098 森の入り口
とんでもなく恐ろしい、沼の底に存在する何か。
その存在との邂逅を経験しつつ、ネーデ達は沼を進む。
「……あまり魔物出てこない?」
『(あの何か変なのがいる場所の近くだったからか? あのでかい蛇も逃げたしなあ……もっとも迂回して来ることもできるはず。もっとあの口みたいのがいるとかそういうことなのかね?)』
「ええっ? それは流石に嫌かなあ……」
アズラットの振動感知でその存在を事前に探知できず、対応がネーデの<危機感知>でぎりぎりになる泥下の大顎。
それがたくさんいるとなるとネーデとしても面倒であるし、同時に怖い。
そもそもあの大口は化け物と言ってもいいような存在だが、そもそも生物ではない。
仮に砂漠にあったようなオアシスならまだ倒すことは可能かもしれない。
しかし、この泥の下に存在するらしい何か、それを相手にどう戦うのか?
出てくるときしかその存在を感知できず、出る以前ですらその反応は泥と変わりない。
果たしてそれが普通に倒せるような存在であるか……それは恐らく不可能に近いと思われる。
『(まあ、なんとかなるだろ)』
「なればいいけど……」
割と軽く言うアズラットと、心配になるネーデ。
そんな二人の心持は置いておくとしてこの先進んでも特に何か変化が起きることはなかった。
あの大口はそこら中に存在するわけではなく、たまたまあの場所にいたと思われる。
まあ、その真実は迷宮でなければわからない。
「あ」
『(……陸地か。とりあえず上がってみよう)』
「うん……ようやく水から出られる……」
『(あそこに次の階層への道がない場合また水に入らなきゃいけないけどな)』
「ううー……」
ネーデとアズラットは陸に上がる。そしてその場所を探索した。
「あ、階段」
『(……次の階層への道だな、多分。休んでから行くか?)』
「見通しがいいから、先に階段を下りたいかな。見つかったら襲われるよね?」
『(まあ、恐らくは。一応周りに魔物らしき存在は見えないが……まあ、あまり疲れていないなら先に行ってもいいだろう)』
現状ネーデの体力、疲労に問題がないのであれば進んでも問題ない。
実際、水と泥で移動に苦労したくらいで魔物を相手にはそこまでの苦戦はない。
苦戦はないが、面倒であっただけというのが実際である。それはそれで体力を消費しそうだが。
そして二人は階段を下り、その先に向かった。
「森……」
『(またか……)』
階段を下りた先に存在していたのは広大な森である。階段から降りた場所付近は崖の様だ。
そして、森へと続く階段が崖に存在している。つまり森を上から見下ろしている形である。
ちなみに上を見上げると洞窟のような天井が存在している。
九階層のように森の茂りで見上げても天井を見ることすらできないような場所ではないようだ。
そして今更な話であるが、天井ははっきり見えるほどに明るい。
この洞窟には火の明かりもなく、ヒカリゴケのようなものもなく、砂漠のように太陽もない。
しかしなぜか明るい。もっとも先に言った通り今更。気にしても仕方がない。
「ここ、降りる?」
『(降りるしかないだろ。他に道がないわけだし……しかし、森か)』
「あまり心配はないと思うけど……あ、でもグリフォンとか出てくると不安かな?」
『(今ならなんとでもなると思うけどな。あれから二回進化してるし。ネーデは……わからないか?)』
「むぅ……」
かつて一度ほぼ敗北に近い悲惨な目に遭った魔物。森となるとそれを思い起こす。
しかし今のネーデとアズラットであれば厳しいものでもないだろう。
その程度には二人は成長している……はずなのだから。
「……普通に森?」
『(森だな。ただ……魔物の数は多いぞ)』
「ええ……」
階段を下り、森のもっとも外側の部分にネーデとアズラットはいる。
まだ森に入ると言うことはしない。周辺を見回りながら様子を見ている。
「あの穴って?」
『(あそこが目的地……ってわけじゃなさそうだ。っていうか、上から見たほうが見やすかったな。でも下に降りた状態でもあの大穴は見えるのか……よっぽどでかく、上の方、さらに言えばかなり遠くだな。っていうか壁、端だし……何の穴だ?)』
「目的地じゃないなら気にしなくてもいいんじゃないの?」
『(……それもそうか。とりあえず、森に入るか?)』
「……うん。とりあえず一度は様子見、かな?」
現状二人は急いで攻略する必要はない。なのでゆっくり、ゆっくりと森に挑むつもりである。
とりあえずどんな感じなのか、と二人は森に入った。
「くうっ!」
『(弱い……のはいいんだけどな)』
「か、数が多いよっ!」
森にいる魔物はそれほど強くはない。というのも、魔物の特徴が極めて分かりやすいからだ。
動物およびそれに近い魔物。大鼠、大蝙蝠、大蜥蜴、巨大熊や巨猪などのわかりやすい巨大種。
鬼面の蜥蜴など少々変質した特殊な魔物。角河馬のような魔物もこの場に入る。
だが、それくらいしかいないと言ってもいい。特徴的な、特殊な魔物がいない。
この階層にはスライムすら存在せず、獣の類しかいないのである。
「はっ!」
『(上から)』
「わかってる!」
獣の類しかおらず、その相手をするのはそれほど難しくはない。
魔物として彼らは基本的に強くはなかった。しかし、やはり数が多いのが厄介である。
大きさも強さもさほどではないが、その数で攻めてくるのが厄介だ。
何故ならネーデは仲間がおらず彼女しかいない。そして、攻撃方法が少ない。
剣でしか攻撃できず、他の攻撃手段は<投擲>があるくらい。
肉体を武器として使うこともできなくはないだろう。
だがそれくらいしかないとも言える。アズラットがいても、基本的には手を貸さない。
そしてネーデの攻撃手段では一度に相手をできる数が少ない。
周りを囲み襲ってくる場合、ネーデではどうしても戦いづらい。
もっとも一応ネーデは四階層で集団相手から逃げている実績はある。囲まれなければ大丈夫だ。
とはいえ、数を相手にするのはやはり厄介だ。<防御>があるので少しは耐えられるのだが。
「栗鼠、もう、やだなあこういうのっ!!」
『(……流石に上からのくらいは相手していいぞ? 頭の上に乗ってるわけだし)』
「それは別に……んー、落ちてきたのは相手をして。それ以外は自分で何とかするから」
『(了解……)』(他の冒険者はこれを対処しているのか? まあ、ネーデにできる以上他の冒険者にもできるか)
ネーデ以外の冒険者は複数人のグループ、パーティーであることが殆どだ。
仮に同じくらいの強さであったとしても、数の有利はそれなりにあるだろう。
そもそも、この場所の魔物の強さであれば単独で強いよりも多少弱くとも複数の方がいい。
(しかし、何故ここに出てくる魔物は獣ばかりなんだ……? 巨大熊や巨大猪みたいのはいるが、あの巨虫のようなやつや巨人のようなやつはいない。いや、巨大な獣もそれはそれで厄介だけどな……? もっと、こう、脅威になる魔物がいてもおかしくはないはずなんだが……)
アズラットにとって最も気になること。それはこの階層における脅威が存在しないこと。
確かに魔物が無数に襲ってくることは中々に脅威であると言える。
しかし、これは長くは続かない。魔物の供給量にが限度があるからだ。
迷宮において魔物はいくらでも復活するものだが一度に全部が復活するわけではない。
大きな襲撃を対処できればしばらくはそれなりに安全だ。つまりこれは一回きりの出来事。
(……やっぱりあの穴が気になるところだな)
アズラットが気にするのは森側からも見えた大きな穴。それが一体何の意味を持つのか。
ひとまず、今は多くの魔物が襲うことに対する対処である。




