318 神へと至る道
『(っと……とりあえず周りにあった死体は片づけたけど)』
「全部アズラットが食べちゃったね」
「……あらためてスライムの便利性を垣間見た気がします」
『スライムはゴミ掃除に使ってたなあ……あ、アズラットにも……ああ、確かそんなことをしたような……』
『いや、シエラ、そこは気にしなくていいから。別にゴミとか何食べても平気だからあれ、気にしてないから』
かつてシエラはアズラットにゴミを食べさせたという記憶がある。かつての遠い昔の記憶である。
今のシエラ本人ではないし、当時のアズラットはただのスライムという認識であり、有用性を示すうえでも重要だった。
そもそもシエラが望んでと言うよりは周りの目が合ったからこその行動でもある。
当時幼い時分であったシエラに責任はないだろう。多少は気に病むかもしれないが。
「ねー? 片付いたけどどうするのー? 戦おー?」
「戦わないから」
「戦いませんからね? えっと……」
魔物の死体も含め、祭儀場である神に最も近い場所の状況はある程度改善された。
幾らか荒れてた痕跡は残っているものの、流石にそこまでどうにかできるほどこの場にいる者に技術力はない。
元々の管理を行っていたのはエルフたちなので後は彼らに任せるべきだろう。
そういうことで一応の片づけを終え、次の<神託>を待つ。
<アナウンス>があればすぐに話ができたのだが。
別にアズラットたちはアノーゼの指示がなければいけないというわけではない。
この世界に生きる存在として自由がある。
ただ、アノーゼとはいろいろな形での関わりがそれぞれにはある。
アズラット、クルシェ、ネーデの三者には。
それは友人に近いような関係であったり、恩恵を受けた相手で会ったり、この時代に連れてきてもらったり。
そういったこともあり、とりあえず話を聞こう、何か目的があるのなら多少は手伝ってもいい、みたいな感じである。
特にクルシェは相手が神ということで信仰的な理由もなくはない。
アズラットとネーデはそのあたり気にしないのだが。
「……主様が、祭儀場の中央、祭壇の中央へと向かうように、ということらしいです」
『(俺? まあいいけど……)』
言われた通り、アズラットはこの場所における儀式的な祭儀場の祭壇中央へと向かう。
祭壇と言っても色々な意味で広い、何かの舞台のようなものである。
そこにアズラットは移動した。
『(来たけど……これで一体何が)』
と、そこまで言ったところでアズラットの意識が光に飲まれる……本人はそう感じた。
「あれ? ここどこ?」
「神の世界です! アズさん!」
「え?」
雲の上のような、あるいはどこか真っ白な、何かあるようで何もない世界。
そして目の前にいるのはかなりの美人の女性である。
それもアズラットのことをアズさん、と呼ぶような女性。
自分をその呼び方で話しかける相手の心当たりはアズラットには一人しかいない。
「……アノーゼ?」
「はい! ようやく、ようやくここまで来てくれましたねアズさん! 私大歓喜です! 色々な意味で今回は不安も多かったです。そもそも前回自体が偶然ここまで到達したようなもので! 運命的なあれがあったのかもしれませんがそれこそ神も見定めぬ奇跡のようなものですし! あるいは物語でしょうか? まあ、なんでもいいですね! どうでもいいです! ようやくアズさんと一緒にいられるんですから!」
「うお……っていうか、あれ? いつの間に人の姿に……」
「スライムの姿にも戻れますよ! でもここではなるべく人の姿をとってくれるとありがたいですね。神は人に似て、人は神に似る。人は神が作りし己の似姿であり、神は人の作りし偶像なりて己の似姿とする。神として在る以上、人の姿をとれる必要がある……そういうルールであるらしいので、アズさんはなるべく人の姿でいてもらうとありがたいです」
「……いきなりだなあ、っていうかこう、抱きしめるのやめない?」
いきなり抱き着かれたのでアズラットも色々な意味で戸惑っている。
女性の体の感触をはっきり感じているのも戸惑いとしては大きい。
今のアズラットはスライム、精神的に人間的なものではあるものの感覚としてはスライムなのでその手の欲求はかなり薄い。
それはアズラットが感じる感触がスライム的な感覚だったのも大きい。
しかしこの場において人に近い感覚をアズラットは得ている。
それゆえにアノーゼに抱き着かれていることにかなり感覚的な戸惑い、むず痒いものを覚えるのである。
そもそもいきなり抱き着いてくるのはどういう了見なのか、と思うところでもあるが。
そこはアノーゼのアズラットへの想いゆえか。
なぜなら彼女はずっとこの世界にアズラットが来るのを待っていたのだから。
「わかりました」
「え? 結構あっさりだな」
「ええ。私としてもアズさんを放すのは嫌ですが、この状態ではまともに話もできませんので。それにここまで来た以上、アズさんの確保完了していますので」
「……その台詞怖いんだけど?」
少し精神的に病んでいる人間が発するような言葉……まあ、ストーカー気質な彼女の発言としては間違っていないかもしれない。
「詳しい話をする前に……っと、これです」
「……それは?」
「アズさんの以前の記憶です。アズさんはこの世界で目覚める際、以前の記憶はありませんでした。持っているのは知識、己の中に刻まれた記録だけだったはずです。自分が何者であるか、明確にわかることもなかったはず」
「……まあ」
迷宮主として目覚めた時、うっすらと自分の存在に関しての自覚はないわけではなかった。
しかし、自分のすべて、その記憶の在りどころ、己は一体何者なのか。
そこまでは完全にはわかっていない。
かつてのアズラットの記憶、精神、それをアノーゼは預かっていた。
それを彼女はここでアズラットに返す。
「…………」
不安はある。今のアズラットは記憶を失った状態から精神的に成長した存在。
それが記憶を取り戻すとどうなるのか。
元々の自分が精神をもっていかないか。
そもそも記憶を取り戻した場合の自分は本当に自分自身なのか。
そういった点において不安はある。しかし、戻さないという選択もない。
元々アズラットが迷宮を進んだり旅に出たりするのは自分が何者であるかを探す自分探しも理由の一つだった。
別に誰かが知っているとも思ってはいなかったが、旅をしている間に記憶が戻らないかという考えで行動していた。
結局戻ることはなかったが、ここでその記憶が得られるということである。
「………………不安ですか?」
「まあ」
「アズさんはアズさんです。記憶を失っても、本質的には変わりありません。性格的にはちょっとした理由があって変えられてましたけど」
「ええ……」
「だから、大丈夫です……と言っても、やっぱり不安ですよね。いらないなら、それでいいんです。本来のアズさんの力の欠片は私が世界が終わるときまで保管しておくだけですから」
「返せ。流石にそれはいろいろな意味で怪しい」
このアノーゼの発言はストーカー気質の素なのか、それともアズラットのためを思ってなのか。
ともかく彼女の発言が発破となりアズラットは記憶をアノーゼから取り返す
そして己の中に取り込んだ。
「っ………………」
「…………アズさん。それとも、スラさんの方ですか? どちらが……」
「……どっちでもある、が正しいけど。ベースはこっち、アズラットの方だな」
「そう、ですか……」
本質は変わらない。
どちらの性格、性質が表面に出ていてもアズラットがアズラットであることに変わりはない。
しかし、縁、よく知っているのはどちらであるかと言われればアノーゼの場合以前のアズラットである。
取り込み、どちらが現れるかで出てきたのは今のアズラット。
かつてのアズラットは消えた……それは彼女にとっては少し寂しく思うことであった。
「残念か?」
「いえ……いえ、残念は残念ですが、アズさんが悪いわけでもありません。それに、どちらもアズさんであることに変わりはありません。どちらのアズさんに対する思いも私の中では正しい物ですから」
「そうか」
「それで、今の状況はわかりましたか?」
「…………神様になった、ってことか。っていうか<神格者>はそういうものなんだよな。神に至ることのできる資格」
「私がアズさんに<神格者>をあげた時はまだスキルでしたが……今は業の方になっているものですね。私が付与するような例外でもあまり望ましいものではない、とレベルと条件で得られるようになったものです。迷宮主とはほぼ被りの業になりますが……まあ、細かい話は置いておきましょう」
「…………っていうか、神になったからなんだっていう話なんだけど」
いきなり神になった、と言われてもアズラットにとっては微妙な所だ。
もともと何を目的にして活動していたわけでもない。
それゆえに神になろうとも特にやるようなこともなく、どう過ごせばいいのか戸惑う。
世界を見て回る、強くなり簡単には死なないようになる、目的が今の所アズラットにはない。
クルシェを探していたことや、クルシェが受けたアノーゼからの伝言に従ったのも極論を言えば目的も何もないからだ。
「まあ、それに関してはおいおい話しましょう。そもそもこちらとしてはアズさんを神の座にあげて愛でるのが本来の目的で……」
「おのれアノーゼ」
アノーゼの目的はアズラットを以前のアズラットと同じようにすること、である。
もちろん完全に同じになることは期待していないが、そういう意図があったのは事実だ。
最終的にはこの神の世界まで来て神になってもらう。
そのためのお膳立てとしていろいろと支援、手伝いをしていた。
アズラットだけではもしかしたら何か罷り間違って死ぬかもしれない。
以前のアズラットがたどった物語、運命と呼ばれるものがあってもそれは確実なものではない。
実際ネーデと関わりを持ち、今この世界この時代にシエラとネーデとアクリエルという以前は存在しなかった関係者がいる。
それはアノーゼにとっては予想外予定外の物だ。
クルシェ以外はできれば排除しておきたかった、という本音がある。
「ところで……出てきませんか? そこにいるでしょう?」
「……き、気づかれてたの?」
「あ……え? シエラ? あれ、ってかここまで来て……ああ、指輪にいるから。っていうか、体?」
「ここは神の世界。神になった……まあ、まだ厳密には神格として成立はしていませんが、この場にいて神になるアズさんに"付属する"存在として、神意の指環に宿る彼女もその存在を成立し得ますから。いわゆる神の眷属とかそういう感じになりますね。だからこの世界においては実体を持てるんです」
「そ、そう…………なの? ア、アズラットー!」
「っと……なんか、こう、前はスライムで抱かれてたから自分が抱き留める側になるのは、こう、うーん、何といえばいいのだろうか……」
触れることはできても触ることはできないシエラがようやく普通に触れ合うことのできる状況。
親愛を抱くアズラットに対し、幼い子供の頃の姿で飛び込む。
かつてとは逆転したその状態にアズラットは戸惑った。
まあ、抱き留めて頭をよしよしと撫でるくらいはなんとなくしている。
妹、あるいは娘、家族がいればこんな感じだったろうかと。
そもそもアズラットに家族がいたような記憶もないのだが。




