170.5 神意の指環
「あああああああ!! やっと、やっとここまで来ましたー!! アズさんちょっと時間かけすぎじゃないですか!? いえ、文句は言いませんし言えませんし、そもそもいろいろ原因は私にあるのではないかと思いますが! ようやくこの湖まで来ましたね! ええ! やっと、そろそろ、おそらく、もしかしたら、たぶん、なんとか<アナウンス>復帰の目途が……目途が……立つんでしょうか? アズさんが彼女を無視した場合、下手をすれば海の底に行くまで私は会話できなくなるのではないでしょうか? そもそも、指環も魔剣もとらない場合、私はこれからずっと会話できなくなるのでは? それは大問題じゃないですか!? いえ、まあ、そうならないようにきちんと運命は存在するのですが……アズさんはいろいろと規格外と言うか、例外的というか、運命の形から外れるような行動もしますからね……あまり確実にちゃんとやるべきことを回収してくれるかはわからないので困ります……」
湖に来たアズラット、その姿をアノーゼは見ている。
彼女は<アナウンス>を用いてのアズラットとの会話は現在凍結されている。
しかし、それ以外はできる。
いつもどおり、その行動をずっと見ている分には特に何ら問題ない。
ただ、本当にみているだけしかできない。
アズラットがどれだけ楽しんでいても、どれだけ苦しんでいても、見ているだけ。
手助けはできず、見ていることしかできないのは苦痛だった。
アズラットの迷っている状態を手助けできないことは苦痛だった。
自身の役割はアズラットのためにある、とまで極端ではないがそれくらいに心情としては大きい。
かつてその独特な生き方をしたスライムの様子を見守っていた時から、そのときからずっと、育ってきた想いがある。
ゆえに今関われないことがつらい。役に立てないことがつらい。
しかし、それもそろそろ終わり。<アナウンス>の凍結解除条件がそろそろ成立する。
指環、または魔剣をアズラット自身に回収する、そのためのスキルを得る状況に至ること。
それが<アナウンス>の凍結解除の条件である。
「あ、彼女を見つけましたね……彼女も色々な意味で不憫です。前回もそうだったのですが、今回は半ば意図的に今の状況へと追い込みましたからね……まあ、別に彼女自身には害が及ばないようこちらで幾分かの配慮はしていますが……運命だからと言っても、こういう苦境に普通の人を追い込むのはあまり望ましいものではありませんね。しかも、アズさんが指環を見つけたらそれで最後には消えてしまうわけですから…………そういう役割であるとはいえ、もう少しどうにかならなかったのでしょうか」
指環を探していた女性はあくまでアズラットが指環を探すために必要な条件として残されていた。
もちろん、それは運命と言うものによる意図的なものではあるのだが、しかし神の力で無理やり残したわけではない。
彼女が残る条件を制定されていたからこそ、残っていたのである。
ただ、誰が残るかに関しては、運命的に彼女がそうだったのは間違いない。
指環を失くす女性は決まっていたのだから。
「……心遺の指輪。人に伝わる名としてはそれでしたか? 心の遺る指輪、ええ、間違いではありませんね。実際彼女自身がその心残りから失くした指輪に失った時の彼女自身の意思を残しています。一応探しにこの場所に来たりしているので未来の記憶もありますし、装着していたことから過去の記憶もありますが……強烈な、心残り、その想いが最も残る、そういう形となっているわけですからね。指輪の機能はそういうものです」
指環を見つけたアズラットの姿をアノーゼは見ている。予定調和、運命通り、そうであるのだが。
「正式には、神意の指環。かつて神の資格を持ったものがその身に宿したまま、神に至った結果、神格の力を宿した指環……とは言っても、別に特別な力を持っているわけではないんですけどね。魔剣もそうですが、どちらも神の力を宿している……まあ、誰の力と言うのは……ええ、まあ、別にいいんですけどね。あるべきところに還る、それだけです」
指環の正式な持ち主はアズラット。
過去、スライムが見つけ、受け取り、そのまま自身に宿していた。
かつて、神に至ったスライムがその身に宿したまま神に成り、そのまま持っていた指環。
そして、神に至ったが残念ながら神として正式に成立する条件を達していないとして再挑戦する羽目になった。
この多くの蓄積を元に、また神に至ったスライムの経緯を切っ掛けに、この世界を再構築して。
これはスライムが神に成ったことがきっかけだが、元々考慮していた物事。
この世界を再構築し、この世界を再始動し、その世界でスライムの神成を再挑戦する。
まあ、別にそのスライムのための世界と言うわけではない。
単にその過程でもう一度、というだけだ。
「あ、彼女消えてしまいましたか……さて、これで正式に指環の所有者が彼女からアズさんに移行しますね。まあ、アズさんは見つけただけですから所有権と言う点においては微妙な感じですが……まあ、別に問題はないわけですし。さて、これでそろそろ解禁ですね。とりあえず<アナウンス>を通じて呼びかけましょう!」
そうしてアノーゼはアズラットに呼びかける。指環の扱いに困っているアズラットに対して。
「ふう……こんなものですね。<同化>……収納系スキルではアズさんが覚えられるのは己の体を利用するタイプのスキルのみ。<次元格納>とか、単純に<格納>とか、<倉庫>、<異次元保管>、<保管>、そういう系統のスキルはアズさんでは覚えられませんからね……<保管>は不可能ではないかもしれませんが。でも、性質的には<同化>に近しい感じでしょうか? いえ、中身に<保管>する感じですから他の人間に見つかったりすると何か持っていると見られて狙われる対象になるかもしれません。<同化>なら本当に自分の体との一体になりますから、そういう点ではやはり<同化>がいいですね。前提からしても、力の回収のためには<同化>が最もふさわしいわけですし。まあ、アズさんがきちんと指環を回収すればその時点で力は回収できますが」
アズラットとの会話を終え、その話を思い出しアノーゼはそんなふうに呟いていた。
指環の回収、およびそれを<同化>のスキルで保管するのはとても重要なことである。
アズラットの体と神意の指環が一体化することによりそこに存在する力をアズラットに回収する。
そうすることで神格の権限覚醒を促すことができる。
「まだ条件は達成していません。返す神格の力も、記憶に関してもまだまだ先の話です……この後海でしたか? でも、今のアズさんは海に入るつもりはなさそうですからね……あの魔剣は変わらず海の底ですから、どう回収するのがいいでしょうか……」
アズラットが回収するべき神の宝は指環と魔剣。そのうちの魔剣は海の底にある。
世界を見て回るつもりはあるが、アズラットは海の底まで行くつもりはない。
つまり、魔剣の回収はままならないという話になる。それでは困るのだ。
「うーん、どうしましょうか……まあ、あまり考えてても仕方がないですね」
結局のところ、アズラットに過剰に干渉できないアノーゼではどうしようもない。なるようになるしかない。
この世界には運命と言うものがある。
アズラットが迷宮で生まれ、迷宮の最下層を目指したこと。
アズラットが迷宮の外に出て、湖にて指環を探し見つけたこと。
すべての物事はある種の運命の流れで決まっている。
もっともあらゆるすべてが確定しているわけではない。
だが、それでもこれは絶対に起こり得ると決まっていることもある。
それの一つが迷宮の底で竜王に会うこと、指環を回収すること。
そして、その中には魔剣の回収も含まれる。
いつになるかどういう条件でなるかはわからない。
だが確実にそれは起こり得ることとして制定されている。
ゆえにアノーゼの心配は必要のない心配だ。
いずれ確実にアズラットは魔剣を手にすることが決まっているのだから。




