247 迷宮主、外に出る
深い階層から浅い階層へと上がり、敵も罠も危険も少なくなり、人が増えてくる。
とは言えここの迷宮はそれほど人気のある場所ではなく、そこまで遭う頻度が多いわけではない。
アズラットは<人化>により人の姿をしているがその姿はあくまで普通の人の姿であり冒険者の物ではない。
そのうえ一人とこのいろいろな意味で難しく厳しい迷宮に挑むには人数の問題もあるだろう。
ゆえにアズラットは他人と出会わないように行動しなければならない。
もちろんあってもいいが、その場合下手をすれば戦う危険もあり得る。
ならば会わないほうがいい。
アズラットがそういった冒険者に出会わない方法は極めて簡単な話で、避ければいいだけである。
まず振動感知能力により相手のいる場所がわかるゆえに、相手の進む道から外れればいい。
また、スライムという存在であるがゆえにこの迷宮の通路のスライム穴に退避するのでもいい。
他にもスキルの<隠蔽>を使用し相手が去っていくまでその姿を見せないようにするのもいい。
色々な手段でやり様はあるが、基本的には相手が進む道を避けるのを基本とする。
根本的に出遭わないということが肝心になる。
どうしても避けられない場合は穴に隠れることにする。
アズラットの<隠蔽>は相応にレベルが高く、ほとんどの場合見破られるようなスキルではないが、それでも見つかる危険はある。
そして見つかってしまえば<隠蔽>の効果は失われてしまう。それは危険だ。
ゆえに、まず見つからないようにし、見つかる危険があれば他のスライムに紛れ隠れるようにする。
流石に迷宮に存在するスライム穴にまで攻撃をしてきたりする者はいないだろう。
そもそも、この迷宮において無駄にスライムと戦うのは消耗が大きいのだからやる人間は少ない。
(っと……人型の方がやっぱり移動しやすいな。まあ、普通に移動するなら這って移動することになるわけだからそうもなるか。そもそも歩幅というか、一歩での移動? いや……移動時間に対しての移動距離、かな? それが違うわけだし……まあ<加速>を使えば這って進むのでも結構な移動速度にはなるけど。そういう意味では<加速>を使うためにやっていると考えればいいか……)
人型でも<加速>はできるが、あまりに速すぎると逆に制御がつかないため、遅いものを普通の速度にする方がいろいろと楽だ。
なのでスライムの状態で移動するときに使うと這って移動する速度の遅さが解消される。
そのうえスキルは使えば使うほどレベルが上がるという点もあり、効果や活用範囲、消費や使用時間を伸ばすのにも役に立つ。
まあ、アズラットはそこまで積極的にスキルを強化しなければならないほど弱くはないので頑張る必要もないのだが。
ちまちまと頑張るのもまた一つの努力である。努力は自分を裏切らないことだろう……多分。
(……うーん、しかし、そろそろ外に出たいところだが。まあ、結構上ってきたけど、階層がどれくらいまであるかはわからないんだよな。でも少し下で冒険者も見かけるようになったし、ここの魔物の強さなら……多分もう少しで出られるかな)
基本的に迷宮に出現するスライムというのは何処の階層でもそこまで大きく変わらないことが多い。
特殊な環境な階層ではその階層に合わせた魔物が出ることもあるが、それでも極端に強くなることはない。
一応特殊な迷宮では階層を守る魔物としてスライム種でも強いスライムが出ることもあるが、それでもヒュージスライムくらいだろう。
スライムボスと呼ばれるまでの強さ……アズラットでいう三回の進化を行って四番目のスライムでは少し強すぎる。
本来スライム種の魔物は弱い魔物なのだが、それでも進化回数が多いスライムは一度の進化で脅威が一気に増える。
そして二度も進化してしまえばその脅威度は跳ねあがり、三度目で小さいな災害規模になり得る。
そうなるとアズラットのスペリオルスライムという種はいったいどれほどなのか。
まあ、神格を得た魔物、および迷宮主である魔物というわけなのだからそれほどの強さ……ヒュドラや竜王を思い出せばいいだろう。
少なくともそれくらいの魔物が暴れるくらいの規模が被害となり得るのが今のアズラットである。
もっともスライムであることには変わりなく、その点を加味すればそれほどの強さでもまだ倒しやすい方かもしれない。
少し話としては脱線したが、つまりは迷宮において出てくる魔物の強さがその階層がどれくらいの位置なのかを判断できる基準となる。
この迷宮ではスライムしか出てこないゆえに判断しづらいが、最弱のスライム種……普通のスライムが出てくるようならほぼ最上層だろう。
スライムというほどの弱さ……ではないが、アズラットが少し深い階層で出会ったようなスライムたちが出てきている。
それより下は特殊な性質を持つような危険性の高いスライムであった。
しかしここは色のスライムではあるが強さはそこまででもない。
そして、ある程度進んでいると……色のスライムの中に普通のスライムの姿を見かける階層にまで到達した。
「はあ……まったく、こんな場所で面倒だな」
「言うな。俺たちの仕事はここの見張りだろ」
「でもよお……娯楽もないし、何も変なことも起きないし、退屈でな……」
「安全で平和ならいいじゃないか。それとも他の迷宮のようにたくさん入っていく冒険者を見分けたり、出てくる魔物の危険におびえなければいけないほうがいいか? ここみたいにスライムしか出てこないから危険はない、なんて迷宮はほとんどんないぞ?」
「まあな……安全なのは確かにいいんだが、給料が安いんだよなあ」
「危険は少ないからな……僻地ってことでその分貰える量は増えてるが、もともと人の出入りも少ないし見張りがいる必要性もないって思われてるくらいだからな。それでも見張りはいるんだが」
「はあ……まったく、本当に面倒だな」
「面倒はわかるけどな……」
迷宮の入口。その入り口で二人の兵士が見張りを行っている。
ここは冒険者の出張所も閑散としほとんど人がいない。
周りも仮設の住居がいくつかある程度で、多くの迷宮のように人がたくさん来て活発な動きを見せる場所ではない。
それは迷宮がスライムしかでてこない罠ばかりの迷宮であるがゆえに、そうなってしまっている。
需要もないし得られる物も少なく、被害ばかりで人が来ず、人が来なければ商売にもならない。
ゆえに人はいないのである。
それでも迷宮の入口を守り出てくる魔物をどうにかしなければならない。
スライムしかいないとはいえ、対処は必要だ。
特にこの迷宮は冒険者の攻略者が少ないのだから余計に。もっとも、危険も少ないが。
ともかく、そんな迷宮であるがゆえに面白いことは少なく、退屈しているわけである。
「………………ん?」
「どうした?」
「いや、今何か……」
何か変化が合ったような、何か魔物が出てきたような、何かが動いていたような。
一人の兵士がそんな風に感じる。
しかし、実際には何も周りに変化は見られない。
「気のせいじゃないか?」
「そうか…………何もなさ過ぎて何でもないのに何かを感じてしまったのかもな」
「はっはっはっ……次に代わりが来るのっていつだったっけ?」
「少なくともしばらくはないぞ……」
「はあ…………」
幸いにもこの地での見張りはずっと続けなければいけないというわけではなく、ちゃんと交代がある。
ゆえにちゃんとしばらく仕事をすれば帰還できるわけであるが……それまで結構長い。
その間、彼らは見張りとして、殆ど何もない様を見張り続けなければいけない。
結構それは辛いようだ。
その迷宮から何かが出てきたのは見逃していたが。




