302 一息の終着
「向こうは大暴れしてるな…………まあ、こっちはこっちで大変なんだけど」
アクリエルが魔物の群れを相手にしているため街へと向かっている魔物の数は大幅に減っている。
もちろんクルシェの妨害や対応への補助もあるためだが、やはり大部分はアクリエルによるものだろう。
「街の方を優先しろ、とは言ったけど……まあ聞かない可能性は普通に考えてた。これはこれでこちらには都合がいいからいいかな。っと!」
<跳躍>と<空中跳躍>、<加速>を合わせつつ、魔物を叩きつける。
魔物に叩きつけるでなく、魔物を叩きつける。
アズラットの持つ剣は盗賊から奪った使い古しの碌な物でない剣である。
これが普通の魔物が相手ならば問題なく扱える。
今回の魔物は魔物自体は普通だが、防御力が厄介である。
虫系の魔物は魔物の種類にもよるが防御力が高い傾向にある。
特に甲虫の類の魔物であればその外皮の防御力は高い。飛行中に背中を狙うか、腹を狙うか。
あるいは足の関節部を狙う、眼を狙うなどの手段もあるが、その外側部分の多くには攻撃が通用しない。
アクリエルの持つような魔剣であれば容易にその防御を突破できるがアズラットの持つそれでは到底難しいものだ。
ではどうやって対抗するのか? 目には目を、歯には歯を。魔物には魔物を。
つまり同じくらいの防御力を持つ魔物自身をぶつけること、である。
「いったい俺の肉体はどうなってるんだろうなー。元の肉体量に比例するのかな。よくわからん」
アズラットの身体能力は高い。
スキルも合わせているのはあるのかもしれないが、かなり高い。
少なくとも肉体の頑強性が高いのはまずはっきりとわかるだろう。
そもそも圧縮したスライムの体が大元だ。
斬撃、貫通、打撃、特に打撃に対しての防御力は高い。
虫たちの攻撃能力はどちらかというと斬撃や貫通よりだが。
それでも、かつて竜生迷宮で戦った強力な魔物と比べれば全然だ。
その迷宮の魔物の攻撃を耐えられるようになった当時よりもはるかにレベルも力量も上がっている。
この程度の魔物相手にやられるような強さではない。
まあ、それでも攻撃はあまり受けてはいけないのだが。
アズラット自身は攻撃にやられることはなくとも装備がダメージを受ける。
まあ、アズラットの装備の一部は<人化>の付属。
自分の体の一部ともいえるのでそこまで悪影響はないが、防具が破壊されて無傷なのは見た目的にまずい。
なので出来る限り攻撃を受けずに対応するのが一番である。
まあ<加速>に加え<跳躍>や<空中跳躍>を交え、アクリエルとは別の形で魔物の間を駆け抜けるアズラットであれば問題はない。
「薙ぎ払えっ!」
持っていた魔物で魔物を横薙ぎにして吹き飛ばす。
できる限り街へ近づけない、を優先とする。
そして他の冒険者や街の人には被害を及ぼさないようにも考慮する。
位置関係、吹き飛ばす方向、色々な点で。
振動感知による感知能力があるためその把握は容易、ただそのせいで戦闘手段や攻撃方向が制限されるのが面倒である。
と、色々な手間はあっても、アクリエル、クルシェ、アズラットを含め港街にいる戦力も含めれば魔物に対応することは無理ではない。
聖国の騎士も今回の魔物の襲撃には対処している。
彼らだけでは対処できずともここにいる戦力のすべてがいればそれほど問題はない。
魔物の群れ自体もそこまで極端に多いわけではなかった。
まあ、それでも巨大で結構な数の群れであったわけだが。
「こんなものか」
「はい。大体は倒し尽くしたと思います。問題は群れがこれで済むかどうかですが……」
「……そもそも、なんで群れたんだろう? 虫型の魔物って群れを作る物か? いや、集団化するような虫もいるから何とも言えないが……でも、ここにいるのは様々な種類の虫の魔物だ。それが争い合うことなく一纏まりになるのは……」
「確かに奇妙ですね……同じ種で同じ母を持つ魔物が一団を作る、巣離れなどで集団で移動するということはあるでしょう。しかし、同じ種別とはいえここまで別の種である魔物を含めたうえでの集団化はおかしいですね……」
魔物の対処をし、残った多くの死体を見ながらアズラットとクルシェがそう会話を行う。
今回の魔物の襲撃はそもそも疑問が大きい。
そもそもその前に起きた港町への襲撃もまたそうだ。
「そもそも聖国があるのにこれらの魔物に対しての対処が行われていないというのがおかしいです」
「……数の問題があるとか? 聖国の騎士も、この数を相手には逃げるしかなかっただろう?」
「そうですね…………今この規模が全てでない、この規模が聖国が対応したうえでのこの数である、というのならば確かにそれはありえなくもないかもしれません。その場合の問題は何処から出てきたか、ですが……」
「それも謎か……」
「新たにできた迷宮、あるいは発見されずに管理されていない迷宮があれば話は違ってくるでしょう」
「迷宮から魔物が溢れてきたと? それでこの数になるか?」
「普通の状況ではありえませんね」
迷宮から魔物がでてくることはある。
しかし、それは基本的に一階層から溢れ出てくるということになる。
それが起こるには幾らかの都合、制限があり、迷宮の外に行く理由が生まれないとまず起き得ない。
アズラットのように意思のある魔物ならばともかく、通常の魔物は階層を移動しようとはしない。
一部の魔物が異常に繁殖し食料が足りなくなったなど、特殊な条件がなければ魔物は階層を移動しない。
つまりそれだけの事態が起きている……ということになるのだが、それを加味しても今回のこととは繋がりにくい。
なぜなら別種の魔物同士の結託が起きているからだ。
「肉食、雑食、肉食、肉食、肉食……まあ、草食系の虫が街を襲う理由はないか」
「食事に困っているから街を襲う……ということになるはずですが、魔物同士での争いはない。この時点でおかしい話ですね」
「迷宮から出てきたなら目当ては食料だよな?」
「考えられる可能性としてはそうなりますね……いえ、もしかしたら……」
基本的に魔物が迷宮の外に出てくる理由は数が増えすぎて住めなくなったなどの理由、食料が足りないなどの理由になる。
しかし今回のそれはそう考えると少し変であり、また魔物達が一緒にいてそれで同士討ちすることがない状況にある。
本来なら、通常なら、そういうことは起きえないのだが、迷宮に関してクルシェが調べ、聞き及んでいることの中に一つ面白い話があることを思い出す。
「魔物を支配する種、その出現はどうですか?」
「…………リーダーやキングの類か。まあ、確かにそれならあるのか?」
アズラット自身が進化の際に経由した、キング、エンペラー、カイザー、リーダー、ボス、そういった魔物の統率者としての資格を持つ種。
それがいたのであれば、確かにこれだけの魔物を争わせることなく支配していたとしてもおかしくはない。
虫系の魔物のみで統一されているのもその統率者が魔物であることを考えれば奇妙な話ではないだろう。
そして、クルシェはそのうえでもう一つ上の可能性を思いついている。
「聞いた話ですが……かつて魔物を大量に統率した魔王と呼ばれる存在が現れたことがあるそうです」
「魔王、ねえ」
「はい。迷宮から現れたとても強力な魔物。仮に発見されていない、あるいは新しい迷宮があるのなら、その迷宮からそういった存在が魔物を率いて出てきた……という可能性があるのではないかと」
「…………………………まあ、あるんじゃないかな。まだはっきりとはわかってないけど」
クルシェの語る可能性に、アズラットは少し困った表情をしながら答えた。
アズラットにとって迷宮の話はちょっと困りものの話だ。
自分もまた迷宮の主であり、迷宮の外に出てきた存在なのだから。
まあ、アズラットは魔物を率いていないのでクルシェの語る魔王とはまた少し趣が違うのだが。
「魔王の出現か……」
「少し時期が良すぎですね。神の方で意図があっての物でしょうか?」
「さあ、な。でも、まあ、色々考えてはおいた方がいいか……」
魔王と言っても単に人間がそう呼称しているだけなのだが……アズラットがこちらに訪れた時の出現ということでその意味を考えてしまう。
まあ、深く考えても仕方ないととりあえずは現状への対処、後始末の方を優先することにした。
そういった難しい問題は再び外に出て旅をするとき、遭遇することになったら考えればいいとアズラットは思っている。




