297 海に出るまで
迷宮でアクリエルの不満、憂さ晴らしに付き合いつつ、神山のある大陸を渡るため海に進む。
当然ながら向かう先は港のある都市、そこから別の大陸へと向かう船に乗って、である。
アクリエルの存在があるため海を進むことも不可能ではないかもしれないが、そのあたりはやはり安定重視である。
移動の途中、アズラットたちは盗賊と出遭う。盗賊とはいっても数はそれほど多くない。
アズラットとアクリエルとクルシェの三人組だったからこそ襲われた感じである。
それらに関しては殲滅するついでにクルシェの食事となった。
日の光の下で全然平気なので知覚にいても半ば忘れがちになるがクルシェはヴァンパイアである。
いくら日光を克服したと言っても正しく魔物としての食事なしで生きられるほど優しくはない。
ちなみに食事は血に限らず食することができる。
ただ、それらは嗜好品であくまで食べることができる程度、と言ったところ。
つまりは結局のところ血を摂取しなければヴァンパイアは生きられない。
アズラットは人化しているが、人ではなくスライムでありその人の皮の下はスライムである。
なのでアズラットに食事としての血の提供を頼むことはできない。
アクリエルは可能であるが、子供という点や人魚、魔物であることからあまり頼みたくはない所である。
別にヴァンパイアが求める吸血は厳密に人間でなければいけないというわけではないが、可能な限り人間の方が都合がいい。
「しかし、なんでこんなところに盗賊なんて……」
盗賊が出てきたのは迷宮に入り、その後外に出てきてからの話。
しかし、迷宮が近くにあるのに盗賊がでてくるものか、とも思うところである。
「アルガンドは冒険者が多いですから。迷宮に夢を抱き、住んでいた所から出てきたはいいものの冒険者になっても大成できず、そのまま悪の道に身を窶すということはそこまで珍しくはありません。おかげで食事に遠慮しなくていい時もあるので都合がいいです」
「ああいう吸血してるところを見るとヴァンパイアだって思い出すよな……普段は日の光の下にいるからそんな感じはしないけど」
「それは流石に酷いと思いますけど……」
クルシェはどうにもヴァンパイアっぽさがない。
蝙蝠を使い間にしている点はそれっぽいし、吸血行為もする。
しかし、進化してから日の光を気にせず行動しているからか、あるいは格好や雰囲気のせいか。
アズラットを主として仰ぐ姿はどうにもヴァンパイアらしさは見受けられないだろう。
「クルシェ強いよ?」
「ああ、まあ、強さ的にはヴァンパイアっぽいかもしえないけど……」
「別にヴァンパイアでなくても強い人は多いですから。まあ、ヴァンパイアらしさなんて私は別にそれほど必要とはしていないですし構いません。主様に仕え、主様のために働き、主様に認められ褒められるのであればそれで」
「……うん、クルシェには感謝してるよ」
「はい!」
『羨ましいなあ……』
話には入っていけないシエラが呟く。
シエラの姿は一応クルシェにも、アクリエルにも見えるのだが、声は届かない。
姿に関してもアクリエルはあいまいに、クルシェはそれなりに見える程度であり、正確に姿が見えるのはアズラットのみ。
そういう立場であるがゆえに、シエラは話にも入れないし、関わり辛くもある。
実に辛い立ち位置である。
『……何か後で考えるよ』
『ん、いいの。私もクルシェと同じでアズラットの傍にいられればいいし』
『……そういうものかな』
『私の場合、元々シエラのアズラットへの想いが根幹だから余計にね』
もっとも、シエラも現状に関してはそこまで気にしていない。
根本的にシエラは他者との関係はどうでもいいのである。
ただ、アズラットとも関われる状態ではないのでそこはシエラとしては何とかしたいところである感じだ。
まあシエラの場合は実体を持つにもその姿の可変性がどう反映されるかもわからないので難しいと思われるが。
と、そういった経過を挟みつつ、特に問題もなく…………突発的な出来事はありつつも彼らには問題なく、港へと到達する。
基本的に旅の人数も増え、<人化>しているアズラットと違い圧倒的な魔物の気配、強みの雰囲気を出すクルシェがいる。
碌な魔物は寄ってこない。出てくるのも盗賊などの人間である存在くらいである。
まあ、その盗賊も道中ばっさばっさと出てくるほど数は多くない。
基本的には特に何かに出会うということは少ない。
「…………大丈夫そうか?」
「見て回りましたし、聞いて回りましたが……特に主様のことを気にされている様子はないですよ? まあ、念のため顔を隠しておいた方がいいかもしれませんが」
クルシェが仲間になり聞き込みもだいぶ楽になっている。
アズラットとアクリエルではやはり色々と聞き込み辛いところがある。
大人で結構な年数人間社会での経験のあるクルシェはそういった事柄に対して慣れている。
それゆえに、容易に人から話を聞くことができる……隠れて魅了を使っていたりもする。
まあ、話を聞く以上の用途ではない。
さて、一体彼女が何を聞き込みしたか、何を見て回ったのかというと、アズラットに関しての情報があったかどうかである。
理由としてはアズラットがこちらに来るときに船に乗っていたことが要因だ。
アルガンドのある大陸では港は大きな港湾都市に存在する。
そこ以外に港がないわけではないが、いちばん大きな場所がここだ。
そして基本的に大陸間を渡る船はそこに集まる。
まあ渡る先は聖国のある大陸とアズラットが最初にいた大陸の二つの間だけだが。
他に移動先になる大陸があるのかどうかは現状では不明である。
まあ、あったならば新たに港のある場所を作ることになるだろう。
と、そういう話はともかく、アズラットは船に乗っていたがその時シーサーペントの戦いにて海に引きずり込まれた。
船はそんな引きずり込まれたアズラットを置いて海を渡り大陸へとたどり着く。
ここで問題なのがアズラットは船の乗客であったということ。
冒険者でもなく、戦った結果海に引きずり込まれた。
その事実がいろいろな意味で扱いに困るわけである。
冒険者でないというのも実に面倒くさい点だ。
ただの乗客を戦わせ、その結果死なせた。それは船の評判にもかかわる。
ゆえに海に落ちたアズラットが生きている可能性を考え、人相書きを出して捜索する必要がある……かもしれない。
もちろんそうなるとも限らず、単に船側に注意勧告、警告などが行われる程度にとどまるかもしれない。
あるいはアズラットの存在をなかったことにするか。
そこは船側、船の持ち主や船旅の運営側の判断である。
「実際どうなったと思う?」
「そうですね……話を聞く限りではシーサーペントに食いつかれ、そのまま海に引きずり込まれたわけですから、まず生きているとは判断されていないでしょう。となると事実を話したのであれば、罰は受けますが運営停止とまではいかないと思います。まあ、大陸間、海を渡る船は少ないですから」
「……確かに船旅を行う船が一つなくなるだけで船の運航に大きな問題が出るか」
「何も話していないのであれば捜索する必要もありません。忘れるように務めていると思います。まあ、もしかしたら隠していることがばれて厳重注意くらいは受けているかもしれません。どちらにしても主様が捜索されている可能性はとても低いでしょう」
船側がわざわざ自分たちの失態を衆目に曝すような行いをするとも思えない。
アズラットのことは公に出す必要はないと秘されている可能性が高い。
どちらにしても探す必要性はないのだから。
まあ、船側はいろいろと起きた問題に関して何かを言われている可能性はあるだろう。だがそれくらいである。
それに関してはアズラットに都合のいい話だった。
しかし、見知った船員に見つかる可能性はある。
アズラットが船に乗っていたのはまだ最近の話、記憶に新しいことだ。
そこに死んだかもしれない事実は記憶を風化させていないかもしれない。
見つかってしまった場合、なんで生きているのかという話になるかもしれないと考えるとあまり関わらないほうがいいだろう。
アズラットという存在が表に出てくることはお互いにとって不都合なことになる。
ゆえに姿を隠す。
「とりあえず、乗る船を決めましょう。すぐに出るわけじゃなさそうですし」
「そうだな」
まずはどの船に乗り神山のある大陸へと向かうのか。それを決めてから乗船券を購入する。
ちなみにお金は問題ないくらいにある。クルシェがあまり使うこともせず貯めていた物だ。
また、道中の盗賊から迷宮で倒した魔物の素材などを換金したりもしている。
現在のアズラットたちは地味に小金持ち、なので多少お金を使う事態になっても全く問題なかったりする。




