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スライムのしんせいかつ  作者: 蒼和考雪
一章 スライムの迷宮生活
34/356

034 汝は魔物なりや?

『アズラットさん』

『っ……アノーゼ。どうした?』

『なぜ、何もしないんです?』

『……それは』


 アズラットは女性を前に何も行動できないでいる。それをアノーゼが指摘する。


『別にそれはいいんです。彼女たちをアズラットさんが気にする必要はありません。しかし、いつまでもここに止まっているわけにはいかないでしょう? あのこの場所でふんぞり返っている頭のいいゴブリンたちをまとめるボスを倒さなければならないでしょう』

『……そうだな』


 アノーゼの言葉にアズラットは頷く。確かにそれはアズラットにとって必要なことだから。

 しかし、アノーゼにそう言われてもアズラットは行動しなかった。

 まるで何か迷っているかのように。

 その様子を見ているアノーゼは小さくため息をつく。

 アズラットに聞こえないように慎重に。


『アズラットさん。迷っているようなら……私が道を示しましょう』

『……それは』

『いえ、別に道を示すと言っても、こうしなさいとかそういうわけではありませんよ。ただ、私が示すのは"可能性"です』

『可能性?』

『はい』


 そうしてアノーゼは話し出す。


『アズラットさんは彼女たちが今後どうなると思いますか?』

『…………』

『色々なパターンがあるでしょう。アズラットさんがここのゴブリンたちのボスを倒すパターン、冒険者が助けに来るパターン、そしてこのままこの場所で死ぬまで苗床にされて生きるパターン、まあおおよそそんな感じですか? 他にもあるかもしれませんけど』

『っ』


 残酷だがはっきりとアノーゼは指摘する。

 この場所にいる女性たちが今後どういう形に落ち着くのか、ゴブリンたちの状態がどういう形に落ち着くのか。


『まあ、仮に。冒険者に助けられたとしましょう。それで彼女たちはどうなるか? どうにもなりません。そもそもここにいる彼女たちはほぼ確実に冒険者です。こんな場所に女性がいると言う可能性はそれくらいしか考えられません。外に出て攫ってくるほどゴブリンたちも行動派ではないでしょう。冒険者というのは生死の軽い職業です。ずっとこんな場所に閉じ込められて帰ってこない、そうなればだいたい死亡扱いです。助けに来ようなんて言う冒険者も少ないでしょう。助けられる可能性があるとすればこの場所を偶然冒険者が発見した場合。ですがそんな可能性はかなり少ないものだと思います。そもそもここに来るまでの道が狭くて入るのも難儀するでしょうし、道中が狭くて戦いづらい。そんな危険な場所に積極的に挑む冒険者はどれほどいるでしょうか。まあ、助けられる可能性が低い点はともかく、助けられた場合。彼女たちはどうにもなりません。何故かというと、既に彼女たちの心が壊れているからです。そんな彼女たちを誰が救ってくれると? 誰が養ってくれると? 家族がいればいいかもしれませんが、家族もすでに死を受け入れたかもしれません。それに、今更彼女たちが戻っても大変になるだけ。ゴブリンの苗床にされた彼女たちは人の世に戻ってもまともな扱いを受けません。まだ娼婦になれるくらいならまし、心の壊れた彼女たちではそれすら不可能です。ただの肉、人形、心の壊れて動かないだけの生きているだけの物です。人としても、女としてもすでに死んでいる状態でしょうね』

『……………………』


 あまりにも容赦のないアノーゼの台詞。しかし、恐らくそこに嘘はない。

 アノーゼの言う通り、仮に助けられたところで心が戻ってくるかどうかは怪しい。

 そして、その後に関しても彼女たちは大変だ。

 心が戻ってもまともに生活できるかも怪しい。

 ゴブリンに犯された記憶、ゴブリンを生んだ記憶、こんな場所で過ごしてきた生活の記憶、食べた物もまともな物かどうか。

 そんな記憶や経験を抱えて、しかも他者からは恐らく蔑みの視線みられる可能性の高い、人間の世界でまともに生きられるだろうか。

 それでも生きたい、生き延びたいと言うのならば助ける意味もあるだろう。

 だがそれほど心の強い娘がいるだろうか。

 それに、そこまで心が強ければ、まだ心の残っている娘もいたのではないだろうか。

 少なくともアズラットが見ているこの場にいる女性たちは皆心が壊れまともに動かないただの人の形をした肉である。


『ゴブリンがこの場に残った場合、彼女は今までと同じように扱われるでしょう。死ぬまで苗床に、死ねばその体は貪り食われる。心を失った彼女たちにはもう関係のない話かもしれません。ですが、そうなるとわかっている私にとってはそれは悲惨な最期と言えるでしょうね』

『………………』

『頭となるゴブリンがいなくなればそうならない可能性もあります。ですが、どちらにせよここを放棄して放置されるだけ。結局助けなんて来ない。そのまま放置されて餓死するだけでしょう。その前に渇いて死にますか? まあ、細かい話はいいです。結局のところ、彼女たちが迎えるべき運命は死、それだけなんです』


 ゴブリンに連れ去られ、苗床にされ、心が壊れた女性たち。

 それが行きつく先は死の運命唯一つ。

 心が生きていればまだ生きようはあったかもしれないが、もう彼女たちにはそれすらない。


『どうしますか?』

『どうするって……』

『アズラットさんには、どうするか決めることができます。彼女たちを置いていくのか』

『……』

『ここで殺すのか』

『っ』


 アノーゼの言葉に、アズラットは強く反応する。

 人を殺す、それはアズラットにとって忌避するべきことであるから。

 アズラットは今まで人を自分から殺す、ということはしていない。

 人と戦う時になった対策はしているものの、人に挑むことはしていない。

 それはアズラットにとって人と戦うのは危険であることだったから。

 人間は恐ろしい、それをアズラットは理解している。

 だがそれだけではない。アズラットはそれと同時に、人間に対する好意を持っていた。

 アズラットは元人間である。知識でそれを認識している。

 それゆえにアズラットは人間に対する好感を有する。

 もしかしたらアズラットが人間でなくとも、アズラット自身が人間を好きであるという可能性もあったかもしれない。

 そのあたりはアズラット自身分からないことであるが、それはまたどうでもいい話。

 要はアズラットは人好きなのである。

 そんなアズラットに対し、アノーゼは人を殺す選択肢を投げ渡す。


『それは……』

『わかっています。アズラットさんは人を殺したくない。それが心の中にあるのはわかっています』

『……なら、どうしてそんなことを』

『だって…………アズラットさんはどうするべきかわかっているでしょう』

『っ……』


 アノーゼは淡々と、アズラットに事実を突きつける。アズラット自身わかっている、理解してる、受け入れている事実を。

 無意識にその事実をアズラットは認識しないようにしている、それを。


『何故、アズラットさんはこの場に留まっているのですか?』

『……それは』

『あの人の視線を向けられて、アズラットさんが理解していないわけがありません。わかるでしょう、あの視線の意味を』

『…………』

『彼女たちにとって、救いとは何か。心失いただこの世に生きているだけの、この先行きつく場所もないただの苗床にされているだけの女性たち。それをどうするべきか、アズラットさんはわかっています。彼女たちはいずれ死に至る。どのような過程を通ろうとも。ならば、彼女たちにどうするべきなのか……もっとも早い、最も苦痛の無い、無意味で無駄な生を生きず、この場で死なせてあげる事。それが彼女たちの救いになる、そうわかっているのでしょう?』

『………………』


 ここに囚われている彼女たちはもうこの先まともに生きてはいけない。

 救っても遅かれ早かれ死ぬだけでしかない。

 そもそも、今アズラットができることは本当に少ない。

 アズラット自身が殺す以外の選択肢ではゴブリンを殺すか、放置するか。

 そこにどれだけの意味があるだろう。

 頭だけを始末したところで苗床にされるかもしれない。

 ゴブリンを全滅させてもここにおいていかれるだけ。

 アズラットには彼女たちを救う手立てなんてものはない。

 そして、仮に冒険者が連れ帰ってもそれは同じ。

 最初から彼女たちを救う手立てなんてものは存在しない。

 彼女たちに与えられる救いは終わりのみ。即ち死である。


『どうしますか? 私は、アズラットさんが決めるのに……いいえ、アズラットさんが行動するのに必要な情報はあげました。背中は押してあげました。あとは、アズラットさんがどうするかだけですよ』

『……はあ。背中を押したって、いや、まあ、いいんだけどさ』


 確かにアズラットは迷っていた。彼女たちをどうするかにではなく、彼女たちを殺せるかどうか。


『………………死ぬ以外にないんだよな?』

『はい。彼女たちの心はもう戻りようがありません。体だけ生きていても、それは人とは言えないでしょう。どの道死の運命が待ち受けるだけです。それなら、殺してあげることが救いとなるでしょう』

『殺すことが救い、なんてことはないだろ』


 そうアズラットは言う。しかし、アズラットは覚悟ができたようだ。


『彼女たちを殺す。そうするよ』

『……私がそういう風に誘導した、そう思ってもいいんですよ?』

『誰かに殺しの責任を押し付ける気はない。俺が彼女たちを殺すべきだと思ったからそうするだけだ』


 死は決して救いではない。

 アズラットにとって、死とは最も忌避するべきものだ。

 ゆえに死は救いではない。

 どういう運命を通っても、そうなるしかないのであれば、無駄な苦痛、無意味な地獄を送るよりも、早く死んだほうがいい。

 だから自分が殺す。

 死以外に彼女たちに迎えるべき未来はないのだとしても、殺しは殺しである。

 アズラットは自分が人を殺す、ということに対する恐怖がある。

 でも、それを行わなければならないと思っている。

 たとえそれが救いだとしても、殺すことを選び殺すことを行う自分にその責任がある。

 それが、アズラットにとっての人としての意思だ。


(この殺し方か。まあ、他に殺し方なんてないんだけど……せめて、苦しまないように)


 アズラットはその身の<圧縮>を解放し、大きく広がる。

 そして、全ての女性を飲み込み……<圧縮>で潰した。


(…………悪いな)


 それを、捨てることはしない。殺した者として、殺した相手を全て食らいつくす。

 アズラットはスライムであるがゆえに。

 心は人で、体は魔物。アズラットという存在は結局どちらの存在なのだろうか。

 それは誰にもわからない。

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