていかなくなっちゃって」

「……そんなことがあったんですか」


無名の高校がインターハイ王者春瀬を劇的な試合展開で破り、初の全国大会出場。その話題のチームの美人マネージャー。大会中は、ほぼ毎日何かしらの取材に答えていたみたいで、

「何でマスコミの人って同じこと何度も聞くの?バカなの?」

と、帰ってきてからプンプン怒っていたっけ。

あのルックスでテレビや新聞に出まくれば、確かに変なファンがついてもおかしくない。


「美人は美人で大変なんですね。美人じゃなくてよかった」

言うと、急に紗良さんが「バン!」とテーブルを叩いた。

「有璃栖ちゃん!何言ってるの?」

え、何?怒ってる?私そんなに変なこと言った?

「えっと、あの……紗良さん?」

紗良さんは両こぶしを握りしめ、ずいっと私に顔を近づけた。

「有璃栖ちゃんは、すごく可愛いよ!絶対可愛いから。私が保証する!」

真剣な目。この人は何を言っているのだろう。さっきテーブルを叩いた音で、他のお客さんの視線も集まっている。恥ずかしい。

「わかりました。わかりましたから落ち着いてください。今のはただの軽口ですから」

「軽口……はっ、そうか」

みるみる真っ赤になって、紗良さんが小さくなっていく。

前から「行間を読むって意味が分からない」とよく言っていたけど、こんな出方をするとは。

でも。


私の胸に、ほんのりと温かいものが届いた。


「じゃ、私お手洗に行ってくるから待ってて」

「言われなくても置き去りにはしませんよ」

紗良さんがトイレに立つ。夏希さんもまだ戻らない。席には私一人。

一人でカフェに来ることなんてめったに無いから、何だか落ち着かない。


「ん?」


紗良さんの席にもバッグが無い。あ、トイレに行くなら持っていくか。

でも何だろう。何かおかしい。不自然。


スマホが鳴った。LINEの着信音。続けて二度。


紗良さんから。


『ごめんねとは言わないよ。素直になって、がんばって!』


「んん?」


夏希さんから。


『私、嘘は言ってないからね?ビシッと言いたいこと言ってやんなさい!!!!!』


「んんん?」


ちょっと待って。これってもしかして。


「あ、あの、岸野さん!」


聞き覚えのある声。


ここ一週間、聞きたいくないような、そうでないような、どちらかずっとわからなかった声。


振り返ると、モト高の制服を着た伊崎君がガチガチに緊張した顔で立っていた。

私は更衣室での夏希さんとの会話を思い出す。



「……何か企んでるんですか?伊崎君が来るなら行きませんよ」

「もう、疑り深いなあ。いやなら無理には誘わないよ。せっかく紗良ちゃんも来るのに」



……確かに嘘は言ってない。夏希さんは、伊崎君が来るとも来ないとも言わなかった。ただ話をそらしただけ。

私は一つため息をついて、向かいの席を指さした。


「立ってないで座れば?」

「へ?あ、う、うん」


伊崎君がロボットみたいなぎこちない動きで向かいに座る。目が泳いで落ち着きが無い。


しばらく黙ったまま数分。伊崎君がやっと口を開いた。


「あの」

「何?」

「広瀬先輩と、こばっち先輩を悪く思わないで。俺のために色々考えてくれたんだ。俺が、その、情けなくて、どうしていいかわからなかったから……」

「情けない自覚はあるんだ」

「う……そ、それはもう、存分に」

「心配しなくても、あの二人とケンカなんてしない。今考えれば不自然だったし」

「う、うん。そうだよね」


再び沈黙が続く。

私は吊り目のせいで顔がキツく見られがちだし、そのせいで性格も強そうと言われることが多い。

でもこんな不毛な沈黙に何分も耐えられるメンタルは、あいにくと持ち合わせていないのだ。


「話が無いなら帰る」


私は立ち上がり、早足で店を出た。




「岸野さん!待って!」

店を出て改札へ向かう私に、伊崎君が追いすがってくる。二の腕をつかまれ、引き戻された。

「何なの?話があるんでしょ?なのに黙ってるから帰るって言ってるの!」

つかまれた腕を振り払い、つい大きい声が出る。


私、怒ってる。

でも何に?


伊崎君が情けない顔で情けない声を出す。

「俺、俺、まだ謝ってない」

「何について?」

「ひ、広瀬先輩と比べて、傷つけたこと。ごめんなさい」

「そんなことでいちいち怒るわけない!」

「でも電話で怒ってた」

「その時は腹が立ったんだから当たり前でしょ!私が怒ってるのは」


怒ってるのは。


「そういうことじゃ、なくて」


ずっと考えてた。

私は、本当に伊崎君が好きなのかな。

藤谷先輩に振られて、代用品が欲しかっただけなんじゃないかな。

でも本当にこの人が私を大事にしてくれるなら、そんな気持ちもいつか消えるんじゃないかって。

そう思ってた。

そう願った。


「……何で、すぐ連絡くれなかったの?」

「え?」


私の声が変わっている。鼻声だ。もしかして、泣いてる?そんなバカな。こんなことで。こないだ全国大会で優勝した時でも泣かなかったのに。


「普通、付き合ってる二人が小さなケンカしたら、すぐに彼氏が一生懸命謝ったり機嫌取ったりして、彼女がどのタイミングで許そうか考えたり、そういうやりとりがあるんじゃないの?」

「……」

「私の言ってること、少女マンガみたいでバカバカしい?でも君は、そのバカバカしいことすらしてくれないんだよ」

「……うん」

「君はいつも、私を怒らせないように気をつかって、なのにすぐ怒らせて」

「そ、それはごめん」

「君がずっとそんなんじゃ、私いつまでたっても」


視界がぼやける。言葉に詰まる。自分の喉から、今までの人生で考えたこともない言葉が出そうになる。私は必死に押し戻す。




『素直になって、がんばって!!』


『ビシッと言いたいこと言ってやんなさい!!!!!』




「岸野さん?」

視界のピントが合って、伊崎君の心配そうな顔が映る。

喉が開く。

自分でも信じられないくらいの弱弱しい声で。


「私……いつ君に甘えればいいの?」


今日三度目の沈黙の時間。


私は手の甲で目をぬぐった。


「帰る」

「岸野さん」

「まだ何か?」

「ごめん」

「だから謝ってほしくなんか」

「ちがう」


私は彼の顔を見上げて、口を閉じた。

伊崎君が、今まで一度も見たこともない、まっすぐな顔をしていたから。


「女の子に、そこまで言わせてごめん」

「え?」

伊崎君の手が私の頬に伸びる。

その手が背中に回り、私は彼の胸の中に一気に引き寄せられた。

「ちょっちょっ、待って!伊崎君!?」

伊崎君の顔が近づいてくる。

全力で抵抗すれば振りほどけるはず。


でも私はそうしなかった。多分それが正しいとわかっていたから。

彼の唇に自分の口をふさがれながら、私は思った。



男子三日会わざれば、刮目して見よ。



夏希さん、藤谷さん。

私の彼氏は、三日どころか三分で変わってしまいました。




「おーい、みんな揃ってるかー?」

広瀬コー……監督が部室に入ってきた。手には一枚の紙。待っていた部員たちがざわつく。



全国大会から帰ってきてすぐ、広瀬春海新監督による新人戦に向けての練習が始まった。

と言っても、ベースは俺が直登と考えた今まで通りの練習メニューを踏襲したもので、多分監督はそこから削ったり足したりしていくつもりなんだろう、と勝手に思っている。

生意気だと思われたくないから黙ってるけど。


今日の練習は朝からみんなそわそわして実が入らず、監督も早々にあきらめて早めに切り上げた。

ちなみに元チーフマネージャーの夏希は、今日は桜女の練習に参加する日。そしてこばっちと伊崎はとあるミッションのために、練習終了後急いで桜女の最寄り駅へと向かった。今頃夏希と合流している頃だろう。


伊崎のやつ、うまくやったかな。余計なこと言ってこじらせなきゃいいけど。


「監督!早くメンバー教えてください!」

「じらさないでくださいよ!」

「オープンマインド!」


一年たちが広瀬監督の周りでやいやい言っている。あいつらは広瀬監督を親戚のお兄ちゃんか何かと勘違いしていないか。


「わかったわかった。今言うから座れって」

せまい部室の中で、監督が紙を手にして立つ。それを座って見つめる俺たち。


今日はユースVS県選抜エキシビジョンマッチの、メンバー発表の日なのだ。


監督が一つせきばらいをした。

「えー、たった今、来週末に行われるエキシビジョンマッチの県選抜がファックスで送られてきた」

今どきファックス?メールは?

「とりあえず本河津高校からは、メンバー二十三人中六人が選ばれた」

部室がどよめく。

なぜか芦尾が髪のセットを始めた。チームメイトをくさすつもりはないが、お前は無いから安心しろ。


「すげえ。六人って結構多くねえか?」


菊地が嬉しそうに言った。こいつは「俺なんてナイナイ」と言いつつ密かに期待するタイプだ。


「そりゃやっぱ優勝チームだからな」

「監督、早く教えてくださいよ」


金原と銀次が野次るように手メガホンでせっつく。このサッカー歴半年の二人はすでに他人事だ。

「まあ待ちたまえ。物事には順序があるのだよ。というわけで、まず一人目」

みんなが静かになったことを確認して、監督は言った。


「キャプテン藤谷」


おおー、という歓声が上がる。何がおおーだかわからないが、とりあえずホッとした。全国大会で得点王まで取って選抜メンバーから外れたら、よほど人間性に問題があるんじゃないかと勘繰られてしまう。

別に万人に好かれようとは思わないが、身に覚えの無い中傷を浴びるのは避けたい。


「続いて冬馬」

「ういっすー」


当然、と言った顔で気のない返事をするエース。でもそのポーカーフェイスの下には、ユースの連中への対抗心がメラメラと燃えていることを俺は知っている。


「えー、めんどくさくなったから一気に行くぞ」


監督が身もふたもないことを言い出した。順序が大事って言ってたのに。


「DFから茂谷、GK島、中盤から黒須」


直登と島が無言でグータッチする。黒須は泣きそうな顔で俺の方に振り返った。

「キャ、キャ、キャプテン。どどどどどうしましょう」

「どうもこうも、行っていつも通りプレーすりゃいいじゃないか」

「いいんですか?僕なんかが出て」

「お前に出てほしい人がいたから選ばれたんだろ。それにほら、他校の上手いヤツと話すチャンスだぞ。春瀬の別府とか」

「いえ、僕人見知りなんで、それもちょっと」

フィールドではあんなに積極的にボールにからむくせに、すごい変わりようだ。俺も人見知りだから人のことは言えないけど。

「そして最後の一人は」

監督が言葉を切った。そしてみんなの視線が集まったことを確認して、言った。


「軽部銀次」


みんなの視線が銀次に集まる。

当の本人は、「鳩が豆鉄砲食らったような顔」のサンプルみたいな顔をしている。


正直俺もびびった。

確かに身体能力とスピードは全国レベルにまじっても十分通用した。しかし悲しいかなサッカー歴自体は半年だ。ここ一番のプレーでは選択肢の幅が無く、ボールを失うことも多かった。本人もそれを気にしてずいぶん悔しがっていたっけ。


「銀次、おい、何とか言えよ」

菊地がからかうように銀次をつつく。

「えっと……」

かすれた声をようやくしぼり出して、銀次は言った。


「それ……辞退できないんすか?」



つづく

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