240.3-2 呪いの指輪・記録Ⅴ
「なあ、知ってるか?」
「何をだよ?」
「ここの店にある指輪の話だ」
「……あれだろ?」
「そうそう、あれだあれ」
「あれがどうかしたのかよ? 見たことのない、珍しい高そうな指輪だって思うけど」
「いやー、あれすっげー無造作に置かれてるだろ?」
「置かれてるっていうか、指に填める感じに、何か加工した木材に填まってるな」
「ああ。あれってさ、盗ろうと思えば誰でも盗れるよな」
「俺を巻き込むなよ?」
「いやいや、俺じゃねえよ!? っていうか盗らねえよ!?」
「じゃあなんでそんなこと言ったんだよ?」
「それがあの指輪の話だよ。誰でも盗れそうな感じで置かれているから、当然盗ろうとするやつがいるだろ?」
「まあ、そう考える奴もいるだろうな。馬鹿な奴が」
「そんな馬鹿な奴がいて、実際馬鹿やって盗った奴がいるんだ」
「盗った? でもそこにあるだろ。嘘つくなよ」
「いやいや、嘘じゃねえよ。盗られたんだけど戻ってきたんだよ」
「そうか。まあ、ここにいる魔物に臭いを覚えられたとか、あるいはなんかで捕まって取り戻せたとかか。その辺の店で売ろうとしたとかかな」
「そんなんじゃねえんだ。あの指輪を盗んだ奴はな、盗んだ後精神的におかしくなってたんだ」
「おかしくなってた?」
「そうだ。わかんねえけど、そうなってたらしい」
「なんでだよ」
「知らねえよ。でもな、そいつは別に指輪はもってなかったんだ」
「売られてたのか?」
「知らねえ。指輪は気が付いたらそこにあったからな」
「は?」
「なんでか知らないが、盗まれた指輪はいつの間にかこの店の、そこの填まっているところに戻ってきていたらしい」
「なんでだよ」
「知らねえよ」
「……多分法螺話だろ? 指輪がそこに填まってるのを見て、盗もうと考える奴がいるから、そういうことを言って盗ませないようにしてるっている」
「そうかもな。だけど、そんな話があるから、その指輪は呪いの指輪って呼ばれてるんだぜ」
「呪いねえ……」
「ま、そんなのが実際にあるからこそそこに填まってるのかもしれねえしよ」
「まあ、確かにそんなことがあるから無造作に置かれてるのかもな。でも、呪いか。そんな指輪を持ってて大丈夫なんだろうか」
「自分で填めるわけにはいかねえからそうやってそこに指を模した奴に填められてるんじゃねえか?」
「売ったりはしないのか?」
「さっきも言っただろ、気が付いたらそこにあるって。売っても戻ってくるのかもしれねえ」
「……何度でも売り放題? いや、そうなると詐欺になりかねないか?」
「戻ってくる指輪を売って荒稼ぎかあ。すぐにバレるだろうから無理だな。っていうか、噂で呪いの指輪って言われてるものが売れるか?」
「難しいだろうな」
「そこに置かれているのも、売り先がないからってのもあるかもな」
「ああ、確かにあり得るかもしれないな」
「しっかし、呪いの指輪の側で仕事ってのも怖くねえか?」
「そもそも呪いなのか? 戻ってくる指輪、ということは持ってる限り指輪があるってことだろ? それが呪いのなのか?」
「さあな。でも、盗ったら心がぶっ壊される恐ろしい指輪だろ?」
「そりゃ盗ったやつが悪いんだろ」
「ま、そうだけどよお……普通盗ったやつがぶっ壊されるって怖くねえか?」
「怖いけど、持ち主に悪い影響を与えるわけじゃないんだろ? 填めた人とかいないのか?」
「聞いたことねえな……ま、なんか填める気はしないんじゃないか?」
「確かに俺もそういう填めたい、とかは思わないが……填めて外せなくなるとかそういう効果は?」
「さあな。ないんじゃねえ?」
「なんで呪いの指輪って呼ばれてるんだよ」
「知らねえよ。まあ、なんかそれっぽい話があるからじゃねえの?」
「そんなもんか」
彼らは実に私に関して酷いことを言っていると思う。
とはいえ、実際にあったことだからそう言われても仕方ないかもしれない。
彼らの言ったこと、起きたことは確かにあった。
私の宿るこの指輪がここから持ち去られたこと。
もちろん私としてはそんなことを許すわけがない。
私は少々……どころではなく特殊だから、盗った人を潰させてもらった。
今の私は幽霊のようなものだけど、心遺りそのもので精神体としてこの指輪に付属している。
あるいは、指輪の力そのものとなり果てているのか。
よくわからないけど、出来ないことの方が圧倒的に多い。
でも、私は精神体、指輪に宿る記憶の塊、かつての『私』の想いを持った記憶体。
精神的な干渉、記憶や感情に接触し、それを暴走させるようなことはできる。
あと、指輪を動かしたりとか。
もちろん私に実体はないから、誰かや何かに触れて、とかはできないけど。
指輪だけはある程度動かせる。
それでなんとか元に戻したら、いつのまにか呪いの指輪とか呼ばれるようになってた。
酷い話だと思うけど、噂って言うのはそういう物だろうし、ちょっと仕方ないと思っている。
『私』が開いた魔物屋は今ではそれなりのお店になっている。まあ、支店とかは出せない。
今では聖国がそれなりに大きな立ち位置となっていて、そのせいもあってあまり魔物関連の店は広げられない。
迷宮がなくなったりヴァンパイア討伐に動いたりでやっぱり対魔物として聖国の影響性は大きい。
もちろんすべての場所が聖国の言うことに従うわけではないけど。
魔物を利用しているところは多い。
食事とか、武器防具とか、毛皮だって利用価値があるわけだし、スライムは汚物処理に便利。
そんな魔物を一切利用しない聖国では、今では少し問題も起きているらしい。
魔物以外の獣もいないわけではないだろうけど、魔物が一切いない影響でいいことも悪いこともある。
魔物だって多くの獣たちに関わる獣の一種ともいえるわけだから。
スライムだって食べられる存在だし。
汚物を食らう生き物って言うのは少ない。
そういう意味ではスライムすら存在を禁じるのは影響が大きいんじゃないの?
まあ、そこは聖国が気にすることであり、私が気にすることではないかな。
『私』の開いた魔物屋はここの大陸でのみ、活動している。
とはいえ、スライムの売買や小型のあまり危険でない魔物の売買が主。
特にペットとして欲しいっていう魔物が多い。
スライムは利用価値があるからちょっと特殊だけど。
そういう感じで、店は今も続いている。もう『私』はいないけど。結構早死にしちゃった。
まあ、そこは私には関係ない。私はこの店で、アズラットの存在を待ち続ける。
なぜ私がここでアズラットを待ち続けるのか、疑問に思うところはあると思う。
アズラットが魔物屋に連れてこられるなんてことはないだろう。
そもそも捕まるような存在ではない。それに、今も生きているとは限らない。
まあ、それを言い出すとそもそも会える可能性なんて低いだろうな、っていうのはあるけど。
でも、私はここで待つことを選ぶ。ここは『私』の作った場所だから、というのが理由の一つ。
私は『私』から生まれた存在。『私』のことを尊重している。まあ、私は『私』の想いだしね。
もう一つは、なんとなく、私はアズラットがここに来るかもしれないと思っているということ。
見た目だけだと他のスライムとは一緒だけど、たぶん私はアズラットのことだけはわかると思う。
私はアズラットの持っていた指輪だから、かな? あと、そんな感じがするから。
本当は私自身が探しに行きたいけど私自身の移動能力は流石にそこまで自由ではない。
だから、私はアズラットがいずれここに来ることを待つことにした。
彼はいずれ来る。それは、私がそう感じているのではなく……私自身、指輪の方が感じているのかもしれない。




