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スライムのしんせいかつ  作者: 蒼和考雪
六章 神と人と魔物
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252 殺不の戦い

 ギルド内に突如響いた受付の言葉。迷宮主。

 冒険者ならば、迷宮に存在する最奥にいる迷宮の主の存在は知っている。

 しかし、それがいきなりギルド内にいる、と言われても戸惑うばかりだろう。

 その名の通り、迷宮主は迷宮の支配者、主であり、通常は外に出てこない。

 もっとも、別にそういった縛りがあるわけでもなく、かつて迷宮主が外に出てきた事態もある。

 今の時代ではそのことがあまり知られていないというだけで知っているものは知っている

 まあ、多くの冒険者は戸惑いどうすればいいか、と迷っている。

 そんな中、一人の冒険者が動きを見せる。

 戦士や魔法使いのような戦闘職ではなく、探知能力が主の冒険者だ。

 アズラットは見た目は人間らしいが、その気配、探知系のスキルでは魔物として感知される。

 人の姿をした魔物、魔物として感知される人の姿をした存在は別に珍しくもない。

 エルフなど、亜人や人型魔物の類は迷宮にも、迷宮の外にもいる。

 その出自は恐らく迷宮なわけだが。

 ともかく人型であり魔物の探知に引っかかったからと言って手を出していいわけではないだろう。

 しかし、今回は話が違ってくる。冒険者ギルドの受付が迷宮主だという相手。

 それならば確かに魔物として探知されても仕方がない。

 そして、迷宮主は倒すべき相手、魔物である。

 ゆえにその冒険者が動きを見せた。

 冒険者ギルド内で、アズラットに対して攻撃を仕掛けたのである。


「っと」


 とん、と軽く地面を蹴って<跳躍>、たったそれだけでアズラットはその冒険者の攻撃を躱す。

 冒険者ギルドに登録をしに来た新人がなかなかの身体能力を見せたというのに驚く他の冒険者たち。

 まあ彼らでも今の行動はできなくもないが、新人ができるはずはない……という思い込みはある。

 新人は多くの場合あまり戦闘経験のない、本当に戦闘初心者が主だ。

 もっとも、戦闘経験のある物もいるわけだが。

 それでもアズラットほどの身体能力は見せない。だからこそ驚きだ。

 しかし、それが受付の入った迷宮主という相手であれば、納得のいくことでもある。

 迷宮主は普通の魔物よりもはるかに強い魔物である。

 それならば高い身体能力を持っていてもおかしくない。

 問題があるとすれば、その迷宮主がなぜこんな普通の街の冒険者ギルドに来ているか、だ。

 それを冒険者たちは理解できないでいるが、相手が迷宮主であるならば放置はできない。

 一人の冒険者の攻撃をきっかけに、他の冒険者たちも動き始める。


(……困ったな。流石に殺すわけにはいかないし)


 アズラットとしては彼らが襲ってきたことに対してあまり反撃するつもりはなかった。

 自分の命を狙う者に対して手加減をするのは奇妙な話だが、彼らがアズラットを狙うのはある意味仕方のないことだからである。

 街の中に強力な魔物が侵入した場合、冒険者は安全のためにそれを排除する……それは当たり前のことだろう。

 そしてアズラットは迷宮主だ。普通の魔物よりもはるかに強く危険な魔物である。

 まあ、アズラットは他人に対して危害を加えるつもりはない。

 だがそれをアズラットが相手に行ったとして果たして信じるか?

 仮に危害を加えるつもりはなくとも、アズラットが迷宮主である事実はある。

 迷宮主を殺しても迷宮がどうにかなるわけではないが、アズラットが出てきた迷宮の迷宮主はいなくなる。

 新たに迷宮主が発生することも、迷宮主がその迷宮に戻ることはなく、攻略の安全につながる。

 そういう考えもあり、アズラットを倒そうとする者もいるだろう。

 あるいは経験値目当てで倒そうとする者もいるかもしれない。

 ともかく、アズラットは様々な理由で冒険者としては倒さなければいけないような相手、ということになる。

 それをアズラットは理解しているためアズラットは手を出すわけにはいかない。

 そもそもアズラットは人間に対して友好的であり、積極的な危害を加えるつもりはない。

 もちろん盗賊など犯罪者の類や、本気で自分を殺そうとする者であれば、前者は容赦せず、後者は叩きのめすくらいのことはする。

 あくまで一般的な普通の生活を行っている善人に対して危害を加えるつもりはないということだ。

 迷宮に入ってきた冒険者に関してもそれが仕事であり、弱肉強食の世界の摂理に則ったものだから許容しているわけである。

 まあ、そもそも自分たちの住処に勝手に入ってきた人間を排除するべきなので、という考えもないわけではないが。

 そこはあまり気にしても仕方がないだろう……と、そういうことでアズラットはとりあえず逃げを打つつもりでいる。

 だが周りが囲まれ、冒険者が散発的に襲ってくる現状には少し困っている。


「っと、危ない」


 別に危なくはない。この場にいる冒険者にアズラットを倒せるような冒険者はいない。

 アズラットが訪れた冒険者ギルドは普通の街の普通の冒険者ギルドで、迷宮主を倒せるような実力のある冒険者はいない。

 そもそも迷宮主とは魔物中でも極めて強いタイプであり、人数をそろえて戦えば勝てるという楽なものではない。

 かつて外に出てきた迷宮主はそれこそ多くの国を滅ぼした魔王級とも呼ばれるような存在であったという。

 むしろ下手に手を出して怒らせたり、相手を本気にさせたりする方が危険が大きい可能性がある。

 もっともこの場にいる彼らはそんなことは考えにも浮かばず、とにかく退治することを念頭にしているようだ。


(魔法使いっぽいのもいるが、さすがに彼らは動けないみたいだな……まあ、そもそも建物の中なんだ。囲っている冒険者たちも積極的に攻撃はしかけてこられない。建物、床やそのあたりにある机とか椅子とかが邪魔になっているし。天井付近に飛んだ時を狙おうとしている魔法使いっぽいのもいるけど……やはりまごついてるな。まあ、外れれば建造物破壊になるわけだから弁償とかを気にしているのか? いやいや、倒すつもりがあるならそんなことに戸惑っていたら駄目じゃないか?)


 幸いないことに冒険者ギルドはそれなりに広くはあるものの、あくまで他の建物に比べて広いというくらいだ。

 多少の乱闘騒ぎがあること珍しくはなく、戦闘は比較的しやすいつくりではあるかもしれない。

 だが、それでも建物として存在し、また普通に冒険者が屯し過ごす場所でもある。

 酒場などがあったり、話をしたり、パーティーが集まったり、依頼が張ってあったり、そんな感じの場所だ。

 相応に物もあるし人もいる。

 いくらこの場にいる全員が冒険者だからと言って、いきなり戦えるわけでもないだろう。

 それに戦うにしても周りに人がいてそれらが障害物となっている。

 囲うにしても机や椅子が邪魔になる。

 彼らは迷宮などで戦う経験もある物もいるが、建物の中、椅子や机、人が多い中での戦いの経験はほぼないだろう。

 ゆえに彼らはアズラットを囲いながら、かなり戸惑いつつ戦いをしている。

 当然アズラットもそんな戦闘経験はないが、行動の自由さ、相手のことを気にしないで動けることから比較的戦いやすい。

 もっともアズラットから攻撃することはなく、基本的には避けつつ次にどうするかを考えているわけだが。


(できれば冒険者カードは回収したいんだけど、さすがに無理かな? まあ、ともかく、逃げさせてもらおうかな?)


 自身の情報が載っている冒険者カードを遺していくのはアズラットとしても痛手である。

 しかし、さすがにギルドの受付の奥に入って自分の冒険者カードを回収するという手を打つのは難しい。

 できなくもないが、混乱は今以上になり得るし、そうなった場合どういう事態が起きるかもわからない。

 このまま外に出て、一気に街の外に逃げる。

 それが比較的安全で穏便なやり口だと考えられる。


「まったく……とりあえず、逃げさせてもらおうかっ!」


 <跳躍>で空中に跳びあがり、<加速>を使いながら<空中跳躍>で一気に入口に飛び出る。

 冒険者たちはアズラットの動きを眼で追うことが出来ず、アズラットの行動を許してしまう。

 そのままアズラットは外に出て地面に着地し、そこでさらに<跳躍>。建物の上に跳びあがる。


(<隠蔽>で落ち着くまでやり過ごすのでもよかったか? ああ、でも探知系のスキルがあるとバレる危険はあるか。やっぱり一気に抜け出たほうがいいな)


 一瞬隠れて過ごし、落ち着いてからいろいろと行動を、とも考えたが、探されて見つかっても面倒である。

 当初の予定通り、街の外へと逃げることにした。

 <跳躍>を使い、建物の上を駆け抜けながら、アズラットは街の外へと脱出する。


(……冒険者カード、あるいはギルドの方か? いったいどうしてばれたんだろうか……<ステータス>を見る限りではバレないと思うんだが)


 強さの異常さはともかく、ネーデの冒険者カードを思い出す限りでは、冒険者カードに種族の類は記載されない。

 考えられるのは何らかの形で迷宮主として表示されている可能性だが、それも<ステータス>にはない。

 その謎に関してはいろいろと疑問はあるが、考えたところでわからない。

 他で調べるのも難しそうで、今は考えないことにした。

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