299 港街に起きた出来事
アズラットたちが乗っていた船は港街に起きた異変を察知し、慌てたように少し早めに港へと向かう。
流石に船であるためそこまで自由な航行はできず、しかしそれでもある程度少し早くするようなことはできる。
まあ、限度はある。ゆえに少し早めに、だ。元々予定はあるが確実に予定通りに行くわけではないのでそういった予定は大目に時間をとっている。
だが船は急いだが、残念ながら港町に起き大変には間に合わなかった。
彼らが着いた頃には既にすべてが終わっていたのである。
「…………流石に人間側も弱くはないか」
「聖国が近くにあるので冒険者は余り居ませんし、強い人間も少ないはずですが……そこはここが海と接する場所、というのが大きいかもしれません。海の魔物に関しては聖国もどうにもできませんからね」
港街側の勝利で終わっていた。
流石に彼らも多少魔物が出たくらいは対処できるものである。
「国の近くの魔物だけじゃなく周辺一帯の魔物も排除しているのか?」
「ネクロノシアの状況を見たらわかったと思います。聖国は基本的に一帯の魔物を倒すみたいです。おかげで冒険者は仕事がなく、魔物を倒せないのでレベルも上げられない……さらに言えば聖国は魔物装備も許容していませんから聖国の傘下に入ると冒険者や兵士などは大幅に弱体化するのが基本です。代わりに聖国の騎士や兵士が守りに入るので安全は確保されるんですけどね」
「あくどい……」
聖国が謳う魔物の排除、そのために他の街や都市、国をその傘下に収めその意思を押し通す。
その影響は魔物を倒すことで成果を得られる人間に大きく影響を与えている。
冒険者や兵士などの仕事が減るのである。
なくなることはない。彼らの仕事は別に魔物だけを相手にするものではない。
しかし、魔物がいなくなれば魔物から作られた装備、得られていた経験値がなくなり、また魔物を対象にした仕事も失われる。
色々な意味で街や都市、国には大きな影響があるのだが、聖国はそこまで深く考えていない。
もちろんある程度の影響に関しては彼らも理解しているのでそれなりにテコ入れはしている。
一方で彼らは陸の魔物に対し強くあるが、海の魔物に対してはその限りではない。
もともと聖国自体があるのが陸であり影響力が陸の内に留められているせいであるのが大きい。
ゆえに海の魔物は海に接し、海に出る港の人間、船乗りたちが直接対応せざるを得ない。
聖国の騎士達では海の魔物に対処する手段が限られ、また慣れておらず手間取る。
そこは専門家の方が強い。
そういうこともあって海に接する港などの街や都市では聖国の傘下にある場所でも独自の戦力を持っていることが多い。
これに関しては大陸を渡る船乗りたちが多いことも影響しているのだろう。
「……まあ、問題はそこじゃないでしょう」
「何が問題なんだ?」
「ここは聖国の近くにある港です。当然ながら聖国の影響下にある……聖国は魔物を嫌い、魔物を排除するため活動し続けています。なのに、なぜ魔物があれだけの数出てきたのか」
「…………迷宮?」
「迷宮でも、いきなり魔物がたくさん出てくるということはないでしょう。聖国も管理下におくでしょうし、兆候はあると思います」
「先にある程度どうにかしている、か……」
今回の魔物の襲撃。これは一体どういうことか、それに関してクルシェが疑問を抱いている。
聖国の魔物嫌いはかなりの物で襲撃が起きるような魔物を残しているはずがない。
しかし、実際に起きている以上事実として魔物が残っているということになる。
怠慢……ということはないだろう。
多少驕る部分はあると思われるが、それでも手を抜くことはないだろう。
「……ところでアクリエルは?」
「魔物の死体を見てくるって言ってましたね………………とりあえず街の外には出ていないので今のところは大丈夫でしょうか?」
「魔物が襲ってきたってことはまだ残っている可能性もあるか。勝手に外に出て行って大荒らししてきそうだよなあ……」
「できれば私たちも早めに出ておきたいところですね。魔物の襲撃ということで聖国が出張ってくると私たちのことが露見する可能性もあります」
「……魔物であることがバレれば追い回されるし面倒なことになり得るか。今はここに聖国の人間はいるの?」
「いえ、そこはわかりません。いるかもしれませんが……流石にいきなり私たちを発見することはないと思います。魔物の襲撃に関しても彼らは戸惑いの方が大きいでしょう。聖国に連絡を入れているかもしれません。距離的には遠くはありませんし」
「なんというか、色々と面倒だな……」
海を渡ってきたばかりでいきなりどたばたと騒動が起きている。
アズラットが何らかの要因となっているのではないかと思うくらいである。
「とりあえず、今しばらくはここで様子見をしましょう」
「……さっさと神山に行った方が良くないか?」
「確かにそうですが、海を渡ってきたばかりでいきなり街の外に出るのも。今は魔物が襲ってきたということもあって外に出る人間には多少過敏になっている部分もあります」
「はあ……面倒事だな」
「本当ですね……」
大きくため息を吐く二人。
『……何言ってるかよくわかんなかった』
『まあ、聖国はいろいろと面倒だから関わらないように注意して目的地に行くってことだよ』
『あの国かあ……私がお仕事始めた時に文句言われたっけー』
『…………魔物販売だからなあ』
シエラも聖国とは縁が深い。悪い意味で。
彼女の商売が魔物を売るということだったからそこに余計な茶々を入れてきたのだろう。
まあ、さすがに本国からは遠く、個人事業であったためそこまで極端な手は出されていない。
魔物屋自体もそこまで大きな商売になったわけではないし、聖国側に出てこなかったのも手を出されていない理由だろう。
さすがに自分の近くにないのならばそこまで手を出すつもりは彼らにはなかった。今のところは。
「とりあえず、宿をとってきます。あ、お金の節約のために一部屋にしますね」
「アクリエルもいるから別に問題はないぞ」
「………………………………そういえばそうでしたね。まあ、いいですけど」
二人きり……にはなれない。
いろいろな意味でツッコミを入れてはいけなさそうな内容の発言である。
「聖国の人間も混乱しているようですね」
「魔物がやってきた方向に、本国に伝えに言った騎士たちが戻ってきた、か……」
今回の魔物の襲撃を伝えに言った騎士たちが国元に戻りその内容を伝えに言った……のはよかったが、途中で引き返してきた。
理由としては単純である。
彼らが手に負えないくらいに魔物がいて、戻ることができなかったからだ。
「力のある冒険者を募集していますね。あと、戦える人間は誰でもいいから手伝ってくれとも」
「……あまり芳しくないみたいだけどな」
「当然です。冒険者は仕事を奪われた聖国には積もるものもありますし、元々こちらには少ないでしょう。戦える街の人間はまた襲撃が起こることも考えて街を守ることを優先すると思います。そもそも、彼らが逃げてきた魔物の群れはどこにむかっているのでしょうね?」
「…………一度襲撃があったことからこっちに向かってきている可能性が高いということか?」
「あくまで想定される内容としては、です」
港街に起きた魔物の襲撃がまた起こる可能性が高い……クルシェの言っていることはつまりそういうことだ。
「戦いになるの?」
「本来はいいことじゃないからワクワクした表情で言うのはやめような?」
アクリエルはとてもうれしそうに、楽しそうな期待をはらんだ質問をして来る。
彼女にとっては魔物の群れは戦う相手に望ましい相応しいものなのだろう。
思いっきり挑み戦い楽しみたい。
「今回襲撃があるのであれば手伝いましょう。主様も犠牲は減らしたいですよね?」
「まあな……これが終わったら、一応聖国方面の様子も見てくるか」
「いいんですか?」
「聖国が対処できない状況、ってのが異常すぎる。流石に気にかかる」
「………………あちらにとって私たちは敵なんですけどね」
「じゃあそこは相手方を悔しがらせることにしよう。敵に助けられた! なんて感じでな」
「まあ、向こうが大変な状況になっていれば、ですけどね?」
くすくす、と笑いながらクルシェは言う。魔物の襲撃は起きていないが、それが起こる前提の話を彼らはしていた。
そしてその後のことに関しても幾らか話をしている。
もっとも、未来のことは解らないし、あちらがどうなっているのかも不明だ。
だが……もしかしたら何らかの予感はあったのかもしれない。
だからこそ、こんなことを話していたのかもしれない。




