317 神前整理
「とりあえず改めて自己紹介をしましょうか。主様はよく知っていらっしゃるようですが、私はあなたのことをよく知らないので」
「……いいよ」
クルシェがネーデと対峙している。
彼女にとってどこかネーデは対敵のように感じられるようだ、
なんというかどこか対等な、自分の立場を脅かしかねないようなそんな雰囲気を感じているらしい。
そしてネーデもクルシェもお互いのことをよく知らない。ゆえに対話を、ということだ。
そもそもネーデ自体いきなり現れたこともあり現状どういう目的なのか、何故ここにいるのか。
そういったことを改めて話そう、ということになる。
「じゃあ、アクリエルも一緒に……」
「……アズラット、その姿?」
「え? ああ、最初に合った時もそうだけど、<人化>のスキルでこの姿になっているだけだけど……」
「私はあのスライムの姿の方がいいと思う」
「ええ……? いや、話すのにいちいち<念話>を使うのもって思ってるから……」
ネーデはアズラットが<人化>した姿をしているのはあまり好きではないらしい。
彼女にとってアズラットと一緒に過ごしたのはスライムの姿での話。
彼女にとってアズラットはスライムなのだろう。
別に今の姿を彼女は否定しているわけではないが、どちらかというとやはりスライムの姿であってほしいと思っている。
ただ今回においては<念話>でいちいち会話するのが面倒、手間、雰囲気の問題もあってアズラットは人の姿をとっている。
「そうですね……確かに主様はあのスライムの姿の方が正しいような気もしますが」
「クルシェもそういうのか……」
「アクリエル……は、あまりスライムの姿の主様を知りませんからこちらの方が普通でしょうか?」
「んー? よくわかんないけど、私はどっちでもいいよー?」
「………………じゃあ今の姿でいい。でも後で戻って。前のように頭に乗ってもらう」
「……まあいいけど」
「む……す、少し羨ましいです」
「ええ……?」
どこかずれたネーデとクルシェの感覚、反応。
一方はずっとともに過ごしたパートナーで、一方は従者としてその身をささげた存在。
ある種アズラットという存在にずれた、捻じくれた信頼があるようで、それがこの微妙な意見を出しているようだ。
そんな彼女たちのよくわからない話はともかく、アズラットは本来の話に戻す。
「とりあえず自己紹介だろう? えっと、俺は」
「主様は皆よく知っていると思うので。私、ネーデ、アクリエルの三人を改めて、ということにしましょう。私は別にアクリエルのことを聞く必要は特にないですが……」
「私はいる。二人とも誰なのかよく知らない」
「はい。私とアクリエルのこと、そしてあなたのこと。話すのはこの二者について、ですね」
クルシェとアクリエルはある程度情報が行き渡っており、お互いのことそれなりに知っている。
ネーデは両者のことを知らない。両者はネーデのことを知らない。
話し合いをするのはその二陣営で、ということだ。
「じゃあまずは私から。私はネーデ。冒険者……今は元冒険者? アズラットと一緒に竜生迷宮の攻略をしていた冒険者。実力が足りないからアズラットと別れて、修行して、その結果<神格者>の称号を貰った。それでアノーゼからアズラットのことを聞いて、竜生迷宮だった場所でアズラットが起きるまで眠ってて、起きてからはアズラットを探してた。それでここまできてようやくアズラットを見つけて、あの虫を倒すのを手伝った。そんな感じかな?」
「……人間なんですね。感覚でわかりますが……まさか本当に人間だとは。いえ、<神格者>ということは神の一種なのでしょうか? しかし、あの方から話を聞いて……?」
「別に細かいことは気にしなくていい。私はアズラットのパートナーとして鍛えて、それで追いついたからここまで来た。それだけ」
「…………パートナーですか」
「強いよね? 凄く強いの、さっきのでわかってるよ! 戦いたいなあ……」
クルシェはネーデの存在自体に少しむっとした感情を抱く。
これはクルシェが従者を自称する立場だからだろう。
いや、厳密には自称でなく従者であるのは契約において正しいのである。
まあそういう点ではネーデもまたアズラットと契約をしているが。
「そっちは?」
「私はアクリエル! 人魚だよ」
「……人魚?」
「うん。水がないから人魚に戻らないけど、人魚だよ! 海で過ごしてたの!」
「…………そう」
アクリエルはネーデとしては特に気にするようなところはない。
わりと素直で単純にアズラットについてきているだけの存在だ。
彼女がアズラットについてきている魔剣の所有の問題、住んでいた所から追い出された一因である。
特別クルシェやネーデのような縁や感情の類はなく、過去先祖がもらった恩の恩返しも兼ねたものである。
「……それであなたは?」
「私は主様……アズラット様の従者です。<契約>で従者の契約をし、同じ神からの恩恵と言える称号を持ち、私自身主様に救出していただきその恩を返すためにこの身すべてを捧げ奉公することを選んだ立場です」
「……そうなんだ。あなたもアズラットに助けてもらったんだね」
「……そちらもですか?」
「うん。ゴブリンに捕まって……あの時はとても弱くて、アズラットに助けてもらって、アズラットと一緒に成長して……懐かしいなあ」
「………………凄く、悔しいですね」
クルシェがアズラットと過ごした時間は長さとしてもそれほどではなく、また内容の密もない。
迷宮の攻略という形でその成長を共にしたネーデと比べれば全然である。
そういう点では確かにネーデはパートナーと言ってもいいくらいの存在なのだろう。
息もかなり合っている。
「…………こう、自分が関係ないところでの自分の話を聞くのは恥ずかしいな」
『でも、私はいろんな人から見たアズラットの話が聞けるからうれしいよ?』
「シエラはあの中には参加できないからな……そういえば。ネーデ、ネーデはシエラのことが見えるか?」
「シエラ? 誰? その子供?」
「シエラも見えると。クルシェとシエラは契約があるからか……? アクリエルはそういうのがなくて魔剣を持ってるだけ、だしな」
指輪に憑いている存在であるシエラはどうやらネーデにも見えるようである。
ただ、やはり声を聴くことはできないだろう。
そういう形で自己紹介……というほどでもないが話を終え、そもそもなぜここに来たのかの話にアズラットは話を変える。
「それで、神山に来たわけだが。そもそもここに来るように言われた理由は……」
「あ」
「今、<神託>が……」
「何と都合のいい……」
アノーゼはずっとアズラットの姿を見ている……それは<アナウンス>の消えた今も変わりがない。
ただ、<神託>はそこまで自由の効くスキルではないためいつでも連絡を取れるわけではないのである。
ちょうど今この時に<神託>が来たのは状態が落ち着き、それができる状態になったからである。
とはいえ、ある程度<神託>を行う時を狙っていたというのも事実ではあった。
だから都合がいいといわれてもしかたがない。
「うるさい」
「ちょっと!? アノーゼ様は神様ですよ?」
「私は別にあまり関係ない。アズラットが起きるときまで眠らせてもらったけど、それくらいだから」
「……尊敬とか、そういうのはないんですね」
一応恩は受けているはずだが、ネーデにとってはアノーゼはそれほどの価値のある存在ではない。
なので<神託>を受けてもぞんざいな扱いである。
「……とりあえず、まずはここの片づけを行ってくださいとのことです」
「…………ああ、周囲酷いもんな」
「えー? めんどうくさいー」
「確かに面倒だよね」
「いや、やったのは俺たちじゃないんだけど……それでもとりあえず片づけはしよう?」
まず最初に周囲の片づけをすることを指示されてしまったようである。
魔物の死体、破壊された建物や木々など。
だいぶ地面も荒れてしまっているし、かなりひどい状態である。
ここは神に最も近い場所、そんな場所が荒れているのはいろいろな意味で神側には都合が悪い。
それはここを利用することになるアズラットたちにとってもそうだろう、ということで最初にそういう指示をすることになったのである。




