320 神成活の終わり
「主様!」
「あ、アズラットー。どこ行ってたの?」
神の世界から神山の祭儀場へと突如現れるアズラットとネーデ。
シエラはやはりこの場では今まで通りの見え方である。
こちらから神の世界へ行く際の唐突さもそうだが、こちらに戻ってくる際もまた唐突な物だった。
一応アズラットがいなくなる際には少し何かあるようにアズラットは感じていたのだが。
「主様、大丈夫ですか!? 何か問題が起きていませんでしたか!?」
「だ、大丈夫だから……一応」
「クルシェ、アズラットに特に問題が起きたりはしていない」
「……本当ですか? いえ、そういえばネーデも消えてましたね」
「詳しい事情を話すから……とりあえず落ち着こうか」
「……はい」
ネーデと違いクルシェはアズラットのいる場所に行くことはできていない。
それゆえに混乱、不安が大きいのだろう。
しかしアズラットから話すと言われれば流石にクルシェも聞き入れるしかない。
それでもまだ不安、不信、何が起きたのかわからない未知への恐怖がある。
それを解消するために話すわけであるが。
「えっと、とりあえず……俺は神の世界に行ってきた」
「……どういうことでしょう?」
「そのままの意味だ。神の世界、えっと、アノーゼがいる場所……かな? あそこ、神山のあの祭儀場の祭壇は神に最も近い場所で、それゆえに神になる資格のある存在を神の世界へと引き上げるような役割がある、みたいな感じらしい」
「………………えっと、どういうことです? 主様が神の資格がある、ということですか? いえ、一応アノーゼ様の存在も知っていますし、神が存在することを知っています。ですが……いきなり神の世界と言われても……」
流石に神の世界に行くこと自体がクルシェとしては想定の外、考えられないような事態である。
それゆえにアズラットの話は嘘ではないと思っているが信じきることもできない。
アノーゼと言う神の存在を知ってはいるが、それでもまだ信じきれるようなものではない。
そんなクルシェだがアクリエルの方はあっさりそれを信じる。彼女は基本的に素直であるので。
「ふーん。凄いね! えっと、アズラットは神様なの?」
「……神になる、らしいな」
「主様が神様にですか……何と言うか、少し複雑ですね。こう、遠い場所の存在になったと言いますか」
「まだ神様じゃないよ。これから神様になるみたい」
「……主様がいなくなったのと同じでネーデもいなくなりましたが、もしかして?」
「ああ。ネーデも同じ場所に行った。もちろん俺と同じでネーデも神になる、ということらしい」
「……そうですか」
ネーデも神になるということで余計にクルシェは複雑な表情をしている。
クルシェは同じ場所に行けなかった……つまりクルシェは神になることはできないと言われているようなものだ。
つまりこのままいけばクルシェはアズラットと共にいられないのではないか、彼女はそう思うところである。
「それで、なんだけど。今俺とクルシェの間には<契約>による主従の契約があるだろ?」
「はい! ありますね……えっと、それがどうかしましたか?」
「いや、その契約が残っている場合、クルシェの意思にかかわらず俺の従者……眷属とかになるらしい。クルシェがどうしたいか、何を望んでいるかは知らないけどどうするかを聞いておかないといけないかなと」
「主様と一緒にいられるならそれ以上のことはありません! 眷属になれば神になった主様と一緒にいられるのですね!?」
「あ、うん」
「ならば私はそれを望みます! 未来永劫、この身をあなたに捧げ尽くすことを誓います!!」
「……わかった」
ずっと神の世界からアズラットを見続けていたアノーゼとは違う方向性でクルシェは危険な性質を持っているだろう。
狂信、妄信に近いアズラットへの忠誠ともいえる従者根性。
アズラットも流石にいろいろな意味で戸惑う。
そんなクルシェの様子をアクリエルもネーデも特に気にすることなく見つめていた。
しかし、クルシェ、アズラット、ネーデと今後のことが決まったことから次に話すべきはアクリエルの今後について。
アズラットは呑気にしているアクリエルに話を向ける。
「それで、アクリエル」
「なに?」
「アクリエルは今後どうするつもりだ?」
「んー? んー……わかんない。あ、でも私は戦えるならなんでもいいかな? あ、そういえばアズラットが神になったらどうなるの?」
「まあ、とりあえず俺とアクリエルは道を分かつ……別れることになるだろうな」
「そうなんだ。ふーん……まあ、それはしかたないのかな」
少し寂しそうだがアクリエルは別にアズラットに対してそれほど特別な感情を持っているわけではない。
ネーデ、シエラ、クルシェとは違いアクリエルは先祖の関係と村から離れる意図、魔剣を有する立場があるからこそついてきたようなものである。
ゆえに別れるしかない状況ならば、一緒に行く理由もなくともに行くこともないのであれば。
そうなったとしても別に彼女には関係ない。
彼女の生きる目的は戦いを楽しむために己の生を尽くすこと。
戦闘狂、戦狂い。その性質の強い人間性である。
「ただ、アクリエルの持っている魔剣は俺の物であるらしい。だからそれは返してもらわないと困る」
「えええええええ!? ダメだよ!? これ私の!」
「いや、そういうわけにはいかないらしくてな……」
「だって、これないと私あまり強く戦えないよ?」
アクリエルの強さの一因は昔から使ってきた魔剣。その強さありきである。
魔剣に頼りきりと言うわけではないが、彼女の強さの大きな要因である。
それが失われれば彼女の強さは格段に落ちることは間違いない。
それはアクリエルとしては困ることだ。
「でも、アクリエルが我が儘を言ったところでそういうものらしい」
「うー……ねえ、ちょうだい?」
「そういうわけにはいかなくてな……」
「主様。何か解決策はないんですか? 主様の物ですので返すのは当然だと思いますが、アクリエルとしても返すだけでは困るものみたいですし。もちろん返す以外の選択がないのであればそうさせますけど」
アクリエルとアズラットの話はどうにも解決策が提示されないため上手く進まない。
クルシェが何か解決策がないのか、と問いかけてきてアズラットはようやくそれを提示できる。
ただ、アズラットとしてはアクリエルの人生、これから先を束縛するような解決策であるためどうにも迷うところではあった。
ゆえに自分からは言い出しづらく、クルシェが言ってきてようやくアズラットは言い出すことにしたものだ。
「ないわけじゃない……えっと、クルシェのように眷属になればいい、ってことらしいな。俺の眷属だから俺の所有物である武器を使っても問題ない……まあ、どちらも自分の派閥みたいなそんな感じだからだろう」
正確にはクルシェのような眷属ではなくシエラのような眷属、所有物である魔剣に付属する存在としての眷属だ。
完全に従者として在るクルシェとはまた少し違う系列だ。
まあ、結局は眷属であることには違いない。
「んー……その眷属って戦いできるの? 戦っていいの?」
「……えっと」
「あ……その、神は基本的に死ぬことがないらしいので、身内なら自由に戦ってもいい、神の中に戦闘好きな神がいるのでそちらに渡りをつけて戦ってもいい。主様に従うならそういう機会もある……アノーゼ様から」
<神託>による伝言である。
アズラットの行動をアノーゼは常に見届けているので会話の内容もある程度はわかる。
アクリエルを懐柔するならば戦闘関連のことを託るのが一番だと判断しクルシェに伝えたようだ。
そしてその内容にアクリエルの反応は劇的である。
「なるっ! 眷属なる!」
「……いいのかなこれ」
「いいんじゃないですか? アノーゼ様が嘘をついているとも思えません。それに……なってしまえばもう遅いですから」
にこりと黒いことを言うクルシェ。
事実かどうかであるに関わらず、アクリエルが眷属になればそれを覆すことは無理だろうという考えである。
「まあ、いいならいいけど……って、そうなると……神になった場合、こっちに戻ってこれるかは怪しいよな? 家族のことはどうする? 母親がいるだろ?」
「おかーさん? んー……お別れしないといけないかな」
「……そんなあっさりでいいのか?」
「いいの。育ててもらった恩返しはしたいかもしれないけど」
アズラットについていくことが決まった時点でもはや別れは必定の物として考えられている。
ゆえにわざわざ最後の挨拶をしなくてもいい……のだが、そこは本当の意味での永遠の別れになるようなことだ。
それに神になる……というのは少し想像外想定外の事象だが、そういう関係に進むわけであり、それに関しても話したほうがいい。
内容が信用できるかどうかはともかく、伝えることは重要である。
「一度、話してこよう……って言っても、場所が遠いんだけど」
「あちらの大陸ですからね……」
「別にいいんじゃない? 今すぐ神にならなければいけないわけじゃないし。私もアズラットと旅をしてみたかったし」
「んー、じゃ行こ! 戦いしたいー!」
『……私がみんなと話せるのはまだ先かな』
『ああ……シエラは……我慢できるか?』
『ん……できるよ。これで最後かもしれないし、一応一緒に旅はできるし。私はそれでいいかな?』
『そうか……』「とりあえず話は決まったし、アクリエルの母親に挨拶に行くか。その後はここに戻ってくる」
そういうことで話は決まり、アズラットたちはアクリエルの母親に別れの挨拶をするために旅へと向かう。
「と、そういうことがあってここに来るのが遅れたわけなんだけど」
「いえ、別にいいですよ? 放っておかれるのはとっても辛かったですけど、皆さんの最後の地上の旅ですから。満足してこちらに来られるよう充実した旅ができたならばそれで私はいいんです……ええ、いいんです…………!」
「全然よくなさそうですね……」
「クルシェもよく来てくれましたね。加護を与えて、<神託>でも伝言したりと話をしましたが……会うのは……初めて、ですね」
「はい。初めましてアノーゼ様。主様……アズラット様の従者として、誠心誠意頑張りますのでよろしくお願いします」
アノーゼはクルシェの反応に少し寂しそうだ。
記憶を取り戻しアノーゼと過ごした事実を思い出したアズラットに対し、クルシェは以前の記憶はない。
それゆえに、アノーゼが彼女に対して抱く感情、想いを知り得ない。
アズラットはそんなアノーゼを少し不憫に思った。
もっとも、クルシェは普通のこの世界の住人寄りの存在であるためしかたないのだが。
「それで、アクリエル……ですね」
「はーい! えっと、神様?」
「はい、そうですよ。よろしくお願いしますね」
「よろしくー。えっと、強い? 戦っていい?」
「後にしましょう。とりあえず先ず交流でお互い、みんなのことを知ってからいろいろとしましょうか」
「うー……しかたないかなー」
アクリエルはいつも通り、戦いに関してのみ考えている様子である。
ぶれない、変わらない。まあそこが彼女の良さなのかもしれないが。
「ねえ」
「はい。なんですか?」
「アズラット、この姿にしかなれないの? ここに来た時最初からこれだけど」
「これ言わない……そういえばスライムの姿だった気がするけど」
神の世界に来る際アズラットの姿は自然と<人化>した姿になっている。
別にどちらの姿でも問題ないので気にはならないのだが。
ネーデはどうやら結構気になっている様子である。
「元の姿に戻ることはできますよ。人の姿をとらなければならないというルールは神になるための必要な条件です。人の姿になれる現在であれば普段どういう姿でここで過ごしても構いません。まあ、できれば誰か余所と対応する場合は人の姿をとって対応してもらいたいところではありますけどね」
「わかった。ならいいってことだね? ならアズラット、元の姿に戻って」
「え……? いや、まあ……」『(いいけどさあ)』
ネーデに言われて元の姿に戻るアズラット。
そんなアズラットをネーデは抱きしめ、頭の上に置く。
『(……ネーデ?)』
「いつもの。うん、やっぱりこれが一番……慣れた感じで落ち着くかも?」
『(別に今はこういうの必要ないと思うんだけど。普段過ごすのにこれ必要か……?)』
ネーデは久々にこうしたかった、と言う感じだったようでアズラットを頭の上にのせて満足している。
「わ、私もいいですか?」
「……アズラット?」
『(ん。よっと)』
「あ……なんというか、私はあまり馴染みがありませんが、いいですね……」
「アズラット、私はこっちでー!」
「モテモテですねえ……アズさん凄くモテモテじゃないですか……?」
『(……なんというか、複雑だ。スライムって人気あるんだっけ?)』
なぜかスライムの姿の時にちやほやされるというのに少し複雑に思うアズラットである。
もっとも本人は基本的に恋愛感情を含め人間的な欲求をもたらす方面の感情は薄い。
共にいる彼女たちが満足するならばそれでいいか、程度に考えている。
と、そんなふうにアズラットはスライムとしての生から神として生きる道へと達した。
神の役割は世界の管理、あるいはそれにかかわる分野で物語として語られることではない。
彼のたどる運命、物語としての神に成る物語、神成活のお話は終わりを迎えたのであった。




