251 冒険者ギルドでの一幕
街の中、それなりに大きな建物。
冒険者ギルドは人の集まる場所であり、仕事も色々と集まる場所。
素材の持ち込みなどもあるし、内密な話もしなければならない。食事処もあった方がいいだろう。
冒険者のパーティーが話し合うこともある、そんな場所ゆえに結構な広さがあるべきと建物が大きくなった。
そんな建物の前に一人、じっと建物を見つめる影がある。
「これが……冒険者ギルドか…………」
アズラットである。アズラットにとって冒険者ギルドは近づきにくい場所だ。
魔物であるがゆえに、危険もあって今まで侵入するつもりにはなれなかった場所。
まあ、ネクロノシアにおいて内部の調査をしたことはあるが。
基本的に冒険者ギルドに入れないのはやはり魔物の姿であるから、というのもあるが気配もそうだろう。
スキルの中には魔物を探知するスキルがある。それゆえに侵入はしにくい。
もっともそれは<人化>した今も同じだが、人の姿をしていればまだそこまでいきなり襲われることはない。
怪しまれることはあるかもしれないが、例えばエルフなどの亜人も魔物を探知するスキルに引っかかることがある。
つまりそういった存在である可能性を考慮され、すぐに手を出されることはない……と思われる。
そんな場所だが、アズラットが冒険者ギルドを見つめているのは別の要因。
アズラットには冒険者ギルド、というものの知識がある。それはこの世界で得た知識ではない。
元々の人の知識の中にあった冒険者ギルド……それに対し、少々憧れに近い何かがあった。
それは知識の大本である、アズラットのかつての自分の無くなった記憶によるものか。
あるいは知識に付随した知識の持ち主の感情であるのか、それはわからない。
しかし、やはり色々な意味で冒険者ギルドというものに興味はあったのである。
それが今、そこに入ることができる……それに、少し興奮とわくわくを覚えている。
もしかしたらネーデと一緒に過ごした時間のこともあり、冒険者というものにも憧れがあったのかもしれない。
正確な所はわからないが、そういう感情が原因でこうして建物を見つめている。
ちなみに、そんな感じで建物を見つめるアズラットに対し、それを見つけた人間は温かい目で見ている。
冒険者ギルドに訪れようとする人間にはそれなりに見られることのある冒険者に憧れた存在と思われたからだ。
アズラットと同じような行動をとる人間は珍しくないということだ。
「っと、ここにいると邪魔になるか……入ろう」
ちなみにアズラットが冒険者ギルドを見つけたのは単純に振動感知によるもの。
人の存在の把握、人の会話などを聞き、そこが恐らくそうである、というのがわかったからだ。
アズラットの振動感知能力はかなり便利なもので生物の動きの感知から何処に誰がいるか、何を言っているかもわかる。
もっとも、あまりに遠くだと厳しい。
迷宮内ならば内部の反射音などもあり位置特定も楽になるのだが。
まあ、そもそもアズラットの能力はスライムの持つ振動感知能力としても少々以上に近いが。
そんな話はともかく、アズラットは多くの冒険者のいる建物の中に入っていく。
「………………」
じろり、と入ってきたアズラットに対し視線を向ける冒険者。
誰が入ってきたか、というのを気にしたからだろう。
もっとも、それが普通の一般市民にしか見えないアズラットであったがゆえに、それほど気にはされなかった。
探知能力のある一部の冒険者はまだ少し視線を向けているが、よくわからない感覚に襲われながらも気にしなくなるだろう。
ギルドに人が入ってくることは珍しいことではなく、アズラットのような一般市民の姿の人間もそれなりに来る。
冒険者になる人間は多種多様で、色々と事情があったり単純に憧れできたり仕事を求めてきたりといろいろだ。
冒険者になろうとする人間がよく来る時期というのはあるが、その時期以外に来ないというわけでもない。
家の事情、男女の事情、色々な要因で冒険者になる理由がある。
ゆえにアズラットのような存在もそこまで気にされない。
「何か御用ですか?」
「えっと、冒険者登録……? をしたいんですが」
アズラットは厳密に冒険者ギルドという組織の知識があるわけではない。
ゆえに冒険者ギルドに冒険者登録するということが一般的かどうか、というのがよくわからない。
「わかりました。えっと、これ書けますか?」
「…………ちょっと難しいかな?」
「なら、とりあえず口頭で私の方で書きますので、答えてくださいね? あ、言いたくないことは言わなくてもいいです。言わなければいけない部分は言ってもらいますけど」
「はい」
ここでアズラットはちょっと疑問が浮かぶ。
ネーデの持っていた冒険者カードに細かい情報はあっただろうか、と。
実際の所登録に使う際に書かされる用紙はその人物についての情報を集めるための物でしかない。
まあ、名前と出身地と家族構成とかいろいろな事情に関してくらい。
あと、戦闘経験とかも一応訊ねるが、そこまで重要ではない。
最も重要なのは冒険者カードを作るということである。
逆に言えばそれ以上に重要なことは冒険者登録にはない。
と、いうことで差し出される何かの魔道具っぽいもの。
「ではこれに触れてください。あ、この宝石の部分ですから」
「はい」
アズラットは冒険者登録をするための道具に触れる。それだけで冒険者として登録ができる。
まあ、ある程度はそれっぽい儀式的なこともするが、重要なのは触れることだ。
こんな簡単に冒険者登録できていいのか、と思わなくもないがそれができるのがこの世界の仕組みである。
まあ、元々<ステータス>を簡素的にだれでも利用できるようにしたようなもの、であるわけだし。
「それじゃあ少し待っててくださいね」
「はい」
そういってアズラットの冒険者登録を受け付けた受付は奥に引っ込む。
アズラットとしては冒険者登録がこんなふうに簡単に行われていいのか、と思わなくもない。
もっとも、重要なのは情報の登録であり、それはあの道具で自動で行われるものだ。
元々はいろいろと面倒で手間だったものだったかもしれないが、最初の冒険者カードの作成からもうかなりの時が過ぎている。
その間に改良され、基礎となる部分はほぼ完成形となり今の形となったのだろう。
むしろ本来スキルである<ステータス>に近い内容を誰にでも実物で持たせられるということを称賛するべきだろう。
最初にそれを行いその基となる技術を作り上げた人間は天才と言ってもいい。
まあ、今ではそれほど凄い代物とは見られていないだろう。
ちょっと世に広まりすぎた弊害かもしれない。
「ん?」
少し、ギルドの中……受付の入って行った方が騒がしくなる。
振動感知能力のあるアズラットはそれを感知する。
そしてそれに関して、アズラットは眉を顰める。
その内容はアズラットにとってあまりいいものではなかったからだ。
ただ、何故それがわかったのか、冒険者カードにそのような情報記載はなかったような、ともアズラットは思っている。
とはいえ、それがばれてしまった以上アズラットはすぐさま行動するしかない……と思ったわけだが。
思うことと実行することは必ずしも一致するものではない。
アズラットは冒険者ギルドでやりたいことがあった。
それが未練となり、アズラットの行動を遅らせた。
それがあまりよくなかった。
「冒険者の皆さん! 大変です! この人、迷宮主です! 誰か退治してください!」
アズラットが迷宮主である、という情報を先ほどアズラットの受付を行った人物が暴露してしまった。
先に逃げていれば何も起きなかった……とは言わないが、まだそこまで大きなことは起きなかっただろう。
しかし、冒険者ギルド内で、迷宮主という存在がいる、とわかったのは、ある意味冒険者たちにとっては大きなことだ。
周りがすべて敵、そんな場所に今アズラットは入り込んでいるのだから。




