009 スライムの出来る事
スライムはあらゆるものを食べることができる。
これは厳密に言えば正しくないが、間違ってもいない。
食べることのできない特殊な性質の物もある。
これは食べる食べない以前に破壊不可能な物だ。
具体的に言えば迷宮の壁がその一例だ。
また、世の中に存在する神の制作した一部の武器防具も破壊不可能であるとされる。
そういった物は物理的に破壊不可能であるという防御能力を持つのではなく、システム的に破壊不可能であるとされる。
逆に言えばそのシステムから外れる部分は破壊可能だ。
迷宮の罠や隠し扉はその破壊可能な物である。
さて、破壊可能かどうかは置いておくとして、スライムの食欲は普通だが、スライムはあらゆるものを食することができる。
だが仮に水、魔物の死体、金属鎧の三種類があるとして、全て同じ食事時間であるだろうか?
(……消化速度はやっぱり死体が早いな。骨と肉だと肉の方が早い。柔らかい方が早いとかか? 血と肉だと当然血、まあ液体と固体で考えればそうもなるか。問題は同じ固体でもやっぱり差がある点か。まあ、魔物の死体を食べる限りでは大差はないともいえるが)
スライムであるアズラットにとって食事は重要なものであり、その食事にかかる手間や時間は死活問題となる。
食事はできるだけ迅速に、可能ならば一部分のみを回収してスライム穴の中で消化する。
それを行う上で重要なことは物質の溶解速度である。
体がばらばらになるくらい破壊されていれば楽だが、主な死体はそうではない。
一階層の死体の多くは頭部を破壊されている大鼠か、ほぼ二つに分かれそうなほどに切り裂かれた大蝙蝠となる。
たまに外から持ってこられる死体などもあるが、それは一部の例外である。
どちらにせよ死体はその原形を保ち、まともに一部分のみを持っていくと言うのは大変である。
ならば普通に食事をすればいいのだが、アズラットは出来るだけ生存確率を挙げたいので色々と試している。
(指、尻尾、羽の根元……流石に同じスライムを食事するのはどうか? いや、それはちょっと怖いな。他の魔物は襲ってくるが同種のスライムは襲ってこない。これは同じ種族だから、というのもあるかもしれないが……ゲームとかでは一度敵対すると解除できないとかあり得るから怖いんだよな。まあ、この世界は現実だし、他のスライムの反応がどうかっていうのはわからないが、まあリスクを冒す必要はない。スライムを無理に食べる必要性はないわけだし)
基本的に同じ魔物、同じ種族は襲われない。もっともそれは種やその生物の状況によるだろう。
飢えに飢えた大鼠は同じ大鼠も襲う危険性がある。そういった例は世の中にある。
もっとも、スライムの場合はそこまで飢えると言う事態が殆どないのでそういうことはないが、襲わないとも限らない。
現状ではアノーゼの知る限りでも、"同じスライム種"同士で襲い合う事態はない。
まあ、アノーゼは今アナウンスでアズラットにその手の内容を伝えてはいないが。
(体を伸ばすことができればな……外にある死体を引きずって穴の近くに持ってくるとかできるかもしれないんだが。まず体を伸ばすことが殆どできない。そもそも自由に体を動かすことができるのならもっとやりやすいんだよな。少し跳ねる……本当に体を少しだけ接地面から浮かす事くらいは一応できなくもないが)
スライムは基本的にその体が液状であるゆえに速く移動することは出来ず、また自由な跳躍もできない。
ただ、その体を下げている状態から思いっきり上に押し上げる形で飛び跳ねることはできる。
まあ飛び跳ねると言っても、極僅かだ。一瞬接地していないと言える程度の飛び跳ね方だ。
(スキル入手で跳んだり跳ねたりできるか? できるなら考慮範囲だよな。移動しやすくなる。本当は移動速度を上げられればいいんだが……他にも、消化能力を高めるスキル……酸性とかそういうスキルになるのか? そういうのも考慮の内だな。アノーゼに相談するのはありだが、本当はあまりアノーゼに頼りすぎるようにはなりたくないんだよな)
別にアズラットはアノーゼを信用していない、信頼していないから頼りたくないと言うわけではない。
あまり相手に依存して自分で考えない、自分で調べないようになるのは嫌というのもあるし、負担をかけたくないのも理由の一つだ。
この辺りアズラットの自主性を尊重したいアノーゼとも一致する考えだろう。
ただ、アノーゼとしては頼られることが至福なのでこのアズラットの考えは複雑な心情であるが。
(……そういえば、ゲームとかではスライムが天井に張り付いているってことがあるよな。壁に接地すれば登ることができるとかもあるのか?)
あまりにもゲームや漫画の知識を頼りにすぎるのもどうなのか、とアズラットは思う。
ゲームや漫画におけるスライムはその世界に存在しない架空の物、元とする物はあるのかもしれないが一応架空の創造物である。
しかし、この世界におけるスライムは現実に存在する者だ。
ゲームや漫画とは違う情報もあり、完全に頼りにはできない。
だが、特徴として一致する部分も多く存在する。
ならばそういった現実と架空の差を検証するのも悪くはないだろう。
物は試し、とアズラットは壁に張り付き、登ってみることを試すこととする。
(……登れる? でも、床を移動する速度よりも……遅いな)
壁を登ることはできた。だがその移動速度は遅い。それも普通の移動速度よりもはるかに遅い。
(まあ、そうだよな。重力があるからな。スライムの力の問題もあるだろうし。そういえば……スライムの力って言うのも試していないな。とはいっても、あまり生きている大鼠に襲い掛かってどれくらいの力があるのかって試すのも難しい……)
壁を登るのに必要なのは重力に逆らう力。
壁にしがみつくのにも、単に接地している時とは違い壁にしがみつくための力を使う。
そんな状態で体を上に持ち上げ登っていくのに必要な力は結構なものとなる。
そんなことをしながら、アズラットは自分の力はどの程度なのかも思考する。
少なくとも、スライムの体を壁にしがみつかせた状態で維持できるほどに力はある、というのが現在分かっている状態だ。
(まだまだ調べるべきことは多いな……)
スライムの生態に関してもまだまだわからないアズラット、その肉体に関しても不明点は多い。
だがそもそもその全部を検証する必然性はない。必要なことだけを調べればいい。
少なくとも生き残るために必要なものを。
アズラットがするべきは生き残るのに必要な事実を最低限確保すること。
最低限の情報を確保し、生き残るのに重要な知識を知り、それから他を調べるべきである。
まあ、本当に急ぐならばアノーゼに聞くのもありだ。もっともアズラットはそれを現状では考慮していないが。
(……そういえば、窒息させるのはできるか? 虫で試してみるか……その前に消化する可能性もあるな)
アズラットはまだまだいろいろと調べるようである。
とは言っても、あらゆることをすぐに調べられるわけではない。
しばらく虫が来るのを待ち、ようやく来た虫をアズラットは捕らえる。
(っと。これで呼吸が止まるまでの時間……虫だから検証しにくい。むしろ力を試すのはありか? ぐにょんぐにょんの体でどの程度力をかけることができるのか……潰す、圧縮? <圧縮>で何かできたりとかするか?)
思い至ったが吉日と、自分の体を小さくするのに使っている圧縮を少し解除し、体を広げる。
(……この状態で、体ごと圧縮したら?)
ぐしゃり、と体の圧縮に巻き込まれ取り込まれた虫も圧縮される。今までにない新しい使い方だ。
(圧縮で取り込んだものを潰す……取り込んだ範囲のみが圧縮されるなら、体から引き離すのに使えるか? 全部包み込んで圧縮できれば? いや、過信は禁物……ステータス)
『・種族:スライム Lv7
・名称:アズラット
・業
スキル神の寵愛(天使)
■■■
・スキル 6枠(残3)
<アナウンス> <ステータス>
<圧縮lv4> <> <> <> 』
アズラットは自分のステータスを表示する。その中に存在する<圧縮>のレベルは四。
スキルは覚えたばかりで常に使っているとはいえそこまで極端に使っているわけでもない。
この使用頻度でレベルは四。最大が九ならば少し上がるのが早すぎる。
ならば最大は五十や九十九などのレベルになるだろうとアズラットは考える。
(こればかりはアノーゼに聞いたほうがいいか? いや、そこまで必要でもないな。それよりも、今の<圧縮>のレベルは初期よりは上がったが大したレベルではない。この<圧縮>のレベルで果たして大鼠や大蝙蝠の体全部を包み込んで圧縮できるのか? 少し疑問だな……)
今のアズラットの体を現在の大きさに抑え込むだけの力が圧縮にはある。
だがそれ以上はどうなるだろう?
虫は一緒に圧縮できたが、虫の大きさはアズラットの全体の大きさに比べると小さい。
だから可能だった可能性もある。
一応アズラットの体全部を圧縮してもまだ圧縮できるほどに圧縮の力が大きい可能性もある。
だが問題はそれがどの程度なのか、ということになるだろう。
わからないことを検証するのは構わないが、それをするのが危険なこともあり得る。
危険に晒されるほどの価値はあるか?
(無理はしない。できるときにやればいい)
今はやらない。可能な機会があったときに行う。アズラットはそう判断した。
そうしてアズラットはできることできないことを調べていく。