047 誰しも初めは
「やああああああっ!!」
四階層。ネーデが空を飛ぶ大蝙蝠相手に頑張って戦っている。
ネーデの実力では大蝙蝠に勝つには難しい。しかしそれは少し前までの話。
今では大蝙蝠に対し負けない程度に戦える、くらいに成長した。
(……うーん、スキルを新しく覚えたはずなんだけどなあ)
しかし、それくらいの成長力では大した成長とは言えない。
もちろん全く成長していないわけではないのだが、しかしそれでもこれを成長したと評価はしにくいだろう。
(一応大蝙蝠相手に問題なく立ち回れるようにはなってるが、流石にもっと強い奴らは無理か)
『当たり前ですよ。何を言っているんですかあなたは……』
『アノーゼ? 当たり前ってどういうことだよ』
四階層にいる上位の敵、巨大熊、角河馬、石皮虎を相手にするのはまだ無理だと思っているアズラット。
そんなアズラットにアノーゼは<アナウンス>でツッコミを入れてくる。
『スキルを覚えたばかりの彼女がそんな強い相手と戦えるはずがありません。そもそも、スキルを得たからと言って極端に強くなるわけではないのはわかり切った話でしょう?』
『……いや、まあ、そうだけど』
『アズさんだって最初は<跳躍>を使いこなすことができましたか? 覚えた当初は本当にちょっと地面から跳び上がる程度、今のレベルまで上がってそれなりの高さになったはずです。それと同じで彼女のスキルも今はまだ成長段階なんです。覚えたばかりのレベルはどんなスキルでも……レベルのあるどんなスキルでも最初は一、そこから成長してレベルが上がりスキルとしてもかなり優秀なスキルへと成長していく。そういうものなんですよ?』
どんなスキルも最初はレベルが一。
どれだけ有用で有能なスキルも得た当初から優秀なわけではない。
最初から完璧に完全に使えるスキルというのは殆ど無い。
一応レベルの無いスキルは話が違ってくるが。
そんなレベルの無いスキルでも使い始めと長く使ってきたときでは話が違う。
アズラットの<アナウンス>はわかりやすい例だろう。
最初はアズラットも<アナウンス>を使いこなせなかった。
アノーゼが話しかけ、それに意識を傾けようやくアノーゼに<アナウンス>の話の出来る路を繋ぐことができた。
今ではアズラットからアノーゼに話しかけることもできるし、あまり意識しなくても話しかけることができるようになっている。
まあ、もしかしたら場合によっては思考と混線しかねないときもある。
しかし、慣れれば他の事をしながら他の思考をしながら<アナウンス>で会話できるだろう。
『レベルか…………ああ、あれ? でもそういえば……』
『どうしました?』
『いや、ネーデの冒険者カードにスキルのレベルが表示されてなかったような気がして。それに、ステータスと比べると色々と少ない感じだったし』
『ああ、そういうことですか』
納得したようにアノーゼが呟く。
『当たり前ですよ。スキルとして与えられる<ステータス>、それはこの世界のシステムに由来するその存在の持つ能力や要素を示す物。ゆえに色々と表示され細かい説明がつくんです。まあ、スキルの管理はこちらで行っていますし、神様が与えたものだからそこまで細かくされている、みたいな感じと思って下さい。それに対し、冒険者カードというのは人間が冒険者という仕組みを作る際に、<ステータス>に近い仕組みを誰かが作り上げたんでしょう。しかし、それは本来の<ステータス>とは違い大きく劣化した。人間が独自に他の人間にもわかるように自分の能力を見せるための仕組みですからそこはしかたがありません。もしかしたら自分が見るだけでいい<ステータス>とは違い他人に見せられるものだから情報を削った可能性というのもあるかもしれません。それ自体は詳しいことはわかりませんが、少なくとも<ステータス>よりも格段に情報量が落ちたものであるということは間違いないでしょう』
『へえ』
『だからレベルは表示されていない。しかし、表示されていなければ存在しないと言うわけではありません』
たとえ冒険者カードにスキルのレベルが表示されていなくとも確かにスキルのレベルという者は存在する。
もっともアズラットの持つ<念話>や<契約>みたいにレベルの無いスキルもあるので正確なところは不明である。
そういう意味ではレベルのあるスキルとないスキルを区別できないと言うのは欠点の一つになるのだろう。
また、アズラットの<ステータス>にない実績というのが冒険者カードにはある。
この実績というのは冒険者カードの情報更新で付加されるものであるとされている。
それゆえに、ネーデのスキルやレベルは変化すると自動で更新されるのに対し、実績は更新がされていない。
つまりこの実績は<ステータス>などの模倣ではなく冒険者ギルドが冒険者を管理するために作られた仕組みである。
と、<ステータス>と冒険者カードには似通った所があるが基本的に違う物である。
『そうなのか…………』
『でも、<身体強化>を得ただけの価値はありますよ。彼女、強くなっているじゃないですか。今はまだ成長段階ですが、現状でも大蝙蝠の群れに単独で立ち向かえるんですから。ほら、今も一匹斬り落としましたよ』
『まあ、そうだな……っていうか、今の当てたのか』
飛んでいる相手に的確に攻撃を当てるのはなかなか大変だ。
その場で浮遊しているならともかく、自由に動く相手は当てにくい。
相手も攻撃をしてくれば避けるのだから。
空中では左右もそうだが前後左右にさらに上下が加わる。
地面にいる相手のようにはいかない。
『<身体強化>ですからね。<身体強化>はそのままの意味合いで身体を強化するもの。身体とはつまり、腕力、脚力、視力、嗅覚、聴力、味覚、反射神経、動体視力、適確な肉体の操作力など、つまりは身体能力のすべてを向上させるものです。身体能力という枠に含まれるものであれば<身体強化>は全て上昇させます。それなら今まで攻撃を当てることのできない相手に当てることができるようになるのは当然と言えるでしょう?』
『お、おお……確かにそうなんだろうけど……<身体強化>ってそういうものなのか』
『そういうものなんです。<肉体強化>でも同じことは出来なくもないですが……直接肉体を強化する<肉体強化>は強化した後の反動が怖い所がありますね。効力だけで見れば部分特化もできる、上昇力も高い<肉体強化>は悪くないのですが……その分肉体に強化の反動がありますから覚えるなら自己回復系のスキルがないとつらいです。そういう意味では全体上昇ゆえに上昇力が低くレベルも上げづらい欠点があるとしても<身体強化>は悪くありません。常時発動のある程度の底上げ効果もありますから』
『そんな効果まであるのか!? っていうかアノーゼ、スキルの細かい部分まで説明してないよな!?』
利点や欠点、スキルの持ち得る能力の細かい部分までアノーゼは把握しているようだがそれをアズラットに伝えていない。
『必要ですか? 情報量が多いとアズさんも整理大変じゃないですか?』
『む……』
『それに効果は高くとも酷い欠点のあるスキル、とわかってるので私はそちらをお勧めしていません。ちゃんとあの子のことを考えて教えましたよ?』
『た、確かに……』
もっとも、アノーゼがきちんとネーデの事を考えてスキルを選んだからと言って、教えない理由にはならないが。
アズラットはなるほどと納得してしまったためそれ以上アノーゼに追及することはなかった。
それにアノーゼの言う通り、あまり情報量が多すぎるとアズラットが悩むようになるのも事実である。
ならば簡潔に必要な情報だけを教え、素早く選択させる方が得策である。
覚えて使い慣れれば問題なく有効に使えるのだから。
『っ、そろそろ危ないのでは?』
『あ……結構落としたけど、流石にそろそろきついか。助けに行ってくる』
『はい、彼女と一緒に迷宮探索して強くなるのを頑張ってくださいね』
そうしてアズラットはネーデを助けに向かい<アナウンス>は切れる。
今のネーデの実力はこの階層でやっていくには足りていない。強くなるのはまだまだ先である。