055 水路の先の洞穴
「ん…………」
(ん? 起きるかな?)
ずっとネーデを守るため周囲を見張っていたアズラットがネーデの変化に気づく。
ぐっすり……と言えるかは不明だが眠っていたネーデがごそごそと起き始めたのを察する。
『(ネーデ)』
「…………おはようございます、アズラットさん」
アズラットの念話に反応し起きた挨拶を返すネーデ。
ただ、まだ完全には覚醒していないようだ。
(……水くらい持ってくるか? ちょうどここは水路だし、使おうと思えばそこの水も使えるはず)
問題があるとすれば器の問題だろう。とはいえ、ネーデの持ち物に器になる物はある。
アズラットはネーデの持ち物から器を探し出し、それを取り出して水路に近づく。
ざばっと水の中から襲い来る魚。当然ながらアズラットにとってそれらは脅威ではない。
(ええい、邪魔くさいやつらめ!)
問題があるとすれば近くにネーデがいることだろう。
アズラットから逸れた魔物が近づきかねない。
そういうこともあってアズラットは圧縮を解除して巨大化し魚たちを飲み込む。
そして圧縮、潰し食らい消化する。
(これで……のわっ!?)
にゅるりとアズラットを掴む素早い動きの長い物。触手である。
(磯巾着かっ!? リーチ長いなっ!)
大磯巾着、または巨大磯巾着。名称はともかく大きな磯巾着である。
その磯巾着の触手が伸びてアズラットを掴んでいる。
位置的にアズラットの位置は磯巾着から遠めだが、魚の動きに反応したのだろうか。
その触手を伸ばしてかなりギリギリに近いアズラットを絡めとったようだ。
そのままアズラットは水の中に引き込まれる。水中でもスライムゆえに生存的な問題はない。
(……面倒くさいやつらめ)
ただでさえ魚に襲われて面倒なことになっているのにさらに磯巾着まで襲ってきた。
対処自体は出来るとはいえ、アズラットにとってはとても面倒な話である。
通常水の中に引き込まれれば呼吸は出来ないし触手の力も強く抵抗は出来ない。
だがそれはあくまで普通の生物の話。
磯巾着の口元まで連れられてきたアズラットは圧縮を解除する。
巨大化したアズラットを食らうのは磯巾着とて容易ではない。
圧縮した体が広がる力に触手の力が負け、緩みアズラットを放してしまう。
そして広がった体でそのまま磯巾着に覆いかぶさり飲み込み、さらに圧縮。
力の強さはあっても、防御能力が高いわけではない。
飲み込んだまま圧縮すればその体は潰される。
(……結構大きいな)
巨体という意味合いではなく餌という点において。
アズラットは食事の味などは感じないが食事をすることで満たされるような感覚はある。
それは食した物のサイズで決定するわけではない。
例えば四階層では巨大熊よりも石皮虎の方が満たされる感は強い。
つまりは魔物の格や強さ、もしくはレベルが影響するのかもしれない。
とはいえ、今はそんなことはいい。アズラットとしてもあまり磯巾着を食する機会はないだろう。
(よっ! と。さて、改めて水汲み……っていうか、ネーデの方は大丈夫……だな。今襲われてたらちょっと危なかったか)
アズラットが水中に飲み込まれていたのでネーデを守る存在はなく、覚醒しかけのネーデも戦闘は難しい。
なのでかなり危なかったと言える。まあ、磯巾着が近くにいたのでそこまで危険はなかった。
磯巾着は蟹と同等、もしくはそれ以上にこの階層において強い敵である。
そのため磯巾着が近くにいると魔物はそこから離れる傾向が強い。
アズラットを襲ったのも結構範囲としてギリギリな感じだ。
『(ネーデ!)』
「ふわ……あ、はい! おはようございます!」
『(起きたみたいだな。ほら、水)』
「え……あ。えっと、ありがとうございます」
水を受け取り少し顔を洗うのに使ったり水分を摂取したり。
『(起きたのなら次の階層へと行こう。本当はしっかり休める場所が欲しいし、あまり連続しての迷宮探索って言うのもあれだとは思うが……流石にこの階層では休めないし、戻っても結局面倒が増えるだけであまり意味はないからな)』
「そうですね……」
休息するために六階層から四階層に戻る。できなくもないが、結局のところそれでは探索が滞る。
仲間がいない、アズラットとネーデの二人旅である以上この先も同じことになるのは間違いない。
それならば休める場所に戻るよりも、先に進み別に休める場所を探す方が都合がいい。
アズラットがいれば<隠蔽>もある以上ある程度は何とかなる。もちろん<隠蔽>も万能ではないが。
そうしてアズラット達は次の階層へと進む。
七階層。水路の張り巡らされた場所の先はその水路へと水を供給する源となっているだろう川。
そして、その川を持つ巨大な洞穴である。
「……一本道かあ」
『(五階層と似ているが……横穴がいくらかあるみたいだな)』
洞穴内部には横穴が存在している。どうやらそこに休息している冒険者がいるようだ。
アズラットの振動感知は高い感知能力を持つ。
壁があるとはいえ、広い七階層ではそれなりに感知能力が高い。
ただ、先の水路以上に水の中の感知が難しい。川でありそれなりに流れが強いからだろう。
『(壁寄りを歩いた方がいいな。さっきの水路の場所と違ってここは壁側に殆ど魔物はいない。ただ……やっぱりこっちでも水の中、川の中には注意しておいた方がいい。特にここだと俺も感知能力が上手く働かないからな)』
「はい」
二人はそのまま道なりにまっすぐ進む。
この階層はそれなりに冒険者がいるためか、魔物の脅威が少ない。
道を進む二人を襲う魔物は今のところ現れない。
どちらかというと道中にいた冒険者の方が気になるくらいである。
流石にスライムを頭に乗せた幼い冒険者が一人というのは他の冒険者の目を惹くのだろう。
まあ、冒険者も色々と事情のある者は珍しくないので特に関わってくる者もいないのだが。
『(っ……何か来るぞ)』
「え、あ、はい!」
ネーデの<危機感知>は自分を襲う危機に対し敏感に反応する。
しかしその前の部分には反応しない。
例をあげれば魔物の攻撃には反応するがその魔物が攻撃をしようとして近づく時には反応しない。
つまり<危機感知>に魔物の接近を知らせる能力は少ない。
ただ、攻撃しながら襲い掛かって来た、などならば話は違う。
今回はそれには該当せず、水からその姿を現すのみに止まったためネーデは感知できなかったのである。
(……気配、もしくは敵意の感知をできたほうがいいか?)
アズラットがいるから接近にすぐ気付くことができたが今後ずっと一緒にいるとも限らない。
できればネーデにそういった感知の能力を持たせた方がいいだろうとアズラットは考える。
そういった考えはともかく、今注意するのは目の前の敵である。
現れたのは半魚人の集団である。その手に銛を持ちネーデに対し警戒しながら近づいてきている。
当然ながらその目は好意的なものではなく、獲物を狙うような敵対的なものだ。
(……流石に人型でこの数、しかも水中適性ありの魔物とか厄介すぎるな)
アズラットであれば当然ながらそれほどの脅威にはならない。しかし、ネーデでは厳しいだろう。
一応ネーデ自身それなりに戦えるが、人型の集団を相手に圧倒できるほどの実力はない。
下手に囲まれればそれで終わってしまう危険性がある。
『(俺も参加する。流石にこの数は厳しいだろ?)』
「はい……お願いします」
アズラットが手伝う形でネーデと半魚人たちの戦いが始まった。




