240.5-1 迷宮殺し
迷宮国家アルガンド。
複数の迷宮を抱えた国であり、迷宮から得られる資源や産物が重要視される国でる。
他の国との交流、あるいは国に限らず各地の都市や街、村とのやり取りには迷宮産の資源が用いられる。
国としても、国民のため、あるいは迷宮を目的とし訪れる冒険者のため、そういった資源を有効的に使わなければいけない。
アルガンドは国としてはあまり大きな規模ではなく、それゆえに生活がカツカツになるところも多い。
また、迷宮を目的とした冒険者の数が多く、どうしても必要な資源は多い。
迷宮のおかげでそれらを賄うことができているが、同時に迷宮の存在ゆえにそれらの資源が必要であるともいえる。
そんな国であるがゆえに、いろいろな意味で問題を抱えていた。
迷宮とは決して安全な場所ではない。
それは内部に侵入する意味合いでもそうであるし、外側の迷宮のある地でもそうだ。
迷宮からは魔物が出る。魔物は階層を超えて出ることは基本的には少ないが、内部の魔物が増えすぎると必然的に外へと向かう。
迷宮によってはそういった過剰な増殖が起きないところもあるが、基本的にそういった状況になる迷宮は少ない。
ゆえに迷宮には冒険者を送らなければいけないわけであるが迷宮の環境次第では攻略者が少ない。
攻略者が少ないと必然的に魔物が増え、外に出てくる魔物が出てくる……それらの対処にやはり冒険者が必要である。
数が多い所でも、やはり冒険者は必要であり、また中で死んでしまう冒険者もいることから補充も必要である。
迷宮国家アルガンドは呼称に迷宮国家とあるように、迷宮で国体を維持する国であり、多くの迷宮を抱える国である。
その危険は計り知れず、迷宮への対処のために冒険者は結構な数が必要なのである。
ゆえにアルガンドはいろいろな意味で大変だったのである。
問題を抱えていた、大変だった。
つまりは、アルガンドの大変な状況というのは、今はもう過去の話。
今はそれなりに安定している……してしまった。今はいくつもの迷宮がアルガンドから失われた。
迷宮は破壊することができる。
迷宮の最下層には、迷宮を維持するための物か、あるいは迷宮の心臓か、迷宮の核がある。
それを破壊することで迷宮を破壊することができる。
そしてそれは基本的に許容されることである。
迷宮を破壊すれば資源の源である迷宮は失われるが、その代わり迷宮から現れる魔物の危険もなくなる。
問題はあるが、決して悪いわけではない。
アルガンドにとっては国体に影響する大問題であるのだが。
冒険者ギルド。迷宮の前にあるその出張所に一人の冒険者が訪れる。
別にソロで活動する冒険者というのは珍しいものではない。
稼ぎの関係で一人で迷宮に入り稼ぐ冒険者は少なくない。
なので珍しくはない……のだが、このギルドの出張所がおかれている迷宮では珍しい。
なぜならばここの迷宮は難易度が高いからである。もちろん浅い階層はそれほどではない。
しかし、およそ七階層あたりから徐々に確実に難易度は大きく上がり、十五階層からが極めて難所となっている。
それゆえに、ソロでの活動はあまり推奨されない。
「おい……あれ」
「ああ、あいつは…………」
しかし、そのソロの冒険者に関しては少々例外だった。
アルガンドにおいて、ある意味最も名の知れるソロ冒険者。
多くの迷宮を攻略し、消滅させた迷宮最下層の常連攻略者。
それゆえに呼ばれた呼び名は迷宮殺し。
「あ……えっと、ネーデさん、ですね。何かギルドに御用ですか?」
「竜生迷宮に入るから。一応報告に」
その冒険者とはネーデ。かつてアズラットともに竜生迷宮を攻略していた冒険者である。
ネーデはアズラットと別れた後、フォリアに再び教えを請い、鍛えた。
その後フォリアと別れ、独自に鍛えた。
その果てに挑んだのが迷宮攻略。迷宮の最奥、そこにいる魔物、迷宮主を倒すこと。
己のレベルを、スキルの強さをあげる、それが彼女の目的。
迷宮で稼ぐことなど一切考えない。
ただただ、強くなることを彼女は目的とし迷宮を攻略し続けた。
その果てに迷宮を殺すことになっただけだった。
彼女が強くなることを目的とするのはかつて別れたアズラットが関わる。
アズラットと別れた時ネーデの心の中にあったのはアズラットに自分が届かない実力であること。
それゆえに、ネーデは自分を鍛えることに腐心した。
隣に立つのに相応しい実力を得るために。
そして今、かつて勝てなかった、竜生迷宮の迷宮主、竜王との戦いを目指す。
「少しいいかな?」
「………………誰?」
迷宮に入る前に、ネーデを止める人間が現れた。
彼はネーデと話したい、ネーデに提案を持ち掛けようとしている人間。
冒険者ではない。騎士である。聖国の騎士。
迷宮を殺し、多くの魔物が生み出る大本を絶ったネーデを勧誘したいと思っている存在。
「ああ、私は聖国の騎士。名はデルフォード。貴殿を我が国の、聖国にて騎士にならないかと勧誘に来たのだ」
「そう」
その話を聞き、ネーデは彼への興味を無くした。名を覚える気すらないだろう。
「な! ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「…………何か用?」
「聖国の騎士になる気はないのか!? 貴殿は多くの迷宮を殺してきた。魔物に対し恨みがある、あるいは魔物の存在を許さないからそうしてきたのではないのか!? いや、もしくは迷宮の存在を認めないからかもしれないが……ともかく、我々の仲間となり、この世界に存在する魔物を消し去る、そのために働くつもりはないのか!? 給料はかなりのものだし、恋人も良縁が約束される、住む所も…………っ、っ……」
言葉は途中までしか告げられない。言葉を発することができない。
ネーデから、彼へ向け、膨大な殺気が向けられたからだ。
その殺気は周囲にも飛び火し、気の弱い冒険者は気絶したり震えて動けなくなったり、失禁するものまでいる。
「私はそんなつもりで迷宮に挑んでいるわけじゃない。絶対に聖国に行くつもりはない。もう二度と私の所に現れないで」
「……………………っ、っ」
言葉は出ない。答えることができないからだ。ネーデは別に騎士の返答は期待していない。
伝えることは伝え、その殺気を抑えつつ彼女は迷宮へと向かう。
残ったのは騎士と、騎士の余波を受けた冒険者のみ。
へたり込んだ騎士に、無事だった冒険者から罵声が飛ぶ。
迷宮殺しは多くの迷宮を殺してきた、多くの迷宮主を殺してきた最上位級の冒険者。
やたらめったらに触れるべからず。
彼女は別に迷宮に恨みがあるわけでも、魔物を殺したいわけでもない。
彼女はただ強さを求め、迷宮に挑んでいる。それだけなのである。
ネーデは竜生迷宮のことはよく覚えている。
一階層、二階層、三階層、四階層とあっさり階層を抜けていく。
五階層は橋を渡らず直下に落下し、そのまま六階層へ。
七階層もあっさりと抜け、八階層では巨大な木を切り倒して駆け抜けていく。
九階層も楽々抜けていき、十階層では吹き抜けを落下しながら階段へ階段へと飛び降りながら襲い掛かってくる石像の魔物を斬り捨てる。
十一から十三階層の酷環境もまた、あっさりと抜ける。
下手に長居するよりも急いで抜ける方が安全だからだ。
そうして十四階層。流石に難易度は彼女にとっては全く問題ないくらいの迷宮であったとしても、ある程度の場所で休まなければならない。
十四階層で一度休み、彼女にとっては苦い思い出のある、この竜生迷宮において名前にある竜が最初に出る階層。
「懐かしい……」
十五階層に彼女は入る。十五階層に出る竜は竜は竜でも亜竜、ワイバーン。
彼らは十四階層にも出張するが、起源でみれば十五階層の出身である。
そんな十五階層は彼らの巣だ、入り込んだ人間に対し、彼らは視線を向ける。
隠すつもりもない気配、強者としての気配が思いっきり発されているからだ。
ワイバーンたちにとっては強者と言え、自分たちの住処に入り込んだ異分子、敵である。
そして数の利で言えば、彼らの方に明らかに分がある。大きさもそう。
ゆえに、彼女は驚異的ではあるが倒すことはできると考えた。
「さて……ちょっと、前にやられた仕返ししようかな。あの時いたあの強いの、もういないのかな? もう何年も経ってるし、流石に仕方ないかな……」
かつてこの場所で自分の<隠形>を見破ったワイバーン。
群れのリーダーであるその存在に仕返しをしたいと思っていた。
まあ、残念ながらもういない様子である。彼女がそれに襲われてからもう何年もたっている。
迷宮の魔物はそれなりに入れ替わりが激しい。
そもそも十五階層くらいならばそこにいるすべての魔物を狩り尽くせる冒険者もいる。
それらに倒されている可能性は低くない。
「それじゃあ、肩慣らしだね」
この迷宮の奥にいる強者、それに挑む前の腕試しのような感じで、彼女はワイバーンたちに挑む。
戦闘はワイバーンの全滅まで数分程しかかからなかった。今の彼女はそれほどまでに強い。




