073 九階層への再挑戦
八階層であらためて今後のことを見直し、再び九階層にやってきた二人。
「はあっ!」
「ブオオッ!」
ネーデが巨大な迷彩柄の猪を一刀両断にする。
現状この九階層でまだ倒していない魔物は巨人と二体の巨虫。
それ以外はもう十分倒せるくらいにネーデは強くなっている。
あとは残りを相手にして倒せるかどうかだが……正直今のネーデのレベルなら十分だろう。
「ふう……」
『(おつかれ。魔物も大分戻ってきてるか……まあ、むしろ前が少なかったのかな)』
「やっぱりあのグリフォンのせいかな?」
『(多分そうだと思うが……)』
アズラットとネーデがグリフォンと出会った時、戻るまでに魔物は碌にいなかった。
その理由は不明だが、現状グリフォンのせいだと二人は思っている。
『(そもそもあのグリフォンも謎なんだよな。ここで見かけたことはなかったはずだが)』
「そう言われても、私はちょっとそこまでわからないよ?」
『(ああ……一応魔物の把握が振動感知でやってたからな。ネーデには把握しきれていないか)』
ネーデとアズラットでは魔物を感知できる範囲が違う。
同じ振動感知を持っているがその能力のレベルが違うゆえにそうなってしまう。
「でも、あれだけ強い魔物がこの階にいるのも変かな……?」
『(あの虫の攻撃力や巨人の戦闘力を考えると絶対にいないとは言い切れないと思うが)』
「そうだけど……でも、全然見ないんだよね?」
『(そうだな)』
「うーん……それだと、多分もしかして……」
何か心当たりがありそうな様子のネーデ。アズラットが問う。
『(もしかして?)』
「前にちょっとだけ噂話で聞いたことあるけど、たまにその階層では出ない、先の階層で出る魔物が出てくることがあるって……本当に珍しいらしいけど」
『(へえ……)」
「ちょっと聞こえてきたくらいの噂話だけどね」
『(まあ、それ以外に今のところ考えられるものはないけどな)』『で、実際のところは?』
ネーデの話す噂話、それをアズラットは聞いてそれ以外に考えられるものはないと思う。
だが実際はどうなのかは不明である。それでアズラットはアノーゼに訊ねてみる。
『そういうこともあるみたいですね。私は迷宮の担当の神ではないので詳しくありませんが』
『……はあ』
『もう、なんですかその溜息は! ええっと、確か私の知っている限りでは基本的に同じ迷宮の今いる階層よりも上……いえ、奥の階層にでてくる魔物がその対象になるみたいらしいです。浅い階層だとそれほど先の魔物は出ませんが、それなりに深くなればかなり先の魔物が出ることもある、のかもしれません。厳密には私は詳しく知らないのでそれくらいしかわかりませんけど……』
『なんだ、結構知ってるじゃないか』
一応アノーゼはスキルの神。なので本来迷宮関連の話はあまり知識を持っていないはずである。
しかし、アノーゼはこの知識に関してはいくらか知っている。
とはいえそれは彼女の経験談でもある。
彼女が経験し知っている事柄だからこそ調べ知識を持っているというものだ。
まあそれに関してはアズラットの知るところではないので気にすることでもないが。
『ええ、知ってます。それで満足しました?』
『……いや、ごめん』
ちょっと言葉に棘があるアノーゼ。これはアズラットの対応がまずいだろう。
もっとも、謝られたらアノーゼとしては許さないわけにもいかない。
『いえ……気にしないでください。私の知識は全部アズさんのためのもですから』
『相変わらずな……』
いつも通り、アノーゼはアズラットのために心から尽くしてくれている。重い。
「アズラット?」
『(ん……まあ、何にせよ目的は空飛ぶ虫と巨人だ。とりあえずそれを見つけて倒そうか)』
「…………そうだね」
アズラットの様子にまた考え事かとネーデは思う。
ただ、そのアズラットの言葉に若干疑問視する部分もある。
しかしネーデが訊ねる必要性もないだろう。
無視されているようで寂しいが、悪い行いではない。
それが何かの役に立つことは間違いないのだから。
樹々が折り倒される音が響く。
『(っ! ネーデ!)』
「聞こえてる! あっちから!」
巨虫はその移動中の状態がはっきりとわかる。
何故ならその音がとんでもない大音量となっているから。
飛行しながら樹々を薙ぎ折り倒しながら獲物を探し飛翔している。
樹々を砕く音、倒れる音が森中に響く。
並の冒険者はその音を訊いたらすぐに逃げなければならないだろう。
その状態で飛行する巨虫に体当たりされれば自身も樹々と同じ末路を辿ることになるのだから。
「……こっちに来てる!?」
『(ちょうどいいな……いや、不安はあるが言っても仕方がない)』
今のネーデの実力で果たして相手をして勝てるのか。そこはアズラットとしても疑問である。
グリフォンの一撃はネーデの防御を貫通した。果たしてグリフォンの攻撃よりも威力が低いか。
そう思うと少し厳しいものになるのでは、とアズラットは考えてしまう。
もっとも、やっぱり逃げよう……と考えてももう遅い。
「来たっ!」
(最悪俺が合間に挟まって対応する、というのも……できるかはわからないが)
一応アズラットであれば、ほぼ確実に耐えられるだろうと言う推測はしている。
(そういえばグリフォンの時に<防御>使ってなかったんだよな。忘れずに使っておかないと……)
普段アズラットは自身の防御を意識しないためか、<防御>のスキルを使わない傾向にある。
本来ならばいつも使い、特に攻撃時に必要なスキルなのだが。
本人はどちらからというとスキルを上げる目的にしか使っていない。何のために覚えたのか。
「っ……」
空を飛ぶ巨大な虫の魔物。カブトムシの魔物は樹々を折り倒しながら飛んできた。
そして、飛翔する中ネーデの姿をその魔物は確認する。
獲物としては少々小さいが、それでもかまわない。
食べることさえできれば、腹を満たす事さえできれば。
満足するほどでなくてもいいのだろう。
どうせまた次の獲物を探しに飛んでいくのだから。
その小さな獲物目掛け、巨大なカブトムシの魔物は飛んでいく。樹々を折り倒しながら。
そしてその角が小さな少女の体を引っかけようとした時……ギッと何かに遮られるような音と衝撃が響く。
「っ!」
ぎしりと<防御>のスキルで展開されれている防御の膜が歪む。防ぐことは一応できている。
しかし、その勢いの全て、かかる力全てを防げるわけではなく力は防御の膜にかかっていく。
そしてその力が許容量を超え、防御の膜を破壊する……その刹那。
『(攻撃は受け止める! 後はお前が倒せ!)』
「えっ」
アズラットがネーデと防御を破る角に跳び、自身の<防御>のスキルで受け止める。
さすがに二人の<防御>で飛行し勢いのある突進を受けられてしまえば流石に防がれてしまう。
とはいえ、落下しながら受けているためアズラットとしてもあまり長い間その状態を維持できない。
体の圧縮を開放すれば範囲は広げられるが、それをしている余裕もないだろう。
カブトムシの魔物の動きが封じられている間は極僅かの間。
「っ! はあっ!」
その間にネーデが動く。わざわざアズラットまで動いているのだから無駄な行動をとれない。
跳躍し剣を翻らせカブトムシに斬りかかる。しかし、相手は甲虫。防御は堅いだろう。
狙うのであれば関節部などになるが……それ以上に今ならば狙いやすい場所がある。
今カブトムシの魔物は空を飛行するためにその翼を羽ばたかせている。
カブトムシの飛行はその背中の前羽を開きその中にしまわれている後ろ羽。
それが今は飛行のために外に出ている。背中、羽、双方ともカブトムシにとっては脆い部分。
「えい! たあああああっ!」
後ろ羽に対しては<投擲>で石を投げ撃ち抜く。そして背中に剣を突き立てる。
「……!」
カブトムシがばたばたと暴れ始める。虫系統の魔物はこういう部分が厄介だ。
魔物としての生命力が高い。
いや、厳密に言えば致命傷でもなかなか死なないというのが正しい。
死ぬには死ぬが、死ぬまでの時間がかなり長いのである。
「くぅ……!」
『(とりあえず、後はこっちでやるから退いてろ)』
「えーっ!? それいいの!?」
『(いいの。確実に倒せてれば)』
「な、納得いかなーい!」
確かに致命傷を負わせている以上、これ以上無駄に戦いを長引かせる意味はない。
ならばあとはアズラットが手を下し確実に死んだ状態にしてもいいのだろう。
ただ、ネーデとしては納得のいかない物であるが。




