283 はじめてのたたかい?
「あはははははは! あんまり強くないけど、別にいいよね! もっと、もっと戦えるでしょ!」
「う、うわあああああ!!」
「くそっ! なんとかしろっ! そいつを殺せっ!」
「ひ、ひいいいいいっ!!」
「逃げるなっ!」
「もう、全然弱いねっ! 魔物の方が全然強いよっ! あははははは!!」
「……どうしてこうなった」
アズラットたちは地上を歩む。目的地はアルガンドの竜生迷宮。
ただ、その過程はそれなりに長い。
一応アズラットだけならスライム姿や加速の利用などいろいろとできるのだが、今はアクリエルがいる。
アクリエルがいる状態ではどうしても彼女の行動能力が大きく影響する。
それゆえに街道をゆっくりと二人で進むわけである。まあ、シエラがいるので正確には三人だが。
ただ、自分たちの認識は三人でも傍から見れば二人なわけであり、二人という認識になる。
さて、そんな二人が旅をしているわけであるが、この二人はどういう風に見られるのか?
あまり年齢のいっていないだろう若めの男性に、幼さの残る少女という組み合わせ。
果たしてこの二人の組み合わせがどのようにみられるのか。
まあ、色々な意味でいいように見られることはないだろう。
見た目的にも似ているわけでもないため、兄妹には見られない。
まあ、異母兄妹異父兄妹の可能性はあるが。
ともかく、そういう二人はどうしても難しい立ち位置になる。一般の層から見ても。
そして、一般層ではない立場から見ればどうか。
例えば奴隷商人とか、例えば盗賊とか山賊とか。
彼らのような悪事を働く側から見れば、あまり強そうに見えないアズラットに見た目普通に近い少女のアクリエルは恰好の標的になるだろう。
もちろんアクリエルは魔剣を常に持っているのだが、その魔剣もまたお金になりそうな商品に見えなくもない。
そういうこともあって、彼らは盗賊に狙われたのである。
「よう」
「……何か?」
「へっへっへっ。大人しく俺たちに捕まればひどい目には合わねえぜ?」
「…………はあ」
いきなりそう言ってきた盗賊。出てきたのは彼一人ではなく、だいたい十数人程。
アズラットとアクリエル相手にそれだけの人数を出してきた……というわけではないだろう。
単純にこれで全員か、二人を見縊ってこの程度の数にしたか。
まあ、アズラットやアクリエルの強さを知らなければその判断になるわけであるが。
「んー? なに? なに?」
「……どうやら俺とアクリエルを捕まえて売り払う、ということなんじゃないかな?」
「ふーん? 何それ?」
「……アクリエル、倒していいから」
「強いの?」
「多分弱い」
「ふーん。まあ、いっか。強くなくても」
アクリエルが地を蹴って、一気に盗賊の一人に近づき、その剣を振るう。
「は?」
「んー、やっぱり強くない。弱い。斬れちゃう? あっさり斬れちゃう? まあいっか。さ、やろ! 戦おう! どうせ戦うならもっとちゃんとやらないとね!」
一人、アクリエルの振るう剣によって斬り飛ばされた。体の真ん中で上下に分かれて。
流石にそんな盗賊の姿に仲間の残りの盗賊たちも判断が遅れる。
いきなりそんなことのできる人間は多くない。
「あはははははははははははは!!」
「っ! だ、誰かそいつを何とかしろっ!!」
と、そういうことで今の状況になったわけである。
アズラットとアクリエルを狙った盗賊たちとの戦いに。
いや、戦いというには少々一方的すぎるだろう。
アクリエルはこれでも海で魔物を殲滅している。
その経験値によるレベルの上昇、恐らくは確実に取得している剣系スキルと扱う魔剣の性能。
そういった部分でとても強いため、盗賊たちはアクリエルに一方的に殲滅されている状況である。
「……まあ、こうなるのは目に見えてたけど」
アクリエルの強さを知っている故にアズラットは盗賊たちがひどいことになるのはわかっていた。
まあ、盗賊なのでそれに関しては自業自得としか言えないのだが。
「しかし、アクリエル……強いな。わかっていたことだけど。でも、ここは海じゃなくて陸地なんだけど……」
アクリエルは人魚である。当然その活動域は海中であり、戦いもずっと海の中で戦ってきた。
<人化>スキルを持っているが今まで陸地に上がることはなく、ずっと海の中で戦ってきていたわけである。
いきなり地上に出てきてその地上での戦いができるのか、という話である。
海の中での戦いと地上での戦いは全然違う。移動手段も、剣の振り方も、敵の動きも。
人魚であるアクリエルはどうしても海で活動する方が慣れて優秀な性能を誇るはず。
<人化>して人の姿になったとはいえ実力的に言えば海の中の方が格段に強い、それは間違いない。
とはいえ、だから陸地に上がるとアクリエルは弱くなる、というわけではない。
むしろ陸地では海中においての制限の多くがなくなるためアクリエルも実に戦いやすいと感じている。
まあ今までの環境への慣れや人間と人魚の状態での活動能力の違いもあってそこまで単純な話でもない。
しかし、戦うという点においてアクリエルは天性の天才的な感覚を持つ。
それこそ魔剣と会話するようなこともできる奇妙な人魚であるのだから。
「あははははははははは!!」
「……しかし、これを見ていると戦闘狂にしか見えないな。いや、概ね間違ってないのか? 実際結構な戦闘狂っぽいし」
アクリエルは決して戦闘狂というわけではない……と、思いたい。
実際結構あれなところである。戦闘以外に興味はありません、みたいな性格をしているのだから。
とはいえ、別に戦闘しなければ死ぬわけでもないし、普通に生活する分には問題ない。
ただ、彼女にとって戦闘は生きがいであり、戦闘することに楽しみを見出し戦闘することにのみ興味を持つ。
立派な戦闘狂いとしか思えない。
「……あ、これで最後だな」
最後の一人がアクリエルに倒された。当たりの状況は死屍累々、死体ばかり。
武器も防具も多くはアクリエルによってぶった切られて使い物にならない。
回収できるものもあるが、血だらけである。
「これはひどい……」
『酷い……』
シエラも見ていることしかできなかった、というかシエラの顔色が悪い。
まあ、シエラはこれで旅商人の娘であまりこういった惨事の経験がない。
一応魔物を扱っているためそういった点で危険な経験がなかったわけではないが、かといってここまでひどい事態というものは経験がない。
人間の死体が散らばり辺り一面血だらけでその中で戦い笑うアクリエルの姿、色々な意味で恐怖体験である。
「終わったよー」
「ああ……とりあえず、アクリエルはなんとかして体を洗った方がいいと思うぞ?」
「んー? なんでー?」
「いや、血だらけだから」
「んー……別に気にしなくてもいいと思うけど? 何も問題ないよ?」
「問題があるからな? ありまくるからな?」
ある意味海の中でしか戦ってこなかった弊害だろう。
海の中だと洗うということが必要なかった。
もちろん汚れないというわけではないが、そのあたりの問題解決はシーリエラが行っていたのだろう。
しかし今、地上においては状況が変わっている。
アクリエルの世話はアズラットが行わなければならない。
「……新しい服を買う? それとも俺が何とかして洗浄……は難しいから血を何とかして消化するとか? 体表面なら……<契約>でなんとか綺麗にすることくらいなら難しくなさそうだが……<人化>の解除で人魚化して水の中に入ってもらうとか? まあ洗うという点なら別に<人化>の解除が必須というわけでもないと思うが……うーん」
色々な意味で困ったことになっているアズラット。
アクリエルのことよりもまず死体処理の方を先にした方がいいかもしれない。




