082 単独冒険者の実力は
「九階層の魔物を狩ってきてほしい?」
「ああ」
職員の男の頼みはそれだった。剣を渡す代わりに魔物を狩って持ってきてほしい。
それ自体はネーデにとっては難しい物ではない。だが問題はその意図だ。
いったいなぜ職員がそのような頼みをしてくるのかがネーデにはわからなかった。
「……えっと、どうしてそんなことを?」
九階層の魔物が減ったところで男の得にはならない。迷宮である以上魔物は補充される。
「ああ、俺がいる場所はこの十階層だろ? 役職的に俺はこの場所から碌に離れられねーわけなんだよ。それはわかるよな」
「はい」
十階層の底まで来た冒険者にその証明を記す役割を持つ職員である。
その仕事ゆえに彼は常に……とまではいかなくともほぼ十階層の底に居なければならない。
つまり彼はそこから離れることはできない。そうなると一つの問題が出る。
迷宮において生活する上での不便はいくつかある。
一つは生理的欲求の解消。排泄の類。
これはあくまでそれをするための場所がないというだけだが。
別に何処でどうしようとも、スライムなどの存在がいるのでそこまで問題にはならない。
迷宮には多少自浄作用のようなものもあるかもしれないし。
一つは睡眠などの休息。
スキルなどで幾らか対応できるものの、どうしてもまともには寝られない。
寝る場合、襲われる危険もあるし寝床が攻撃される可能性がある。
複数人で休息をとるなら見張りをおけば他の人物はかなり楽に休むことができるだろう。
そして一つは食事である。迷宮において外から持ち込んだ食事以外の食事はあまり期待できない。
火を熾すスキルでもあればまだ焼いて食べられるが、基本的に迷宮における食事は魔物だ。
外から持ち込める量も多くなく、食料だけを持ち込むわけにもいかない。
もちろんこれもスキルや複数人いることで解消はされるが、やはり限界はある。
「ここだとな、基本的に食べる物が上にいる鳥の奴らか十一階層に入って出てくる奴らだけなんだよ。そしてな、その魔物らの食事内容ってのはかなり限定的になるんだ。ほら、十階層だと魔物の数すくねえだろ? 石の魔物は流石に食えねえし、スライムは食おうにも生きたままは食えず、殺したら殆どまともな部分が残らねえし。で、鳥はまあ食えるがそればっかってのもな。蛇もいるがあいつら数少ないのかあまり見かけねえし……まあそれはいいか。十一階層は出てくる獣が少ねえ。せいぜいが狼くらいってもんだよ。そればっかここで俺は食わなきゃなんねえんだ。いろんなもんもっと食いてえけどよ、外に出れねえからしかたなくそれらを食ってるわけだ。基本的に肉ばっか、種類も少ないわけだ。なあ、それでお前ずっとそう言うのばっか食ってやってけるか?」
「……え、えっと、その、む、難しいんじゃないかな?」
(なんともまあ……俺のようなスライムだと逆に味とか感じないからまったく気にしないし、そもそも食事自体にあまり良さを見いだせないし。食事すること自体は別にいいんだが、食事行為は特に気にならないんだよな。まあ俺の場合そうじゃなきゃとっくの昔に発狂してそうだが……場合によってはまともな食事もできないし)
職員の男の問題は食事の問題である。
男がいる場所は十階層の底。その場所から移動できない。
それゆえに得られる食事が限定され、それが長期になれば食事に飽きが来る。
時々でいいからたまにはもっと別の肉を食べたい。野菜や果実でもいい。
水は十一階層の凍土もあるし特に問題はない。保存も男には保存手段があるので問題ない。
なので必要なのは食料を得るための手段ということになる。
だが男は動けない。ならば他の誰かに頼むしかない。それで物品の取引である。
男は肉や野菜、果実などの食物を冒険者から貰い、代わりに物品の提供を行う。
一応その物品は本来冒険者ギルドが販売用として持ってくるものなわけだが……いいのだろうか。
と、そんな心配はさておき。
つまりはそういう事情で職員の男は頼みごとを申し出てきたわけである。
「ま、そういうわけでな。それで返答はどうだ?」
「……別にいいですけど。何を狩ってくればいいですか?」
「……おう」
何やら職員の男は戸惑ったように返事をする。どうやらネーデの返答は予想外の様だ。
「何を、っていうかお嬢ちゃんは何を狩ってこれるんだ?」
「九階層に出る魔物なら全部狩れますけど……」
「……一人、いや……一人、か。"一人"でか?」
「はい。"一人"で」
職員の男とネーデは"一人"を強調する。理由は単純、アズラットの存在があるからだ。
まあ、アズラットがいた所で問題はない。要は魔物を狩って獲ってこれるかなのだから。
一応確認はしたが、アズラットがいないと狩れなくても問題はないので気にすることでもない。
もっともネーデはその強調にしっかりと答えている。実際にそれができるゆえに。
「ま、それならいいんだが。えっとだな……」
今までこのように何を獲ってこればいいか、という質問はされなかった。
それぞれの冒険者で大体持ってこれる魔物は似通っているせいである。
多くの冒険者にとって九階層は壁であるが、しかし抜け道のある壁だ。
強い魔物に勝てなくとも次の階層の道さえ知っていればそちらに進めばいい。
魔物とであっても倒せないものからは逃げ、倒せるものは倒す。無理はしない。
もっともそのツケを十階層で払うことになることも多いのだが。
そんな風に九階層で鍛えず抜ける冒険者は多く、そのせいで持ってこられる獲物の種類が少ない。
「そうだな……虫系は正直遠慮しておきたい」
「あのおっきいの?」
「あれを狩って来いとは言わねえよ……そうか、お嬢ちゃんあれを狩れるのか」
わかりやすい強大な脅威である巨虫の二匹。それらを狩ることのできる冒険者は少ない。
できないわけではないだろう冒険者は多いが、しかし犠牲を覚悟しなければいけない相手。
ネーデのように単独でそれを狩れる冒険者は職員の男は一人しか知らない。
「たまに蝶とかナナフシとか持ってくる奴がいるんでな。あと、樹の中にいる蚯蚓とか。基本的に持ってこられるのが多いのは犬や蜥蜴だな。たまに貝とか掘り出して持ってくるのもいるが……貝は処理が面倒なんで正直遠慮したいところだ。啄木鳥は絶対に獲ってこないでくれ。鳥は食い飽きてる。栗鼠は数さえ持ってきてくれるなら構わねえところだな……ああ、茸の奴らは遠慮しておくぜ。流石にあれは食いたくねえ、いろんな意味で。あー……そうだな。熊か豹か猪を頼みてえかな。特に豹や猪はあまり持って来る奴はいないしな」
巨大熊、潜豹、迷彩大猪。職員の男が推してくるのがこの三匹である。
熊は比較的狩りやすいので持ってくる人物はいるのだろう。
豹が持ってこられないのは探すのが面倒だからだと思われる。
猪は……誰がどう考えてもその大きさの問題だろう。
「……とりあえず、熊と豹かな? 猪は流石に大きいし」
もちろんその三体をネーデは狩ることができる。むしろ巨人や巨虫よりも楽だろう。
そしてネーデの強みはその身軽さにある。能力的な意味ではなく、人数的な意味で。
単独の冒険者であるがゆえに行動がしやすい。それは大きな利点であるだろう。
問題があるとすれば、今回のように何かを持ってくる場合数が少なくなることなど。
一人ゆえの難点もあれば、一人ゆえの強みもある。
「とりあえず三匹狩って持ってこれそうなもの全部持ってきます」
「おう……」
そのまま地を蹴ってネーデは階段に<跳躍>した。降りるときとは違い敵は全部無視でいい。
もちろん襲ってくる魔物の中で石系の魔物は追ってくる危険があるので対処するが。
<跳躍>を使いながらネーデは一気に十階層を逆走し、九階層へと戻っていく。
「……おー。なんというか、規格外だな。少なくともここに来た時点であれだけ強いのは少ないだろ。ま、普通はパーティーで来るから当然だが、あのお嬢ちゃんはかなり特殊だな……あの頭の上の奴も含めて」
上へと昇っていくネーデの姿を見ながら職員はぽつりとつぶやいた。




