306 敵ではないけど味方でもない
「正直戦いにくい」
クルシェ、アクリエルは元々人間かそれに近い存在である。
それゆえに基本的な戦い方は人間のものに近しい。
もちろんクルシェの戦闘が素手での暴虐、物理攻撃であることやアクリエルの鬼のような強さはいろいろとあれだが。
それでもまだ二人は人間らしい、人間よりの戦い方ができる。
しかし、アズラットは元々スライムである。戦い方もそのスライムとしての能力を利用してものが大きい。
<跳躍>や<加速>は比較的扱いやすい。
しかし<変化>や<穿孔>は扱いにくい。
一応武器は有しているがそれでもだ。
基本的にアズラットの得ているスキルは己の延長にあるスキルが多く、攻撃性能のあるスキルは余計にその気が強い。
だからアズラットは魔物を相手に、騎士の目の前ではとても戦いづらいのである。
もっとも、アズラット自身のステータス、強さは決して低くはない。むしろ高いと言ってもいい。
レベルが九十を超え、迷宮主となり、その肉体を現在の人間の大きさに<圧縮>している。
元々のスライムの大きさが現在の大きさになっているということは元々の大きさで使える力が小さな状態で使えるということ。
分散する力が小さな範囲に集まれば集中する力は大きな力として扱われる。
つまり、今の<人化>しているアズラットの身体能力は極めて高い……ということになる。
ただ、やはりスキルの扱いづらさは仕方のない所だ。
「はあ、まったく! やっぱりアクリエルに渡してる魔剣が手元に合ったらいいなって思う、かな!」
多少の武器ではまず持たない。アズラットの力と、相手の魔物の頑強さで弱い武器は負ける。
そもそもアズラットは武器を扱う技術を持たない。
多少棒切れを振るうように剣を振ることができるくらいだ。
人の姿をとったのだから鍛えてもいいのだが、現状その余裕、時間、間隙が無い状態なのでやっていない。
つまりアズラットの戦い方は基本的に原始的な物に近いと言える。
単純だ。肉体で殴る、体当たりをする、物を持ってそれを叩きつける、そういった戦い方だ。
剣も斬るよりもどちらかというとぶつける、叩きつける使い方の方に近いだろう。
少なくともまともに斬ってはいない。だからこそ剣が持たず壊れることになる。
まあ、アズラットの持つ剣は盗賊から奪った物がほとんどだが。
そういうことでアクリエルの持っている魔剣のようなそのものが強力な武器があると都合がいい。
しかし魔剣はアクリエルが使っている現状、アクリエルの強さの大本である状態なため自分では使えない。
それゆえに、アズラットは己の身体能力を駆使した戦い方をしている。
掴み、振り回し、投げ、叩きつける。自分が直接人間のように戦うのではなく、怪物のように力のみを振るう。
相手自身を利用する。相手の体を掴みその身体を地面や近くにいる別の魔物に叩きつける。
普通の人間の力では難しいが、他の人間でもできないこともない戦い方だ。
ただ、普通はそんな戦い方をしないのでかなり奇異にみられ、恐れられることに間違いはないだろう。
そんな戦い方をするよりも武器を持ち、スキルを駆使し、仲間と共に戦うのが人間らしい戦い方なのだから。
「……なんだあれは」
「化け物か……」
騎士たちがそうつぶやくのも無理のない状況と言える。
それほどまでにアズラットの戦い方は乱暴だ。
クルシェも戦い方でいえば近いが、あちらはより上手い戦い方をしている。
そのあたりの差はやはり戦いの年季の差か。
ちなみに騎士たちの声もアズラットには届いている。
だがアズラットは気にしないことにした。
そもそも聖国に来ること自体が特殊な例外事項であり、恐らくもう二度と来るようなことはないだろうからである。
ゆえに存分に己の力を振るう。
「はあっ!」
そうしてクルシェ、アクリエル、アズラットの戦いにより各地の魔物が減る。
アクリエルの戦い方はただ魔剣を己の戦闘能力で振るうだけ。
<戦闘本能>と<戦闘高揚>と剣系のスキルを駆使し雑魚相手には何の問題もない。
クルシェの戦い方は<遮断>で本来の力を取り戻し、光のない見えない中で戸惑った魔物を倒すやり口である。
当然ながらクルシェは独自に感知スキルを持つ。
完全な暗闇はクルシェのような夜の魔物でも見にくい。
また、元々土の中に光から逃げる手法を使っていたので外の状態、何かいるかどうかの感知も行っていたのもある。
そうして見えない中、いつのまにか魔物が倒されている状況だった。
アズラットは魔物を武器に魔物を倒す。
魔物同士の衝突で魔物の肉や血が飛び散るのがまた凄惨である。
とはいえ、順調に問題なく倒せている分にはいいだろう。
ちなみにアクリエルの場合きっちり切断しているので飛び散らない。
そんなふうに彼らは聖国のために力を振るう。
そして魔物が減ってきたことで、騎士達も自分たちの役割通りの動きができる。
人を守る、魔物を倒す、数に圧し負けさえしなければまだ比較的戦える。
そして、そんな状況ゆえに……魔王級の魔物、迷宮主のアズラットを最大限警戒する存在も、表に出てくる。
「……あなた、魔物よね?」
「…………そうだけど何か?」
アズラットが一人となり、騎士達がいなくなった状況。
周囲に魔物もいないため安全性は一応確保されている。
その状況、その場にいるアズラットに対し、供を一人つけた女性が話しかけてきた。
しかもアズラットの正体を見抜いたうえで。
少なくともアズラットを魔物だから、と不意打ちし襲い掛かるつもりでないのは話しかけた時点でわかる。
しかし、何故そんなことをするのか。そもそも女性は何者なのか。
アズラットとしてはそこが疑問になる。
聖国の人間であれば魔物である自分は敵であり、滅ぼすべき相手だからだ。
それに女性の着ている服装はどこか清廉としたもので、騎士達と比べても女性の方がよほど立場があるようにも見える。
「………………魔王、なの?」
「魔王?」
「魔王級の魔物、かつて迷宮から現れ魔物を引き連れ人の国を襲い荒らして回ったという……」
「そんな話があるのか……」
聖国はある意味その魔王に対抗するための組織である……と決まっているわけではないが、その性質は恐らくそういう役割が強いのかもしれない。
もっとも、魔王については伝わっているが別に魔王を倒すための組織という伝わり方はしていない。
ゆえにそれを優先するというわけではない。魔物の殲滅は目的として定められているが。
「一応俺はそんなつもりはない。今も魔物を相手にしているだろう?」
「…………そうね。でも、あなたは魔王級と言っていいくらいの強さを持つ」
「まあ、普通の魔物よりは強いな」
強いどころではなく、迷宮の主であるため少なくとも地上の魔物と比べようもない強さだ。
一部の特殊な強力な魔物以外ではまず対抗すること自体が間違いである。
「で、強いからどうかしたのか?」
「……あなたは脅威よ。恐ろしいわ。聖国は結界を維持している。魔物は弱体化している。それなのに……強い」
「まあ、人間にとっては恐るべき存在だろうけど。それで、結局わざわざ俺に話しかけてきて何がしたいんだ?」
「………………それは」
「少なくとも、俺は聖国と戦うつもりはない。単にこの大陸に寄って、襲われていたから助けたってだけだ。それとも……俺が魔物だからそちらは俺と戦うつもりだと?」
「……っ」
流石に女性もアズラット戦うことの脅威は理解している。
自分たちの騎士がどうにもできない状況にあったのを逆転させた力の持ち主。
騎士達でなんとか勝てた魔物を群れごと一蹴する強さ。
仮に魔物は殲滅すべき相手だとしても、その強さを相手にまともに戦えない。
結界による弱体化、そして彼女の力による弱体化を行ったとしても……騎士全員で当たって勝てるか怪しい、それくらいに強い。
「……………………」
「……………………」
「…………………………」
「…………………………」
「み、見逃してあげる!」
「それはこっちのセリフだと思うんだが……」
アズラットにはどうでもいいが、聖国側には立場がある。
魔物を相手に勝てないから挑まない、逃げるというわけにはいかない。
ゆえに今回は聖国の民や騎士を助けたので見逃してやろう、そういうことにするらしい。
実際は逆というか、恩があるくらいである。
「まあ、そう言ってくれるのならこちらとしてはありがたいけどな。後はそちらで何とかしてくれ。まだ残ってると言えば残ってるだろうし、また来ないとも限らない。こっちも元々の目的を果たしに行く」
「そう。この国から出て行ってくれるのであれば、いいわ」
会いに来たはいいが、そんなことしか言うことのできない聖国の偉い人。
この邂逅に特に意味はない。お互いを見知っただけであり、それ以上の価値はない。
お互い今は敵ではない。ただし味方でもない。それを確認したくらいのものでしかなかった。




