087 確認と選択
十階層。十二階層から撤退し、十一階層を抜け環境的な苦の無い場所まで戻ってくる。
そしてこれから先、十一と十二階層の攻略……正確に言えば十二階層の攻略について。
そのことについて二人はそれぞれで考えている。
具体的にはアズラットは一旦ネーデから離れ、ネーデの持ち物付近で休んでいる。
ネーデはアズラットには出来ない職員からの十二階層についての聞き込みをしている。
『…………さて、アノーゼ』
『お久しぶり……というほど間がありましたっけ? 私はいつもアズさんを見ているのでちょっと感覚的にはわからなくなってしまうのですが』
『まあ、結構会話していなかった気はするかな?』
『そうですか……私としてはもっとアズさんから話しかけてほしいですし、お話したいですが。と言っても、あまりこう切っ掛けみたいなものがないと……私からは話し辛いですからね。こちらは特に何かがあるわけでもなくいつも通りの日常ですから』
『神様の日常なあ……』
最近はどうにも神頼みするようなこともなく、気にかかることも少なかった。
いや、厳密に言えば気にかかることはそれなりにある。迷宮の事とか。
とはいえ別に聞くほど重要なことでもない。攻略できるし基本的には問題はなかった。
しかし、流石に今回の事……十二階層はちょっと異常すぎやしないだろうかと思ったのである。
『とりあえずさ、あの十二階層……』
『面食らいましたか? 気持ちは何となくわかります。一応アズさんがいる場所は迷宮ですからね。普通に考えれば迷宮というものはその場所……竜生迷宮で言えば、一から三階層のような遺跡みたいな構造のことを言いますからね。普通は』
『ただでさえ色々と複雑で奇妙な階層ばっかりなのに……十二階層もそうだけど十一階層もなあ……』
『他にも九階層とかもそうでしょうね。ですが、迷宮とはそういう物です。一種の小さな世界ともいえる特殊な空間、それならばどこも同じような構造にして攻略しやすいようにするよりもどんな存在でも弱点を突けるように様々な環境と構造を作り上げたほうが都合がいいのは間違いありません。迷宮の奥に控える迷宮の主にとっては』
『まあ、そうだろうけどさ』
迷宮は謎が多いが、基本的に侵入者である冒険者に対しては敵対的である。
とはいえ、時折冒険者が休めるような場所があったりもする。
そういう点では奇妙に感じるものだ。
『ところで、十二階層なんだけど』
『スキルで何とかするくらいしかないでしょう。冒険者、人間などならば日差しを遮るなどでなんとかなるかもしれませんが……アズさんはスライムですから』
『むう……流石にこっちが隠れてネーデに進ませるってのも危ないしなあ……スキルか。とることは考慮に入れるが、どうするか……』
『現状でもそれなりにアズさんなら外のことは把握できそうな気も……』
『……ん?』
『ああ、いえ。アズさんの振動感知能力であればそれなりにどうとでもなります。あの子も<危機感知>に<振動感知>があるわけですから、そう簡単に魔物に不意打ちされるということもないでしょう。<跳躍>に<身体強化>で回避性も高く、<防御>で攻撃を受けても一撃くらいなら大丈夫な場合が多い。傷ついても<治癒>が存在する。そう考えると一人で行かせることになってもほとんど大丈夫なものだと思いますが?』
『それでも心配なものは心配だ』
まるで子供を見守る親のようなことを言うアズラット。
この場合は弟子を見守る師匠のようなものか。
そんなアズラットの様子を見てくすりとアノーゼは笑う。そして静かに諭す。
『それはそうかもしれません。アズさんにとっては彼女は幼い子供、守りたくなるような庇護欲を掻き立てるような弱い子でしょう。最初に出会った時も、助けに入って出会ったわけですからね。でも、あの子も今は十分なくらいに成長しています。今もまだ弱く孤独な子であることには変わりありませんが、アズさんがついているのはとても大きなことでしょう。ですから……一人で全て決めるのではなく、話し合って相談するのもいいと思いますよ?』
『相談ね……それなりにはしてるが』
『そうですか? 全部アズさんが決めていたりしませんか?』
『……むう』
ネーデは何かあればアズラットに頼ることが多い。
そして行動に関してもアズラットの意見を重視する。
自分の意見がないとは言わないがしかしどこかアズラットの意見をそのまま行動にする節がある。
師匠と弟子という関係上それはある意味仕方の無いことになるかもしれない。
だが、それではネーデ自身の成長には繋がらないだろう。
だからこそ、ネーデが決めるということが重要になる。
『まあ、相談したほうがいいですよ? 下手に自分だけで決めると取り返しがつかなくなるかもしれませんから』
『……? それはどういう?』
『まあまあ、とりあえずあの子と話をした方がいいですって』
『…………怪しい』
『怪しくありません。謙虚で綺麗な優しいただのスキルの管理を行っている天使な神様なだけですよ?』
『怪しい!』
断言できるほどにアノーゼの発言は奇矯である。
しかしアズラットが追及したところで教えてくれないだろう。
寵愛を与えるほどであるが、基本的にだんまりだったり誤魔化したりすることは多い。
言えないと言うよりは言いたくないを優先することもある。
まあ、愛があるからと言って何でもするわけではないのだろう。
『……まあ、そう言うならしかたない。一人で考えても意味がないのは事実だしな』
『はい、今は彼女も一人になっています……っていうか、戻ってくるように促した方がいいのでは? 流石に自分から近づくにはその場所が安全とは言い切れないでしょうし』
今アズラットがいるのは十階層の底、ネーデの持ち物の付近。
一応誰かの<従魔>みたいな感じであると思われるかもしれないが、しかし勝手な行動は出来ない。
仮に<従魔>のスキルで従えられていても、単独での行動は望ましい物ではないのだから。
(……じゃあ、念話で呼ぶか)
ネーデは考えていた。既に冒険者ギルドの職員から十二階層についての話は聞いた。
基本的には装備か魔法などのスキルが有用だと言われている。
ネーデとしても他に思いつくものはない。
スライムがついてきていることに関して特に問われることはなかったが、やはり対策としては微妙だ。
隠すか、それともスライムにスキルを使い安全を確保するか。
アズラットの持つ<隠蔽>のように。
(スキル……かあ)
今までネーデはあまり自分で考えると言うことをしてこなかった。
アズラットに何のスキルがいいのか、ということを教えられ指示され、そうして覚えるスキルを選んでいる。
もっとも、例外はある。<振動感知>はネーデの判断によるものだ。
アズラットに会う前ではあるが<剣術>も彼女の判断でとったものだ。
とはいえ、それくらいである。基本的な行動に関してはアズラット頼りだ。
<剣術>などはアズラットに出会う前に得たものだからノーカウントだろう。
(……アズラットを助けるスキル、か)
自分のため。今までは全部アズラットの指示ではあるが、全部ネーデのためになるものだ。
その全てはネーデの強さに直結している。
全てアズラットの助けがあって得られている物であるのに。
今までネーデはアズラットのためになるスキルを覚えていない。
もちろんそれは変なことではない。
スキルは覚えれば忘れることはない。一度得てしまえばそれっきり。
覚えられる数に限度がある以上覚えるものは自分のために使うものであるべきだろう。
しかし、ネーデはアズラットに対し多大な恩が存在する。
今のスキルでもネーデは十分な強さを有しているのだから、一つくらい自分以外の為に覚えてもいい。
(……でも、アズラットのためだけにスキルを覚えるのは怒られるかな)
アズラットは確実に怒るだろう。自身のためにならないスキルは確実に文句を言われる。
なぜならアズラット自身はいずれネーデと別れることを想定しているからだ。
ネーデはあまりそういうことを想定していないが、アズラットはそれを想定している。
別にアズラットとネーデが離れ離れになる、というだけではない。
アズラットは自分が死ぬ可能性を考慮に入れている。偶然から他の冒険者によってまで。
だからネーデだけでもなんとかなるように、とネーデにスキルを覚えるように指示している。
(……私とアズラットを守れるスキル。例えばアズラットの<隠蔽>みたいな感じで? そんな感じで暑さ……熱に関してなんとかできるスキル。できれば十一階層でもなんとかなるようなスキルがあればいいんだけど)
かなり都合のいい条件だと思われる内容だろう。
しかし……以外にも、条件にあう都合のいいものはあるのだ。
(え?)
ネーデの意識の届く、ある選択肢。スキルを覚えるかどうかの選択。
(……覚える)
はいかいいえかの選択肢、それにネーデははいを答える。
そうしてネーデは新しいスキルを覚えたのである。
それは十一階層および十二階層でかなり有効なスキルである……かもしれないものだった。
『(ネーデ、もう話は終わってるか?)』
(あ……)『(うん、話は終わってるけど)』
スキルについて幾らか考えているとアズラットからの念話が届く。ネーデはそれに応える。
そして、ネーデはアズラットとあらためて合流する。どうやら話し合いになるようだ。




