056 弱い立ち位置
七階層の主な敵は水から上がって襲ってくる魔物である。
先ほどネーデが戦った半魚人やリザードマンと呼ばれるような人型蜥蜴の魔物。
また水から上がってくる以外にも空を飛び襲ってくる大蝙蝠など。
魔物の種類としてはそこまで多くはない。集団で襲ってくるのも人型の魔物が主である。
洞穴側、壁にもいくらか魔物はいる。穴が存在しそこから少し大きめの昆虫の魔物が出てくる。
とはいってもそちらはあまり襲い掛かってくるようなことはない。
珍しくスライムの姿を見ないがその代わりに近い魔物であるのだろう。
そういう点では五階層に近い様相をしていると言える。魔物の種類は少ないが。
そして七階層はその行く先ほぼずっとに川が存在する。
大きな川、そこに存在する魔物は当然道を行く冒険者に襲い掛かるものだ。
「はあっ!」
ネーデが戦っている。アズラットもその戦いを手伝っている。
しかしネーデの戦闘による疲労は中々に大きい物である。
基本的に迷宮の魔物であっても道を行く冒険者を無秩序に無作為に襲うわけではない。
強力無比な冒険者にはその気配で近づくのを止め、数の多い集団には警戒しながら様子を見る。
そんな中、ネーデとアズラットの幼い冒険者とスライムという存在は魔物にどう映るものか。
スライムであるアズラットを考慮しなければ幼い冒険者がたった一人。
恰好の襲う標的となる相手である。
それゆえにネーデは頻繁に魔物に襲われる羽目になっていた。
「はあ…………はあ…………」
魔物を倒すのはネーデにとっていい経験となるだろう。
しかし、あまりに頻繁だと体力的にきつい。
『(大丈夫か?)』
「な、なんとか……」
『(次が休めるといいんだが……)』
ネーデが疲労する最大の要因は頻繁に襲ってくる魔物が原因であるが、他にも理由があった。
七階層には時折大きな横穴があり、そこは袋小路であるが魔物から見えにくい位置である。
それゆえにその場所で休んでいれば魔物に襲われる頻度は下がる……のだが。
そういった休憩場所は当然他の冒険者も使用している場所である。
最初にネーデとアズラットが訪れたその横穴には既に冒険者のパーティーがいた。
そして"ここは俺たちが使っている"と言われしかたなく先に進むしかなかった。
全ての場所で冒険者が休憩しているわけではないものの、その頻度が中々に多い。
そういうこともあってネーデは休めないでいる。
「さっき休んだから……」
『(でもすぐ退く羽目になっただろ)』
「…………」
少し休んだ程度で疲労が全部回復するわけでもなく、ネーデが魔物に襲われる頻度は大きい。
先ほど休んだ所はまだ誰も休憩しておらず、そのおかげでわずかな時間休むことができた。
しかし、この階層には他にも冒険者がいる。
そういった冒険者がネーデのみが休んでいるところを見るとどう思うか。
さすがに休んでいるところを追い出すまではしないが、自分たちも使っていいか、と言われる。
ネーデとしては周りに他の冒険者を置きたくはないが、休憩するための場所を彼女一人だけで使うのは問題が大きい。
それゆえにその問いに了解の答えを返すしかない。
だが、見も知らぬ人間が周りにいるというストレスとプレッシャー、そして仲間同士というのは厄介だ。
彼らが仲良く話していること。それはネーデには得られないものである。
ネーデは冒険者であるが、その幼さゆえに仲間に入れてくれる冒険者はいなかった。
今では実力がついているため話は違ってくるかもしれないが、手のひらを返した対応をされて納得するわけもない。
それゆえにネーデはアズラットを頼ったままとなっている。
しかし、得られなかったとはいえ冒険者の仲間というものに羨みの感情がある。
そしてその仲間と楽しくしている他の冒険者の姿を見せつけられ苛々とする感情が生まれる。
そんな状態でゆっくりと休んでいられない。それゆえにすぐに休憩できる場所から引く羽目になったのである。
その際、一緒にいた冒険者から"仲間を作ったほうがいい"と言われた。
それに対しネーデは"できたらそうします"と皮肉るような感じに答えた。
(……この先大丈夫か? 仲間を作れないんじゃないだろうか)
そうアズラットはその時思ったようだ。
実際彼女は冒険者の仲間を作るつもりがないかもしれない。
(……そろそろスキルの拡充も考えたほうがいいか? 流石に種類を揃えずずっとと言うわけにもいかないだろうし)
現状アズラットが把握している限りネーデの持つスキルは<剣術>、<危機感知>、<身体強化>の三つ。
言っては何だが覚えているスキルの数としては少ない。
悪い選択ではないが、ネーデの強さを補うには弱い。
実際に体力的にかなりの消耗を強いられているわけであるし、もっとスキルを覚えてもいい所である。
今後アズラットが何らかの要素によってネーデから離れることになってもスキルがあるのとないのでは話が違う。
(その話は後で持ちかけるか)
ネーデの補強に関しては今すぐに考える必要はない。
現在必要とされているのはネーデが十分に休息できる場所である。
『(……ネーデ、少し先に行き止まりがある)』
「行き止まり? 横道じゃないの?」
『(行き止まりだ。たぶん、少し前で対岸に渡るからそこで道が途切れている感じになってるんだろう)』
七階層は川を中心に両側に道ができているが六階層から入ってこれるのはその片側だけである。
もう一方の側は川の向こう側。複数の魔物が潜んでいられるように川はそこそこ深い。
そういうこともあって川を渡るのはそういう手段を持つ冒険者でなければいけない。
そもそもすぐに川を渡る必要性はないのでアズラットの言う対岸に渡る場所で渡ればいいのだが。
「……向こうに渡る必要性があるの?」
『(恐らくは。ちょっとそこまで遠くまで完璧に振動感知で把握できるわけじゃないからわからないが……途中で中州のある場所があるからそこから向こうに渡れる。道も行く先で途切れているみたいだしそこから対岸に行くんだと思うぞ)』
「でも……川だし……」
いくらネーデでも川を渡るのには不安が大きい。
<身体強化>があるとはいえ、やはり渡るのは簡単ではない。
『(とりあえず先に進もう。<隠蔽>さえあれば魔物からは……絶対に避けられると言うわけじゃないとは思うが、避けることができるはずだから)』
「うん……わかった」
それなりに襲ってくる魔物と戦いつつ、アズラットとネーデは先へと進む。
そして中州のある恐らく対岸に渡るだろう場所を超え、その先の道が途切れている場所で休息をとる。
アズラットは<隠蔽>をネーデにかける。
前の時みたいに眠っている状態ではないのでそこまで意識して守る必要はない。
とはいえ、冒険者がネーデの姿を発見し<隠蔽>が解ける場合もあるのでそういった部分は意識しなければならないだろう。
時々解けるときに魔物に襲われることもあるが、しかし<隠蔽>の効果もあり頻度は下がっている。
その甲斐もあってアズラットはネーデに休息をとらせることができた。
(……さて、問題は向こうに渡る方法か。川を通るのもありだが……少し不安はあるな)
ネーデが川を渡るのに躊躇しているように、アズラットもネーデに川を渡らせるのは不安だ。
川に魔物がいるのは既に分かっており、その魔物がいる川に入るのだから不安が大きいのは当然である。
(やっぱりスキルを覚えさせるか)
スキルを覚えることで川を渡る。
ひとまず幾らかしっかりとした休息を取った後、ネーデにそう提案するつもりである。




