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スライムのしんせいかつ  作者: 蒼和考雪
間章 それぞれの話
258/356

240.3-1 『私』が私になった日・記録Ⅳ

 私がアズラットと別れて、それからの私はいろいろと精神的に荒れていた。

 私は『私』だからそれがわかる。私はいろいろと複雑な思いを抱えていた。

 まあ、当然と言えば当然かしら? 私は家族のことを信用しきれていなかったわけだし。

 信じて、頼ったスライムとは別れてしまった。当時の私には理解できなかっただろうけど。

 指輪をもらい、少しだけ嬉しく思っていたようだけど、それでも別れの方がよほど辛い。

 受け取った指輪は私の物となった。

 家族からすると魔物の持っていた物だから不安はあったようだけどね。

 でも、私がそれを取り上げられたら、相手を殺しかねないほどだっただろうから、それで取り上げられなかった。

 指輪自体は別に悪いものではなかったから、私が持つこと自体はそれほど悪くはなかったのね。


 まあ、そういった私と指輪、アズラットとのことはいろいろとあったけど、それくらい。

 その後の私は、旅商人の娘としてではなく、本当に商人を目指す人間になった。

 なんで商人を目指すか、というとやはりアズラットとの日々が理由だったみたい。

 家族……もしかしたら、人間という存在に対して不信が強くなりすぎたのかもしれない。

 両親への信頼が薄れ、不信が増えたのがそのきっかけかもしれない。

 もちろん両親が悪い意味でいろいろしていたわけでないのは解ってる。

 でも、一度抱いた感情的な相手への想いはなかなか簡単には解消されないもの。

 それが家族だからこそ、余計にかしら。

 そこに入ってきたアズラットに信頼を持ちすぎたのも大きいかも。

 そのせいで私は魔物へ信を寄せるようになった……ちょっと傾倒しすぎている感じはあったわ。

 私持っている<従魔>のスキルの影響もあったかもしれない。

 弱い魔物は無条件で従えられるようになったからね。

 私がそのスキルを得た理由はもちろんアズラットが由来……スキルがそれほど優秀になった要因もアズラットが原因でしょうね。

 まあ、そういうスキルがあったから、魔物をどうにかする能力に長けていた……魔物好きも講じて、余計に。

 私はそれを商売にしようとした。

 同じように魔物に対し好意を寄せる人間が魔物に触れられるように。

 あるいは<従魔>のスキルを使える人を増やす意図があったのかも。

 魔物に対して友好的な人間を増やすつもりだったとか。

 そのあたり私でも『私』の気持ちは読み切れなかった。

 私はアズラットへの想いの強さで生まれたものだし。

 私は『私』のアズラットへの……あの日失った、唯一無二の、友とも家族とも想い人ともいえる相手への気持ちから生まれた。

 忘れたくとも絶対に忘れられない、この指輪がある限り忘れることはできない。

 そもそも魔物に対して有効的な人間を増やすのはアズラットが戻ってこれる環境を作るため、という可能性もある。

 理由としてはいろいろ複雑だと思う。

 魔物への好意、アズラットへの好意、人間への不信、スキルの有効利用……大体はそんな感じ。


 この世界において、魔物とかかわる仕事、職業はまあ冒険者が主と言ったところで、私のような魔物使いはほとんどいない。

 そもそも<従魔>のスキルを獲得している人自体がそれほどいないから。

 そういう点では私がやろうとした商売……<従魔>で従えた魔物と触れ合わせること、その魔物を売買することは極めて異端と言える。

 聖国の存在もあったし、場合によってはかなり危険なことになった可能性はある。

 まあ、私としては聖国に関わるつもりはない。

 あんな所と関わってアズラットが戻ってこなかったら嫌だっただろうし。

 商売として……魔物屋ともいえる商売は、はっきり言えばまあまあ成功と言ったところかしら。

 そもそも魔物との関わりは人間はないわけではない。

 スライムは汚物処理に利用されていたりするし。

 もちろん簡単に魔物を従えられるわけではなく、放し飼いで増えたら間引きと言った感じだけど。

 <従魔>のスキルは魔物と触れ合わなければ得ることができない……そんな感じだから、スキル持ちも多くない。

 魔物と関わること自体で人から奇異の目や汚いものを見るような目で見られることもあるし。

 だからそういった店は、どうにも奇特な物。

 でも、需要はある。スライムを安全に使えるなら汚物処理には便利だから。

 そういうことで<従魔>のスキルを覚えるのに私の開いた魔物屋はとても有用的なものとなる。

 魔物と触れ合わなければ得られないのに、魔物とはまともに触れ合うことができないから<従魔>は得にくい。

 だけど魔物屋、私の開いた店があれば、そこで触れ合うことができる。

 そうなるとスキルを得るのは難しくなくなる。

 今まで魔物が好きでいろいろとやってみたいことがある、という人もいて、そういう人が来ることもあったわ。

 あと、魔物を研究したいから魔物を従えられるスキルが欲しいという研究者もいたかしら。

 そういう理由で来てほしくはないけど、お客はお客だし、別にそういった理由でスキルを得るのは悪いわけではない。

 研究で使われる魔物のその後とか、いろいろと考えると複雑だけど、それはそれで仕方のないことだと思う。

 私としてはアズラットさえ無事なら他はどうでもいい、という想いがないでもなかったわけだし。






 と、まあ、私にはいろいろとあった。そんな私も今はもう大人である。

 魔物を商売とする今の私の商会はそれなりに大きくなり、そこの主である一人娘の私は……いろいろと一人では都合が悪くなった。

 なんというか、あれよ。人間だと伴侶とかそういう相手が必要なの。

 女だと侮られるというのもあるけど。

 別に私はいらないだろうけど、でも子供もなしでずっと一人、というのは問題が大きいわ。

 商会自体の維持の問題もあるし、やはり後継者はいる。

 それに一人身というのも人聞きが悪いというか、そういうのもある。

 家族は……別に信頼していないわけでもないけど。

 今はもう、昔ほど反発や敵意があるわけではないけど、それでもね。

 そもそも、私が独自の商会を作り一か所に留まるようになってからは旅商人を続けている彼らとはあまり会う機会が少ない。

 もちろん会わないわけではないんだけど、年に数回くらいに留まっている。

 まあ、家族の話はいいわ。私は自分のお相手を見つけなければいけなくなった。

 でも、そこで問題となるのが……会えず、思い続け、その結果肥大化した、アズラットへの想い。

 言うなれば、愛したとか恋したとか、そういう系統の想いだったのでしょうね。

 家族や友人、というのも間違いではないでしょうけど。

 細かくはわからない。

 でも、つまりはアズラットに対する、とても大きくなった感情、それが私の中にあった。

 アズラットを想い続けている私が、とてもとてもアズラットを想っている私が、普通の人間の誰かを好きになれるはずがない。

 もちろん利害で誰かと一緒に、という形でもいいのかもしれないけど、根本的にそれを選択できないみたい。

 必要なことでも、私はそれを選べない。

 あまりにも感情が強すぎて。下手をすれば本人を蝕むほどに。

 それは『私』を苦しめる。どうしようもない想い、記憶、感情…………『心遺り』だった。


『ねえ』


 だから私は『私』に言葉を届ける。私は唐突な頭の中に聞こえる言葉に混乱している。


『私はあなたのアズラットへの想いから生まれた存在。少し、お話いいかしら?』


 『私』との会話はいろいろと大変だった。

 まあ、そうよね。自分自身との対話なんて普通はないし。

 でも、『私』に対していろいろと提案をし、それを飲ませることはできた。

 ううん、飲ませるというか……どうしても『私』ではできないことを、私がするだけ。

 私は『私』とは厳密には別物だけど、私は『私』と同じ存在でもある。

 これは『私』も理解が及ばなかったみたいだけど。

 まあ、『私』ではどうしようもない想い、抱えきれない心……そして、叶えられない願いだっていうのは理解していた。

 アズラットと出会うことは、『私』には極めて難しい。

 そもそも、どうやって見つければいいのか、会えばいいのかがわからない。

 探しようがない。それゆえに人生を過ごす中でアズラットと出会うことは難しいだろう、そう考えるわけ。

 それをわかっていたからこそ、私は『私』の心遺りとして生まれたのだろうと思う。

 その予感はあの時から、アズラットと別れた時から、あったんだと思う。

 だから私は『私』の想いを全て受け取ることにした。『私』の代わりに、私がアズラットにその思いを届ける。

 私の本来の役割、心遺りの解消。

 『私』の持つ、持ちきれない重荷、もう持ち続けれない荷物は私が受け取るの。


 その日、『私』は持っていた想いを全て私に渡した。

 それからは『私』は普通の人間と大して変わりなかった。

 まあ、ある意味『私』が今までの行動をしてきたのはアズラットへの想いが原因なわけだし。

 とはいえ、今までしてきたことを変えるわけでもない。

 想いがないだけで、やることが変わるわけじゃない。

 それに、私のこともある。私は『私』の遺した想い。

 それを、いずれアズラットへ届けなければいけない。

 そのための仕組みを残さなければならないから。いつになるかは、わからないけどね。

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