323 後日話3 迷宮事情
「…………そういえば迷宮って今どうなってるんだろう?」
「突然どうしたんですか?」
唐突に呟かれたアズラットの言葉にクルシェが反応する。
「どーしたの?」
「ああ……いや、俺が神に成った時の時期なんだが、ほら、元々俺がいたのはかなり昔だろ? シエラも、クルシェも生まれた当時はかなり昔じゃないか」
「そうですね」
「そうだね」
アズラット、クルシェ、シエラの三人は大昔の人物……まあ大昔というほどではないだろう。
それでも数百年は昔だ。いや大昔と言ってもいいだろうか。昔くらいが妥当な気がする。
その対象にネーデも含めるのだが、今はネーデはこの場には居ない。
ついでにアクリエルもいない。またアノーゼも今この場には居ない。
三人は仕事と遊びでこの場には居ない。
アノーゼは現在神の仕事をあれこれとやっている状態で少々忙し目であるためアズラットの方に来ている余裕がない。
もっとも彼女はストーカー気質で今もずっとアズラットを見てだけはいるが。
ネーデとアクリエルはアクリエルが主となって現在戦いの神の所に出向中である。
アクリエルとネーデでは戦いに結構強く意識を向けているタイプとしては似通っている。
しかしネーデは上を目指す、強くなることを主眼に置いての戦いを求めている。
それに対してアクリエルは戦うことそのものを楽しむ性格である。
そういう点で二人は微妙に違う。もっとも今回に関しては別に問題ない。
今回はアクリエルの戦いへの欲求を満たすと同時にネーデが自分を鍛えると言う意図のもの。
戦いの神と戦い経験を積む、戦いへの欲求を満たす。それが出向の理由である。
別にこれはネーデとアクリエル、こちら側にだけに利があるものではない。
戦いの神にとっても戦いができる機会ということでかなり利が大きい。
神は基本的に戦う機会というものがあまりない。一応この神の世界で戦うことは可能である。
しかし、戦いの神の戦闘する相手は自分の眷属として配下に置いている者が殆ど。
ここしばらく神に成れるほどに成長し神の世界に来た存在はアズラットたちのみ。
つまり新規参入者がいない。
そしてそのアズラットたちはスキルの神であるネーデの管轄に入っている。
戦いの神は新しい戦闘相手を引き入れることができなくて実に残念であるらしい。
そこで二人の戦いへの欲求を満たすこと、より上位の強さを求めるために経験を積むこと、その二つのために出向させた。
相手側にも新規の戦闘相手と戦える、こちら側も戦いの欲求を満たし鍛えられるということで大いに利があることだ。
なお、ネーデに対してアノーゼからアクリエルがあちらに移らないように見張ることを命じられている。
ネーデにとっては別に聞き入れたい命令ではないが、アズラットの戦力減少は困るので渋々その命を聞いている。
まあ戦うことをするついでに行うのでそこまで意識しなくてもいいだろう。
さて、そんな話はさておき。アズラットの入った迷宮についての話である。
「神に成る少し前、あの時間に至るまで迷宮で眠っていた。俺が迷宮主である迷宮を作ったわけだ。でも今は俺はこっちにいるわけで……」
「迷宮が置いてきぼりだね」
「……迷宮主がいなくなった迷宮ですか。一応迷宮主がいなくなった場合でも問題はありません。迷宮自体は存続されます」
「あ、そうだっけ?」
「ただ、少し疑問なのが主様は神格になっていることがどう影響するかですね」
「……確かにちょっと謎だな」
迷宮主は神格者、あるいはそれに類する存在である。
厳密にその制定がどうなっているかは少々複雑ではあるが。
ゆえに神に成ったところで基本的に変わらない……はずだが、やはり気にかかるところではある。
「でも今までそういう存在はいたんじゃないのか?」
「そうですね……迷宮主が神格者と同義であるなら今までも迷宮主から神に成った存在がいるはず。ならば主様と同じ形で迷宮を残している場合もあるでしょう」
「ねえ」
「なんだ?」
「それ、聞いてみたらどう? 神様に。迷宮関連の神様もいるんでしょ?」
「……ふむ。大丈夫だろうか?」
「アノーゼ様に聞いてみたらどうです?」
『大丈夫です、問題ないですよ?』
「……唐突な」
薄いテレビ画面のような形……電子的なディスプレイを作りその向こうにアノーゼが映っている。
仕事が忙しそうな状態だ。
アズラットに目を向けることもなく、そのまま仕事をしながらアノーゼは語る。
『こちらから連絡を入れておきますので、どうぞ行ってきてください』
「忙しそうだけど大丈夫か……?」
『大丈夫です、問題ありません』
「問題ありそうなんだが……」
『アズさんに目を向ける余裕がある時点で特に問題ありません。はあ、でもしばらく仕事ですよ。アズさんと一緒にはいられません。ああ、なんでこんなことに……』
事情に関してはともかく。現在アノーゼは忙しい様子である。
まあ、部下が増えたことが大きいのかもしれない。
「……とりあえず行こうか」
「はーい」
「はい」
シエラとクルシェを伴ってアズラットは迷宮の神の所へと向かう。
「迷宮? なんでそんなことをお前さんが気にするのかねえ……って、ああ新入りさんかい。なるほど、そういうことか。迷宮主だったのか」
「……理解が早くて助かります」
「なに。そんくらい別に問題ねえよ。自分のいた迷宮が気にかかるんかい?」
「まあ。理由があって外に出たとはいえ、一応迷宮主をやっていた迷宮なので……残したままで何か問題があったらと思うと」
「はは。迷宮は迷宮主と紐づけられ関係はある。だが迷宮と迷宮主はそこまで大きな結びつきじゃねえ。じゃなけりゃ外に出ることなんてできねえよ」
迷宮と迷宮主は基本的に関連性はある。
しかし深く繋がりがあるわけではない。
迷宮が死んでも迷宮主は死なず、迷宮主が死んでも迷宮は死なず。
迷宮は迷宮主の影響を受けたりする部分もあるが。
そもそも迷宮は迷宮主が作り上げた物である。
しかし迷宮主が厳密に支配する場所ではない。
一応迷宮の命ともいえる核と関わり迷宮に影響を与えることはできるが迷宮主単独では不可能だ。
迷宮との関わりは結局のところその程度。
迷宮主自体は発生はともかくその後の迷宮そのものに深く関わるものではない。
「そもそも迷宮ってもんを疑問に思ったことはないか?」
「……疑問ですか」
「そっちのお嬢ちゃんらも聞きたきゃ聞いていいんだぜ?」
「そうですね……そもそも迷宮とは何なのか。よくわからない部分が多すぎます。魔物が生まれることとか」
「おーおー、確かにな。迷宮は魔物を生む。魔物はなぜ迷宮から生まれるのか? そういった疑問を考える奴もいるわなあ」
迷宮は様々な点において謎がある。魔物の出現はその一例だろう。
栄養的に生存に問題ない魔物が突如発生する。わかりやすい迷宮の特徴の一つだ。
他にもアズラットのようなスライムですら食することのできない、破壊不可能な壁や床の存在など、考えれば謎は結構あるだろう。
「まあ、あんまり難しいことを考えても仕方なかったりするんだがな」
「え?」
「迷宮は世界に存在するシステムの一つだ。魔物も似たようなもんだがねえ。つまり迷宮とはそういうもの、と認識する以外のことができねえ。法則とか、理屈とか、原理とかそういうものを調べたところで意味はねえんだ」
「……そういうもの、ですか」
「そうだ。迷宮は魔物生み出す。そういうシステムだ。迷宮の壁や床は破壊できない。そういうシステム、ルールだ。世の中地面に足がつくのは何故か? 物理法則が物理法則として存在するのは何故か? スキルはなぜ覚えることができるのか? そういった数々の事柄を謎に思うもんだろうよ。だがねえ、考えたところでしかたがねえ。何故ならそれはそういうもんだからだ。まあ地面に足がつくのは物理法則が要因だけどよお?」
「重力……ですね」
「そうだ。だがその重力が何で重力として発生する、成立するかって言うとそういう物理法則だからってことだろう? じゃあ物理法則は何によって決定しているのか? 宇宙がそういうことを取り決めているのか? この世界においては、世界がそういうシステムで成り立ってるから、だ。それが当たり前、当然、そうなるからそうなるってだけの話なんだ。迷宮も同じもんよ」
迷宮になぜ魔物が発生するのか?
それは迷宮が魔物を発生させるシステムを持つから。
迷宮の床や壁や天井が破壊できないのは何故か?
それは迷宮がそういうルールに支配されているから。
なぜそうなっているのか? 世界がそういう法則であるから。
つまり迷宮が迷宮であると言うことはそういう摂理によって成り立っているということである。
世界が世界であることに疑問を持っても意味はない。世界はそういうものだからだ。
世界の法則を理解し解明することはできるかもしれないが、世界の法則がなぜそうなっているかを説明はできないだろう。
世界の法則は世界が斯く在るべしと作り上げるシステムなのだから。
「さて、聞きたいことはそこじゃねえんだよな? 迷宮主であるお前さんが神に成ったことによる影響だろう?」
「まあ、はい、そうです」
「ぶっちゃけなんも関係ないよ。迷宮と迷宮主は別に関係ねえからな。迷宮は迷宮主が作り上げた家のようなもんだ。迷宮主が家からいなくなっても家は残るし、迷宮主がどこかで仕事で成り上がっても家がどうにかなるわけじゃねえだろ? つまり別に迷宮主がどうなっても迷宮はどうにもなんねえ。心配するだけ無駄ってこった」
「……そうですか。それならいいんです。教えてくれてありがとうございます」
「気にすんな。たまに……前はそういうこと聞いてくるのもいたからよ」
昔、まだ比較的神に成る存在が多い時にはアズラットのように迷宮に関して話をするような機会もあった。
しかし今はそれがほとんどない。それを寂しく思い、久々の話で楽しく話すことができた。
彼にとってはそれだけで十分と言えることだろう。神の世界は基本的に面白みが少ないのである。
と、そんな感じにアズラットは迷宮の神から話を聞いてきた。
もっとも結局内容としては単純、そこまで深く考えんでもええよという話であった。
そもそも、元々自分の関わっていたところだからと言って神の関与できない下のことを気にかけても仕方がない。
今アズラットは神である以上、その力を振るう機会は基本的にはない。
やるべきことは自分が担当するべき仕事であり、今はそちらがちゃんと出来る陽に注力するべきである。
そういう話であった。




