303 騎士とのお話
「…………本当に聖国に行くつもりですか?」
「ダメか?」
「いえ。でも私たちにはすぐに神山に向かう選択肢もありました。それでも聖国に行くつもりですか?」
「まあ、頼まれたし……こっちとしても、聖国の安否は気にならないわけじゃない」
「たとえ、魔物を滅ぼすことを主題に挙げている国であるとしても?」
「敵対してくるなら対応する。まあ、逃げるつもりだけど。一応は見に行くだけだから、それほど危険なことにはならないと思う」
「そうでしょうか……まあ、主様がそういうのであれば、私は付き従うだけです」
「ねー? 早く行こー」
『アクリエルも呼んでるし、何時までも話していても仕方ないよ?』
「わかってる」
「……はあ、出来る限り安全に対処できる道を探しましょう」
アズラットたちは港街を出て聖国に向かうつもりであるようだ。
クルシェの言う通り、神山へ向かう選択肢もあった。
その理由に関してアズラットは頼まれた、と言っている。
まあ元々気にはなっていた様子だが。
さて、一体何があったのか。それはこの日の少し前の時間に遡る…………
「すまない、少しいいか?」
「……何か用事ですか?」
アズラットに対し聖国の騎士が話しかけてきた。
聖国の騎士は三人、話しかけてた騎士は硬い表情だ。
他の二人のうち、一人はすごく眉を顰めて顰め面を作っている。
もう一人は話しかけてきた騎士と同じで硬い表情である。
今の所、彼らにアズラットやクルシェやアクリエルに対する敵意はない。
魔物であるとわかっていないのかもしれない。
ではなぜ話しかけてきたのか? その点についてアズラットは疑問に思う。
もっとも、深く考えても仕方がないのでアズラットは相手の話を聞けばいいと考えたが。
「あの魔物の群れを倒したのは君たちだね?」
「……正確にはこの港街にいる対応に出向いた仲間たち全員で、ですよ」
「いや、確かにそれはそうだ。しかし、多大な成果を出したのは君たち……特にそちらの少女だろう?」
「んー? なに? わたし?」
騎士はアクリエルを指差す。
「まあ……確かに彼女が大半を討伐しましたが」
「うむ、つまり君たちが今この場にいる中で最も強い……そういうことになるのだろう」
「…………それが何か?」
「ああ、いや。悪い様に言うつもりはないのだ。ただ、確認の意味合いが強い。君たちに頼みをするつもりであるからこそ、確認しておかなければいけない」
「………………頼みですか」
アズラットとしては騎士の言った頼みという言葉に少し警戒を示す。
聖国の騎士に頼みごとをされる、というのは彼らにとっては奇妙だからだ。
アズラットを含めた三人は彼らにとっては魔物として認定される存在である。
それに頼みごとをするとはどういうことなのか。
仮にも聖国の騎士、魔物は敵であるはずだ。
まあ、アズラットたちが魔物だとわかっていない可能性はある。
「ああ。これは我々としては実に口惜しい思いなのだが、我々ではどうしようもない、実力不足だと感じての判断になる。君たちに聖国へと向かい、そちらで何が起きているのか調べる、あるいは何か起きているのであればそれへの対処を頼みたいのだ」
「……それは実に都合がいい話ですね。私たちは聖国の人間ではありません。単なる冒険者です。こちらの大陸に用事がありここに訪れただけの。あなた方の頼みに従う謂れはありません」
「クルシェ」
騎士の頼みにアズラットが答えるよりも早く、クルシェが答える。
アズラットとしてもいきなり肯定を答えることはできないが、否定して逃げ出すことを選択するにもその理由の問題がある。
それに聖国に問題が起きているのであればその対処をしなければこの地、この大陸において大きな災害となりうるかもしれない。
そう考えると頼みを無為にしていいのか、と迷うところはあった。
しかし、その問いにクルシェの方が先に答えた。
彼女は聖国にに対し恨みというほどではないが強い敵意がある。
それゆえの反応である。
「ふん。そんなことはわかりきっている。お前たちが聖国の人間であるはずがない」
「ファーマス!」
「俺としてはこいつらに頼むのは業腹だ。俺たちにどうしようもないからこそ頼まざるを得ないのはわかっても、な」
「ならば頼む必要はないでしょう。こちらもこちらで予定があります。その予定を変えて聖国のために働く理由はりません」
「クルシェ」
ばちり、とクルシェとファーマスと呼ばれた騎士の視線がぶつかり合う。
視線がぶつかり合い火花が散る光景が幻視できる。
ファーマスと呼ばれた騎士がクルシェ……およびアズラットたちに対し敵意を持つ理由は簡単に予測できる。
聖国の騎士には魔物を探知できるスキルを持つ騎士もいる。
つまり彼はそういうスキルを持っている、担当しているということだ。
この三人の騎士が組で動き、魔物の動きを探知、存在を把握、戦闘やそれ以外の活動もする、ということだろう。
そんな彼ら……のうちの一人であるファーマスはアズラットたちが魔物であることがわかっている。
しかし、他の騎士にそのことを告げていない。
でなければ今アズラットと話している騎士が頼みごとをしてくるはずがない。
まあ、わかっていたうえで頼み事をしてきた可能性はある。
今回の事件が起きた原因がわからない以上頼れる相手が少ない。
あるいはアズラットたちを罠に嵌めようとしている可能性もあるが……まあ、現時点でその心根まではわからない。
「ファーマス、我々ではどうしようもない。聖国に向かう際に出会った魔物達にどうしようもないからこそ、逃げてくるしかなかった。こちらの街にとっても魔物が来ると事前に分かったゆえに対処できたという得になったこともあったが、そもそも我々では対処できないからこその逃走だろう」
「………………わかっている」
凄く苦々しい表情をしている。まあ、彼もわかっているのだろう。
あの規模の魔物に対し自分たちだけでは対応しようがなかったということを。
聖国の騎士は決して弱いわけではないが、彼らだけでは数が少ない。
実力が低くなくとも相手が強ければ勝てるものでもない。
対魔物として聖国の騎士たちは十分な能力を備えているが、決してこの世界において最強であるというわけではない。
「我々として、君たちに頼らざるを得ない。決して無理はしなくてもいい。聖国に行き、様子を見てきてほしい。何か起きているとき、君たちに対処できないのであればこの街に戻ってきて事実を伝えてくれてもいい。対処できそうならばなんとかしてもらってもいい。我々ではどうしようもない……だから君たちに頼るのだ」
「……………………」
「返答をもらいたい」
アズラットは考える。果たして自分は聖国に向かうべきか。
これは罠ではないのか。何か起きているとして、一体何が起きているのか。
様々な方向性での思考をアズラットはしている。
しかし、アズラットとしては別に選ぶべき選択肢があるわけではない。
アズラットは基本的に人の精神、思考性を持ち、その性質は善寄りである。
誰かを助けることを良しとする性質である。
聖国の騎士、聖国という魔物の敵である国だが、その国の彼らが困っている。
また、聖国自体が困難に遭遇している可能性もある。
もしかしたらあの魔物の群れは一部で他が未だに聖国を襲っているかもしれない。
いや、そもそも魔物の群れは何処から来たのか。
魔物の群れが群れになった原因は何なのか。
聖国のことだけに限らず、様々な要素がそこには存在する。
ゆえに、神山へと向かう前提であるとしても、その前に何が起きているのかを先に知っておく必要がある。
でなければこの後向かう先で何かが起きるかもしれない、それに対処できないかもしれない。
そう考えた。だから選ぶ選択肢は一つ。
「わかった。様子を見てくるだけなら、構わない」
「主様!」
「そうか……ありがとう」
「……ちっ」
返答に驚いたクルシェに、不満そうなファーマス、安堵したアズラットに話しかけた騎士。
そういうことで、アズラットは聖国へと向かうことになったのである。




