319 到達者の話し合い
「アズラット! こんなところにいた!」
「え? あれ? ネーデ?」
神の世界、そこでアズラットはシエラを伴いアノーゼからいろいろ話を聞いていた。
そうしているといつの間にかその世界にネーデが来ていた。それにアズラットは驚く。
「いきなりいなくなったから心配したよ?」
「……それはごめん。あ、クルシェやアクリエルは?」
「え? 確か……アクリエルは驚いたかな? クルシェはとっても心配そうにアズラットのこと呼んでたけど」
「あー……なんとかできないかな」
どうやら下、祭儀場として存在する最も神に近い場所、その祭壇にいたアズラットはその姿を消したようである。
その結果クルシェが大騒ぎをしており、ネーデもアズラットがいなくなったことを気にしていたようだ。
そしてネーデがここまで追ってきた……というのは半ば偶然に近い。
「彼女もアズさんと同じで条件は満たしています。<神格者>を有していますし、アズさんと同じようにあの祭壇まで来ました。こちらに来ることのできる条件は整っていたので自動でこちらへの道が通じたのでしょう」
「……そういえば<神格者>はネーデも持っていたのか」
「はい」
「……誰?」
「流石にその反応は酷いと思います。まあ直接会ったこともないのでそういう反応になってもおかしくはないですけど……クルシェの方ならまだちゃんと敬った反応をしてくれそうですけどね。ネーデ、あなたは私と話したことがあるでしょう? アノーゼです」
「……へー。そうなんだ」
凄くどうでもよさそうにネーデはアノーゼに答える。
はっきり言えばネーデにとってアノーゼはどうでもいい存在である。
一応ネーデはアノーゼに対しての恩があるはずなのだが、本人は全く気にしている様子がない。
あるいは忘れているのか……彼女の思考、その真っ直ぐな考え方ならばあり得なくもない。
目的のため、目標のため、アズラットのパートナーとして相応しい実力を持ち、それを得るために努力した。
そしてそれを得て、ようやく相応しいところまで行ったと思ったらアズラットと会えなくなった。
しかしどうにかする手段を得て、それを行使し、その結果アズラットと会えるようになった。
あとはアズラットに会いに行くだけ、草の根をかき分けてでも探し出す、そのためにあちこちを巡った。
真っ直ぐと言うか猪突猛進と言ってもいいくらいに思考が単純、極端なものである。
それゆえに<神格者>を得られるくらいに強くなったというのならば決して悪いことではないのかもしれないが。
「……はあ。まあ、あなたがそういう子だっていうのはわかってます。こちらから連絡しようと思ったら復活直後にもうアズさんを探していなくなって、探すのも大変で面倒だからクルシェに頼むしかなかったんですよ? あなたがいればもうちょっと早くアズさんの誘導ができたかもしれないのに……まあ、そうなった場合神意の指環の回収ができたかもわかりませんし、魔剣を持つアクリエルと出会わなかった可能性もあります。そのあたりは一度経過した運命の流れもありますから何とも言えませんが……そうです、ネーデは確か今回の運命で初めて出てきた存在……前回の経過とは別の流れを通ずる可能性もあったと考えると、下手に干渉することにならなかったのはいいことなんでしょうか?」
ネーデは前回のアズラットでは出会うことのなかった存在である。
シエラの年齢や、クルシェの経験したことなど、今回の運命、世界の状況は前回のアズラット通った道と変わっていることも多い。
そもそもアノーゼがアズラットに干渉するという行為自体が大きな変化なわけであるが。
「ネーデちゃん!」
「……誰? ううん、見たことはあるよね?」
「初めまして! シエラです! アズラットの指輪に宿っている……憑いている? えーっと、幽霊みたいなもの? かな? えっと、なんて言ったらいいんだろう……?」
「シエラはシエラでいいと思う。まあ、あまり気にしないでいいんじゃないかな? えっと、ネーデ、シエラと仲良くやってくれるか? なんというか、シエラは普段があの普通は見えない声も聞こえない姿だから、友達もいないし話せる相手も少ないんだ。ここならそれが解消されるみたいだから……」
「うん、いいよ。シエラ、よろしくね」
「うん、よろしく!」
「いい友情展開ですね……さて、個々の事情に関してはさておき、話し合いと行きましょう。今後に関しての」
「……今後と言われても。具体的に何があるんだ?」
別段目的もないアズラットにとって今後の話と言われてもどうにも困る話である。
神になったと言う話をされても困るし、かといって下に戻され今後どうするかを問われても困る。
一応人の姿を獲れるようになったので人里で人間に近い生活をしてみるのも一興、とは思っているがスキルの関係でどこまで叶うかもわからない。
アズラットは元々が魔物であったためか、どうにも人間的な生を謳歌するうえでの目標が思いつかない。
スライムであるため年を取らないし、食事も別に味を特別感じるわけでもない。
金品に対する欲も薄いし性欲も基本的にない。
人間が生きるうえで目的、目標を定めるうえで欲求が必要になるが、大本がスライムであるアズラットはその点に関してはかなり薄い。
だからこそ世界を旅する中で人生の目標を見つけるというのも内容の一環に含まれていた。
そして今やアズラットは神、永遠の命、永遠の生を持ってしまうような立場にある。
もちろん厳密な所は今の所アズラットもよくわからず、アノーゼが言っていることを信じるならばと言う話だ。
「アズさんとネーデには神になってもらうというのが今後の流れです」
「……やっぱりそういう感じなのか?」
「……神? ちょっとよくわからないんだけど……何を話してたの?」
ネーデは途中からの参入であるためいきなりな話になるためよくわからないと言った感じである。
そのためアノーゼが一から話を開始する。
「この世界に生きる者は力を得て、その結果神へと至ることがあります。まあこの辺りの情報は普通は持ち得ないので誰も知らないでしょう。仮に知ったところで信じられないか、あるいは情報が一部で秘匿されるか……そもそもこちら側からも話さないように言明することもあるかもしれません。アズさんやネーデでは特にそういうことはありませんでしたが、そのあたりは今回は特に厳しくはないのかもしれませんね。そもそも神になるということ自体が極めて……と言うほどではありませんが、この世界においては比較的難易度は高くありません。強く、強く、ひたすら強くなり既定のレベルを超えること、<神格者>と呼ばれる称号を得ることを一条件に、アズさんに来ていただいた神に最も近い場所……その系統の神格に至るために用意されている舞台に上がることで神になることが可能、というのが現在のこの世界における神格への格上げ規定です。アズさんの場合は前回の結果も色々な意味で大きいのですが……」
「とんでもない話だな……」
「……? よくわからないけど、私は神様になれるってこと?」
「大雑把に言えばそういうことですね。というより、ここに来た時点でほぼ神になることは確定です」
「ええ? それ酷くない? っていうかここに来いっていうのはアノーゼが指示を出しての結果だよな? それっていいのか?」
「アズさんは特殊ですので、アズさんに限ってはいいんです。私の場合。その権限を持たされているので。さっきも言いましたが、前回のことがあるゆえのものです……一度神になった以上、多少はそういう点を配慮しなければいけないんです。アズさんが道半ばで死んでしまえば必要もなくなったのでしょうけど」
アズラットは前回の世界において神になった。
厳密に言えばその資格は有していないが、特殊な形で神へと至った。
しかしそれが許容されないからこそ、世界の再構築の際にやり直しになった。
しかし、神になったというのも事実である。
それゆえにアノーゼの干渉が許容されていた。
もちろん一定のルールは存在して、の話だ。
仮にアズラットが死ねばそれはそれで一つの命の終わりとして処理されたことだろう。
「まあ、つまりはお二人には神になっていただくということになります」
「……私はどうなるの?」
「シエラはアズさんの眷属と言う形になりますね。神意の指環は前回のアズさんの回収物で、アズさんが保有したまま神格に上がったので神の所有物、神の一部と言う扱い何です。それに取り込まれ囚われ憑いている霊体……いえ、意思の残滓ですね正確には。それがここまでアズさんに有されたまま来た、神へと至るアズさんと一緒にあなたもこちらに来たわけですから、神に等しい、神に付属する存在となる。ゆえに眷属として扱われます。あなたにとってはありたがいことに、ずっとアズさんと一緒ですよ」
「そうなんだ……それは嬉しいかな」
アズラットに対するシエラが持っていた想いの残滓、集合したものが今のシエラである。
アズラットと一緒にいたい、過ごしたい、そう思っていた気持ちの集まり。
一緒にいることで解消と同時により高まった想い。
そして指環に宿りながらこの世界に来たことでその存在が確立されてしまう。
消えることのない、アズラットへの想いとして。
それゆえに彼女は神の立場からするとアズラットの眷属と言う存在になる。
一種の精霊のようなもの、と言うところか。
「それで、ネーデですけど」
「私はアズラットのパートナー」
「……そうですね、あなたはそれを譲ることができないでしょう。それをわかっていますので、あなたはアズさんと同格、同輩の隣り合った神格とします」
「え? 何かこっちに断りなく決まったんだけど……」
「言っておきますが、アズさんは私の眷属……部下? そんな感じの立場です。私はアズさんの直上にいる立場ですので、アズさんは私の言うことを聞かなければなりません。一応監督した立場ですし、アズさんへの干渉権限もあると言えばありますし、あれです。他の誰かに渡す気もありませんから」
「自重しろストーカー天使!!」
アノーゼのアズラットへの想いは前回のアズラットからの継続……今のアズラットが生まれるまでの時間もずっと抱えてきた物である。
世界が再構築され、世界の始まりから今の時代に至るまで……何百年どころか何千何万、へたをすれば何億年だろうか。
一応この世界は神の干渉のある世界であるため、生命が生まれるまでの時間、育ち成長するまでの期間はそこまでのものでもない。
それでも……昔話のことを考慮すれば少なくとも何千年とアズラットの存在を待っていたことは間違いないのだろう。
それだけの間、彼女はアズラットへの想いを抱えていた。
シエラの抱えた思いの時間など目ではないほどに。
ゆえに絶対にアズラットをよそに渡す気はない、と言うのが彼女の心情だ。
たとえそれがネーデであっても、クルシェであっても、シエラであっても。
しかし、彼女らの気持ちもアノーゼは考慮する。だからこそ、ネーデもシエラも許容する。
クルシェは前回に関与があったゆえに既に受け入れている。そもそも加護持ちである。
「と、そういうことですので今後は私の指揮下です……と言っても、別に無理に神の仕事をやれとも言いませんが」
「あ、そうなの……」
「だって神の仕事と言われても分かりませんよね? 世界運営、できます?」
「無理」
「…………まあ、いきなりやれと言われてできるわけがないか」
「でしょう? ですからしばらくずっと学習期間ということで皆さんで遊んでいてください。せっかくですから私も含め交流の期間を持ちたいですし」
「学習じゃないのっ!?」
「急いでも仕方ありませんし、別に神も仕事以外は割とのんびりしたものです。むしろ退屈しのぎをどうするか考える方が忙しいくらいですし。仕事さえ忙しくなければみんなそんなものです。マルチタスクも何のその、三百六十度に眼がついているような人ばかりですよ?」
最大の要因はアノーゼがアズラットと遊んで過ごしたいのが原因だが。
「……まあ、神様に関しての話はそこまででいいでしょう。あとはあなたたちの関係者の問題です……いえ、ネーデは関係ないのでアズさんの関係者の問題ですか」
「え? 俺の関係者……ああ、クルシェか」
「アクリエルもです。アクリエルに関しては魔剣さえ返してもらえば縁は切れますけどね。彼女がそれを許容するかは……」
「怪しいな……」
アズラットが神に至るうえで残った問題はアクリエルとクルシェ、こちらに来ていない下へと残してきた二人である。
アクリエルに関しては前回のアズラットが回収し神の所有物、一部として扱われる魔剣さえ回収すればそれでいい。
しかしあの魔剣を最も使用し、もはやほとんど自分の物として扱っているそれを返してもらえるかと言えば怪しい。
もちろん最終的には返さなければいけないことになる。
神へと至ればこちらと下との縁は切れる。魔剣の回収は必定だ。
仮に、アクリエルが絶対に魔剣を手放す気がないと言うのならば……彼女もまたこちらに来るしかない。
ただ、ネーデのようにではなく……シエラのような眷属として、だ。
それを許容するかどうかは彼女次第だろう。
一方でクルシェはどうするかがアノーゼの中では決まっている。
アズラットとしてもどうするかに関しては確定していると言ってもいい。
クルシェはアズラットと主従の契約をしている。
この時点でアズラットとは上下関係が決まった立場にある。
また契約を通し、アズラットが神に至ることで自動的にクルシェの格上げも決められていると言っていい。
これを拒むには主従契約そのものを解除するしかない。
それに関してアズラットは一応聞いてみるつもりはある。
もっとも、クルシェがアズラットと主従関係を結んでいるのは本人的にも望む所。
神になるアズラットについていく道を選ぶことが予測できる。
つまり今の所問題としてはアクリエルがどういう選択をするか、だろう。
魔剣を取り上げることになるのか、あるいはアズラットの眷属となるか。
「まあ、そのあたりに関しては聞いてみないとわからないな」
「そうですね」
「決まった?」
「えっと、どうするの? 二人に話すって言っても……あ、確か<神託>でお話しできるんだっけ……?」
「いえ、お二人……シエラも含め、三人は一度下に戻ってもらいます。まだ二人とも厳密に神格に格上げされているわけではありませんので、まだ下への干渉はできますから。ちょうど二人もそこにいるわけですし、ちゃんと話し合って今後のことを確定させてください」
「……わかった」
そういうことでアズラットとシエラ、ネーデは神の世界から元居た神山の神に最も近い場所の祭儀場まで戻ることとなった。
いろいろと面倒な話、話しても普通は信じられるようなことではない事情を携えて。
まあ、クルシェとアクリエルは恐らく疑いを持つようなことはないが、それでも面倒な話には違いない。




