281 底より出でしモノ
それは明瞭な、明確な、知的な意思、思考を持つ存在ではなかった。
かつて花都と呼ばれた都、都市、そんな場所がそれがいた大陸には存在した。
魔物が嫌う花によって守られていた都市。
そんな都市はとある日、大きな被害を受け壊滅した。
その被害は人によるものではなく、魔物によるものであった。
魔物が嫌う花、香りや花粉、あるいは毒性のある物質を用いては不明であったが、それによる守りは結構な物だっただろう。
しかしすべての魔物に対し効果があるわけでもなく影響を受けない魔物もいないわけではない。
ではそういった魔物が花都を崩壊に追いやったのか、といわれるとそれもまた違った。
それは元々花都に住んでいた虫の魔物であった。
虫の魔物はある程度花都の使う魔物避けの花に対して抵抗力を持つことも珍しくはなかった。
しかし、それでも花都を襲うような、近づいて花をどうにかしようとする魔物はそういるものではないだろう。
本来は、そうだった。そうだったはずなのだが。
ある日を境にそれは大きく変化した。
耐性のある特殊な魔物がその日生まれてしまったからだ。
とはいえ魔物と言えども花に対して耐性がある、効かないというだけならばそれほど大きな脅威にはならない。
問題があったとすればそれはむしろ花を好んだことだ。
食らい、己に取り込み、その魔物は成長した。
それはスライムではなく、虫の魔物である。食事による成長は本来ない。
ただ、その花自体の性質もあったのか、それによりその魔物は成長した。
魔物が成長する要素は主に戦い勝利することである。
生物にはレベルがあるが、それは相手を倒すことで得られる物。
魔物避けの花はその性質上魔物を殺すこともあり、それにより経験値が蓄積されレベルが上がっていたのかもしれない。
まあ、細かいことはわからない。
花都を守る魔物避けの花をその魔物は好んで食べていたことくらいしかわからない。
その魔物は魔物避けの花を食べて、食べて、食べていった。
魔物避けの花は花都の周りにたくさん存在した。
魔物避けの花を食べるにしても、その魔物一匹で食べられる量はそこまで極端に多くはない。
それゆえにその発覚は遅れ、仮にその存在が発覚してもそれほど脅威とは思われなかっただろう。
たった一匹の魔物が花都を守る魔物避けの花を食べたところで魔物避けの花が消えることはない。
多少影響は出るかもしれないが、その程度ならば問題ないと彼らは魔物を放置した。
元々花都は魔物避けの花のこともあり魔物自体がそれほど多くなく、魔物の脅威にもあまり慣れてはいない。
影響を受けない魔物が花都周囲にはいくらかいるとはいえ、それら自体はそれほど脅威にならないことの方が多い。
そういった脅威に対抗する手立て、経験はあまりなく、また冒険者も魔物がいないゆえに仕事が少ないと活動は少ない。
その大陸には聖国の存在があったことも冒険者の少なさの要因だったのではないだろうか。
ちなみに聖国は頼めば動いてくれるが基本的に積極的に動き出すことはない。
まあ、勝手にいろいろと出向いて行ったりすることもあるのだが、ともかく小さなことに出向くことはないだろう。
都市一つが吸血鬼に支配されたとかそういった大きな問題でもなければそう簡単には出向かない。
気づいたときには手遅れだったのだろう。
魔物避けを食べて成長したその魔物は手が付けられないくらいに強くなっていた。
その魔物の目的は花都であり、聖国ではなかったのも大きいだろう。
聖国に近づくようであればまだ倒せた可能性はある。
しかしその魔物は花都に居つき、花都に存在する魔物避けの花を食べて、食べて、食べていった。
強くなり成長したその魔物は、進化し、強くなり、大きくなり、余計に魔物避けの花を食べていくことになる。
そしてその性質の伝播があったのか、あるいは魔物避けの花が脅威にならなくなったのか。
もしくはその魔物が魔物避けの花を食べつくしていったからか、都に近づける魔物の数が増えていく。
花都はそういった魔物達の脅威に対抗する手立てが弱い。決して対抗できないわけではない。
いや、むしろ対抗できるからこそ花都は対応を誤ったのだろう。
もしこの時聖国に手助けを頼めばまだ状況は変わったかもしれない。
花都は虫の大群に襲われた。それは魔物を含めた数多くの虫の大群である。
虫によって魔物避けの花が食らい尽くされ魔物を寄せ付けないようにすることができなくなった。
今まで花都に近づくことができなかった魔物だが、魔物避けの花がなくなることで近づくことができるようになった。
それだけで単純に近づくわけではないが、しかしそれにより魔物が寄ってくるようになる。
そもそも魔物の虫も含めた虫の大群による被害は結構な物。
魔物避けの花も、花都における多くの花も、虫に食われた。
まあ虫も花ばかり食らうわけではないだろう。
中には肉食もいる。人を、魔物を、同族を食らう魔物もいる。
花都が襲われその被害は花だけにとどまらず、都市の人間から周囲に集まった魔物まで、あるいは大群たる虫たちもまた同族で食らい合うこともあった。
ともかく、花都は魔物を含む無視の大群に襲われ壊滅し、生き残った人間も花都を捨て逃げ出し聖国にその報を伝えた。
聖国が動いたときには、既に花都はほぼ滅んだ状態であった。
残った魔物自体はそれほど脅威にはならなかった。
しかし、花都を滅ぼすに至った、根本的な原因である魔物は発見されることはなかった。
大群を率いて魔物避けの花を食らった魔物はいずこかへと消えていた。
それは迷宮主へと至るほど、迷宮を生むに至るほど成長した。
それゆえにそれは遠くへと移動し、迷宮を作るに至った。
まあ、遠くと言えども大陸としては同じ大陸内になるわけだが、ともかく迷宮を作るに至った。
それが作り上げたのは虫の楽園のような迷宮。
もっともそれは食に困り、迷宮を出ていくことにしたようだ。
そしてそれに伴いその迷宮から多くの虫を引き連れて外に出るに至る。
それは虫の魔物にとって最上位に足り得る強さを持つ魔物、種としても下位の魔物を支配するような種。
スライムでいえばキング、エンペラー、カイザー、リーダーなど、同種な魔物であればある程度は支配し従えられる種である。
同じ虫でも愛称の関係で喰らい合ったりすることもある物の、それは虫の魔物達を従え外へと向かった。
その迷宮そのものは残っているものの、そこは迷宮主のいない迷宮となった。
もっとも迷宮自体はまだ発見されていないのだが。
虫たちは食事を求める。
主たる、迷宮主になった虫の魔物もまたかつての花都のように食いでのある食事を求める。
虫たちの食事は虫によってまちまちであるが、草花から樹液などの蜜、あるいは肉食の魔物であれば生物全般だろう。
この魔物達が存在している大陸は聖国のある大陸。
現状彼らが狙うところとしてはいろいろとあるが、迷宮主たる魔物には狙うところがあった。
迷宮主たる魔物が花都から離れ迷宮を作るに至った時に通過し発見した場所。
神山、そこに存在するエルフの里、そこに存在する魔樹、およびその森と草花たち。
それは肉食というわけではないが肉も食らえる。
そこを目指すついでに、途中に存在した大きな国で獲物を食らうこととした。
目指すは神山、そしてその過程で聖国。
食らうべき魔樹を食らった後何をするつもりであるか、それは現時点ではわからない。
ただ、それは神山に来るのであれば。
そこで魔樹を食らった後、活動を穏やかにするのであれば。
それは神山に居座ることになるだろう。




