290 蝙蝠の先の知り合い
アズラットとアクリエル、シエラの三者はしばらく竜生迷宮のあった場所にてしばらく待つ。
そうすると蝙蝠の飛び立った方向から戻ってくる蝙蝠が一匹。
(……行った分だけ戻ってくるわけじゃないのか?)
この場にいる蝙蝠たちは使い魔なのか、そうではないのか。
仮に使い魔だとしても立場の違いがあるのか。
少々疑問に思うが別にアズラットにとってそのあたりのことは重要ではない。
戻ってきた蝙蝠の使い魔を通して何ができるのか、どう対応してくるのか。
そちらの方が重要だ。
「んー……少し雰囲気違うかな?」
「……あの蝙蝠か。確かに飛んでいった奴よりは……格上かな?」
雰囲気、気配と言ったものでいえば、今この場に戻ってきた蝙蝠はこの場にいるどの蝙蝠よりも上位だろう。
もっとも蝙蝠は蝙蝠、魔物ですらないのであればその強さはそこまでではない。
ただ、それでもアクリエルとアズラットが他の蝙蝠とは明らかに違うと感じられる程度には強さを発している。
「"……私と話したいというのはあなたたちでしょうか?"」
「喋った!」
「……やっぱり使い魔か。<念話>とかと少し違うな。使い魔を通して話しているのか、もしくは使い魔に喋らせている?」
『……凄く現実離れした光景ね』
蝙蝠が喋り出すというのはアズラットやアクリエルと言った魔物達にとってもあまりに突飛な出来事である。
しかしこの出来事はアズラットにとっては蝙蝠の後ろにヴァンパイアがいる可能性を確信させた。
いや、正確にはヴァンパイアではないかもしれないが、少なくとも蝙蝠を使い魔にする何者かがいるのは確実である。
アズラットのそれはそうであったらいいな、という願望に近い。
まあわざわざ蝙蝠を使い魔にするくらいだからヴァンパイアの可能性は低くないかもしれないが。
「"私に用事なのではないのですか? ……なんでしょう、話していて少し調子が狂います。あまりこういった方法での会話をしないからですか? わかりませんが……ともかく、何か聞きたいことがあるんですよね? 手早く済ませましょう。今は日中ですから私もあまり完全に力を発揮できつわけではありませんし"」
日中に力を失う、減じるというのはヴァンパイア的な特徴である。
まあ、ヴァンパイアの場合は日光で消滅するのが性格になるのだが。
とはいえ、力のあるヴァンパイアなら消滅はしないかもしれない。
日光に関係なく昼夜が影響するかもしれない。
そもそも昼間でも暗闇なら全力を出せるというのも変な話だろう。
昼間はヴァンパイアはどうあっても全力を出せないのかもしれない。
「ああ、やっぱりヴァンパイアであってるか。えっと、あなたに連絡を取ってもらったのはこちらとしては聞きたいことがあったからなんだ」
「"聞きたい事ですか……それはわざわざ私にお訊ねすることですか? ……? やはり何か、少し妙ですね……使い魔とのつながりの問題? 周辺の状況? なんでしょう…………"」
「調子でも悪いのか?」
「"いえ、そんなことありません。心配してくれてありがとうございます………………やっぱりちょっと妙というか、おかしいというか。ええ、手っ取り早く話を済ませましょう。聞きたい事とは何でしょうか?"」
何か調子が悪いのか蝙蝠の先にいる使い魔の主はどうにも戸惑っているような感じになっている。
そもそもこうやって使い魔を通して話すということ自体滅多にしないことであるためその影響か。
あるいはここにいるアズラットの存在、迷宮主、上位種、支配種の関係か。
または魔剣や指輪の影響か。
結局何が影響しているかはわからないが、調子が悪いのであれば手っ取り早くこの対話を終わらせる方がいいだろう。
相手の意見に従いアズラットもあまり無駄に時間をかけるようなことはせず、己の訊ねたいことを訪ねる。
「一応あなたがヴァンパイアであるという前提で訊ねる。今の所肯定はされてないから厳密にはわからないが。えっと……クルシェっていうヴァンパイアの女性を知っているか? 知っているならどこにいるか聞いておきたいんだが。あるいは関係する情報でもいい。どこに行ったとか、どこにいたとか」
「"っ!? …………それを知って何をしようというのですか? 事と次第によってはこちらも相応に対処しなければいけませんが"」
「……まあ、それはつまり知ってるってことだよな。えっと、彼女は俺の知り合いなんだ。だからとりあえず生きているなら会って話したいな、と」
「"…………? 知り合い? 彼女はヴァンパイアです。それも故郷を失ってヴァンパイアになった存在。それなのに知り合い? そんな相手がいる…………ことはいますが、あなたのような人間ではないはずです。それを知り合いというのはおかしな話ですね……そもそもなぜ彼女のことを知っているのですか? 彼女はそれほど自身の情報を残していませんが"」
「……あー、確かに人間の姿では知り合いとは認定されないか?」
アズラットはここに至って自分とクルシェの関係でお互いが知っているお互いの姿、というものがかつての姿であるという事実を思い出す。
今のアズラットは<人化>した姿であるため、傍から見れば人間のようにしか見えないだろう。
これが魔物を感知する系統のスキルを持っているとか、せめて直に近くにいて接すればまだ魔物であることを判断できたかもしれない。
さすがにこの見た目でスライムであるという判断をすることはないが、それでも人間としては認定されないだろう。
「えっと……でも、元の姿に戻すと会話できないな。えっと、アクリエル、<念話>で伝えたいことを話すから代弁してもらえる?」
「えー? 面倒くさーい」
「……じゃあ、えっと、一度元の姿に戻るから、それを認識したうえでもう一度話そう」
「"……元の姿?"」
そういってアズラットは<人化>を解除する。
どろりと溶けるように、アズラットは元のスライムの形に戻る。
この状態では<念話>でないと会話ができない。
蝙蝠を通して<念話>で会話するのは流石に無理、蝙蝠に<念話>して通じるかがわからない。
だからアクリエルに通訳を頼もうと思ったのだが、彼女はそれを拒んだ。
なので姿を元に戻した後、再度<人化>して会話しなければならない。
実に面倒な話である。だが、この行動は相手の態度を劇的に変化させる。
「"っ!? まさか、まさか…………! 主様!?"」
(……え? いや、まさか……<人化>)「えっと、もしかして……使い魔を使役してるのって、クルシェか?」
「"はいっ! 主様の従者である、クルシェ・クロノシス・アストリアです! ああ、この日をどれほど待ったことか……いえ、まだ主様に出会えているわけではないのでまだこの喜びに浸るのは早いですね!"」
「…………ああ、うん、変わらないな」
蝙蝠を使い魔とする存在、恐らく推定ヴァンパイアであった存在は、どうやら探し人であったクルシェその人であるようだ。
少なくともスライム姿のアズラットに対しこのような反応を見せる、スライムを主と慕う存在はアズラットはクルシェ意外に知り様がない。
ゆえに、そう判断するしかない。
何年、何十年、何百年経とうとも、彼女はどうやら変わっていないようである。
「なんか喜んでるね、よかったね」
『いいのかなあ、これ…………それにしても、知り合いかあ。しかも……女性? 主様って、アズラットの趣味? うーん…………アズラットはスライムなのにそういう趣味だったり?』
『勝手に人を変な趣味の人間にしないでくれるかなっ!? 言い出したのは向こうから、慕ってるのはとんでもない危機から救出したからだから!!』
変わっていないことがよかったのか、それとも悪かったのか。
むしろ下手したら悪化しているのではないだろうか。
ともかく、不安は有れど再会できる機会が巡ってきたことは喜ばしいことのはずである。




