310 神山での戦い
「はあ…………まだ、まだ戦うの? ふ、ふふ、ふふふふふふ」
「……楽しそうだな」
「本当に……なんでこんなに元気なんでしょう?」
『……ちょっと怖い』
エルフの里にて周りの森にいた魔物の群れを屠ったアクリエル。
その残骸の一部や体液が少々体に引っ付いている。
流石にちょっと色々と見た目の上でもう少しどうにかならないかと思うところだが、戦いの機会はまだあるので今は洗わない。
そもそも洗うにしても水がすぐ側にあるわけではない。
一応エルフの里にはあったと思われるが。
山の中なので川などは探せばあるかもしれないが今は神山の上へと向かっているので後回しだ。
「それで……この先ですか?」
「ああ。神に最も近い場所……何か祭壇のような、儀式場のようなそんな感じの場所がこの先にある。以前聖国側から登ってきたことがあるんだ」
「主様だからこそできる反則ですね……いえ、空を飛べれば不可能ではないかもしれませんね。私でも蝙蝠を眼にすれば見ることくらいは叶いそうですし……」
「今のクルシェなら来ることはできそうだけど……まあ、その儀式場以外は特に何もなかったような気がする。山だから森なら周りにあるんだけどさ」
「そうですか。しかし、何故この先に……」
「それはわからないけど、迷宮主だろうから何かあるとか……俺も、アノーゼからの伝言で神山へ向かえと言われていたし、その関係とか? あるいは……以前見た時と違って何かがその場所にあるかもしれない、とかな」
アズラットが来たのは迷宮を作る前、クルシェやシエラとも出会う前のこと。
それこそもう数百年は前の話。その間に何かが起きている可能性、何かが作られている可能性、何かが植えられている可能性など様々な可能性がある。
エルフたちも何の手出しもしていないとは限らないわけであり、少なくともアズラットの記憶はそこまであてにはならないだろう。
少なくとも何らかの手は加えていなければ場の維持はできないのだから何かをしている可能性は高い。
「……しかし、魔物がいるな」
「……うじゃうじゃと本当に邪魔ですね。食事のために残っている、というわけではなさそうですが」
道の途中に魔物がいる。
あちこちへと動いているが、食事のために動いている様子はない。
どこかその動きは哨戒のように見える。
この先へと向かった自分たちを従える主を守るためのような。
「どうする?」
「主様は先に行ってください。アクリエル、この場にいる魔物はあなたと私で相手をしますよ?」
「いいの!?」
「……強い相手がこの先にいますが、それは主様に譲りなさい。もちろんこの場にいる魔物を全滅させたのならば主様の加勢ということで倒しに行ってもいいですよ」
「わかった! アズラット、ここにいる魔物は私が全滅させるからね! アズラットは先に行ってて! それで先にいるのも倒したら相手するからねー!」
「…………ま、そういうことなら先に行かせてもらおうかな」
クルシェの言うことに素直に従うアクリエルにそれでいいのか、と思うアズラットである。
ある意味言いくるめられていると言ってもいい。
アクリエルは強者とも戦いたいはずである。それよりも先に雑魚の掃討を優先させられている。
まあ彼女にとっては戦いにおける優先順位というものはないのかもしれない。
アクリエルにとっては戦えることが優先であり、それが早いほうであるほうがいい。
戦う機会の損失の危険もあるが、今回はアズラットが倒す前ならアクリエルも参加できる。
此方の方が数が多く、戦闘の機会……戦う機会が多い。
その方が楽しめる、そう彼女は考えたのかもしれない。
「じゃ、先に行ってる」
「はい、いってらっしゃいませ」
<加速>と<跳躍>で高く跳び、そこからさらに<加速>に<空中跳躍>をして虫の魔物の群れを跳び越える。
自分たちが守っている場所を越えられ魔物たちは動揺しているが、目の前にもこの先に進もうとする敵がいる。
どちらを優先するか……魔物たちは虫の魔物であり、その思考をするような精神性がない。
ゆえに、まず目の前のことから始末する、目に付く存在から排除する。
そういった思考で動くようだ。
あるいは跳び越えて行ったアズラットが既に彼らの思慮外になってしまっているかもしれない。
見えないところにいない存在は確認できず、存在しないと同義になるかもしれない。
まあ、彼らの思考など分かったものではない。
重要なのは彼らがこの場に残っているクルシェとアクリエルに敵意を向けているということだ。
「……まだ夕方ですね。日が傾き始めたくらいの。流石にまだ夜でないので全力は……<遮断>を合わせて使うしかありませんか」
「クルシェ! 行くよー!」
「……アクリエル! できる限りは任せます! 思いっきり戦いなさい!」
「わかったよ! 全部倒してもいいんだよね! ふふ、ぜーんぶ、潰そうね!」
クルシェはまだ全力を出すことはできない。
<遮断>で日の光を遮ることで全力は出せるがいろいろな意味で手間がかかる。
それにこの場にいる魔物の数は多く、アクリエルを含めた乱戦になり得る。
であれば下手に自分が手を出すよりは対応をアクリエルに任せ、アクリエルが危ない時に自分が手を貸すようにするのがいいだろう、という判断になる。
まあ、これまでのアクリエルの魔物の掃討とそれほど差があるわけではない。
「はあ……しかし、夜になるとどう動くでしょうか。主様は大丈夫ですが、魔物の方は? この奥にいる魔物の動きも不明ですし……アクリエルもどの程度動けるでしょうか?」
心配事としては、アクリエルの動きがどうなるか。
魔物達の動きがどうなるか。
今はまだ夕方で日の光があるが、じきに夜になる。
夜になった場合、戦闘にどのような影響が出てくるか。
特にアクリエル。
「まあ、その時は私が戦えばいいでしょう。夜ならば全力でも問題はありませんしね?」
そういってクルシェは笑う。
全力を出せるという機会はこれまでクルシェの中ではあまりなかった。
いや、迷宮にて力を発揮することはあったが、それでもそこまで力を発揮する機会はなかった。
ゆえに、こういう機会で自分の敬愛する主のために力を使えるのならば……と、凶暴な笑みを見せている。
アクリエルの住んでいた場所、戦闘を行っていた場所は海である。
海において、浅い場所から深い場所までアクリエルは活動していた。
そもそも太陽の光があまり届かない海底でも人魚は活動できるような生態をしている。
限度はあるが、それでもある程度深くまでは問題ない。
この世界において夜は月や星の光があるくらいであまり煌々と周囲を照らすような明かりはない。
スキルでそういった要素を持つスキルを獲得していればその限りではないが、あまり明るくない。
だが、その程度でも明かりがある程度でもあるならば、アクリエルには十分見える。
クルシェの心配するような危険はない。
「やあっ!」
剣が振るわれる。アクリエルにとって戦いは喜びである。戦いは楽しみである。
昔から剣を振るい、剣とともに生き続け、戦いを経験してから戦いを望み続けた。
相手の強さも、相手の規模も、相手の種類も関係ない。
ただ戦いを、生死に関わらず己が戦うための機会を。
<戦狂い>。己の業に刻まれるほどに、戦いを求め戦いに生き続けた者の証。
戦うだけでは得られない、戦いに生きた者の証。
「ふ、ふふ、ふふふふふ! 全部倒して、アズラットが戦ってるのと戦うんだ! 邪魔、しないでねっ!!」
<剣技>、<剣術>、<剣気>。剣の技に剣の技術に剣の力。
剣に特化した力は魔剣の力を十分に発揮させる。
もっと多くの剣系スキルを持てば更に力を発揮できそうなものだが今のままでも十分な力がある。
そして<戦闘高揚>、<戦闘本能>は戦闘におけるアクリエルの力を高いものとする。
高揚により感覚は研ぎ澄まされ、本能により最も良い、最も望ましい、そんな判断を感覚で発揮できる。
それゆえに戦闘においてアクリエルはとても強い。
もっとスキルがあれば……と思うところもあるが、これだけでも十分な実力を持つ。
そもそも人魚である彼女ではスキルにも限度はある。
最適を目指すのなら無理にスキルを得ない方がいいだろう。
まあ、彼女の場合戦闘がより楽しくなるのであればスキルを得るだろう。
逆に言えばスキルを得ていないということは今のままで十分だと感じているということだ。
適合し、適応し、正しく振るえてきた最適なスキル、神の力を秘める強力無比な魔剣、そして幼い頃から培われた戦闘の経験。
これだけあれば、彼女はこれ以上の戦いの力を求める必要がない。少なくとも今のところは。
「あはははははははははははははははははははは!!」
彼女の求めるのは戦いの機会。可能であれば強者との戦い。
本能は告げている。この先もっと強い存在と戦う機会があるのだと。
それを目指し、彼女は今の戦いを楽しみながら先へと向かうことを求めていた。




