256 聖なる国の影響下
色々な街を経由し、そこで見てきた奇妙な光景、雰囲気、違和感。
それらを気にしつつも、アズラットは予定通りネクロノシアへと向かい、そして到達する。
(………………変わらない、って言いたかったけど、かなり様子は変わってるな。発展しているのは、まあ当然と言えば当然か? いや、いくら観光名所になっているからってこの世界でそこまで多大な発展を遂げるとは思わないが。いや、発展はしてるんだけど、やっぱりその発展の仕方が違うというか……なんというか、今まで通ってきた所、街とかそういうところと雰囲気的には近い気がする。やっぱりあの兵士たちがいるわけだし……っていうか、ここはなんか雰囲気が他とは違うな。まあ、ネクロノシアが観光地って言うのも理由かもしれないが、そうじゃなくて……何と言うか、あの兵士たちの数が多いことが関係しているのか? そもそも、あんまりここはいたくない感じというか、雰囲気というか、気配というか……そういえばここの近くで蝙蝠の類はあまり見かけなかったな。昔は結構いたけど。そう考えるとここにクルシェはいない可能性が高いか? まあ、クルシェが蝙蝠を使い魔にしていないとか、あまり放っていないとかそういう理由でもあればわからなくもないが……でも、ここにいるものかね? なんとなく、いないと思う。勘だけど)
アズラットがネクロノシアに来た理由はこの場所にならばクルシェがいる可能性があるという理由である。
自分自身どれほどの時間眠りについていたかは不明だが、ヴァンパイアであるクルシェは殺されない限りはほぼ不老不死だ。
日光など脅威になるものはあるし、食事の手間や面倒さはあるものの、生きるだけであればそこまで難しくもない。
アズラットを主と仰ぐ彼女とは再会の約束もしている。
ゆえに必ずクルシェは生き延びる努力をしているだろう。
また、<ステータス>に存在する契約がその存在の生存を示しているのであれば生きていることは間違いない。
もっともその場合ネーデとの契約が残っていることから彼女も生きていることを意味するのだが、そこは疑問である。
しかし、生存に関してはともかく。
仮に生きているにして、ネクロノシアに残っているかと言われれば少し考えづらい。
現状のネクロノシアはアズラットとしてはあまり雰囲気的に良くない、魔物という存在にとって忌避の性質がある場所だ。
そもそも、仮にクルシェが生きているのであれば監視や警戒の蝙蝠を放っている可能性は高い。
流石に長生きして何もヴァンパイアとしての能力を持ち得ないということは恐らくあり得ないだろう。
そしてその力を使っていないということも。スキルなども覚えている可能性は高い。
アズラットがここまで来ていて、近くにいるのであれば少なくとも連絡くらいはあるだろう。
それがないということはこの近くにいないということであるし、やはりこの場所の雰囲気の悪さもある。
おそらくこの地には居ない可能性が高い、と推測するのは変な話ではない。
そもそもネクロノシアにずっと残っているとも、残れるとも限らない。故郷ではあるがやはり状況的にずっといられる場所ではないだろう。
何より今のクルシェはヴァンパイアであり、人の敵、そしてネクロノシアはヴァンパイアに襲われた場所。
それゆえにヴァンパイアであるクルシェを見つければその存在に対する忌避はとても高い物であることだろう。
だからこそ、今のネクロノシアの現状になっているのではないか。
と、そこまで考えてそれとは別にネクロノシアの状況自体も少し変には思っている。
今のネクロノシアが前のネクロノシアと同じではない……時代が違うのだから同じなはずはないのだが、そういうことではなく。
そもその根幹が違う、といった感じに思える。としてしての性質、住まう住民たちとしての性質。
これまでの場所でもそうだが、やはりここでも例の装備の兵士たちが見られるわけである。
その兵士たちの存在がやはり気にかかるわけである。
一体どこの、どういう役割を持つ、どういった兵士たちなのか。
軍隊……と言うには、街の警備とか街道の魔物退治とか、そういったことをよくやっているのは奇妙だ。
冒険者と違うことは間違いないが、軍隊ともまたやはり違う。
いったいどういう存在なのかよくわからない。
(まあ、考えたところで仕方がないか……まず街に入っていろいろとみて回って変化したところを調べるとか? 一番いいのは都市庁舎に行ってみることか。情報収集という観点ならあそこが一番情報を集めやすいだろうし。噂とかでも、人の分布でもある程度はわかるかな? でも、やっぱり現在のこの世界の情報がないとそういう点は判断しづらいか……? っていうか、こっちに冒険者ギルドってあまりないように思えたが、ここでもやっぱりその活動は控えめなのかね? 橋の向こうでは……いや、そもそもあまり街とか村とかに入ってそういったことを調べてはいないからな。全世界の正式な分布とかそういうのはわからないか。いや、まあいいや。とりあえず入ってから考えよう)
ぐだぐだと何もせずに思考したところでいい答えは出てこない。
情報を収集し、何処に何がありどういった状況になっているのか、現在のこの世界の情報を集めてから考えるべきである。
本来の目的である探し人、訪ね人はいない可能性があるが、それに関しても情報を集めればどこにいったかわかるかもしれない。
過去のヴァンパイアが都市を支配した事件からいったい如何ほどの年月が経っているのか、あるいはそれから何が起きたのか。
さまざまな疑念、疑問、謎、無知を解消するうえでも、この地においての情報収集をした方が都合がいい。
(人も多ければ紛れやすいしな……雰囲気的にはやっぱり嫌なんだけど)
そう考え、アズラットは現在のネクロノシアへと侵入する。もちろん正面から堂々と入るのではなく、壁をよじ登り隠れて、だ。
もっとも、現在のネクロノシアに関してはその手法で入った方がアズラットにとってはよかっただろう。
「ん?」
「どうした?」
「……魔物の侵入があった、と通告が来てる」
「何!? でもこの入口からは来てないぞ。別のところか?」
「連絡を取ってみる。しかし、別に俺たちがそこまで気にする必要はないんじゃないか?」
「……それもそうだな。俺たちがそこまで気にしなくとも、騎士達が魔物をどうにかしてくれるさ」
「まあ、見張りをしっかりしていなかったとお叱りを受けるかもしれんが」
「それは嫌だな……」
現在のネクロノシアはかつてヴァンパイアに支配されたことを知った聖国の支配下……いや、統治下にある。
聖国ほど強力な結界が張られているわけではないが、都市の内部にいる魔物の存在を探知することくらいはできる。
また、そもそも魔物自身が近寄りたくない雰囲気を作り魔物自体が入らないようにもしている。
もっとも一部の魔物の場合その気配を無視して入ってきたりすることもある。
そういった魔物が出た場合、ネクロノシアに詰めている聖国の騎士がそれを退治する、そういう形になっている。
聖国の影響下はネクロノシアだけに留まらず。
ネクロノシアに繋がる道とその延長の各街にも及ぶ。
これまでアズラットが見てきたのは聖国の兵士達。このネクロノシアがある大陸に訪れた彼の国の兵士達である。
そして、彼らの攻撃対象には当然アズラットの存在も含まれる。
ネクロノシアに侵入したアズラットの存在を彼らは探知しその存在を排除するために確実に動く。
幸いなことに入口から入らなかったため、見つけるまでには時間がかかる。
見つかるまでにどれだけ情報を集められるかが今後に重要になってくるだろう。




