296 短期迷宮行軍
「あはははははははは!! 数だけは多いねっ! もうちょっと戦えないのー? あははははははは!!」
アクリエルが魔物を屠る。言葉の通り、相手の数だけは多い。
強さはアクリエルには遠く及ばないが。
とはいえ、魔物の中には集団行動で強みを発揮する存在もいて、そういった存在は個では決して強くはない。
アクリエルのような人魚のように生活する環境が強みになる生物もいる。
また、単純な強さでは遠く及ばずとも勝てないまでも負けない戦い方ができる生物もいるだろう。
あるいは数の強みから無限に湧いてくる存在もいるやもしれない。
しかし、ここにいるのは単に数で押してくるだけの強さとしては半端な魔物。
群れは作っているがそれだけであり、連携し相手の動きを阻害するようなことすらしない。
集団であるため時々そういったことに繋がる動きもあるがアクリエル相手ではあまり意味はない。
圧倒的な力によって多少の小細工は攻撃諸共吹き飛ばせるのだから。
「…………やっぱりアクリエルは強いな」
「そうですね。確かに弱くはありません。この世界……地上で活躍する人間と比較しても彼女の方が強いと言える相手も多いでしょう」
「それはつまり、アクリエルよりも強い相手がいると」
「それは当然のことです。確か、レベルは七十を超えているとのことですが……レベルは確かに素の強さを示す者ですが、決してレベルだけが指標になるわけではありません。元々の種族の強さも影響しますし、スキルのレベルやその使い方も重要になりますから」
そんな無双を行っているアクリエルの姿を見ながら、クルシェは辛辣なことを言っている。
実際アクリエルのようなレベルだけが高い、という存在はいないわけではない。
とはいっても、この世界における通常の魔物の強さでレベルを上げる場合良くて五十から六十が限界と思われるが。
基本的にレベルを上げるのならば迷宮の最奥へと挑むべきである。
迷宮は地上と違いレベルの高い魔物が多い。
これは迷宮という魔物を生み出す環境の持つ強みだろう。
「しかし、良かったのか? 迷宮に来て」
「……まあ、今すぐ伝言にあった神山へと行きたいところではありますが、一緒についてくる彼女の鬱憤晴らしくらいは少し手伝ってあげたほうがいいでしょう。我が儘を言っているのを無視して主様の物であるあの剣が彼女に持っていかれると困りますし」
「そこまで困らないけど……」
「いえ、あの剣は困ると言っていますよ? なんとなくですが、主様との繋がりを感じます。本来なら主様が使うべきだと思うのですが……」
「剣を持ったことのない、実際はスライムの存在が剣を使って戦えと言われてもな……」
この迷宮に来た理由はアクリエルの鬱憤晴らし。
彼女が暴れたりないとうるさくなってきたことが原因である。
実際彼女は海にいた時よりも戦いは控えることになっている。
戦闘狂と言ってもおかしくないくらいに戦闘に傾倒する彼女には中々につらい。
不満は今はまだ小さなものだが、溜まってしまうとどのように溢れ暴れるかわからない。
それゆえにクルシェは神山へと向かうため大陸を渡るための船が出る都市に向かう途中にある迷宮を経由地とすることにした。
そしてその迷宮にて、アクリエルを暴れさせている。
攻略が目的でないので別段これと言って問題はない。
『アズラットは剣使わないの? 物語の凄い人とか剣をよく使ってるけど』
『だから、スライムに何を期待しているんだ……』
『でも今は人の姿だよ? 使ってみたりしたらいいんじゃないかなと思うけど……』
『…………まあ、機会があればな。ところで、シエラは何か要望はないのか? アクリエルは迷宮で大暴れしてるわけだが』
『私は別に……アズラットと一緒にいられればそれで。でも、こういう機会はいいかも? 迷宮とか入ったことは基本的にないし』
『そうか』
アクリエルと違いシエラは特に現状に文句や不満はない。
そもそも彼女は根本的に普通の人間の感覚とは違う。
彼女はかつてのシエラの想いの残滓である。
言うなれば、彼女はかつてシエラの抱いた想いが形となった存在。
そんな存在であるがゆえに、彼女が生きる理由、目的はその想いが根幹となる。
自分自身の意思がないとは言わないが、根源的に思考、心の大本となるのはシエラの想いであるため、そこから大きく離れることができない。
ゆえに彼女はアズラットの近くにいられればそれでよく、それ以上はそこまで望まない。
今回のようにシエラではできなかった新しい経験、楽しいことができればそれでいいと言ったところだろう。
「ふう……うーん、弱かったー!」
「そうですね……ここでなら、私も全力を発揮できますし、少し戦ってみますか?」
「…………っ!」
クルシェがアクリエルに己の気、敵意、殺気をぶつける。
ぶわっとアクリエルは体に鳥肌が立つ。
アクリエルとクルシェではクルシェの方が圧倒的に強い。
それゆえにクルシェを相手にするとアクリエルは怯えが出る。
しかし同時にアクリエルは勝てない可能性の高い相手でも戦いとなると恐怖よりも喜びが出る。
勝てない相手から気を向けられながらも、その表情にあるのは笑み。
強者と戦える機会を楽しく思うものだ。
「いいの!?」
「死なない程度にですよ? もちろん、あなたが死なない程度に、です。ああ、多少の傷なら私は回復が容易なので、そこまで気にしなくてもいいですからね」
「うん!」
どん! と人間同士のぶつかり合いが出す音ではない音を出しながら、二人が戦いを始めた。
「……そういえばクルシェは日の光の下では全力じゃないんだよな。建物の中でも。そう考えたらあの時アクリエルを抑えてたクルシェはどのくらいの強さだったんだろう?」
地上にいる際はクルシェとアクリエルが戦い合った場合、素の強さではアクリエルの方が有利だろう。
しかし、彼女らにはスキルの問題もあるし、根本的な戦闘経験の問題もある。
また、素の肉体の強さ、種族的な強さの違いもある。
技術という点に関して、クルシェとアクリエルでは年月の差もあり大きな隔たりがある。
そもそもアクリエルはレベルを上げて強くなった系統の筆頭のような存在だ。
でなければこれくらいの幼さであの強さはなかなかないだろう。
スキルに関しても、レベルだけ上げればいいというものではない。使い方、応用、様々な点において経験が必要となる。
つまり現状のアクリエルでは弱体化しているクルシェに勝てるかどうかすら怪しいくらいに……弱い、のである。
「…………教えてるな、あれは」
『教えてるって?』
『戦い方。アクリエルは何というか、これまでずっと海の中で戦ってたから地上で戦うってことの経験は全然ない。レベルは高いし、スキルもあるし、戦いの経験もあるが……地上で同じ強さってことはないはずだ』
『まあ、そうだね』
『だからクルシェがアクリエルに戦わせて地上での実際の戦い方を教えているんだろうな。まあ、クルシェは武器を使ってないからある程度当てになるくらいで武器の振るい方とかそっち方面ダメそうだけど』
クルシェは素手で、アクリエルは剣。
ある程度体の動き、戦闘の流れ、攻撃される場合の受けなどの対処くらいなら教えることはできる。
しかし、地上での戦闘、剣を使った戦いに関してはクルシェでも教えることはできない。
まあ、だからこそ強者である自分自身と戦わせることで戦い方を無理やり学ばせているのだろう。
「あ、吹き飛んだ」
『だ、大丈夫あれ!?』
「……ま、ここまでかな?」
クルシェの攻撃によってアクリエルが吹き飛ぶ。仮に大丈夫でも無事ではないだろう。
流石にこれ以上の戦闘はできないと考え、アズラットはクルシェを止めに行く。
まあ、彼女もこれ以上は無理だと見て動きは見せていないが。




