292 クルシェとの再会
「今までずっと別れていた相手との再会だから興奮したことはわかる。だけど、往来でああいう行動をとるのはどうなの?」
「はい……」
「それに、ああいう行動をとること自体は悪いとは言わないけど、場合によっては別の相手になるでしょ。俺の姿、正確には知らないわけだし」
「はい…………」
「俺はまあ、あの力で抱きしめられても無事だけど、人間だったら? あれ、たぶん潰れて死んでいた可能性あるぞ? 死なずとも骨が折れるくらいはあってもおかしくなかった」
「はい………………」
「周りからどういう目で見られるか、って考えた? そもそもわざわざ自分で出てこないのは理由があったからじゃないの?」
「はい……………………」
アズラットとの再会で思い立った結果すぐ行動したクルシェはその行動を咎められている。
彼女の行いはいろいろな意味で実に軽率だったと言えるだろう。
確かにアズラットでなかった可能性は有り得る。
それに、結構な大声を出していたことを考えるとその声が誰かに聞かれていた可能性もある。
普通に通じる道だったということもあり、そこに人がいた可能性もある。
仮にその様子を見られていた場合どうなっていただろう。
別にそこまで気にする必要はなかったかもしれないがクルシェの立場を考えれば少しは気にしたほうがよかっただろう。
なぜなら彼女はヴァンパイアであり、本来なら人間の街で生活するような公に出るべきではない存在である。
できればばれないように隠れて過ごす、夜のみ食事のため活動するくらいの方がいい。
それを思いっきり無視した行動だった。しかも日の光の下に出てまで。
「…………まあ、俺もクルシェと再会できたのは嬉しいことだからそこまで咎めるつもりはないけど。ともかく、今後は軽率な行いは禁止。わかったか?」
「はい。主様の命ですから、従います」
「ならいい…………それにしても、久しぶりだな。っていうか、俺はそこまで久しぶりって感じではないけど、クルシェはもう久しぶりという感じでなくてもっとあれじゃないか? 年月的に」
アズラットは迷宮を生み出すために眠りについていたが、クルシェはそういうわけではない。
主であるアズラットを幾星霜待ち続けていた。
その年月は数百年……まあ、百年は確実に超えている。
どれだけ主のいない間、寂しい思いをして待ち続けたのか。
その想いを考えるだけでも苦しいものとわかるだろう。
「百年は確実にお待ちしてましたよ。もっと待っていたかと思いますが、体感では正確な年月はちょっとわかりません。私にとっては年月の重みはあまり意味を成さないものですし、そこまで気にしていません……ずっと待ち続けるだけというのは辛いことでしたけど」
「そうだな……」
「でも、主様を探しに迷宮に挑み、主様に再会するものかと思っていましたが、外に出てこられたのですね。こちらとしてはとてもありがたいですが、よかったのですか?」
「別に迷宮に俺が必要だったとかそういわけじゃないしな。それに、クルシェが生きているだろうと思って探すつもりもあったし」
「まあ! それはとても嬉しいです! そちらから探してくれていたのですね!」
「ああ、まあな」
迷宮を出てからの経緯を簡単に説明した。
迷宮のある大陸からネクロノシアへの移動、そこで出会った聖国の関係者。
そしてそれから逃げて元の経路をたどり元の大陸へ戻り、そこから海を渡ること選びこの大陸へ。
その途中で海の中に沈んだりといろいろとあり得ないような出来事はあったが、アズラットがアズラットだからこそだろう。
そうクルシェが考えるくらいにいろいろと騒動をアズラットは経験していた。
「そんなことがあったのですか……………………そこにいる女性に、うっすらと見えるその女性もそういうことですか?」
「アクリエルは、うん、海底で連れていくことになった人魚だな。昔俺が海に沈んでた時に魔剣を渡した人魚の家系の子供。なんというか、戦闘狂気味な所があって、そのせいで追いやられる結果になった感じだな。本人はあまり気にしてない見たいだけど」
「そうなんですか……まあ、下手に心に傷を残すよりはいいかもしれませんね」
「っていうか、え? もしかしてシエラ、見えるのか?」
『……見えるの? いえ、見えるだけじゃなくて聞こえたりするの?』
「はい。見える分には見えます……でも、しゃべっていることは解りませんね。主様はお分かりになりますか?」
「ああ……流石に見えるだけか。そのあたりアクリエルと同じか?」
厳密にはアクリエルは何かが見える、程度だがクルシェはうっすらとではあるがその姿をしっかりと見えている。
その差は立場の差が大きいだろう。
アクリエルはアズラットと繋がりのある魔剣を持ち、それを借り受け使用する存在である。
それに対しクルシェはアズラットと契約を成している存在である。
つまりアズラットとの繋がりが太い。
また、彼女の場合スキル神の加護もある。同じ神格から受ける寵愛と加護、その恩恵も関わっている可能性はあるだろう。
あるいは本人たちの力量の問題か。
少なくともレベルという点ではアクリエルよりもクルシェの方が高い。
むしろまだ迷宮を作る可能性に至っていないレベルであることの方が奇妙に思えるくらいだ。
まあ、クルシェはそこまで戦闘を好ましいと思っていないので戦闘回数が少ないというのが大きいのだろう。
「その女性は?」
「昔俺が世話になった子供……が成長した姿、だな。まあ姿は変えられるみたいだけど」
『ええ……子供も…………大人も…………少女も…………自由自在だよ!』
「見た目を変えられる……のにどういう利点があるかはわかりませんが、可愛らしい子ですね。声は聞こえませんが」
シエラの姿を変化する様子を見てそう感想を述べるクルシェである。
『……なんで出会った頃の姿に?』
『だって、少女も大人の女性もアズラットの傍にいることになるんだよ? 見た目、二人と違う状態じゃないと被っちゃうから! 差別化しないと、私みたいに傍にいるしかできない、話すことしかできない存在なんて忘れられちゃうよ……』
自分の立場が薄いことを気にしていたようだ。
シエラができることなどずっとアズラットの周りにいてついていくことだけ。
アクリエルのような目立った戦闘の活躍もないし、クルシェのように傍にいて奉仕できるわけでもない。
知るわけではないが、ネーデのように一緒に戦ったわけでも、アノーゼのようにいろいろな支援を行えるわけでもない。
シエラは指輪のおかげで遺っているだけの、本当に何もできない普通の人間である。
ゆえに、彼女にできることは自分の姿でアズラットに潤いをもたらすのみ。
あるいは言葉で楽しませるのみ。それくらいである。
『……あまり気にしなくてもいいだぞ? 昔の知り合いが残ってる、というだけでも俺としては嬉しいんだから』
『そう言ってくれるなら、嬉しいよ。でも気にしないではいられないから』
アズラットとしてはシエラに会えただけでもかなり嬉しく思う気持ちはあった。
だがシエラはそれだけではだめなようだ。
まあ、彼女としてはアズラットは家族のようなものだったからこそ、力になりたいというのもあるだろう。自分が救われたからこそ。
「主様?」
「ん? ああ……ちょっとシエラと会話しててな。彼女、なんというか俺の持っている指輪に憑いている存在だから……だからかな、会話できるのが俺だけなのは?」
「指輪ですか……そのようなもの、もっていたのですか?」
「クルシェに会う前に子供のシエラに渡したからな……まあ、あの時はどうしてもお別れしなきゃいけない状態だったから、思い出代わりだな」
「思い出……あなた……ではなく、そのシエラさんですか? 少し羨ましく思いますね」
主であるアズラットからクルシェは特に何も貰っていない。
いや、主従契約だけでも十分なのだが。
しかし他者がもらっていると聞けば自分も、という気持ちはないでもない。
まあ、今更の話なのだが。
『ふふん、いいでしょ!』
「………………言っていることがわかりませんが、なんとなく表情で察することもできるんですよ?」
『……こ、怖い』
クルシェは会話もできないし、物理的にシエラを殺すこともできない。
しかし、長年ヴァンパイアとして生きた貫禄か、にこりと笑ってみられるだけで恐ろしいものを感じるシエラだった。
一応シエラも年月だけを言えばクルシェと同程度の時間を存在していたのだが……経験の差だろうか。




