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スライムのしんせいかつ  作者: 蒼和考雪
六章 神と人と魔物
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262 善者人好き変わり者

「こんなものか」


 森の中、アズラットは周囲に人の死体の山を作っていた。

 いや、一人だけ生きているわけだが。

 なぜそんなことになっているかというと、盗賊に襲われたことが原因である。

 それに対抗し、またそれらを殲滅するためだ。

 アズラットは人間のことが好きだ。

 基本的に迷宮でも人間を襲うようなことはせず、危険があれば助ける方である。

 もちろんアズラットは魔物であるため出来るだけ見つからないようにするし助けるにしても手段は選ぶ。

 自分に襲い掛かってくる相手でも、戦うようなことはせずに基本的には逃げるようにしている。

 人を殺すようなことがないとは言わないが、今までアズラットが殺したことのある人間は殺すことが救いになるような相手だ。

 まだ生きる意思が残っていたりする相手は殺すようなことはしていない……はずだ。

 人に戻ることができないような場合は殺すことはあるが、そこはまあ仕方がない。

 しかし、今回は完全な普通の人間相手である。

 人間が好きな魔物という珍しい存在のアズラットだが、なぜ彼らを殺したのか。

 そもそも人間が好きだからと言って、人間の行い全てを全肯定するわけではない。

 アズラットが人間を好きなのはアズラットの知識、精神性の元が人間のものだからだ。

 つまりアズラットの人間好きは自分が人間であるという精神の自負が由来であり、人間的な価値観によるものだ。

 逆に言えば、その価値観で許容できない相手はアズラットとしても手を出すような相手になる、ということになる。

 それが今回相手にした盗賊のような存在だ。

 盗賊は人間だが、同じ人間を襲う悪の存在である。

 生物的には人間であるが、下手をすれば魔物よりも厄介な相手である。

 人間の敵は人間、というくらいに人間にとって人間という存在は脅威になり得る。

 盗賊を生かしておけば他の人間に被害が及ぶ。

 相手を殺さず倒せる、生きて逃げられる、だから逃す……というわけにはいかない相手だ。

 ゆえに、アズラットとしてはあまり好ましいことではないが、相手を殺す、人間を殺すことを行わなければいけない。

 仮にこれでアズラットが人間の敵として危険な魔物と認定されるにしても、それはしかたがないと思わなければいけない。

 まあ、盗賊だった人間が人に化ける魔物に襲われた、と伝えたとしてまともに取り合ってもらえるかは疑問だが。


「さて…………起きろ」

「づっ!? な、なんだっ!?」


 アズラットが生き残っている一人の頭に手を当てる。

 そうすると男は起きた。何やら痛みを感じたようだ。


「て、てめっ」

「お前は生きている。他の仲間は生きていない。そのうえで、俺が質問をする。答えなければ痛みを与える。正しくすべてに答え、それが本当だったならお前を生かして逃がすことを約束しよう。どうする?」

「だ、だれがぎゃっ!?」

「言っておくが、仮にお前が喋らないのならここで殺すだけだ。盗賊は人を殺し、犯し、奪い、売り払う存在だろう? 俺も目の前に現れた盗賊に持っている物を全てよこせ、お前を売り払うと言われたしな? 少なくとも大人しく逃がすことはしない。ただ、言えばちゃんと逃がすことは約束してやる。さあ、どうする?」

「っ…………う………………わ、わかった……」


 今の盗賊の男は完璧にアズラットに命を握られている形である。

 実際頭を押さえている手を振り払うことはできそうにない。

 そもそも、アズラットが盗賊たちを倒すまでにかかった時間はほんの数度の瞬きの間。

 その速さも強さも異常。素手で人間の体を貫通させることが容易にできる力の持ち主である。

 まず叶うはずがない。そして盗賊を相手にその声音も穏やかだ。

 それは本当に余裕があるからこそだろう。

 少なくとも盗賊の男はそう感じ、そう考え、アズラットの質問に答えることを選んだ。

 自分が生き残るために。






「あそこがお前たちの隠れ家か」

「そうだ……まあ、数はだいぶ減ってるだろうけどよ」

「森の中にいたのも含めて八人……ああ、お前を抜かして七人殺したしな」


 アズラットの前に現れた二人を含め、森の中にいた盗賊は八人だった。

 そのうちの七人をあっさりと殺害している。

 一人も気絶させていたことを考えると実質的に八人を速攻で戦闘不能にしたと言える。


「さて、場所を教えてもらった以上お前にこれ以上用はない」

「っ…………」


 アズラットの言葉に一瞬体を強張らせる盗賊の男。

 しかし、そんな彼の様子をアズラットは意に介さず。

 頭を掴んでいる手、それを放して盗賊の男を解放した。


「え?」

「約束通り、お前は開放する。ただ、忠告はして置くぞ。もう二度と盗賊なんかするな。あと、俺の前には出てこないほうがいいからな。仮にもう一度襲ってきたら、今度は殺す」

「………………わ、わかった」


 そう言って戸惑いながらも盗賊の……元盗賊の男は逃げて行った。

 彼が戸惑っている理由は単純で、何故殺さないのか、と思ったからだ。

 盗賊である彼を生かしておく理由はアズラットにはないはず。ゆえに殺さない理由がない。

 それこそ他の七人を容赦なく殺すアズラットが自分を生かすとは思わなかったわけである。


「…………ふう、正直言って甘いかな? まあ、約束は約束だし……こういう時は上手く言葉で騙くらかすのが一般的なんだろうけど、なんというかあまりそういうことをやる気はないんだよな……<契約>持ちだからかな?」


 盗賊と言えども相手は人間である。

 ゆえにアズラットとしても積極的に殺したいとは思わなかったからなのかもしれない。

 あるいは本人の言う通り、<契約>を持つがゆえに約束事に関しては厳密でありたいと思っているからか。

 ともかく、アズラットに今の盗賊の男を殺すつもりはなかった。

 盗賊の男はいろいろと悪事を働いたことに間違いはない。

 主犯であるかどうかは関係なく、関与した時点で悪は悪、犯罪は犯罪だ。

 死を持って罪を贖うべきと言われるような多くの悪事を働いているかもしれない。

 しかし、それでも積極的に殺す気にはなれない。

 まあ、これからその盗賊の男が所属している盗賊を拠点ごと叩き潰すゆえに、彼がひとり生きていたところでどうしようもないのかもしれない。

 それでも生かしておけば、彼一人でも犯罪に走るかもしれない。悪事に走るかもしれない。

 一度箍が外れた人間はまっとうに生きることはできない可能性が高い、そう思わないところもないわけではない。

 だが、それでも殺す気にはなれなかった。

 それはアズラットの精神性がそういうものだから、なのかもしれない。

 まあ、単純にアズラットが他者に対しどことなく甘いだけなのかもしれないが。

 この結果が良い未来につながるか悪い未来につながるか、それがわかるのはいつになるかはわからない。

 そもそもわからないかもしれない。

 ともかく、アズラットは一人の盗賊の男を逃がす選択を選んだのである。


「まあ、あいつ一人を逃がしたからといって……ここにいる奴らは逃がすつもりはないけど。それに、個人的には盗賊退治は本来の目的ではない、と言ってもいいしな」


 アズラットの目的は街道の近くの森で活動する盗賊の排除……ではない。

 それが目的のうちの一つではあるのだが、本質的にはそれは副次的な目的だ。

 まあ、襲われたから排除するという単純な理由もあるが。

 根本的に、アズラットの目的は盗賊から物を奪うことにある。

 どちらが盗賊かわからない、という話である。

 アズラットは人の姿をしているが、普通の旅人や冒険者のような見た目……装備をしていない。

 お金もないし、その換金もどこですればいいのかわからず、冒険者ギルドには入れない。

 いろいろな意味で街での活動がしづらい。

 そこでこの盗賊たちだ。盗賊はお金を持っている可能性があるし、武器や防具もある、服もある。

 彼らの場合、殺したとしても犯罪ではないだろう。

 むしろ治安維持につながる可能性が高いし、これ以上の犠牲者を減らせる。

 つまり戦うことによる徳や得が大きい。だからこそ彼らを殲滅しその全てを得るつもりだ。


「誰か捕まってたりしていないといいんだけど」


 問題があるとすれば盗賊に誰か人間が捕まっている場合。

 アズラットの存在が知られるのはあまり望ましいことではない。

 まあ、仮に捕まっていた場合でも助けることには変わりがない。

 そこはアズラットの人好き、善性ゆえに譲れないところだ。

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