307 神山へと向かう
「ああ、そういえば」
「……まだ何かあるのか?」
「一応私たちを助けてくれたのでしょう? 魔物のくせに」
「言い方が悪いなあ…………」
分の悪い状況を覆した恩人相手だというのに、彼女は態度が悪い。
まあ、アズラットが魔物であるためそういった対応を取らざるを得ないのが彼女の立場だ。
例えそれを誰かが見ていないとしても魔物に対し聖国の最大権威が頭を下げるわけにはいかない。
それでそこまで相手を悪く思わないアズラットが少しおかしいのだが、アズラットも自分と相手の立場上仕方ないとは考えている。
「なら、もしかしたら……どこかで出会うかもしれない、魔王級の魔物を退治してもらえるかしら?」
「俺は別に魔物と敵対してるわけじゃない。ここで人間を助けたのは襲われていたからというだけだ。別に敵対する必要のない相手に無駄に敵対するつもりはないぞ?」
「う……」
「それに、そういうのは結局そちらがやることだろう。聖国は魔物の殲滅を自分たちの理念に挙げている。魔物退治を魔物に頼むのはその理念からするとかなり間違ってないか?」
「うぐ…………」
「それ以前に俺はそちらに対して協力的というわけでもない。恩に対し何も返していないそっちがさらに物を頼むのは……恩知らず?」
「ううううう! 言い返せない! 悔しいけど!」
まあ、立場的に仕方がないとはいえ、アズラットの言っていることも間違ってはいない。
少なくとも、今の彼女たちはアズラットに恩を受けている。
その恩返しもろくにしていないのにこれ以上負担を強いるのはよくないことだろう。
厚顔無恥ともいえる。とはいえ、彼女としても頼みたい理由はある。
現状の聖国はかなりの打撃を受けた状態にある。
魔物の群れを辛うじて倒し、怪我人が多く戦える騎士が減った。
アズラットたちのおかげで何とか盛り返したが、それでも次の襲撃はどうなるかわからない。
そしてそんな状況ゆえに本来と倒すべき魔王級の魔物を相手取ることができない。
いや、仮にそういった状況でなくとも、魔王級の魔物を相手どれるかどうかは怪しい所である。
聖国で戦うにしても、魔王級の魔物は恐らく聖国の騎士では相手にならないと思われる。
だからこそ、魔物の強さとしては恐らく同格であろうアズラットに退治を頼む。
そこまで切羽詰まっている状況と言える。
「し、しかたないからできれば倒してもらう、くらいのものにしておくわ!」
「いや、そもそも……」
「話だけは聞いて! お願い!」
「…………………………」
頭を下げてはいない者の、本当に懇願しているような視線で女性はアズラットを見てくる。
今更だが、女性とは称しているが年齢としてはまだ少女だろう。
それなりに成熟はしているし発育はいいが。
そんな少女とも呼べるような年齢の女性の本当に心の底からの懇願である。
どうにも断りづらい。
「聞くだけだ。話は聞くけど、別にそれをどうにかしようとはしないからな」
「……わかったわ。それでもいい」
そうしてアズラットは彼女から話を聞いた。
「クルシェ」
「主様? そちらは……終わっているのですね?」
「終わったから来ているだろう……そっちも終わってるな」
「はい。可能な限り見つけた魔物は殲滅しました」
「あの黒いの、クルシェのか……」
「私の種ゆえに、光を遮るため<遮断>のスキルを使って……」
「なるほど。とりあえず倒しきったのなら、アクリエルを探して連れてきてくれ……もうこの国は出るつもりだし」
「そうですね。そもそも聖国に来たこと自体が特殊な用件ですから。これだけ襲ってきた魔物を退治しておけば文句もないでしょう。言ってくるようなら叩き潰します」
過激だがそれくらい言ってもいいのが魔物の立場だろう。
そもそも救っているのに文句を言われても、というところだ。
しかし、そんな魔物との戦いも魔物の数が減り、アズラットたちが戦う意味を失い必要が無くなっている。
なのでそろそろ本来の目的の方に、ということだ。
「しかし、この襲撃は未だに続いている……ような感じですがいいんですか?」
「気にはかかるけど、かといって俺たちがこの国を守っていても仕方がない。そもそもこの国のことはこの国がどうにかするのが本来あるべき姿なわけだし」
「そうですね。そういう意味では今回の介入は無用な行いになるわけですが」
「頼まれたし、様子見ということで来たわけだから別にいいんじゃないかな? まあ、これ以上は手を出さないよ。この国では」
聖国はまだ魔物の襲撃の脅威がある。
そもそも虫の魔物の群れが襲ってくるのは連続で散発的に、である。
現在の魔物への対抗の時点でかなり聖国側が不利だ。
魔物を弱める結界が存在しているというのに。
理由としては魔物の数と魔物強さの問題だろう。
弱体化しても強い、騎士で相手にはなるが相手をしきれない。
なんだかんだで数の脅威、連続した襲撃の脅威は大きいということだろう。
そんな状況にあるが、アズラットはこれ以上は手助けをしない。
少なくとも聖国という場所では。
「わかりました。ではあの子を連れてきますね」
「ああ。聖国の前で待ってる」
そうしてクルシェはアクリエルを探しに、連れ戻しに聖国内を探す。
まあ、アクリエルはいろいろな意味で目立っているのですぐに見つかった。
むしろ戦闘が終了しているとはいえ、戦闘を望んでいる彼女を連れ戻すほうが大変だっただろう。
「念のため、神山に行く前に聞いた情報を教えておく」
「んー? なにー?」
「……いきなりですね。聖国で何かありましたか?」
「何か偉いっぽいのと接触した。そこから情報を提供された。倒してほしいとは言われたが……まあ、出遭わなければ倒す必要性はないな」
「無意味に手助けするのはよくないと思いますよ?」
アズラットの言葉を聞きクルシェが少し不満気な表情をする。
話の内容を大雑把に言えば聖国の偉い人に頼まれて行動する、ということになる。
魔物であるアズラットがそういうことをするのはどうなのだろう、あるいは聖国の言うことをきくのはどうなのだろう。
クルシェとしてはそういう思いが強い。
特に苦労させられていた過去があるゆえに余計に。
「わかってる。だから特に俺たちの障害にならないのであれば手を出するつもりはない。問題は……障害になる可能性がある、という点だな」
「…………確かに立ち塞がるのであれば問題ですね」
「強さは俺と同じくらいの魔王級、らしい。そして虫の魔物を引き連れてきた……という点から魔物の支配能力を持っている可能性がある。虫限定だが」
「虫の魔物の長ともいえる、魔王に近しい魔物、ですね。主様と同じということは……」
「恐らくは外に出てきた迷宮主だな……」
迷宮主。魔王級と呼ばれる魔物は伝わる話からしても恐らくほぼ迷宮主であるという推測が経つ。
そもそも他の魔物を支配できるような存在は大体が上位の種となるだろう。
そしてアズラットと同等の強さとなると、確実に迷宮を作り上げている魔物の類だ。
少なくとも魔物としてレベルがそれくらいになると迷宮を作り上げるようになる。
まあ、他にも条件はあるかもしれないが。
そういうことで強さとやっている事柄からの推測で話にでた魔物は迷宮主ということになる。
「面倒なことになりそうですね」
「まあ、出会えばな。戦う必要がないのに戦うことはないよ」
「えー! 戦おうよ!」
「ダメ」
「ぶー!」
アクリエルだけは文句がある感じである。
まあ、彼女としては強い相手と全力で戦いたいという願望があるからだろう。
もっとも、アズラットはこう言っているが、その本心は別だった。
(ああ、少し話がずれたから……その魔王級の魔物が神山へ向かったとは言ってないな。まあ、会うかどうかはわからないが会うなら会う、会わないなら会わないってことになるだろうから結局教える必然性はないか)
重要なことを伝え忘れていたアズラット。
情報を聞いたという話はしたが、その対象がどこに行ったのかまでは言っていない。
それゆえに、会わず戦う必要性はないだろう……とクルシェは思うのである。
実際には行き先にいるのだから戦う可能性はかなり高い、ということだったりするのだが。




