274 戦闘準備
シーサーペントとの戦いは船側が比較的優勢に戦えている……ように見える。
実際シーサーペント側は体当たり以上の攻撃手段を持たず、怒りに任せただ突進を繰り返しているだけだ。
それは船の上にいる彼らを個として認識せず船全体を敵としてみているせいもあるのだろう。
そもそもシーサーペントが彼らを敵視している理由は不明だったりするのだが。
体についていた傷から何者かから攻撃を受け、そこから逃げて海上に出た。
その海上にて出会った船に対し、怒りをぶつける、攻撃の矛先にする、あるいは敵としてみるなどの理由が考えられる。
まあ、そういった理由を考えたところでシーサーペントの行動を止められるわけではない。
重要なのはどうやってシーサーペントと戦いシーサーペントを倒すか、なのである。
現状では船側が優勢に見えている。そう、そういう風に見えているだけである。
実際の所はそこまで優勢ではない。
事実としてシーサーペントに多少の傷を刻んだがそれくらいしかダメージを与えられていない。
状況的には膠着状態か、あるいは拮抗状態と言った方がいいだろう。
船側にはシーサーペントを確実に倒す決定的な一撃を決める手段が足りていない。
シーサーペント側は船側を破壊するための攻撃が船側の防御手段を超えられない。
実質的に船側の防御手段がアズラットである以上それを超えるのは極めて厳しいと言わざるを得ない。
<防御>のスキルをアズラットあまり使用しておらずそこまで強くはない。
もちろんある程度以上にレベルを上げているので相応の防御力があり、それでシーサーペントの攻撃を防ぐことができる。
実質的に言えばシーサーペントの攻撃はヒュドラの頭の攻撃よりもはるかに低い。
そして使えば使うほどスキルのレベルは上がる。最初の時点で防げるのにそこからレベルが上がり防げないはずがない。
スキルが使用できなくなれば厄介だがアズラットのスキル使用可能回数は相当なものでシーサーペントの方が持たないだろう。
つまりアズラットの防御を抜くことはシーサーペントは不可能であるということになる。
しかし、別にその防御を突破しなくとも船側にダメージを与えることはできる。
アズラットを無視すればいい。
その考えにシーサーペント側がいたったのか、アズラットが防御に回れない場所を狙うようになってきている。
「くそっ! あいつ頭を使い始めたぞ!」
「そこまで頭がよかったかシーサーペントってのは!」
「出遭ったことがそこまでねえ、ってかほとんど出遭うことなんてねえから詳しくねえよっ!」
「一応あれで亜種の類になるが竜種に近い! ありえなくはないんじゃないか?」
「シーサーペントは海蛇で竜じゃねえぞ!」
「あくまで分類的に竜に近い扱い何だよ! 詳しく知らねえけどさあっ!!」
シーサーペントの能力、分類についてはともかく。それなりに頭脳を使えなくはないようである。
そしてその厄介さは中々に高く、冒険者や船員たちも焦りを見せる。
一応どうにもできないというわけではないし、ある程度進んではいるが、まだ航海も途中。
既に航海の半分は超えている物の、すぐに向こう側に着くというわけでもない。
このまま進めば恐らく船が沈められるのが先になる可能性が高い。
「どうする……!」
『どうするの?』
『さて、どうしようか』
防御に回るアズラット、それが徐々に追いつかなくなり始めている。
それはアズラット側も気づいている。
まあ今のところは大丈夫だし、<加速>スキルもあるので対応不可能ではないだろう。
しかし、やはり決定打が足りていないのは面倒だ。
(…………直接俺が参加するとか? 戦闘能力に関しては、俺自身はあまり強くないが……スキルの利用、一応人型状態でも身体能力はそれなりにある形になっている、ならなんとか倒すことはできなくもないか? まあ、さすがに武器は借りなければいけないけど。船に表に出したまま持ち込んではいない……剣はあるけどそれだと攻撃力は低そう。まあ、別に武器はいい物を使ってるわけじゃない。どっちかっていうと銛として使っている槍を借りてそっちを使うほうがスキル的にも都合がいいか?)
現状船の上にいる中ではアズラットが一番強い。
これはどう頑張っても戦場にいる人間ではアズラットに勝てないという意味合いである。
実際には試合のような条件をつけた戦いをすればまだアズラットに対し勝ち目はあるが、攻撃能力も防御能力も戦闘能力もアズラットの方が高い。
ただ、人型の状態では本来の意味合いでの全力は出しきれないものと思われるが、それでも強いことには変わりないだろう。
「すいません、いいですか?」
「おう、なんだ? っていうか悪いな、あいつの攻撃を防ぐのを任せちまって」
「いえ。これくらいならなんともないですし……それとは別のことで、戦闘への参加、いいですか?」
「なに? お前さん戦えるのか?」
「多少は。実は攻撃に使えるスキルがないわけじゃないんです。相手の近くに行けないとだめですけど」
「いや、それだと無理だろ。そんな近くに行けるなら他の冒険者に任せたっていいくらいだぜ」
「そうだ! 近づけないからこそ厄介なんだぞ!?」
近づけるようならば誰もシーサーペントを倒すのに苦労しない。
近づけないからこそ厄介なのである。
「いえ、手段がないわけじゃないんです。俺だけしか使えませんが」
そういってアズラットは<跳躍>と<空中跳躍>を使う。
「……高えところまで跳べんだな?」
「二回跳ぶことができる。これで相手に近づいて、攻撃を叩き込む。ダメですか?」
「……それは」
「近づけるのか? ちゃんと相手に向かって跳べるのか? 武器使えるのか?」
「……具体的にスキルを言うと、<加速>や<穿孔>というスキルがあります。攻撃をするとき、攻撃を<加速>させ、突き刺すときに<穿孔>で穴を確実に穿つ。それなら近づくことさえできれば、相手の急所を一撃で貫き抜ける」
「……かなり幸運を期待しなけりゃいけない感じだな」
実際相手に近づく時点でミスをすればアズラットは海に落ちることだろう。
相手に取り付くことができても急所のある頭に取り付くことができるとも限らない。
まあ、相手の体に取り付くことができればその身体を足場に<跳躍>できて<空中跳躍>も可能なわけだが。
「海に落ちたら引き上げて下さい。紐がついている間なら大丈夫ですよね?」
「防御はどうする? お前に任せているわけだが」
「それは……流石に俺でもどうにもできません。別の人に頼めますか?」
「……………………」
現状でも防御はできているがそれはアズラットあってのこと。
他の人間に防御を任せられるだろうか。
そう彼らは思うものの現状が維持されるままでは結局のところじりじりと体力を減らされるだけだ。
もちろん防ぐ中相手に痛打を与えられないとは言えないが、そちらも結局のところ確率的なものである。
確実にどうにかできるとは言い切れない。
ゆえに、アズラットの提案を受け入れることを選ぶ。
「わかった。どうせ今のままじゃどうにもなりそうにもねえし、頼む」
「はい」
「……ちっ。くそ、頼む。何とかしてくれよ?」
「もちろん……代わりに守りを頼みます」
槍を持ち、アズラットが攻撃に参加……いや、直接シーサーペントに近づき、攻撃することが決まる。
それがうまくいくかどうかはこれからのアズラットの行動の結果次第である。




